チート能力解放するにはヘタレを卒業しなきゃいけない

植木鉢たかはし

一人の勇気と一人の意思

「っく、セイント、エレキ――」

「無駄だ」


 魔王が手を振りかざす。大量の闇の槍は僕を襲い、貫いた。痛みに一瞬意識が飛びかけたが、持ち直す。……まだまだ、諦めるには早すぎる。


「バーニングチェイン!」


 炎の鎖に鎌をつけ、魔王に振り下ろした。と同時に、切り札の剣を手にしっかりと握りしめ、懐を狙う。


「無駄だと……いっているだろう」

「っあ!」


 剣を持つ手を切りつけられる。聖剣を落とさないように咄嗟にもう片手で支えた。……でも、痛い。だんだんと手の感覚がなくなっていって、握れなくなっているのを数秒の間に確実に感じ取った。
 このままだと、まずい……だって、僕のそもそもの力は、勇気を発動していたって魔王には敵わない。個性の塊'sから譲ってもらったこの『力』だけが僕の頼り。僕の支えだ。握れなくなるのは……まずい。


「所詮他人頼みか。……これだから人間は」


 魔王が、ほそりと呟く。


「所詮胸の内には自分が生きていたいというエゴしかないくせに、誰かを生かしたいという偽善を振りかざして、それを正義と位置付けて称える。欲望に忠実になって過ごしているやつらは全員悪人か、魔王か! それが誰に危害を加えていようとなかろうと、お前らは『イレギュラー』を批判して、非難する。
 愚かだな……実に愚かだ。そして美しい偽善心の塊だ」

「…………」


 魔王が言っていることは……正しい。それはもう、非の打ち所がないくらいには、正しいことを言っている。

 だけど……違う。


「…………世界は、そんな綺麗なものじゃなかった。汚いところも、たくさんあったよ。人間の醜いところ、たくさん見てきた」

「……ほう」

「ある場所では、人身売買が行われていた。抗えない子供を使って、売って、お金を儲ける。……そして使えなければ殺す、
使えれば殺させる。そんな場所だった」


 ……ふと、空間にわずかな歪みが生じたと思った。そちらへ意識をやってみるが、もうすでになにもなくなっている。


「他には? 人間の愚かしいところはそこだけか?」

「いや、もっともっとありますよ。
 ……ある場所では、実の子供に手を開けて、傷つけて、ものとしてしか見てない人がいました。子供は自分の所有物だから、何をしてもいいと思い込んで、子供の心を忘れた親……」

「それだけか?」

「ある場所では、人じゃなければいいだろうと、魔物を使い、違法な実験を行っていた人がいました。何体もの魔物が犠牲になった……。僕も、誰かを守るために魔物を倒すのは、仕方ないことだと思います。でも、無意味な大量虐殺は……ひどすぎる」


 魔王はたんたんと、僕の話を引き出していく。心を覗きこむように、そして、試すように。ひたすらにたんたんと、僕の反応を見て、もうないのか、それだけなのかと尋ねてくる。

 『お前は何を学んできた』
 『何がお前の武器なのだ』

 そう、尋ねられているような気もした。だからこそ、答えれば答えるほど不安になっていく。魔王の口車に、上手くのせられているのではないかと。

 しかし……これは僕の意思だ。僕が決めたことだ。


「たくさんの人を殺し、その血を浴びて生きていた人もいます。何一つ悪びれず、ただただ、他人を苦しめ、それを生きる糧にしているような人です」

「……それを見て、どう思った?」

「…………」


 僕は剣を振りかぶり、魔王に切りかかった。闇魔法で容易に受け止められてしまうが、僕はそんなこと気にせず、剣を握りしめる手に力を込めた。


「――かわいそうだなって」


 そして押し返す。魔王は体制一つ崩さない。僕はまた斬りかかった。ここで諦められない。理由は明確だ。


「だって、人を殺していたら……必然的に、一人になってしまいます」

「一人だからかわいそうだと?」

「叱ってくれる人がいないのは……かわいそうだなと」

「勝手にそう思われ、勝手に憐れまれているが、お前がそうやって彼を思うことで、彼は救われるのか? それを望んでいるのか? ん?」


 きっと、答えはNOだ。
 他の人もみんなそうだ。

 僕が勝手に批評して、勝手に『愚か』だと決めつけて、勝手に存在意義を殺している。それで誰かが幸せになんてなるはずがないのだ。
 それでも……僕は、そうでもしないと生きていけない人間なのだ。


「……わからない。そんなこと、わかるはずがない。だって……。
 ――僕が何より、愚かな人間だから」

「…………ほう」

「自己犠牲は、人を傷つける。それを分かっていても自己犠牲の力を使い、自分と他人を傷つける。自分の苦しみを軽くするために。
 そして自分の行いやあり方を肯定するために、他人を否定して、傷つける。最低で最悪な人間ですよ」


 ……でもきっと、僕がこの力を持ったのには、明確な理由がある。


「そんな『自己中心的な愚かな人間』が発揮する自己犠牲って……なかなかに、強いんじゃないですか?」


 その瞬間、闇が割れた。真っ先に飛び出してきたのはまばゆい光と――紫の蝶。


「……愚かな人間なら、ここにもう一人いるぞ? 魔王」

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