恋人を寝取られて退役した救国の騎士は冒険者になりました

水源+α

森の住人

 接近する五体ほどの生命体。
 出会い頭に襲われた場合は、このまま戦って殲滅、或いは撃退をしようと思っているが、もしものことがあれば隙を見て逃走する心持ちでもある。
 余り戦いたくないのだが、冒険者という常に危険が伴う職業柄、やらなくてはならない。
 
 獰猛な生物であれば、必ず人間がこんな森深くを一人で歩いていたら襲ってくるだろう。人の味を覚えた生物は、この世界の過酷な性質上、魔物の他にも多数存在するし、冒険者が魔物ではない獣に殺されることも珍しくない。

 (速いな。もう、すぐそこだ)

 既にすぐ傍まで接近してきているが、生い茂る草木たちが丁度それらの姿を隠しているので、不自然に揺れた葉や音で、大体の場所を割り出していった。

 「──っ」

 (……なるほど。囲んできたか。知能はある方なのか)

 狼か野犬か、それとも魔物の類いか。
 比較的、この世界の大体の犬たちは頭が良いとこれまでの冒険者生活の経験で判明している。魔物も人の形をしているものや、犬の形をしているものは賢い方に分類される程の思考能力を持っているので、戦う際には特に注意すべき相手だ。

 因みに、この森で恐らく戦う際に一番厄介になると思っているのはワーウルフ族とゴブリン族である。
 この二種族は人間並みの知能を兼ねており、特にワーウルフ族に至っては獣人という亜人種に当たる種族であるため、耳と尻尾、そして身体能力以外は全て見た目は人間と同じだ。
 ゴブリン族も少しは知能が悪くとも、充分驚異となり得る知能と知識量を兼ね備えているといえる魔物だ。

 ──しかし、あくまで戦う際の話である。
 
 「──」

 (来る!)

 林から俺を囲むように、勢いよく出てきたのは──




 「──ム」

 俺よりも少し小さい背丈と、少し尖った鼻と耳、そして薄緑の肌色をした人間に近い体の造りをしている

 「人間ダッタカ」

 ──ゴブリンの上位種であるホブゴブリンの五人だった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 


 


 「……はあ」

 (よかった。ゴブリン族だった)

 安心して構えを解き、剣を仕舞った。

 そう。ワーウルフ族とゴブリン族は、基本的に人間には敵対していない。良く地方の村では話もせずに見た目だけで怖がり、ゴブリン討伐を依頼する村人たちが大勢居るのだが、それは間違いを犯している。
 確かに種別は魔物で種族はゴブリンという、小さい頃良く読んでいた童話に悪い魔物の代表格として描かれていたのだが、実際は攻撃さえしなければ無害な種族であるのだ。
 こうして関わって見れば分かることなのだが──
 
 「オイ、オマエ。ココデ何ヲシテイル」

 「い……いや、今のところはなにもしてないよ。薬草の群生地帯へ行ってるところだったんだ」

 「ソウナノカ。薬草ハ分カルガ、『グンセイチタイ』トイウモノハ知ラナイ」

 「ごめん。簡単に言えば、薬草が一杯生えている場所をの事だ」

 「……ホウ。ソンナ場所ガアッタノカ。オマエハ知ッテタカ? シリエ」

 「──イヤ、ベン。オレモ知ラナイゾ。オマエハ? ティイ」
 「──ワタシモソンナコト知ラナイワヨ。アンタハ? カバリ」
 「──オレガ知ッテルワケガネェダロ。オメーハドウナンダ? ルー」
 「──逆ニ聞クケドサ。ワタシガコノコト知ッテルト思ッテルノ?」

 
 「「「「……」」」」

 「ナンデソコデ黙ルノッ!」

 (いきなりルーって子のいびりが始まったな)

 ──と、この一連の俺とホブゴブリンの会話を見てれば分かる通り、こうやって普通に話すことが出来るのだ。
 
 「ナンデ何時モアナタ達ハワタシヲ馬鹿ニスルノ!」

 「馬鹿ダカラダロ」
 「馬鹿ダカラ」
 「馬鹿ダカラヨ」
 「馬鹿ダカラニ決マッテンダロ」

 「ムーっ!!」
 
 皆からいびられ、両手を上下に何回も動かしながら、頬を膨らますルーと呼ばれているらしいホブゴブリン。
  
 (……なんかほっこりするな。可哀想だけど)

 目の前で唐突に始まった、五人のホブゴブリン達による談笑は、もう俺が居ることに気付いてないのか、その後の数分間も続いていくのだが、ルーって子のいびりに我慢しきれずに「あはは」と笑ってしまう。
 するとルーは怒鳴り付けてきた。

 「アナタモ何笑ッテルノ!」

 「す、すまん」

 (いかん。つい笑ってしまう。いや、というかここで時間食ってる暇はないんだった)

 因みに、皆は灰色の髪をそれぞれの好みの形にしているようだった。
 基本、ベンとシリエとカバリというオスのホブゴブリンの三人は長い髪を後ろで結わえていて、ティイとルーというメスのホブゴブリンの二人は肩にかかる程度に髪を下ろしていた。
 服装は何かしらの動物の皮を素材としており、オスは下半身の局部を、メスはオスと同様に下半身の局部に加え、胸を隠している、そんな最低限のものである。
 
 なのでティイとルーに至っては、非常に目のやり場に困ってしまう。
 魔物といっても、顔の造りは鼻と耳が尖っている以外は人の顔に限りなく近いものなので、醜いとはかけ離れているから余計に下心を擽る。

 (目の毒だ。まあ毒ではないけど、でもなんか……うん。エロいから駄目だ)

 「皆喋ってるとこ悪いけど、俺行かないといけないから、じゃあな」

 「ソウカ。薬草ガ一杯アル場所ノ情報、助カッタゾ」

 「いや、そういう場所があるってだけで、何処とは教えてないぞ」

 「イヤ、ソウイウ場所ガアルトイウ情報ダケデ充分ダ。オレラニトッテ、コノ森ハ家ミタイナモノ。スグ見ツカル。コノ借リハ返ス」

 「……そうか。まあ、勝手にしてくれ。じゃあな」

 そういうこと(?)と、早く上質な薬草集めなければならないのもあり、立ち去ろうとしたその時だった。

 「──オイ、人間」

 「ん?」

 再び振り返ると、先程の雰囲気から一変し、鋭い視線で俺へこう忠告してきた。













 「モシ、オマエラ人間ガ、他ノ森ノ同士達ノヨウニオレラノ仲間ヲ殺スコトガアレバ……直グニオマエラの街へ復讐シニ行クカラ覚悟シテオケ」

 「……」



 その言葉に少々面を食らったが、直ぐに笑って返答した。


 「そんなこと。俺がさせないし許さない。生命樹を司る大精霊《ユグドラシル》に誓ってな」

 そう言い残し、ホブゴブリン達を尻目に再び群生地帯へと足へ向けた。

 

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