タナトスの剣

隆醒替 煌曄

序章-2.平穏(2)

「フッ──」
「ぐぁっ」


 ガンッ、と大きな音を立てて、少年は地に伏した。手には真剣が握られている。


 対して、それを見下ろすのは、碧人であった。彼の手にも、剣が握られている。しかし、真剣ではなく竹刀だ。


「やめっ」


 恐らく審判であろう人が中止の声を上げる。そして、試合は碧人の勝ちと宣言した。


 今は4時限目。つまり、剣技の授業の時間だった。


 ふっ飛ばされたのは、いつも茜に付きまとっている取り巻きのリーダー格だ。天井のライトを、病気ではなく本人はファッションと言って聞かない禿頭が反射している。冗談抜きで、碧人には眩しかった。物理的に。


「勝者、久遠 碧人!」
「……チッ」


 禿げ男が舌打ちを残して去っていく。次いでに剣を投げ捨てるのも忘れない。同時に彼の同類茜の取り巻きの何人かも、彼について去っていった。


 後ろから、気配を感じる。碧人は振り向くと共に竹刀を掲げた。


「「「はあぁ!」」」
「……不意打ちなら静かにしてくれ」


 碧人に襲いかかった男3人が、碧人によって吹き飛ばされる。碧人の膂力が高いわけではない。一人一人に、神速とも言える彼の剣速で、彼らの胴を突いたのだ。3人を一度に吹き飛ばす訳では無いので、これと言った力は必要ない。


 この学院には、もとい世界全ての対モンスター機関人員育成学校には、学年という隔てりはない。卒業するには単位をとるわけでも、出席日数でもなく、試験を合格することのみの方法しかない。例外はなく、誰一人として試験をせずに『キャプチャー』及び『ガーディアン』になったものはいない。


 そして、その試験内容は、勿論実技と筆記だ。


 体育の授業は、その実技の試験クリアさせるための、実習しかない。つまり、今、碧人はバトルロイヤル形式で周囲の人と剣を混じえているのだ。


 碧人は剣技の成績は抜群。周囲の人とは比べ物にならないほどの成績だったため、真剣は使えず、いつも竹刀での実習をしていた。それでも、無敗であったが。


 また、真剣を実習で使っているのは、生徒それぞれが付けている魔法道具に、装着者の身に命の危機が起こると、自動的に障壁を出す魔法が組み込まれているからだ。つまり、大怪我する心配はないのだ。


