俺は5人の勇者の産みの親!!

王一歩

第59話 午後6時23分


 ◆◆◆◆◆◆

「「「「なな、何コレェ!」」」」

 王女4人がアリアの病室に帰ってくると、揃いも揃って狂い嘆く。
 それもそうだ、病室の前の廊下に円形に剣が刺さってるわ、病室は吹き飛んでるわ、民間人は外に避難するわ……。
 エピソードが透明になれる結界を張っていなければこんなところにずっと居られなかっただろう。

「あぁ〜! カノンちゃんっ! 元気だったぁ〜?」

 エピソードがぐちゃぐちゃになった部屋の中で走り回ると、カノンに思いっきり抱きつく!

「ちょ、エピちゃん! これしたのあなたなの?!」

「そうだよっ! どう? 切り口綺麗になったでしょぉ! 下半身さんが鍛えてくれたんだよぉ〜!」

 鏡のような切り口を指差してぴょんぴょん跳ねまわるエピソード。
 カノンは顔に手を当てて考え込む。

「……修理費どうすんのよ、だから建物に近づくなって言ったのに……」

「大丈夫だよっ! 王子がツケといてくれるからっ!」

 そう言って俺の方に振り返ってウインクした。
 可愛い見た目してるくせに、腹の中は炭みたいに真っ黒な女さ。
 さっきから修理費の話になるたびに俺の顔を見やがって!

「絶対に俺は払わんぞ! エピソードがやった事だろ!」

「えぇ〜! だから、これは演劇費だよぉ! エピの『剣の舞』綺麗だったでしょ!」

「んなわけねぇだろ! 真っ白な煙で何も見えんかったわ!」

 エピソードがぷくぅと膨れると子供みたいに駄々をこねる。
 残り時間20分ってのに本当、みんな仲良いなぁ!
 これが異世界のリアクションってやつかよ!

 ◆◆◆◆◆◆

 外で消防車が駆けつけたのか、サイレンの音が鳴り止まない。
 エピソードがここにくるための階段やらエレベーターを壊したせいで、避難する人たちや救護隊は非常口から移動しているようだ。
 テルとエータはここまでくるの大変だっただろう。

「さぁ、そろそろ時間よ。アリア、テル、アイネ、準備はいいわね?」

 王女4人は円を描くように輪になっている。
 対するそれ以外の人たちは壁のかけらを被ったベッドの上に座っていた。
 珍しくテルは真剣な表情で、アリアも眉をキュッと寄せる。
 カノンとアイネも輪の中心を見つめながらイメージを膨らませていた。

 残り時間3分。

 空は青く輝く美しい快晴。
 太陽は白く燃えて俺たちを温かく見守ってくれている。
 桜の花びらがちらほらと舞う春風。

 そんな姿も数分後には全て失われてしまうと言うのか。
 俺は青く光り輝く4人の王女たちをただただ眺めていることしかできなかった。

「……カノン、そろそろいいと思う」

「ええ、私も準備完了ですわ」

「私も大丈夫だよ!」

「……おっけい、じゃあ儀式始めるから、心臓を取り出して」

 カノンが号令をかけると、王女たちは自分の胸に腕を突っ込む。
 顔を歪める王女たちの肉が引きちぎる音を聞く。
 テルは涙目になりながらも自分の鮮血を帯びた心臓を取り出す。
 アイネも歯を食いしばりながら心臓を抉りだものの、隣にいるアリアはいとも簡単に心臓を握りしめて取り出す。
 あ、アリアは痛覚がないって言ってたな。

 カノンは取り出した心臓を中心に浮かせると、周りの王女も同じように自分の前に浮かせる。

「……我が心臓。輪唱石『ラビリティカの心臓』。我が名はカノン。この心臓を翳す我らの御心を守り給え」

「……我が心臓。戯曲石『キャロナグレスの心臓』。我が名はテル。この心臓を翳す我らの御心を守り給え」

「……我が心臓。舞曲石『ワッゼラキアの心臓』。我が名はアリア。この心臓を翳す我らの御心を守り給え」

「……我が心臓。夜曲石『ミューレコネスの心臓』。我が名はアイネ。この心臓を翳す我らの御心を守り給え」

 王女達は心臓を中心に捧げながら魔力を込めると、その結晶体は光り輝きながら回転しだす!
 溢れ出る魔力と光!
 生身の人間ですら分かる絶対的な力と優しさを肌で感じながら、俺はその美麗な光景を眺めていた。
 青、緑、赤、黄色の光が高速で回転して天使の輪のようにになると、輪の中心から虹色の光が迸る!

