タナトスの剣

隆醒替 煌曄

序章-3.平穏(3)

「お邪魔しまーす」
「失礼する」


 玄関先にいた男女二人組は、挨拶をしてから家の中へと入った。


 最初に入ってきたのは、語尾を少し伸ばした挨拶をした忽那 波音 (くつな はのん)だ。


 茜とはまた趣の違う美人で、茜同様、学園カースト上位である。それなりに育った双丘や、腰まで伸ばされた艶やかな黒髪が眩しい。


 人懐っこい性格で、友人や幼馴染にくっついていく様はまるで子犬のよう。平均より少し身長が低いということも、子犬感をより一層引き出していたりする。


 暁希同様、拳銃などの中距離及び近距離の銃を使うことに才能を有しており、それに関しては暁希をも凌ぐ。暁希が無双をした後、波音と一騎打ちになり、波音が勝利したことも記憶に新しい。ただ、剣には才能が一切なく、振ることすらままならない。魔法に関しては、普通、と言わざるを得ないだろう。


 ただ、頭がよく、常に成績は学校全体で5位以内。運動神経も暁希ほどではないにしろ、とても良かった。


 次に礼儀正しそうに入ってきたのは勘解由小路 春吉 (かでのこうじ はるよし)だ。


 校則に反しない髪型の黒髪に、シャープな顔立ち。そして、眼鏡。


 セシアほどではないが、魔法の才能があり、上位魔法は連続15回撃てる。ただ、回復魔法に関しては、セシアをも凌駕していた。


 しかし、彼の特長はそこではなく、学業であった。テストは常に100点。成績は1位未満は取ったことがないという。一部では、先生よりもより多くの知識を保有しているとまで噂されていた。


 運動神経は言うほどよくはない。だが、そのクールと評すべき見た目と、頭の良さから、先生からも生徒からも頼りにされる眼鏡くんだった。


 ついでに、春吉の一人称は似合わず『僕』である。


 二人とも、碧人の幼馴染だ。


 彼らの手には、今晩の食卓に並ぶのであろう料理の材料が、袋ずめで握られていた。外観では、何が入っているかまでは分からない。


「碧人君、キッチン借りるよ」
「はいよ」
「あ、私も手伝います」
「私も」


 波音を筆頭に、茜、セシアと続いてキッチンへと消えていく。その場には男共のみ残された。


「……何する?」
「勉強」
「うげっ、さっきも学校でやっていたジャン」
「じゃあ他に何かすることがあるのか?」
「……ないけどさ。だったら模擬戦しようぜ。庭で」
「それマジで言ってるの?」


 暁希の言葉にツッコミを入れる碧人。実際、碧人の住んでいる家の庭は大して広くない。精々小さな倉庫が建つぐらいだ。模擬戦をするにはいくらなんでも狭すぎる。


 それから引き下がろうとしない暁希だったが、碧人の介入により、彼らは勉強することになった。碧人としては、今日の授業の内容が気になっていたので、いい感じにことが運んでいた。


 3人で、リビングの机にノートを開いて、勉強を始める。


 開始30分で、暁希は眠り始めた。10分ほど前から寝かけていたところを碧人と春吉が起こしていたが、とうとう深い眠りに入ってしまった。


 碧人は苦笑いしながらも、しょうがないか、と再びノートに面を向けた。


 今日習ったのは、新しい魔法数学式の公式のようだった。数字列がズラリと並んでいる。暁希が見れば、卒倒するだろう式だ。


 碧人にも少し難しい公式だったが、少し時間を割いて頭に入れる。


 チラリと春吉を見ると、彼は予習をしているようだった。碧人には彼の書いている公式が何かさっぱりだ。微塵もわからない。


 それから更に1時間。


「ご飯できたよー!片付けてー」


 キッチンから机の上に広がった色々を片付けろ、と催促の声が聞こえる。夕飯が完成したようだ。碧人は立ち上がり、ダイニングのテーブルに広がったあれこれを片付ける。


 春吉は暁希を起こすのに苦労していた。


 暁希も起きたところで全員ダイニングへと集まる。


 食卓には、凝ったんだろうなぁ、と感じさせる料理が並べられていた。


 白ご飯、味噌汁は勿論のこと、ヒラメのムニエルに、鶏肉のチーズ焼き、そしてコーンサラダだった。希望者のみ、デザートたるプリンが用意されていた。


「「「「「「いただきます」」」」」」


 部屋全体に彼らの声が響き渡った直後には、彼らの手には箸と、その先には料理が掴まれていた。


「そういやお前ら、親に連絡とかしなくていいのか?魔携持ってるだろ?」


 『魔携』とは、『魔法携帯電話』の略である。


 これも転移者の世界のものの類似品らしく、本人の魔力で稼働する。最大半径100kmまでの範囲で通話、メールができる優れものだ。この世界において、これ以上の一般的な通信魔法機器は存在しないだろう。


 これは、キャプチャー学院に入る時に無料で配布されるものなので、無くさない限り持っているはずだ。入学時に、各家庭に固定用の『固定魔法電話』も配られているので、連絡も取れるはず。最低でもメールは入れるだろう。


