俺は5人の勇者の産みの親!!

王一歩

第67話 慈愛なき鎮魂歌・レクイエム(2)

 嘘で塗り固めた世界の中心にいるのは膝を抱える私。
 王女に任命された時は本当に自殺することも考えたよ。

 責任転嫁する性格で、いつも誰かに罪を押し付けて逃げてきた。
 子供の頃から本気で生きたことがない私は辛いことや怖いことから目を背け、全てが自分の理想の世界になるように景色を染めてきたのだ。

 人狼の性質、相手を欺くこと。
 危険を回避しながら生きる種族であり、普段は戦闘を好まない。
 しかし一度でも我が種族に手出しをすれば、攻め込んできた種族が壊滅するまで叩き潰す恐ろしい獰猛さがある。
 能ある鷹は爪を隠す、とはこの世界でのコトワザだ。
 向こうでは狼バージョンの言葉が存在する、それほどウェアフルフは本当にのどかで殺戮が得意な種族なのだ。


「なんで私が王女にならなきゃならないの?」

 宣告されたのは12歳の秋。
 月明かりが薄く、誰もが寝静まった頃の思い出だ。
 まだ未熟な体で、私に務まるはずもない仕事を両親は簡単に押し付けた。
 あまりにも突然な要求であった為に心の準備などは一切なく、私の部屋の可愛いぬいぐるみやお気に入りの狼さんも一斉に捨てられたことを今思い出しても腹立だしく感じる。

 私には小さな夢があった。
 気取らないお家に住んで、貧乏ながらも夫の愛情を肌で感じられる、そんな優しくて柔らかい日々を過ごす夢。
 こんな見窄らしいことを願うのは私が王族の娘で、なに不自由なく生きてきたからだと思う。
 だって普通の女の子はお姫様を夢見たり、王子様と結婚して煌びやかで華やかな日常を過ごすことを願ったりするものだ。

 では、逆に聞きたい。
 それの何にロマンを感じるの?

 執事やメイドが部屋まで付いてきたり、お風呂まで監視されたり。
 覚えたての一人エッチをすることなんて当然できないし、許嫁だっていた。
 全く会った事もなければそもそも両親すらもその王家の素性を知らなかったり。

 そんな塗り絵の上に貼り付けられた世界に何の生き甲斐を見出すの?
 他人のレールの上を生きるのは楽しい?
 他人に臨まれた未来を眺めるのは幸せ?

 なんて事ない、私は人狼だ。
 心の中には死にたい私が何人でも潜んでる。
 叫びたい声が心臓の中で震えたって、脱線なんてできるはずもないし裏切るわけにもいかなかった。

 13歳、誕生日を迎えるとともに私は正式に王家の長として生きる事になった。
 そして、正式に旦那様が決まったのだ。

 相手の方は容姿端麗で権力があり、金持ちで筋肉質でいくらでも満足させてくれるほどの精力の持ち主だと聞いた。
 まさにみんなの思う理想の王子の形だ。

 そんな言葉だけで喜ぶことができるの?

 疑った、私は。
 その情報をではない、世界を。

 私は嘘つきの女、偽善で大嘘つきで責任転嫁をしながら逃げてきた最低な女だ。
 不思議な力だって一切持ってないし、自分はそれを持っていると勘違いさせながら生きていないとすぐに刃物で首を掻き切りたくなってしまう。

 私は生まれつき人狼の中でも最低ランクの力しか持っていない、いわゆる無能者だった。
 王女を立てるには非常に不安定な存在であり、情緒まで振れ幅が大きいがあまり、監視の目が多いことは承知している。

 だから私は感情の粘土を使って全てを押し固めることにした。
 嘘は、嘘を隠すために非常に都合が良かったのだ。

『私はどの人狼よりも最強の存在、億ある種族の中でも最強、私に勝てるものなんてこの世に存在しない』

 嘘。

『高貴なる王女で、みんなに称えられる存在で、みんなは私のことが大好きで、完璧主義の優等生で、なにもかも自立してこなせる』

 嘘、嘘だ。

 人生の全てが嘘だ。

 玉座の上で踏ん反り返り、目の前で跪く男達をみて嘲笑した。
 嘘、見ているだけで涙が出そうだった。

 大罪を犯した兵士をこの手で処刑した。
 嘘、未だに地下に監禁したままにしてある。

 反逆者が私に刃を首に突き立てたから最強の力で叩き切った。
 嘘、兵士が駆けつけて私のことを助けてくれた。
 どうせならそのまま殺してくれれば良かったのに。

 嘘を嘘で塗り固めていくうちにどんどん私は肥大化していき、破裂寸前の風船のように膨らんでいった。
 両親はどうしようもない私から目を背けて、王としての威厳を保たせるために嘘の情報を発信して宛かも『最強の王女』だと成し上げた。
 最強でなければならない、最高でなければならない、そのプレッシャーこそが私を爆裂させる棘になった。