「出でよ、ラビリティカ!!!!!!」

「出でよ、キャロナグレス!!!!!!」

「出でよ、 ワッゼラキア!!!!!!」

「出でよ、ミューレコネス!!!!!!」

「「「「我ら人類を守り給え!!!!!!」」」」

 王女達は掲げた両手のひらをパチンと握った!
 その瞬間、焔になった光達が集まり、大きく揺れ動く神々の具現体に変身したのだっ!

 狭い部屋の中に四種類の閃光が俺たちの眼に突き刺すように光り輝く。
 王女達はそれを眺めながら口を閉じる。

「まだだっ! あと30秒だ! 飛ばすんじゃねぇぞ!」

 サリエリは空を眺めながら叫ぶ!
 真っ青な空に浮かぶ小さな雲たちも、一点を避けながら流れていく。
 すでに開かれた地獄の扉、空はみるみるうちに乖離して景色が黒く塗りつぶされて行く。
 開口した悪魔が我々人類の心臓を飲み込もうと舌なめずりをする。
 その残酷な悲鳴のような音、天変地異の前兆と見て間違いないだろう。

 テルは言っていた。
 これはダビデとシビラの予言通りだと。
 故に、奴らの動きは必ず道順を沿って現れるはず、だと。

「大学の大型時計台の上に歪みを発見しました! 王女さんたち、そこに狙いを定めてくださいっ!」

 フーガは言葉を投げかけると、彼女たちは無言でその言葉に応答した。
 世界が書き換わる瞬間、『怒りの日』を迎えようとする瞬間に人類は滅亡する。
 そして、約束の日を迎えし暁月の夜に新世界は完成する。
 それだけは阻止しなければならなかった!

「北緯35度、接近物あり! エピソード!」

「わかってるよっ!」

 エピソードは合計で11本の剣を床から抜き取ると、指揮棒をポーチから取り出して病室から飛び出す!
 病室の窓が砕け散るほどに激しい蹴り上げ!
 マッハを超える彼女の飛び出しにより、衝撃波が俺たちを襲う!

「邪魔はさせないぞっ!」

 エピソードが指揮棒を振るうと、剣達は悲鳴をあげながら空間を切り裂いていく!
 その彼方に見えるのは青い蝶の羽を羽ばたかせながら高速で近づく1人の男だった!

「そこにいたか、虫ケラども!」

「ファンタジアっ! なんでそっちに着いちゃうんだよっ! こっちの方が絶対に救われるはずなのに!」

「戯れるな、人形! めんどくせえことは考えたくないんだよ! 幻想の赴くまま、雲のように消えたいんだ、僕は!」

 そう言いながらぶつかる二つの魔力!
 俺はその二つの禍々しい魔力が弾けるのを見ているだけだった。
 何かしてやりたいのに、サリエリが胸の中にいないと戦力外になってしまう自分が情けない。

「あと15秒! 気張れよ、王女!」

 サリエリが汗を垂らしながら流れてくる魔力弾を結界で弾き返す!
 結界は張れても攻撃はできないサリエリも同じく後手に回るだけだった。

 そして、エピソードとファンタジアが閃光を放ちながら魔法を打ち込み合う!

「てやぁぁぁぁ! エピの剣舞、なめるなよぉ!」

「見切ったよ、太刀筋! 単調すぎてあくびが出るね! その柔らかそうな肉、僕がしゃぶり尽くしてやるよっ! きひひひひっ!」

 ファンタジアがエピソードの後ろに一瞬で回り、エピソードの首に噛み付くと、脳や背骨を引き抜いてぶった切る!

「きゃぁぁっ!」

 ピンク色の髪に鮮血が飛び散るのが見えると、俺は叫ばずにはいられなかった。

「エピソードぉ!」

 蝶の羽はエピソードのことを包み込み、服を剥いで内臓を一本ずつ食いちぎっていくのが分かる!
 飛び散った肉がボロボロの羽の合間から見えると、エピソードの首が背骨ごと落ちていったのを確認した……。

 俺はバラバラにされていくエピソードをただ見ていることしかできない、本当に無力なのか、俺は!

「残り5秒! 放て!」

 サリエリはバッと腕を振ると、王女たちは一斉に目を開いた!
 光り輝く4つの花が咲き誇ると、花びらが空間を貫きながら吹き荒れる!

「「「「はぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」」」」

 虹色の閃光が天井を突き破り放たれていく!

 閃光は時計塔の方へ向けてとぐろを巻きながら空気を砕き走る!

 瞬間、時計塔の上空が真っ赤になり、巨大な穴が開くと中から影が現れる!
 禍々しい光を放つその影は、さらに強い赤黒い閃光と共に雲を吸い込んで膨らんでいった!
 その姿は、まるで悪魔そのもの!
 大気に瘴気を発すると、十字架が水平線の彼方まで広がっていく!