 ちなみに、先程の勝利判定は、禿頭の野郎が、碧人に一騎打ちを申し出て、碧人が勝ったことへの判定だ。


 実は、禿頭の狙いは碧人が勝って隙ができたところを、3人のグルが襲う、というところにあったが、碧人の並外れた剣技によって水の泡となった。


 碧人が中央に悠然と佇む。周囲の人が、碧人を睨みつけた。


 1人が碧人に襲いかかる。碧人の剣戟には、遠く及ばない剣速だ。


 碧人は何事も無かったかのようにそれを避けて、場外へと突き飛ばす。


 続いてさらに人が碧人に襲いかかる。縦に3人、横に3人といった感じで十字配置している。明らかに組んでいる。


 碧人は、まず横の2人は初撃以外は無視する、と判断。


 最初に一番前のヤツの初撃を弾いて、柄頭の方で押し飛ばす。そいつが邪魔になって、後ろに縦に並んだ3人は立ち止まった。


 それを見て焦ったのか、雑な剣を碧人に振り下ろす横2人。


 碧人は押し飛ばしたヤツが手放した真剣を手にして、双方の剣を


 2人の剣が混じり合い、甲高い金属音と火花を散らす。


 余程強く剣を振ったのか、2人は同時に軽く吹き飛んだ。


 それを機として、継続使用してはいけないため真剣を捨て、立ち止まった2人のうち、前の1人を斬り上げる。


 そして、振り上げた剣を、前のヤツが仰け反ったことによって視界に露わになった後方のヤツに、振り下ろして頭部を叩く。後ろのヤツは撃沈した。


 一瞬飛んだ意識を取り戻した前のヤツを、また竹刀の横薙によって意識を飛ばす。次いでに左側のヤツも飛ばしておく。


 漸く立ち上がった右側の1人が、決死の覚悟で碧人に剣を振り下ろす。碧人はそれを竹刀で防ぐことを選択した。


 ヤツの口角が、細く釣り上がる。碧人はそれを見て悟る。これは本命ではないな、と。


 案の定、一番最初に倒した最前方のヤツが後方から、剣を碧人に突き刺そうとしていた。


 流石に碧人でも両方を防げない。故に、彼は両方をした。


 サッと左側に避ける。左側のヤツの剣は空を斬った。そして、最前方のヤツは、突き出した剣を左側のヤツに向けていた。


 ガキィィィン!と剣と何かがぶつかる音が響く。命の危機だと感知して、魔法道具が部分障壁を展開したのだ。


 それに反発して、突き出した剣が弾かれ、最前方のヤツは飛ばされた。また、そいつの剣の勢いによって、障壁を出した側のヤツも飛ばされる。


 そこをすかさず、障壁を出していない最前方のヤツの意識を刈り取る。


 残った右側のヤツと碧人が一騎打ちの状態となる。


「……参った参った。お前には一騎打ちじゃ勝てん」


 左側のヤツは諦めが良かったようで、真剣を地に置くと、両手を上げた。碧人もそれを見て、翳していた竹刀を下ろす。


 碧人の周りのヤツは、降参したヤツを覗いて全員気絶していた。内半分は碧人の仕業である。このように、碧人の剣技の才能は卓越していた。


「流石だな、碧人」
「先生……大したことじゃありませんよ。これの場合だと、真剣よりも竹刀の方が場に適しているし、彼らの剣術を馬鹿にして、剣を碌に振れてもいない」


 竹刀を地面に置いて、話しかけてきた剣技の先生と語らう。碧人の顔は、本当に大したことではないと、その表情から語っていた。


 丁度そこでチャイムが鳴り響く。授業終了の合図だ。


「……先生、俺、気分が悪いんで、早退します」
「……分かった。担任には私から言っておこう」


 竹刀を定位置にかけて、碧人は体育館を去る。


 ちなみに、この体育館で気絶した人は、授業終了時には確実に目を覚ますよう魔法がかけられているので、授業や昼休みに遅れることはない。


 体育館から出て、教室へと戻る。バッグを取りに行くためだ。碧人を蔑んでいるクラスメイトに荒らされるのでは、と茜やその他友人は心配していたが、この学院のロッカーの安全さは折り紙付きなので、心配ない。


 何故、碧人は帰るのか。別に碧人は体調不良ではない。ただ、昼休みの後の授業が、碧人の受けられない授業だけなのだ。つまり、学校にいても意味がないのである。


 ゆったりと正門を潜り抜け、誰も通らない通りを1人歩く。春の暖かい日差しでは、碧人にはあまりいい気分は得られなかった。


 正門を出て10分ほど真っ直ぐ進むと交差点が見えてくる。その交差点を右に曲がると、多くの家が連なる住宅街に出る。そこからさらに5分歩いくと、碧人はとある一軒家の前に止まった。その家の門を通り、懐から鍵を取り出し、ドアを開ける。


「あ、お兄ちゃん。お帰り」
「あぁ、ただいま」


 そう、ここは碧人の家である。正確には居候だ。


 碧人の両親は現在外国におり、代わりに親戚であるこの家に居候させてもらっている、というわけだ。また、この家の両親も昨今に外国に行ってしまったが。


 そして目の前の、碧人を『お兄ちゃん』と呼ぶ少女は、名を久遠 セシアという。碧人の親戚にあたる少女だ。名前だけを見れば明らかにハーフなのだが、外見は碧人と同じ人種に近い。別人種の母は輪郭と生まれつき白い髪色のみで、人種の特徴やその他諸々は碧人と同じ人種である父親から受け継いだため、このような見た目なのだそう(本人談)。


