俺は5人の勇者の産みの親!!

王一歩

第62話 劣等種の幻魔・ファンタジア(1)

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 エピは剣聖って奴なんだぁ。
 生まれた時から体の中に魔力で熱した鉱石を飲まされてきたから、エピの体はすごく重たい。
 それを制御するためには長年の鍛錬が必要だったんだ。

 体の中に剣の材料を蓄積する事により、どうやら最強の力を手に入れられるらしいんだ。
 でも、それって意味あるのかな?

 そもそも、エピって最強だし。

「ねぇ、ファンタジア。なんでエピの首を噛みちぎる幻想をみんなに見せたの? まるでエピが負けたみたいになってるじゃんっ!」

 ビルにめり込む彼の体に問いかける。
 エピの相手はファンタジアって魔人。
 彼は濃度の濃い化け物なんだって。
 エピの軍の二つくらい下の兵士だったけど、最近階級が一気に高くなったって聞いたことがある。

「……それはね、戦力の分散さ。エピソードの魔力は遠目で見た時から分かってたよ。僕が勝てる相手じゃないってことは。だからこそ僕は君を間引いたんだ」

 ファンタジアは砕けたビルから飛び出すと、ケロっとした顔で鼻血を拭く。
 レンズが欠けたメガネを左手で握りつぶすと、新しいメガネが右手から現れる。

「知ってるかい、エピソード? 無限は夢幻なんだよ。空想の中の理論値を信じることのできない生物が夢見る幻想さ。この世に頭打ちのないものなど存在しない。君の魔力も、虚数も宇宙も限度があることを僕がその可愛い体に叩き込んであげるよ。きひひひっ!」

 ファンタジアは指揮棒を構えると、一つの白いピアノを呼び出した。
 魔力の塊であるそのピアノは白く光り輝きながらエピに威圧をかける。

「お話が長いよ、ファンタジアっ!」

 エピも負けじと指揮棒を構える!
 周りを回る美しい剣たちは嬉しそうに踊り出す!
 これからエピの演劇が始まるよっ!

「12本の剣の舞、避けれるものなら避けてみろっ!」

「俺の幻想、見破れるかな?」

 お互いに構えながら様子を伺い合う。
 時計台の時刻、11時55分を回った。
 高速で回る長針がやっと12の位置にたどり着いた瞬間、空が赤く晴れる!

『怒りの日』が訪れたのだ!

「きひひひひっ! 力がみなぎってくるっ!」

「その力も、エピを前にしたら無意味だけどねっ!」

 エピは頭を抱えながら天を見上げるファンタジアに一本の剣を飛ばす!
 空気を切り裂く剣は、振動波を纏ってファンタジアの首元に突き刺さる!

 しかし、彼の目の前で空気にヒビが生えると、剣は2つに分身して見えた。

「鏡っ?!」

「そうだよ、エピソード。ここは鏡の中の世界。自分が逆さまになる世界さ。そもそも僕の世界の中では全てが虚像になるんだ」

 ファンタジアは後ろからエピの肩を叩く。

「?! いつから後ろにいたんだよっ!」

 反応が遅れてしまい、剣たちが混乱しながらファンタジアの頭めがけて飛んでいく。
 5本中3本が頭に突き刺さって綺麗な血を噴き出すものの、それはただの残像である事が感覚でわかった。

「ひどいな、エピソード。僕はまだ君に攻撃してないだろ? そうやって自分の利益ばかり考える女性は嫌いだなぁ」

「うるさいっ!」

 エピは声のする方向に振り向くが、そこにあったのは一枚の小説の切れ端だった。
 半分に破られたその紙切れには大きく文字が書かれていて、その文字に目を通す。

「……馬鹿にするなよっ!」

 二本の剣でビリビリに引き裂くが、その紙は浮遊しながらエピの顔に張り付いてくる!
 そして、その紙切れは暖かさを持つ。
 エピの柔らかいお肉を撫でる感触がビクンと伝わる。

「きゃぁっ……!」

「エピソードってなんで金属の塊のくせにこんなに胸は柔らかいんだい? 不思議だなぁ、不思議だなぁ。もっと君のことが知りたくなってきたよ。きひひひっ!」

「触るな、変態っ!」

 エピは体の横に常備していた剣で紙切れから生まれたファンタジアに一撃を与えるが、鏡のように砕けて空気中に消えていく。

「無駄だよ、エピソード。君は僕を捕まえることはできない。なぜなら、君は虚像だからさ。真なる自分を認めることができずに彷徨うロウソクの火。認めたくない真実から目を背ける、鏡の前で打ち震える君さ」

