超能力者は惑わない

梨桃無花果

2話

  
「おぉー!ちょうのうりょく、すごい!」

 爽助の力を見せるのはこれで二度目だが、光の喜びようは陰りを見せない。楽しそうにきゃっきゃと笑っている。
 莉子の方はと言えば、こちらも興味深げに川の水ごと持ち上げられた魚たちを見つめていた。

 昨晩は結局、少女たちと出会ったその場所で眠りについた。布団代わりに落ち葉を敷いたものの、虫も元気に飛び交う自然の中での雑魚寝は快適とは言い難かった。この場所が温暖な気候であったのは不幸中の幸いと言える。

 そのような環境でも、子供は風の子元気の子を地でいく光はたくましく、爽助の上に乗っかりぐっすりと眠っていた。爽助も人並み以上の図太さをもつが故に、十分体力を回復させていた。
 対照的に莉子は年頃の女の子らしい繊細さを発揮してあまりよく眠れなかったようで、特徴的な綺麗な黒髪も心なしか艶を失っているように見える。それでも服装はきっちりと整えているところから育ちのよさが感じ取れる。


「それにしても便利な力ですね」

 莉子の声には大きな感嘆がこめられている。目線は水の塊から取り出される魚たちに釘付けだ。昨晩も三人の胃に収まったのと同じ魚だけが抜き出され、他は水とともに川にリリースされた。

「こういう力を持つ人って、他にもいたんですか?」
「さあ、少なくとも僕には心当たりがないね」

この能力については昨晩も軽く説明はしたのだが、まだまだ聞きたいことがあるのだろう、莉子の声色は高く口調も少し早口だ。

「ひかりにもできる?」
「うーん、多分無理かな」
「しゅぎょう、するよ?」

 光は自由に物を浮かべるこの力を自分も使ってみたいようで、瞳を輝かせながら爽助の両手をつかんで引っ張るが、彼の対応はそっけない。これは多分僕にしかできないよ、と言いながら木の枝を削って串を作り、器用に内臓を抜き出した魚を串刺しにする。彼の超能力は長年の研鑽で大幅に成長しており、この程度の作業は子供を宥めながらの片手間でも容易い。

 それでも諦め切れない光はしつこく爽助にまとわりつくが、爽助が落ち葉をたき火に追加する役目を与えると回れ右して落ち葉を集めに駆け出した。
 川沿いのこの辺りは多少開けており、光が一人でうろついていても爽助たちの目が離れることはない。また、昨日は火をたいたままま眠りについたが、危険な生き物が寄ってくることもなかった。

「ところで、今日は森の外を目指すんですよね? 近くに町があるといいですね」

 爽助と莉子は昨日のうちに情報共有とこれからの方針の話し合いを済ませている。今のところの結論はこうだ。ここは地球とは異なる世界である。昨晩の電車に乗っていた数十名の人間、あるいはさらにその周辺の人間がこちらの世界に転移した、あるいはこれからしてくる。移動する瞬間に身につけていたものは一緒についてきているが、大きすぎるものは例外なのか電車はついてきていない。最終目標は元の世界に戻る方法を見つけることであり、当面は森から脱出してこの世界の人間に相当する種の集団に接触することを目標にする。

 ちなみにここが異世界だと莉子が考えていた根拠も、爽助と同じように見たことも聞いたこともないような動物を見かけたためであった。こちらに現れてすぐ、背中に羽の生えたウサギを目撃したらしい。

「ああ、それは大丈夫だ。僕は日頃の行いがいいからね。こういうときこそ幸運で返ってくるはずだ」
「……こんな状況になってる時点で幸運ではないとおもうんですけど」

小学生ほどの少女がため息とともにジト目を送ってくるのに、爽助は手厳しいなぁと軽い調子を崩さず鋼のハートを見せつけている。

 森から出ると一口に言ってもそれも普通なら簡単ではないが、それは爽助が上空から辺りを俯瞰することによってある程度めどが立っている。下方に向けて力を発生させることにより、自分を空中に浮かすことも可能なのだ。