 茜に負けず劣らずの美少女なのだが、極度のコミュ障で学校に行けず、行ったとしてもその美貌を妬まれて、他の女子生徒にいじめられてしまう。故に、日々家で真面目に家で勉強していた。碧人も時々教えている。また、碧人も及ばない時は茜が登場する。


 不登校なものの、成績は優秀であり、銃や剣の腕はからきしだが、魔力量及び魔法技術は茜をも遥かに超えている。上位魔法を最低連続20回は撃つことができ、また魔弾系の魔法精度が異常なほど高い。碧人自身は、これ以上の魔法に特化した才能の持ち主にはどこを探してもいないのでは?と確信している。


 まさに才色兼備を体現したコミュ障な彼女は、昔から一緒に住んでいる碧人を『お兄ちゃん』と呼び慕っている。碧人は、数少ないセシアが喋ることの出来る人物なのだ。碧人も、セシアを出来のいい妹、と認識している。


「お兄ちゃん、今日は早いね」
「ん?あぁ、受けられる授業がもうなかったからな」
「やっぱり抗議した方がいいよ。お兄ちゃん、剣の腕とか凄いのに」
「剣だけじゃどうにもならんさ。実際剣なんて全然使われていないし」
「でも……」
「ありがとう、セシア。でも、俺は今これ以上状況を悪化させたくないんだ。気持ちだけ受け取っておくよ」


 周りから見た碧人・セシア兄妹の評価は、結婚しているのか、と言うぐらい仲がいいので『夫婦兄妹』と言われている。そう呼ぶうちの過半数は、蔑みを含んでいるが。他にも『ニート兄妹』、『能無し兄妹』という呼び名まである。ニート兄妹なんて呼ばれた時は、碧人は心の中で別にニートじゃないから、と盛大にツッコんだ。


「お兄ちゃん、勉強教えて」
「あぁ、いいぞ。分かる範囲ならな」


 日常のように、彼らは机へと向かう。


 碧人はそれなりな成績なので、年下の義妹に勉強を教えるぐらいの知識はあるのだ。だから、ほぼ毎日、帰ると碧人はセシアに勉強を教えていた。


「この魔法数学式が意味分からないんだけど」
「あぁ、これはな──」


 教えると言っても、セシアの質問をひたすら碧人が教えるというスタンスだったが。


 4時間ほどして、彼らは休憩を入れた。外には3人の男子生徒が歩いている。授業が終わったのだろう。


「……羨ましいの、お兄ちゃん?」
「……いや、どんな気持ちであそこを歩いているのかな?って思ってさ」
「あはは、何それ。はい、お茶」


 「ありがとう」と礼を言って、碧人は喉にお茶を流し込む。紅茶だった。


 セシアは料理も出来て、またお茶を入れるのが上手い。市販のティーバッグでお茶を作ったり、市販のお茶をそのまま買うのが普通だろうが、セシアの場合、茶葉から作るのだ。水道水ではなくミネラルウォーターを使わないとダメらしいが、碧人には違いがよく分からなかった。


 閑話休題。


 碧人はテレビのリモコンへと手を伸ばす。しかし、結局届かなかったので、1度立ってからリモコンを取り、また座った。


 この世界の魔法はとても発展しており、テレビというものも出ていた。昔の転移者がこの世界の人と共に作ったものらしいが、構造は全く分からない。放送局もあるらしいが、1つの国が全ての放送を担っていたので、碧人にはどのようなものなのか知る由もなかった。


 また、転移者とは、この世界にまだ邪神というものが存在していた時代に、他の神様が召喚した異世界人のことだ。常人とは一線を画す能力を有していたという伝承が伝わっており、テレビのようなものも彼らの元いた世界の文化が影響しているらしい。碧人自身は転移者の名前を覚えていなかったが。


 テレビをつけると、ニュースが流れてくる。この世界のテレビは基本的にニュースのみだ。ドラマやアニメは今は存在しない。テレビを作り出した故人がいた時代はまだあったらしいが。


