ゴブリンから頑張る神の箱庭~最弱からの成り上がり~

リーズン

何も……何も感じない

「うし」

 二日目の朝、今日も今日とてこの領域に慣れるのが訓練と昨日の段階で言われている。

 だからといって何もしないというのはダメだろうと思う私は、とても真面目でいい子だと思うので、今後の修行に手心を加えて欲しい今日この頃。

 まずはいつも通り朝のストレッチから、体の筋を伸ばしながら体をチェックする。それが終わると次は簡単な型を舞う。

 頭で考える動きと実際の動きの違いを感知しながら、その動きのズレを数センチ、数ミリ単位で修正していく。

 うーん。結構ズレてるなぁ。

 ここ最近動けなかった事、そして何よりまた力を注がれた事で色々と変わった能力が、私の頭と体のズレを助長している。

 普段なら全く気にならない程度だろうが、何故か格上とばかりやり合う事が多い私には、その数センチから数ミリのズレは致命的だ。

 何度も何度も同じ動きを繰り返し、自分が満足するレベルまでズレを修正する。

「さて、やるか」

 これからやるのはつい最近遊んでいて気が付いた修行法だ。

 なんと私の【結界】は、地竜の力を手に入れた事で、知らない内に一定以下の攻撃力しか持たない攻撃を、自動で跳ね返す機能が追加されていたのだ。

 これにはハクアさんもビックリの嬉しい誤算である。

 そんな訳で思い付いたのがこの修行法だ。

 自分を中心として十メートル四方と上下、四角形に【結界】の壁を張る。

 そして野球ボール大の大きさの魔力球を作り、それを壁に向けて無造作に投げる。

 するとボールは壁に跳ね返り、私が投げたスピード以上の速さで、私の顔面に向けて跳ね返る。

「おっと」

 それを避けると、ボールは更に反対の壁に当たり、今度は斜め上に跳ね、自由自在に壁の中の跳ね回る。

「うん。成功成功っとと」

 スピードを増すボールを避けながら、更に大小様々なボール、形も丸から楕円、角張った物と色んな物を追加して投げる。

 そして数が二十に達した所でボールの生成を止め、避ける事に集中する。

 大きさや形の違い、それぞれの反発もランダムに起こる完全な無秩序の攻撃を避ける。避ける。避ける。

 更に慣れてきた所で【結界】を徐々に縮小して行く。

 九メートル。

 八メートル。

 七、六、五メートル。

 そうして半分になった【結界】の中は、狭くなった事で更に無秩序に、スピードも恐ろしく上がり、四方八方から私に襲い掛かる。

「ふう、終わりっと」

 三十分程の続けた訓練の最後は、襲い来るボールを一つづつ拳で迎撃して終了だ。

 それが終わるとパチパチと手を叩く音に気が付き、音の方へと目を向ければ、いつの間にやらおばあちゃんが見学していた。

「いい訓練ね」

「私もそう思う」

 特に攻撃を耐え切る耐久力に乏しい私にはうってつけでもある。

「でも、本当にハクアちゃんにはこの領域が合ってるのね。傷の治りも早いみたいだし」

 確かに、ここに来てからの方が治りが早いやも?

「色んなもんが混ざってるからかね?」

「そうかもしれないわね。っと、それじゃあそろそろ朝ごはんが出来るはずだし行きましょうか」

「わーい」

 その後、朝食を美味しく頂いた私達、正規の修行組は一通り軽く組手をして、途中のリタイア組は瞑想などの集中力を高める訓練をして過ごした。

 そして夕飯。

「なんか豪華じゃね?」

「確かにそうじゃな」

「まあ、豪華な分にはいいんじゃないっすか?」

「そうなの。美味しいご飯は歓迎なの」

 最初こそ辛そうだったミコト達も、夕飯時にはようやくこの場に慣れてきたらしく、いつも通りに過ごし始めていた。

 ただやはりリタイア組にはまだまだキツいらしく、ユエ、レリウス、アトゥイの三人以外は今だ座っているのもキツそうである。

「そろそろね」

 そんなこんなで豪華な夕飯に舌づつみを打っていると、不意におばあちゃんが一言ボソリと呟く。

 ブツリ!

 そして次の瞬間、途切れた。

 何もかもが全て、家電の電源を無理矢理引き抜いたかのようにブツリと途切れた。

 何も見えない。

 何も聞こえない。

 何も匂わない。

 なんの味もしない。

 何も……何も感じない。

 生きているのか死んでいるのかさえ定かでない、暗闇の中に突然放り出された気分だ。

 その時になってようやくおばあちゃんの言葉。

「ええそうよ。ハクアちゃんもまだここの状態には慣れ切ってないわ」

 この言葉の意味を悟る。

 おばあちゃんはこの状態になる前にそろそろだと呟いた。それは恐らく昨日ここに辿り着いてから丸一日、二十四時間たった頃に、この状態になると知っていたのだろう。

 そしてこの場所。

 五行山の本当の意味が五感を隠す山の意味だと知る。

 まあ、理由は分かったし、この状態になってから知っても遅いしのだが。

 と、なれば次はここからどうするかだ。

 立っているか、座っているか、寝ているか、それどころか生きているか、死んでいるのかすら分からない状況ではあるが、こうして考えている時点でまだ生きていると仮定する。

 感覚のない意識の根底は闇そのもの、そんな中をただ彷徨い続けるのは、もしかしたら宇宙や深海に漂うようなものかもしれない。

 そしてそれは奇しくも、人が肉体の檻から解放され、むき出しの魂のそのものの状態に近しい、真の自由と呼べる状態とも言える。

 だが、それで何が出来る訳でもない。それほど本当の自由とは不自由なものなのだ。

 この感覚のない暗闇の中にあるのは私の意識のみ。

 人が真の暗闇の中で正気を保ち続ける事が出来るのは、一時間が限度だろう。

 今の私でさえ一日持つかどうか分からない。

 そんな中で出来ることと言ったら考え続ける事くらいだ。

 暗闇の中では時間が狂う。

 今この時でさえ、数秒程しか経っていないかもしれない。

 だからこそ考え続ける。

 集中して思考の枷を外し、思考を加速させ続ける。

 やはり感覚は無い。

 それでも意識を支えるには体が必要だろう。

 五感が奪われた所で、全く何も分からないだけで行動出来ない訳じゃないはず。

 そう思い、いつも無意識でやっている体の操作を、想像の中で描き、作り出した体を使う事にする。

 ディテールに拘る必要は無い。

 何度も何度も繰り返し使ってきた体の寸尺さえ合っていれば大丈夫だ。

 作り出した想像の体を、仮想現実のアバターを操るように動かそうとするが、やはり初めての試み、そう上手くはいかない。

 それでも引き続き、何度も何度もトライ&エラーを繰り返し続ける。

 何回も、何十回も、何百回も、何千回も、何万回も繰り返し、ようやく少しづつ動かすコツを身に付ける。

 その間にも思考は止めない。

 確かにおばあちゃんは精神修行と言った。

 暗闇の中、狂わずに正気を保ち続けるのは確かに精神修行にはなるかもしれない。

 だが、果たしてこれは修行と呼べるだろうか?

 おばあちゃんはまだここに慣れていないとも言った。

 と、言うことはこれは単なる前段階に過ぎないのかもしれない。

 つまり、五感を奪われた状態でも、普通に行動する為のなんらかの方法があるという事だ。

 それがなんなのかはまだ私には理解出来ない。

 しかし幸いにも時間はタップリある。

 私は意識の海でただひたすらに漂いながら、仮想のアバターを動かす術と、思考の加速を続けるのだった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品