『ロッシーニ・サーデリア・テル』

 私の本名だ。
 ロッシーニは未だに捨てられた部屋の中で膝を抱えて泣いている。
 その子を慰めるために、私は強くなるために生きる事にした。

 変わり身の存在、それが二つ目の私。

 名は『ウィリアム・サーデリア・テル』

 二重人格だなんて言わないでね。
 私はこの子の分身であり、彼女を擁護するためのストッパーみたいな存在。
 時々不安定になるのは、ロッシーニの私が泣きべそをかくから。
 急に誰かに触れたくなるのはウィリアムの私がエータに恋をしたから。

 ロッシーニは未だにリュート君のことが好きらしい。
 二重人格もどきとは良く出来ていて、エータとリュート君のどちらに触れられてもお股がキュッと閉まる。
 だから、本当にどちらを愛しているのかがわからなくなってしまう。
 そしてテルのどちらが本物かすらも怪しくなってくる。

 ただ、私が一つだけ願っていることがある。

 私は紛れも無い偽物だから、できるところから自分のことを好きになってほしい、ロッシーニ。
 私はウィリアム、偽造品にはこの赤髪の女の子を動かすのは荷が重すぎた。

 だから本当の私、どうか泣き止んで欲しいな。
 私はロッシーニの事、大好きだから。
 リュート君も大好き、エータも大好き。
 私も、私が大好き。

 そうか、これが本心ってやつなのかな?

 生まれて初めて嘘をつかずに本当の気持ちに向き合えた気がするよ。

 ありがとね、エータ。

 ★★★★★★

「願え、北の王女! 死とは受けるものではない、与えられるものなのだよ! 手を組んで跪くならば安らかなる死をくれてやろう!」

「誰が殺されるものかっ! 最強の遺伝子の力、見せてやるっ!」

 蹴り上げた地面は砕け散り、私の体は光の速度で跳ね上がる。
 翼に思い切り突っ込もうとした瞬間、天女は口を開いて奇音を発する。
 壁のように広がる波紋を前に勢いをかき消されると、レクイエムの指揮棒の振り上げとともに地面に叩き返された!

「オペラ座に登ろうなどと愚かな! 聖域に踏み入れるとは生の理を破る事に匹敵するぞ、汚らわしい種族の末裔が!」

 レクイエムは指揮棒を私に向けて振り下げると、空気を切り裂く音波が地面にめり込む私に向けて飛んでくる!

「きゃぁぁぁぁ!」

 肉が千切れる音を脳で感じ、すぐに岩を蹴り上げて後ろに下がる。
 余裕な表情をレクイエムに見せる私は挑発しようと口を開けるが、込み上げてくる血反吐を止めるために結局口を紡ぐ。
 強がりな私でも、直撃を食らえば弱音を吐きたくなってしまう。

 傷口を鎧で覆って見せないようにする。
 右腕が折れた。
 肋骨も何本か逝っている。

「……何が聖域だよ、バカじゃないの。レクイエムこそ模造品でしょ」

「ほう、言うではないか。では問おう、北の王女。貴様は誰の模造品だ?」

 ……。
 知らないよ、そんなの。
 的外れな問いでも、それが適当な物言いであることは気づいでいる。
 レクイエムは心の奥で膝を抱えたままの私・ロッシーニに問いかけているんだ、と。

「答えないか。まぁ、それが答えと取っておこう。死した後、親族に笑い話として提供してやる。『嘘つき王女は自分の正体も理解できない不良品』であったとな」

 レクイエムは私に背を向け、翼の上に無造作に並べられた人形たちに合図を送る。
 彼女の翼は千切れ、それがオペラ座を象った領域に仕上がった。
 地獄の門が開かれて数分、完全に満ちきった魔力を泳がすが如く遊ばせるレクイエム。

「大人しく席につけ、北の王女。不器用なウェアフルフでも作法は忘れてはなかろう。それとも地を舐めながら旧世界の終わりを見たいかな?」

 彼女が指揮を取った瞬間、空は赤く晴れ上がり、あの日のような禍々しい一閃が雲を貫き降り注ぐ!

「さて、どうやって欺こうか。準備はいい? エータ」

 私は彼の手をもう一度ぎゅっと握る。
 見えないが、彼は共にいる。

 これが私の真の実力、隠されたる真髄。

『ウィリアム・テル』は鳴り止まない。

 そろそろトランペット、ホルン、ティンパニーのファンファーレが鳴り響く頃合いだ。
 騙されてくれてありがとう、レクイエム。

 レクイエムの翼に生えたボロボロの人形たちが一斉に口を開き、私に吸った息を吐き出す!
 怒りに満ちた嘆きの声が空を割り、地面を鳴らすと共にマグマが噴き上げる!