 ちなみに、この魔携、お値段は白金貨1枚だ。白金貨1枚で、ざっと小さめのアパートが人部屋借りられる。固定だと少し安くなって、3/4の金貨7枚と白銀貨5枚だ。


「勿論送ったよー。碧人家ここに来る前に。皆で一斉にね」
「……用意周到だな」


 既にやることはやっていた、としたり顔の茜に、碧人は軽く苦笑いをした。当然のことを茜達はしていたのだが、碧人はどうも苦笑いをせずにはいられなかった。


 その苦笑いを掻き消す様に、碧人は料理を口に運ぶ。いつもながら美味しい料理に、碧人は心の中で感嘆した。やはり女子だからだろうか、という偏見も同時に浮かび上がる。


 ちなみにこれらの料理も、かの転移者様がこの世界に持ち込んだものだ。特に味噌汁と白ご飯がそうらしい。白ご飯は元からあったらしいが、転移者が広めたものだ、と多くの書物には記されている。


 和気藹々と、食卓に囲まれる彼らの楽しげな声が響く。何も変わらない、いつもの風景。碧人は気づいていない。どんなに酷い仕打ちをされようと、碧人は彼らの雰囲気で、それらを耐えしのいでいることを。それほど、碧人にとって、楽しく、愛しい時間だった。


 そして約20分後。食卓には空の皿しか残っていなかった。その周囲にいる彼らは満足気な笑顔をしている。


「あー、美味しかった。もう時間だし、そろそろ帰んないと」
「そうだな。勉強をしたい」
「……勉強も程々に、な」
「心配はいらないよ碧人。好きなことをしているだけだからな、僕は」


 そう言って眼鏡をクイッと上げる春吉。眼鏡で光が反射して見えないが、恐らく本気の目をしているのだろう。


 どんだけだよ、と心の中で思いながら、碧人は玄関をくぐっていく茜達を見送る。外は既に日が落ちているが、彼らは碧人の家から程遠くない所に住んでいるので、特に危なくない。全員卓越した才能を持っているので、尚更だ。


「明日も来るかな?」
「あ、うん、それはちょっと勘弁」


 彼らが来ると、碧人は彼らの雰囲気に飲まれて気疲れしてしまうので勘弁して欲しい、と思いながらも、裏腹に少し期待していた。彼らとの時間が、そのとても居心地の良い場所が、碧人にとっての最大の拠り所だった。


「さて、私達も勉強しよっか」
「……お前も大概だな」


 勉強好きな義妹にやや呆れ顔をしながら、碧人は茜から借りたノートを取って、2人して机に向かった。


✕ ✕ ✕ ✕ ✕


 翌日。


「──きて──おきて──起きて、お兄ちゃん」
「──ん?」


 不鮮明から段々と鮮明になっていく声で、碧人は起きた。気のせいではなく、体が物理的に重い。


 重い瞼を開けて見れば、セシアが碧人の胴をまたぐ感じで座っていた。不可解すぎる光景に、碧人は頭にハテナを浮かべる。


「……何してるんだ?」
「だってお兄ちゃん、全然起きないんだもん。ということで、乗ってみました」


 どういうことだよ、と碧人はツッコミを入れながら、セシアを退かす。碧人はあえて口に出していないが、セシアは少しばかり扇情的な服を纏っており、大事な部分が見えそうで見えないのだ。そういうのが、男の色々を刺激する。


「もうご飯できてるよ」
「あぁ、うん、ありがとう」


 未だ寝ぼけた目で感謝を口にする。碧人は洗面台へと消えると、少しして帰ってきた。


 朝はどうやらサンドイッチのようだ。碧人の好きな食べ物TOP10に入る代物である。


 朝はあまり食べ物を受け付けない碧人だが、サンドイッチは手軽に食べられた。朝にはピッタリである。


「今日は学校行くの?」
「あぁ、今日は魔法数学第二の授業があるからな」


 魔法数学第二とは、碧人が受けられる授業のひとつだ。難しい数学式を主に取り扱う科目で、生徒達からは嫌われている。碧人は魔法数学第二は得意なので、よくこの科目の先生からは贔屓されていた。


 支度をして、見送るセシアを尻目に家を出る。雲ひとつない晴天が眩しい。


 それから暫くして交差点に差し掛かろうとしたその時、目の前に魔法陣が現れた。


(──!?広範囲接続魔法式か……!?)


 魔法陣がどのようなものかを一瞬で見抜き、確証を得るため周りを見渡す。


 碧人の考えは正解だった。その場の誰もが、目の前に魔法陣が浮かんでいる。


 そして、その魔法陣が光ったかと思うと、その光から人が形作られた。


 フードを深くかぶっており、顔は分からないが、その体躯から恐らく男性だろうことは分かる。


 その男は、手を空に掲げた。フードに隠れるその口は、細く笑っているように見える。


 すると、男は宣言した。


「ここに、生と死を掛けたデスゲームを開始する!!!」


 フードに隠れる口が更に深く三日月のように裂けるのを、碧人は確かに感じた。

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