 これを披露したとき莉子からは空を飛んで森から脱出できないのかとの質問を受けたが、それはできない。いや、正確にはできないこともないが、大きな苦痛を伴うのだ。すなわち、空気抵抗により息が苦しくなる。

 爽助も試してみたことはあるが、あまり速度が低いと風に揺られて飛行が安定せず、かと言って速すぎると息ができずに長くは飛べなかった。
 慎重に速度を調整すれば息苦しく感じながらも飛ぶことはできるが、そこまでする必要もない。徒歩でも十分辿り着けるほど、ここは外の世界に近い場所にある。

 進むべき方角がはっきり分かるのは大きな収穫だった。爽助には目測で距離を測る技能はないが、それでも最短距離を進めば半日もかからずに森から出られるだろうと推測できた。
 もともとこの森はそれほど大きいものではなかったようだ。爽助が最初から森から出ることを第一に行動していたら昨日のうちにそれを達成し、莉子や光と出会うこともなかっただろうから、少女たちにとっては彼の気まぐれな行動は都合よく働いたと言えるだろう。

 そのまま本日の行動についての確認を続けていると、光が両手に落ち葉を抱えて戻ってきたので莉子は話を打ち切った。難しい話で光をのけ者にして拗ねさせるのは本意ではないのだろう。
 莉子は自分より頭一つ分以上小さい少女を一撫ですると、手慰みにか魚がまんべんなく焼けるように串の位置を微調整し始めた。







 日も傾き始めた頃、爽助たち三人の姿は異国情緒あふれる街の中にあった。

 結局森から出るのにそう時間はかからず、木々の陰から見晴らしの良い草原に出たとき、太陽は真上にはまだ至らず、早起きもあってか小腹もすき始めるといった頃合だった。
 草原には人の目を遮るものはなく、爽助たちはすぐに石でできた街道が森のすぐ近くに整備されていることに気付いた。

 ビニール袋に詰めて持ち運んできた焼き魚を食べて休憩していると、この世界の住人らしき人たちが、馬のような生き物や、それに引かれた馬車らしきもの、珍しいところではダチョウのような生き物に乗ってその街道を行き交っていた。
 珍しいと言ってもそれは爽助の価値観における話で、数自体はダチョウに乗る人が最も多かった。

 彼らの多くが森から出てきた爽助から見て左手の方向に進んでいったので、爽助たちは右手の方向へ街道を歩むことにした。この時間帯なら町へ帰る人よりも町から出る人の方が多いはずだ。近くに町があるとしたらそれは右手方向であるという推測である。

 案の定、しばらく歩を進めるとぼんやりと町の陰のようなものが見えた。最初に発見したのは疲れて爽助の背におぶさっていた光だった。三人の中で最も視力が高いのがこの少女であるというのは、意外なことでもない。

 さらにしばらく進むとその町の入り口にたどり着き、門番らしき物々しい武装をした兵士はいたものの、特に何を言われることもなく、堂々と文化的な生活への第一歩を踏み出したというわけである。
 ちなみに、堂々としていたのは爽助と光だけで、現代日本の基準で最も常識的な莉子は、兵士のもつ槍の鈍く光る切っ先を見て怯え、挙動不審気味になっていたが、前を歩く爽助とその背に乗る光はそれに気付かなかった。


 門の内側はメインストリートと思しき大通りが広がっていた。10メートル以上はありそうな横幅の道の両端には様々な屋台が商売に勤しんでいる。
 目につく人々の容貌は、髪の色がやたら多様性に富んでいることを除けば、爽助たちの知る人間と大差ないようだ。街道と同様に馬やダチョウに乗る人も散見され、エキゾチックな雰囲気を醸し出していた。

 しかし、爽助があちらこちらから聞こえてくる喧噪に、さてこの町の人々はどんな話をしているのかと耳を澄ませても、意味のある言葉を聞き分けることができない。
 どうやら少なくとも日本語でも英語でもない言語が用いられているらしい。