 Dies irae,
「怒りの日よ!」

 dies illa,
「怒りの日よ!」

 Solvet saeclum in favilla:
「怒りの日、その日は世界が灰燼に帰す日だ!」

 Teste David cum Sibylla.
「それは、ダビデとシビラの予言通り!」

 激昂した大地が砕けて空の彼方まで上がっていく!
 隆起して湾曲したコンクリートが私を食いちぎろうとしてきた!

「ったく! 馬鹿力なんてもんじゃない! 地球を吹き飛ばす気なの?!」

「その気だ、当たり前だろう! 古き時代の終わりには大きな変化が必要なのだよ! ここは死地だ、痕跡など一つも残してなるものか!」

 レクイエムは摩擦で鳴り止まない空気を噛み砕き、引き千切れた空間から死した命を取り出していく!

「呪いだよ、生命は生きているからこそ後悔するのだ! 生きていなければ何も感じなくて良かったと、紛いの幸福を手に入れた者たちの嘆きを受けるがいい!」

 レクイエムの背後から吐き出された紫色の光が蜷局を巻きながら私に向かって飛んでくる!
 速度が速く、どれだけ力強く地面を蹴り上げても避けきれるとは思えない!

「だめだ、間に合わない!」

 私はその光を前にして何もできずに立ち尽くしていた。
 必中の光線が私の胸に飛び込む瞬間、何かが心の扉をノックした。

『ウィリアム!!』

 突然目の前に黄色の光が差し、その中に小さな私が見えた。
 膝を抱えて泣いていたもう一人のテル、ロッシーニだ。

『ロッシーニ! なんでまだここにいるの!』

『違うよ、ウィリアム。私はもう心の中にはいないよ。手を通して話してるだけだから。とっても温かくて心地いいよ。リュート君に触れられた時みたい』

 私はもう一人の私の手をさらに強く握った。

『……やっと泣き止んでくれたんだね。ロッシーニったら何年も泣き続けてたから心配してたんだよ?』

『うん、心配かけてごめんね? 私はもう逃げないよ。ちゃんと現実に向き合うよ! 最弱の力、見せつけてやろうっ!』

 ロッシーニは笑いながら消えていった。
 彼女の笑顔を見たのは私が誕生して初めてだった。

「……負けてらんないよね。そう、私は最弱の人狼! 『ウィリアム・サーデリア・テル』だ!!!!!!」

 私は満面の笑みを浮かべながら、呪いの一撃を全身に受けた。
 消えていく景色、赤くなっていく私はそれでも満面の笑みを浮かべ続けた。

 これから最高の喜劇を演じるのだ、萎びてしまっては役者の名折れだろう?

「……なんだ、それは!!」

 紫色の光が爆発するように飛び散って、辺りを黄色く染めていく。

 レクイエムったら、驚いちゃって。
 これこそが演劇の醍醐味ってやつだよ。
 クライマックスは切り札として取っておくものでしょう?

 ファンファーレが響き渡り、全てが白く光り輝いていく。
 私たちは手を繋いでゆっくりと天から降りていく。

「準備はいい? ロッシーニ」

「うん、久しぶりに自分で魔法使うから上手くできないかもだけど」

 私は私の手を取ると、ニシっと笑ってみせた。
 私たちは一人じゃない。
 これから始まるのは戯曲なのだから、こういう驚きの展開があってもいいじゃない?

「なぜだ、なぜ北の王女が二人いるんだ!」

 目を丸めるレクイエム、私たちはその姿を下から眺めていた。

「どうかな、レクイエム!! これが私の力だ! じゃあ遠慮なく暴れまわるよ、ロッシーニ!!」

「任せて! 迷惑かけた分はここで取り返すからっ!!」

 黒い服、赤いラインが入った100%スーパー無敵モード!
 暁を眺め、私たちは丸くなった夜空に向けて遠吠えをする!
 人狼は夜は隠れたりしない、だからみんなに私の存在を知らしめるんだ!

「「あぉぉぉぉぉぉぉん!」」

『ウィリアム・テル』!!!!!!

 二つの閃光が矢のように放たれて、レクイエムの天女に拳を一発入れてやる!
 天女の像は砕け散り、金剛石のような光を放ち消えていく!

 さぁ、これから私たちの大嘘つきの喜劇が始まるよ!
 どこまで嘘? そんなの私たちにも分からない!

 だって、嘘をつく私こそが本物だから!

「嘘を見破ってみなさい、権天使!」

 つづく。

コメント

  • 斉藤 自由

    快晴シャリラさん!
    斉藤です!
    ご指摘ありがとうございます!
    あのコメントで、書く時にいい加減では無く自分なりに気を使いながら書いているのですが…他の作者さんの作品を見てやっぱり違うなと思いました!
    これからも頑張りますのでこれからもご指導宜しくお願いします!
    そして!この作品を応援しています!ヒロインにはものすごく萌えました!これからも頑張って下さい!

    0
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