『新世界より』!!!!!!

 怪物は空を覆い尽くすほど大きな羽を開くと、高笑いする声を聞く!

「世界の書き換えが起こるかもしれない! 急激な変化に備えろ!」

 サリエリが号令をあげた瞬間、秒針は12の位置についた!

『『『『レクアトロ・スタジオーニ』』』』!!!!!!

 王女達は光り輝く虹色の宝石に手を添えた!

 十字架が降り注ぐ赤い空!
 時が瞬間凍りつき、あたりの人々は空を見渡す!

「二度と死にたえろ、古き生命よ! 我が新しき世界の生贄となるがいい!!」

 バケモノは指揮棒を構えてそれを振り下ろすと、一斉に十字架を落下させる!
 煌びやかに輝く白い光が裁きを決す!
 その姿はまさに神話に登場する何かしらの神!
 俺は魅せられた、その美しい命に!

 王女達は心臓を握りしめて、思い切り魔力を込める!
 虹色の光はその瞬間に一本の線に収束すると、一点がビックバンのように光り輝いた!
 そして、轟音と共に赤い空は一斉に緑色に書き換わる!
 その結界は十字架を隠すように水平線の彼方まで広がると、奴らの強い殺気は何も感じなくなった!

「せっ、成功だ!」

 サリエリはガッツポーズをすると、紳士でダンディな彼はベッドの上でボンボン跳ね回る。

「空に、結界を張るとは……!」

 フーガは空に広がる超巨大な結界を眺めながら冷や汗を裾で拭き取る。
 結界に刺さった無数の十字架はブルブルと振動すると、結界に吸い込まれていくように無くなっていく!

 俺たちはその光景を眺めながら、ただ過ぎ行く時の中で心を踊らせていた。

 作戦成功だった!

「やっ、やったぜカノン! よく頑張ったよ!」

 俺は瞑想を続けるカノンに抱きつこうとする。
 と、カノンは甲高い声で叫ぶ!

「待ちなさい! 違和感が無くならないっ!」

「間違いないですわ、失敗ですの!」

「……ワールド、やはり予期してた」

「くるよ、リュート君! 奴らが結界を砕こうとしてるのが肌で触るように分かる!」

 王女達はキラキラと光る心臓を胸の中に戻すと、4人の王女は立ち上がる。

「ど、どういう事だよ」

 俺はカノンに駆け寄ると、何も言わずに壁の方を指差す。
 俺はその方に顔を向けると、カリカリと変な音を立てながら針が大回転する時計を確認した!
 時は高速で動き続けている!
 例の世界の書き換えってやつか……?!

「……失敗……なのか?」

 カノンは俯くと、ゆっくりと首を縦に振った。

「……生命の保管には成功したわ。私たちが結界を解かない限り、生物は死ぬことはない。……ただ、この魔法に関わった私たちは別の話。そして、世界の書き換えの根源までは阻止できなかった」

 カノンは涙を流すと、俺の首に手を回す。

「……『怒りの日』が訪れる……!!」

 カノンは俺の体を思い切りギュッとすると、珍しくカノンは大粒の涙を流す。
 俺は初めて女の子が絶望したところを見てしまった。

 そう、この魔法は『戦争をするためのもの』ではなかった。
『戦争を起こさない』ことがもっとも重要であったのだ。

「……失敗か、リュート。残念だったな」

 サリエリはポンと俺の頭に手を乗せる。
 わかるよ、震えてんだろ?

 俺はエピソードが悪役と戦ってくれるために来てくれたのだと思っていた。
 違うんだな。
 王女達の魔法発動の邪魔をされないための捨て駒だったんだろ?

 もう一度言おうか。
 この魔法は『戦争を起こさない』ための魔法。
 奴らの戦力の無力化が一番の目的であったが、失敗。
 5分後には暁が完全に空の真上に浮かぶのだろう。
 力を取り戻した奴らが何をするかなんて分かりきった話だ。
 時計台の真上の結界はすでに欠けかけている。
 結界を破られるのは時間の問題……か。
 その時が、俺たちの最後なのか?
 嘘……だろ?