 ニュースの内容は、殺人事件の内容や、遠い国での土砂災害、国家間の貿易がどうとかこうとかなど。碧人が特に気にしないことばかりだ。


 碧人はこれと言った善心を持っておらず、基本的に知らない他人はどうでもいい、と考えている。周りの人間は大切だ、とは思っている。本人の自覚していないところにそれはあるが。


 ふと、そこで玄関のチャイムが鳴る。碧人は多分あいつだな、と予想しながら玄関へ向かい、ドアを開ける。


 そこに立っていたのは、茜と相合谷 暁希 (そうごや あかつき)だった。


「はい、いつものノート、持ってきたよ」


 茜には、碧人が出席できない分のノートを書いてもらっていた。茜が出席できなかった分のノートは、他の幼馴染の暁希に書いてもらっている。


 相合谷 暁希は、茶髪のイケメンで、運動神経抜群だ。しかし、頭が悪く、考え方も単調ということから、脳筋イケメンと呼ばれる、残念イケメンだった。


 顔がいいからか、女子にモテており、茜と同等の学園カーストの地位を築いている。男子からも、取っ付きやすい性格だからか、好かれている。誰とも分け隔てなく接しているところも、彼が好かれている理由だろう。


 彼は銃の才能が高く、茜の使う狙撃銃とはまた違う、拳銃や短機関銃を得意としている。また、碧人ほどではないが剣の才能もある。彼が対人戦のゴム弾を使った銃の体育の授業で無双したのも記憶に新しい。


 碧人が部屋に入っていいと許可を出す前に、2人は勝手に入ってきた。いつもの事なので、碧人は特に気にしない。


「んあー、今日も疲れた」
「暁希授業中は寝てるだろ」
「そうだよ、アッキー。することないじゃん」
「ひどっ。ちゃんと聞いてるし。分からんけど」


 碧人と茜が、暁希を弄る。弄られている本人も、心做しか楽しそうにしている。これが、彼らの日常だった。


 ちなみに、『アッキー』は暁希のあだ名である。特に意味は無い。


「あ、茜さん、暁希さん」
「こんにちは、セシアちゃん」
「うっす、セシアちゃん」


 「よっ」と手で挨拶をする暁希と、礼儀正しそうに挨拶をする茜。セシアもそれに挨拶を返す。


「あ、これ。はい碧人」
「ありがとう」


 ノートを受け取り、それを持って碧人は自室へと持っていき、机に置く。後で勉強に使うため、借りたノートは翌日に茜に返すつもりだ。


 セシアは先程作った余りの紅茶を注ぎ、2人に渡す。


「はい、紅茶です」
「ありがとう。セシアちゃんのお茶は美味しいよ」
「本当にお世辞が上手ですね。でもありがとうございます」


 ズズッ、と茜は紅茶を飲みながら、セシアに紅茶の感想を言う。セシアはお世辞だと思っているようだが、実際に美味しいのだ。


「ふうぅ」


 ドカッ、とソファに暁希は鎮座する。そこを碧人はすかさずチョップした。


「他人の家でよくもまぁ」
「いいじゃんか。何年も一緒に居るんだし、ほぼ俺達の家のようなもんだろ?」


 屁理屈を並べる暁希に、碧人は苦笑した。碧人も、慣れたことなので、あまり咎めなかった。


「そういや春吉と波音は?」
「ハッシーは買い出し。波音も一緒」
「……またうちで食べる気か?」
「うん。悪い?」


 最近の茜達の間で流行っているのは、碧人の家で料理を作り、食卓を囲むことである。基本的に手先が器用な女子が作り、残りの男共は他のことをして待つというスタンスで、人手が足りない時には、次に器用な碧人が出撃するということになっている。


「もうすぐ来ると思うから」
「……はぁ。了解」


 溜息をして、肩を竦めながらも、碧人の表情は緩んでいた。その事を完全に見抜いていた茜は、少しだけ微笑む。


 茜の予想が当たったのだろう、またもチャイムが鳴り響く。碧人は「はーい」というセシアを連れて、扉を開けた。

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