 爽助は自分の操る言語でも意思疎通ができるかどうかを確かめてみることにした。
 少女を引き連れ、幼女を背に乗せた微笑ましい格好のまま、何かの果実らしきものの串焼きを売っている屋台に近づくと、客込みに精を出す30代ほどの女性に声をかけた。串焼きを焼いているのは女性と同年代に見える男性である。夫婦で屋台を営んでいるのだろうか。

「やあ、こんにちは。この果物は何と言うんだい?」
「anfjiemse?」
「日本語は分からないかな? じゃあ英語はどうだい? キャン ユー スピーク イングリッシュ?」
「e,emse?」

 案の定というべきか、日本語も英語も通じない様子である。女性は困ったように眉をひそめている。何事かと屋台の中の夫もこちらに胡乱げな目を向ける。
 爽助の知識ではこれ以上の言語を試すことはできない。
 爽助は、この育ちの良さそうな少女ならフランス語あたり話こなせたりはしないだろうかと横目で莉子の顔を見るが、いきなりの展開に慌てふためいているようだ。

「ちょ、どうするんですか! いきなり変な言葉で話しかけて、向こうから見たら完全に不審者ですよ!」
「ははは、そんな深刻になることはないだろう。やあ、邪魔したね、グッバイ!」

 女性に向かってそう言い、爽やかにその場を去ろうとする爽助に、莉子は慌てて追従しようとし、そこで客引きの女性が呼び止めた。

「oomjinem!」

 女性は爽助たちにその場で待つようにと言うような仕草をすると、屋台から三本の串焼きを持ってきて爽助たちに差し出した。その果実はリンゴを細長くしたような形をしており、香ばしくも甘い香りがする。

「うーん、ありがたいが、僕たちは無一文なんだ」

拒否を示す爽助に対し、女性は強引に串焼きを押し付けると、莉子と光にもそれぞれ手渡す。

「ど、どうしましょう、ソウスケさん」
「まあ、ありがたく貰っておくとしようか。後で金を要求されたら仕方がない、皿洗いでもすることにしよう」
「……この店にお皿洗いの仕事はないようですけど」

 ジト目の少女はしかし、爽助のセリフの意味するところは受け取ったようで、遠慮がちに果実に口をつけている。
 光はと言えば、既に爽助の背から降り、手の中の串に刺さった実の体積をもう三分の一ほど削っていた。さっきから静かだったと思えば、どうやらこの物珍しい果物に心を奪われていたようだ。

 爽助もまた好奇心の旺盛さでは並々ならぬものがあるので、見たこともない食べ物もためらうことなく口に運んだ。見た目と同様に味もリンゴに似ているが、熱が通っているためか、触感はドロッとしており、リンゴよりも濃厚な味わいだ。

 三人が未知の味を楽しんでいると、その間に何か紙に書きこんでいた女性が、その紙も差し出してくる。どうやらある場所への行き方を記した地図のようで、大通りを真っすぐ進んだ広場の一角を示しているようだ。

 ここに行けということだろうか、と爽助が思案していると、女性はその地図を指さしながら、手の平を口の前で開閉している。

「もしかして、この場所に日本語を話せる人がいるということでしょうか?」
「はなせるひと?ひかりも、このまちのおはなしききたい!」
「なるほど……それはいいね。早速向かってみるとしよう」

そうして三人は口々に女性に礼を言うと早速大通りを進み始めた。

「それにしても、なかなか順調にことが進むね。やっぱり日頃の行いってやつは大事だな」
「ひごろのおこない?」
「毎日良い子にしているってことよ。ヒカリちゃんは良い子にしてる?」
「ひかり、おかあさんのおてつだい、まいにちしてる!」

 雑談をしながら歩く三人の影は細長く伸びている。
 今夜のねぐらも定まらないままだが、彼らの雰囲気は和やかだ。爽助はともかく、少女たちが落ち着いていられるのは彼の飄々とした態度に引きずられている部分も大きいのだろう。
 まだ出会って一日にもかかわらず、まるで家族のようにも見える三人を、屋台の夫婦は暖かい眼差しで見送った。




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