「……原因は、魔力が有り余るほどあるのに、魔力を込めきれなかったことにあるよ。私、たくさん魔力が余ってる」

 アイネは手をぐっと握ると、濃厚な色の魔力弾を生成した。

「わ、私も全然使いきれなかったですわ。息が合っていなかったか、あるいは魔力の込め方が間違っていたのか……」

 アリアも尻尾をふりふりと振りながら魔力弾を作り出す。

「そ、そうだねっ! 戦うくらいの余力はあるよ!」

 テルも魔力弾を作り出そうとするが、彼女はできないようだ。

 カノンは俺に抱きついて離れようとはしない。
 俺はゆっくりとカノンを剥がすと、唇に優しくキスをした。
 彼女は俺の目を見つめると、しゃくりあげながら喋ろうとする。
 しかし、彼女は考えがまとまらないようで何を言おうとしているかは分からなかった。

「……魔力はあるか、カノン?」

 俺は優しく彼女の髪の毛を撫でる。
 柔らかくて艶やかなそれに手を通すが、何本か髪の毛が絡まって撫でるのを止めさせる。

「……魔力は沢山余ってるよ。ほぼ使ってないのも同然よ」

 そう言うと、カノンはクスッと笑った。

「……まだ希望はあるよな、カノン?」

 俺の真剣な顔を見ると、笑った顔から優しい顔に変化した。
 会った時よりも随分大人びた顔をしてやがるよ、可愛いカノンさんよ。

「戦うつもりなのね?」

「あぁ、このまま抵抗せずに死んでたまるか!」

「……ふふ、やっぱりリュートはリュートだね。あの時の選択の仕方と変わらないんだね」

 俺とカノンは笑い合いながら、お互い目をトロンとさせた。
 彼女の息が荒くなるのを感じて、俺はもう一度唇に近づいていった。

「ちょちょ、リュート君! いつまでカノンといちゃついてるのっ! 信じらんないっ!」

 テルは俺たちの間に手のひらを入れると、勢い余ってテルはずっこける!
 エータはその姿を見て急いでテルのところに駆けつける!

「そ、そうだぜリュート! あと5分もないんだぞ! いちゃつくなら後にしろ!」

「お、おう、すまない」

 テルは頭を打ったのか、額を激しく擦る。
 確かにそうだ、こんなことしてはいられない!

 ◆◆◆◆◆◆

「これより俺、サリエリが指揮官となりこの軍を動かす! 班割りを決めたから順に言っていくから返事しろよ! 対ボレロ戦! アイネ!」

「はいっ!」

 アイネは手を挙げると、キュッと眉を寄せる。

「対チャルダッシュ戦! アリア! フーガ! メロ!」

「「「はいっ!」」」

 3人は立ち上がると、アリアに集まる。

「対レクイエム戦! テル! エータ!」

「「はいっ!」」

 テルはエータの手を握ると、デレデレし始める。

「対ワールド戦! カノン! リュート! と、俺だ!」

「「はいっ!」」

 俺たちはそれぞれの班に集まり、決意を固めて行く。
 あと数分後には戦争が始まるというのに、どこか真実から目を背けたくなる連中が多くいる様だ。
 俺も元から戦う筈ではなかったため、心の準備ができずに魂がどこかフワフワ浮かんでいる心地になる。

「……すまないな、アイネ。万が一に備えて呼んでおいたエピソードがいなくなってしまって……」

 サリエリはアイネの頭を撫でると、アイネは気持ち良さそうに口をにゅっとする。
 そして、サリエリは優しく彼女の耳に囁きかけた。
 内緒話だなんて、そんなことしていいのかよ、指揮官さんよ。
 アイネはサリエリから耳を近づけられると、彼女の顔は真っ赤っかになる。

「……大丈夫。さ……サリエリさんも頑張って...」

 青髪の少女は珍しく声がひっくり返る。
 緊張してるのだ。

「それでは各部隊! 出来るだけ離れて配置につけ! 激しい戦いになることは明白だ! 皆、生きて帰ってくるのだぞ!」

 サリエリの号令とともに、王女たちは一斉にスタート位置まで移動して行く!

 俺はカノンの腕を掴むと、彼女は魔法で背中に生やした翼を使って窓から病院を飛び出した!
 他人から見られてないから空を飛ぶ魔法も使っていいのは理解できるけど、そんなに張り切って飛んだら落ちちまうだろ!
 うわぁ、高ぇぇぇ!!!!

 俺はカノンにしがみつきながら初めて見る空からの風景に感嘆の声を上げた。
 しかし、空から見る風景もあまりいいものではなかった。
 至る所で車が玉突き事故を起こしたまま止まってる。
 人々は石のように固まったまま動かない。
 スクランブル交差点の真ん中で人々が棒立ちしているのがいい証拠だ。

「……始まるんだな、戦争が」

「そうよ。……どうか、死なないでね?」

「あぁ」

 俺はカノンの悲しそうな顔を見る。
 俺はその顔の意味を知っている、俺はカノンから何となく話は聞いていた。
 ワールドは恐ろしい魔人であること。
 自分の思いに忠実で、他人の運命など考えてないこと。

 そして。

『俺はワールドに殺された』こと。

 つづく。

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