ゴブリンから頑張る神の箱庭~最弱からの成り上がり~

リーズン

ふっ、勝てる気しねぇ……

 目を覚ますとそこには知らない天井でも、ではなく、見慣れた天蓋の屋根が見えた。

 うーむ。意外に知らない天井に出会う機会は少ないものだ。

 そんな馬鹿な事を考えながら意識を失う前、自分の中でアークとレティに会った後の事を思い出す。

 思考にモヤが掛かったような感覚と浮遊感が消え去ると、現実では目を瞑っていたのか、瞼を閉じた感覚と暗闇、そして浮遊感とは真逆の重力の感覚が身体に戻ってきた。

 頬を伝う感触は涙を流していると私に伝えてくる。だが私はそれを意図的に止めようとは思わない。

 だってこれは、世界に、人に翻弄された二人の為のものだから。
 きっと、笑って逝った二人だから望んではいないだろう。だけど、二人を知り、短い時とはいえ言葉を交わしたのだから、これくらいは許して欲しい。

 数秒、二人を想いながら瞑目しそっと瞼を上げる。するとそこには私と同じように涙を流し流すおばあちゃんが居る。

 嬉しさと悲しさ、そしてどこか感謝を含んだ複雑な表情。

 そんなおばあちゃんは私が目を開けた事に気が付くと、ありがとう。と、言って私を抱き締めた。
 その暖かさと、優しい匂いに包まれたところで私の記憶は途切れている。恐らくその段階で気を失ったのだろう。

 むくりとベッドから起き上がり、思い出すのはレティの言葉。

 貴女は誰かを救えてる。もっと仲間を頼っていい。

 色んな人を悲しませてる私が、誰かを救えているのだろうか。
 足りない私は今も頼りっているのに、もっと頼る事なんてしていいのだろうか。

 そんな事を考えるが答えは出ない。

 だが、少なくとも今だけはその言葉を信じてみたいと思ってしまう。
 そこまで考えて私は思考を切り替える。そして

「あの、すいません。いつまで無言で立ってんすか?」
「いえ、色々と思い悩んでいたようなのでここは放置一択かと」

 私が目覚めてから今まで、当然のようにそこに居たテアに声を掛ける。

 起き上がる前には気が付いてたけど、そんな理由で放置されていたとは。

「放置一択とかやめてくださいません。寂しいわ!」
「……そうですか」

 しまった! そう思った時には遅かった。
 一瞬考え込んだテアは口元に手を当てて隠しているが、その口は確実にニヤリと笑っている。

 そう、ニヤリだ。

 その姿がなんとも嗜虐的というか、イジメっ子がいい獲物を見付けたような、そんな姿を彷彿とさせる笑い方だ。

 いやいや、きっと気の所為なんだよ。私が少し過敏になってるだけなんだよ。きっと!

「いえ、合ってますよ」

 当然のように心を読んで否定するのをやめて欲しい。そして最後の砦を一生懸命に建てたのに、一息で崩すのはどうかと思うの。

 と、そんな風に自己防衛を図っていても、いや、そんな事をしているからこそこやつはニヤニヤしながらやって来る。

 ちくしょう。普段は無表情キャラの癖に、こんな時は楽しそうにニヤつきやがって。

「私に相手をして貰えなかったのがそんなに寂しかったんですか?」
「違う。そうじゃない! それだとなんか違うんだよ」
「ふふ、そうですね。分かりますよ」
「いや絶対に分かってないよな! なんだその見た事ないくらいにニヤけた顔は!?」
「あらあら、仲良しね。もうちょっと後に来た方がよかったかしら?」

 わざわざベッドに腰掛けニヤつきながら私の頭を撫でるテア。
 そんな私達二人のやり取りを、いつの間にやら現れたおばあちゃんが、顔に手をやり困ったわ。みたいな仕草で眺めながらそんな事を言った。

「いやいや、行かなくて良いからね? そしていつまで撫でてやがる!」
「ふう、残念ですがここまでですね」
「何が残念と!?」
「ふふ、また頭を撫でて欲しい時は何時でも仰って下さい」
「言いませんが!? てか、さっきも言ってないよね!」
「そうでしたか? その割には振り解かれなかったですが」
「くっ、ぐぬぬ」
「あらあら、本当に仲が良いのね羨ましいわ」
「だから──」

 反論しようとしたその言葉は、おばあちゃんの顔を見て何処かに行ってしまった。
 悲しそうな、後悔が滲んだその顔は、誰を想っているのか言葉にしなくても伝わった。

「本当に羨ましいわ」
「そっか」
「ハクアちゃん」
「何?」
「本当にありがとう。あの子とあの子の大切な人を救ってくれて」

 その言葉に反論したくなるがグッと堪える。

「全部観ていたわ。だから何が起きたのかは分かってる。その上で貴女は私の息子を救ってくれた。だからお礼を言わせて欲しいの」
「……うん」
「さて、それじゃあ湿っぽい話はここまでにしておきましょうか」

 パンっと手を叩いたおばあちゃんの顔にさっき迄の悲壮感は何処にも無い。

 やっぱり強いなぁ。

 そう思えてしまう心の強さに、少しの羨望を抱きながらおばあちゃんの言葉を聞く。

「ハクアちゃん。ここからは宣言通り貴女を鍛えていくわ」
「確か、源龍術だっけ?」
「ええ、とは言っても一足飛びに源龍術を教えたところで簡単に扱えるものではないわ。まずはそこに至る為の下地も必要ですもの」

