ゴブリンから頑張る神の箱庭~最弱からの成り上がり~

リーズン

それでも私は

「まて、今なんて言った」
「何って……」
「今、これで思い残す事ないとか言わなかったか?」
「うん。こうして最後の最後に奇跡が起きたんだもの。もう思い残す事はないわ」
「はぁ……、アホか。これからだろ? 幸い前にやった事があるから、私の中にあるお前等の魂を出力する方法はわかってる。だから身体を用意すれば大丈夫だよ」

 まさかヘルさんの例がこんなところで役立つとは思わなかったけど、実績はある。
 今なら前よりも魔力の扱いも上手くなってるし、テア達も居るからサポートは万全。上手くいくはずだ。

「それじゃあダメだ。僕が生きていればドラゴンコアは君のものにならない。それだと君が力を手に入れられ──」
「ならそんなもんはいらん。元々あると思ってなかったもんだ。今更それがご破算になったところで痛くも痒くもない。それで私が龍の里で用済みになったとしても私には関係のない話だ」
「そうはいかない。それにハクアがそう言ってくれたとしても、もう私達にそんなに猶予は無いの」
「どう言う──」

 レティの言葉に反射的に反論しようとした私。だが、その言葉の続きはレティの少し薄くなった手、そしてその手から漏れ出る光を見て失ってしまった。

「それは……」
「私達がこの世界に留まっていられる時間はもう残り少ないの。なんでかな? なんとなくだけど感覚的にそれは理解出来るんだ」

 千年近く大丈夫だったのになんで突然……まさか。

「私のせいか?」

 そうだ思い当たるものなんてそれくらいしかない。アークの心の壁を壊して、呪いを浄化したから……だから。

「違う。そうじゃないハクア」
「何が違うんだよアーク。私が……私が呪いを解いたから──」

 狼狽える私を駆け寄ってきたレティが思い切り抱き締める。
 優しく、安心させるように。

「キッカケはそうだったのかもしれない。でも、そうだとしても私もアークも、ハクアには感謝してるんだよ」
「なんで」
「さっきから言ってるじゃない。貴女が私達に奇跡を起こしてくれたからだよ」

 困った子を見るような目で私を見ながら頭を撫で、言い聞かせるようにレティは言葉を続ける。

「私がアークにした事は許される事じゃなかった。だからあのドームの中で、一人苦しむアークをただ見続ける事しか出来ない事は罰だと思ってた」
「僕もだ。僕もレティを殺して世界を滅茶苦茶にした。それを一人で抱えてここで一人生きるのが贖罪だと勘違いしていた」

 けど。と、言って二人は言葉を続ける。

「お互いにすれ違って、怖がって、本心を語れなかったせいであんな事になってしまった。でも、貴女がそんなものは関係無いって全てを壊して、私達に奇跡をくれたの」
「違うよ。そんなじゃないよ。こんなの奇跡でもなんでもないんだよ。当たり前……当たり前なんだ。こんなもの誰もが皆あたり間に享受して良い幸せなんだ」

 感謝なんて感じないで、二人でただ幸せに暮らせば良い。当たり前のように当然のように幸せを享受して生きれば良い。

「だからこんなものを奇跡と言って終わったように語るなよ。当たり前を当たり前と言う権利は、お前達にだってある筈なんだ。だからこんな簡単に諦めるなよ」
「優しいね。前から見ていたけどハクアは優し過ぎるよ」

 私の感情が大きく揺れた時、映像は映し出されていた。それ観てずっとそう思っていた。レティはそう言いながら、私を抱き締める腕に力を込める。

「ずっと苦しんでずっと悲しんでた。貴女はあんなに沢山の人を助けたのに、それでもずっと、もっと方法があったんじゃないのかと考え続けてる」
「そうだよ。当たり前だよ。私がもっと強ければ、もっと賢ければ、その時そこに居るのが私じゃ無かったら、もっとちゃんと救えたかもしれないんだ。今だってもっと方法があったかもしれない」
「それは違う。自分の事だから分かる。あの呪いは僕の魂を根幹の部分まで侵食していた。だからあれ以上の結果は誰がやっても無理だ。例え龍神様でも」
「そんな訳!」
「ある。それは他ならぬ僕が知っている。僕は呪われた後、龍神様と一度会っているんだ。あの時の事は少しだけ覚えている。僕の呪いを解こうとして龍神様は諦めている」
「だとしても」

 それでも食い下がるが、二人が抱く私への感謝の気持ちも、ここで終わる決意も変わる事はなかった。

 それでも、それでも私は。

「それにハクアは呪いを浄化したと思っているけど、僕の身体の奥底にはまだ呪いが残っている。だから本当にハクアのせいじゃないんだ」
「ハクアは本当に私達を救ってくれた。例えハクアがそれを信じられなかったとしても、それは紛れもない私達の本心なんだよ」
「でも……」
「もっと自分を信じてあげて。助けた人達の、周りの人達の言葉を信じてあげて。皆がハクアには感謝してるんだよ。貴女が貴女を責める事なんて誰も望んでないの」

 本当にそうなのか? だって澪なら、瑠璃なら、私の知ってる私よりも優秀な人達なら、もっと救えたかもしれないのに。悲しませなかったかもしれないのに。

「大丈夫。貴女はちゃんと救えてる。私もアークも、貴女が今まで助けた人達は、ちゃんと貴女に感謝してるんだよ。貴女だけがそんなに頑張らなくて良いんだよ。苦しまなくて良いんだよ。もっと、周りの仲間を頼っていいの」