「うるさいっ! やめてよっ!」

 エピの脳に届くのはファンタジアの優しい囁き。
 どこにもいるようでどこにもいない。
 11本の剣を辺りで振り回しても、一切感触を得ることができない鏡の世界。
 エピは自分の姿が無数に映り込む空間へ迷い込んだことに気づくと、急に自分のことが虚しくなってくる。

「虚像……」

「そう、虚像さ。面白いだろう? これは君の心の中の世界そのもの。どれだけ自分を大きく強く見せようとしても、結局はこんなに綺麗で小さな世界で閉じこもっているのさ。滑稽だろう? 君は弱い、弱いよ。他人に寄り添いたくても触れられない。他人からは頼られても実現できない。君は虚像。虚しくも大きく見せようとするためにできた醜い一人の人格の形こそが鏡、君はその鏡を見てもどれだけ面白い存在か理解できないかい?」

「うるさいっ! うるさいうるさい! もう喋らないでよっ!」

 エピは耳を塞いでも、剣を振り回してもどこにもいない、どこにもいない。
 探しても見つからないし、手で触れようとしても拒まれない。

 気づかれない、嫌がられない、嫌われない、聞こえない、触れられない、戦えない、壊されない。

 誰もいない。

 気づけば、エピは一枚の大きな鏡の前で素っ裸で立っていた。

「君の体は実に綺麗だ、乳房も性器も実に桃色で美しい。これほどの美貌を手に入れて、力も名声も金も手に入れた。でも、君には足りない箇所が多すぎる。鏡では見られないもっと深層の部分さ」

 ファンタジアは鏡の中から飛び出して、エピの頰を撫でる。
 冷たい鏡面がエピの生温くて湿ったところに触れると、ぞわぞわと身震いした。

「……エピには何が足りないの?」

「何が足りない? ここは君の心の中身さ。この風景を見ても気づかないなら、君の負けだよ」

 ファンタジアはエピの唇に触れると、瞬間全てのことを思い出す。

 過去、過去、過去の過去。
 エピが生まれた瞬間から死んだ瞬間まで。
 あらゆる事が鏡の中に映ると、そっとファンタジアに体を預けた。
 透明な海に引きずり込まれるエピの姿は可愛くて可愛くて仕方がない。
 その可愛い姿を毎日鏡で確認しながら自分のことを肯定し続けた。
 その反面、汚い部分を見ずに過ごしてきた。
 部屋の中の風景は何もない真っ白。
 そう、エピは空っぽだった。
 悪いところは全て自分の良いところで見えないようにしてきた。
 それは間違いであると気づいた頃には、振り返っても誰もいなかったのだ。

 エピは一人、一人で生きてきた。
 いつだって一人、近づく奴らはみんな敵。
 この鋭い指先が、触れたもの全てを粉々に切り刻んで肉片を足元に落として来た。
 触れたものは傷ついてズタズタになって辺りに散らかる。

 破れた一枚の小説のカケラに描かれた落書き。

 エピの体は小さい頃から実験されていた。

 子供は辛辣で残酷だった。

 8歳の時。

 ある子供達がエピが読んでいた小説をビリビリに引き裂いて、ペンで落書きして私に投げつけた。
 そのことでエピは無意識に新しい性格を作り出し、刃としてクラスメイトを皆殺しにしたんだ。
 落書きの内容は、たった3文字の言葉。


 キメラ。


『ハチャトゥリアン・クネア・エピソード』

 5種の生物の雑種であり、研究者の失敗作だ。
 エピは生物会の次亜種だと虐められて、自分の存在を守るために作り出したのだ、惨殺するための一つの人格を。
 それが皆を切り刻んで飛び散らせたんだ。

 その時に生まれた新しい感情。

『悲しみのエピソード』。
 私はそれをいつも身につけて来た。

「……」

「君の過ちは正義でも悪でもない。自分を守るための新しい形で作用した君の虚無だ。それが自分の中身すらズタズタにするのなら、僕がそれを取り除こう。さぁ、僕に体を預けてごらん」

 ファンタジアに誘われながら冷たい鏡面に入っていく。
 柔らかい陽射しを浴びながら、真っ白な世界が消える瞬間に目を閉じた。

 ……。

『幻想即興曲』。

 きひひ。

 つづく。

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