 ふーむ。まあ、そうなるよね。

「だけど、源龍術を覚えるのは並大抵の努力では無理なの。だからハクアちゃんには選んで欲しいの」
  「選ぶって何を?」
「ハクアちゃんの中にはあの子のドラゴンコアが眠っているわ。だからそれをハクアちゃんの物にするのが目的なの」
「うん」
「それでね。ただドラゴンコアをハクアちゃんの物にするだけなら源龍術を覚える必要までは無いのよ」

 ……ほう。

「源龍術を覚えなかったとしても、ドラゴンコアを扱う事が出来れば今より強くなれるわ。でも、源龍術を視野に入れた修行では、……最悪、ハクアちゃんは結果を手にする事が出来ないかもしれない」
「元々龍ですら無い私がそれを使うには、ドラゴンコアを諦める覚悟で挑まないとダメって事?」
「ええ、簡単に言えばそうなるわ」

 ふーむ。手頃なパワーアップか、はたまたそれよりも大きな力を手に入れる一か八かの賭けって事か。

「だから、ハクアちゃんには二つの道があるの」

 そこで向かい合うおばあちゃんは両手を出し、右手は一本の指を、もう左手は二本の指を立て私の前に差し出す。

「一つ目は確実な成果が出る楽な修行。こちらを選ぶ場合は源龍術は会得出来ないわ」

 その代わり確実に今よりも強くなる事は出来ると。

「そして二つ目は更なる高みを目指す、成果を得られるとは限らない辛い修行。私としてはハクアちゃんなら絶対に会得出来ると踏んでるからこっちがオススメよ」
「私もですね。ハクアさんなら出来るでしょう」

 うん。なんか確実に圧が強い。

 二人共何も言わないが、その目は確実に一択だと言っている。それくらいの圧を感じる。

 ふう。そこまで見詰めなくても大丈夫だと言うのに。あの二人は私に力を託してくれた。
 私なら大丈夫だと、そんな二人の事を知っているのだから、ここで選ぶべき答えなんて分かりきっている。

 だからこそ私は敢えてニコリと笑うおばあちゃんに、同じくニコリと笑い返しながら、ゆっくりとおばあちゃんが差し出す指へ手を伸ばす。

 そう──一番の方へと。

 しかし、おばあちゃんの指を掴むべく伸ばした私の手は、何も掴む事無く空を切る。

 掴む直前で指を逃がされた。

 おばあちゃんの顔を見る。

 さっきよりも更に笑みが濃くなっている。

 それに従い私も笑みを濃くしてニッコリ笑う。

「さあ、選んでハクアちゃん」

 ほうほう。オーケーオーケー。

 今度は全速で取りに行く。

 しかし相手も流石は龍王。私の腕は見事に空を切り透かされる。
 だが、ここで終わる訳が無い。

 左手で外から取りに行く事で、外への逃げ道を塞ぎ、その瞬間、今度は右手で指を取りに行く。
 しかしその動きすら予想していたおばあちゃんは、跳ねるようにその場を飛び退き距離を取る。

 だが、ここで負ける訳にはいかない。

 ただでさえここ最近辛い修行が更に辛くなるなんて絶対に嫌だ!
 ここで負けたらきっと酷い目に合うのは目に見えているのだ!

 間髪入れず追随する事で距離を取らせない。だが、至近距離の最大速力を以てしても龍王の指は取れない。

 ならば!

 鬼力を解放して、一気にギアを上げる。流石にこれには驚いたのか一瞬動きの止まるおばあちゃん。

 取った!

 掴んだ。そう思った瞬間、私の身体は宙に浮いていた。

 なっ!? 空気投げだと!?

 驚きこそあったが知らない技ではない。空中で素早く姿勢を整え、着地と同時にスーパーボールのように部屋中を飛び回る。
 前後左右上下、あらゆる角度からフェイントを入れながら指を狙う。

 しかもおばあちゃんは律儀に指を前へ出したままなのだ。

 一進一退の攻防。

 先に集中力の切れた方が負ける。

 そんな緊張感の中、先に集中力が切れたのはおばあちゃんの方だった。

 飛び回りながら仕掛けた私の糸に足を取られたのだ。

 そしてその好機を見逃す私ではない。
 一気に距離を詰めおばあちゃんの指に手を伸ばす。だが、おばあちゃんも負けてはいない。その場で身体を捻り指を逃がしたのだ。
 その結果、体ごと突っ込んだ私は大きくおばあちゃんと距離を空けてしまった。

 そんな私におばあちゃんは微笑む。

 だが次の瞬間、後ろから伸びた手に指を取られおばあちゃんの顔は驚愕に染まる。

 後ろから現れたのは勿論私だ。

 そしておばあちゃんの視線の先に居た私は、ニヤリと笑うと消え去った。

 そう、おばあちゃんが糸に気を取られ、私から目を離した一瞬に【鏡花水月】で囮を作っていたのだ。

 あの状況でもおばあちゃんなら私の攻撃を避けると信じていた。だからこその作戦だ。

「あらあら、凄いわねハクアちゃん」

 驚愕していたおばあちゃんも、目の前に居た私が消え去りタネがわかったのか、後ろを向いて私にニコリと笑い掛ける。
 そして私もまたその笑顔に笑顔で返し、手の平を広げる。

 そこには──二本の立った指があった。

 うん。掴んだ段階で分かってたんだよ。明らかに一本じゃなかったし。
 それに右手が一本の方だとも言ってないしね!

 詐欺だと叫んだところで、あらあらうふふ。と、躱される未来しか見えない私は、その場で崩れ落ちたのだった。

 これ私と同じような手口だから何も言えねぇや。無念。
 ふっ、勝てる気しねぇ……。

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