 私達にはそれが出来なかったけど。レティはそう言って笑う。

「僕達はもうとっくの昔に終わった存在なんだ。ここに居るのだって本当なら有り得ない事。だからそんな風に悲しまなくても良いんだよ」
「でも、それでも私は生きて欲しいよ。諦めないで欲しいよ」
「ありがとう。でも、私達は本当に満足してる。だからどうか私達の事で悲しまないで」

 何かを言いたい。引き止めたい。でも、私の口からはそんなに都合のいい台詞は出て来なかった。

 そして、それと同時に私は急激に何かに吸い寄せられる感覚を覚えた。
 意識が遠のくような、身体が引き剥がされるような感覚と共に身体が浮いていく。

「君ももう時間みたいだ」
「待てよ! まだ──」
「ハクア。ありがとう」
「頑張ってね。応援してるよ!」

 声を出そうとしてももう私の口から言葉が出る事はなかった。
 浮遊は止まらず、意識が次第に外で覚醒していくのがわかる。この夢の様な世界の中に居られる時間は終わったのだ。

 私を見上げる二人はピッタリと方を寄せ合い笑っている。その体は既に少しだけ薄くなっている。

 だかこそ思う。少しでも一瞬でも良いから二人が一緒に居れる時間が、一秒でも長くなれば良いとそう願わずにはいられなかった。
 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼
 ハクアを見送った二人は、ハクアが消えた後も肩を寄せ合いずっと宙を見上げていた。

 その身体からは仄かに光が灯り、既に全身から光が粒子のようになり、身体が少づつ宙へと溶け込むように薄くなっていた。

「レティ。怖くない?」
「うん。大丈夫。今はアークが居てくれるから」
「本当に?」
「本当だよ。……あのね」
「うん」
「私、前の世界ではずっと病院に居たの」

 前世、生まれた時から身体が弱くずっと病院のベットで暮らしていたのだと語るレティ。

「両親はずっと優しかった。いつか絶対に病気は治る。それまで頑張ろうって」

 でも……と、レティは顔を伏せる。

 毎月の病院代に、薬の代金は両親二人の生活を確実に圧迫していった。
 それでも両親は、レティに会いに来る時はいつも笑顔でレティを励ましてくれた。

「だけどね。私の身体は治るどころかどんどん悪くなっていった。それで遂にその時が来たの……」

 両親は悲しんだ。泣き崩れ最後の時まで一緒に居てくれた。
 だが最後の最後、レティはほんの一瞬見えてしまった。それは安堵の表情。
 もう、病院代に薬の代金にと追われる心配がないのだという安堵が見えたのだ。

「別にそれで両親を恨んだ訳じゃない。むしろ私が居なくなることが唯一出来た親孝行だったの。……でも、その時、私は独りだった。少なくとも私の心は独りで死んでいったの」
「レティ……」

 その独白にアークはなんと声を掛ければいいのか分からない。だから言葉の代わりにアークはレティの事を強く抱き締める。

「大丈夫だよアーク。だからね。ハクアにもアークにも悪いけど今は嬉しいんだ。独りじゃない事が、貴方と一緒に最後まで居れる事が」
「うん。僕もだよレティ」
「それで……ね。えっと、さっきのハクアの言葉、私も聞こえていたの」
「えっ?」
「さっきアークは言ってくれたけど、私からも言いたくて。その……アーク。私を好きになってくれてありがとう。そして私に、人を好きになるって気持ちを教えてくれてありがとう。
 私も……私もアークが大好きです。辛い事も悲しい事もあって、他の人が見たら違うと言われるかもしれないけど、私は貴方に会えて良かった。貴方が居てくれて幸せだった。
 貴方が笑うのが好き。拗ねた顔も好き。私を見詰めて目を細めるのも、私のごはんを美味しそうに食べるのも好き。貴方を好きになれて良かった」
「僕もだよ。僕も君が好きだ。だからもう絶対に離さない」
「うん。ずっと、ずっと私を捕まえていて」

 告白を終えた二人は互いに抱き合い口付ける。離れないように離さないように、千年の間を埋めるよう。
 そしてお互いが少し照れながら離れると、ゆったりと座り再びハクアが消えた宙を眺める。

「ハクア大丈夫かな」
「問題無いよ。多分母上がなんとかしてくれる」

 ポツリと呟いたレティの言葉に、安心させるようにアークが応える。

「そっか……ねえ、ハクアは勝てるかな?」

 レティの呟きに驚き、思わず顔を覗き見るアーク。だが、それも一瞬の事ですぐにアークは納得した。

「ああ、そうか。ハクアの仮説が正しいなら、僕とレティの魂は繋がっている。だから、僕が視たもの・・・・・・を知っているんだね」
「うん。そこまでハッキリと視えた訳じゃないけど……。今のハクアじゃあんな化け物に絶対に勝てる訳がない。もし龍族と協力出来てもどうなるか」
「確かに。でも、だからこそハクアにはドラゴンコアが必要なんだ。それにレティの力も」
「うん。私の……私達の為に、本気であんなに悲しそうな、泣きそうな顔をしてくれた子の為になるなら」
「僕達の残りの力全てを、ドラゴンコアに込めよう。ハクアならこの呪いすらも力に変えられる筈だから」
「うん」

 こうして二人は自身の力をドラゴンコアに託し、最後の瞬間まで肩を寄せ合い、最後に出会ったあの優しい少女に幸せが訪れるようにと願った。

 誰よりも優しく、誰よりも自分に厳しいあの少女のゆく道が、少しでも幸福に満ちているようにと。

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