チート能力解放するにはヘタレを卒業しなきゃいけない
マルティネス・アリア
「…………」
過去……思い当たることは、山ほどある。ありすぎで、思い出せないくらいだ。
母上の死、ディランの失踪、挫折、サラ姉さんとの対立、父上の死、絶望、失声症……他にも、たくさんたくさん。
さて、その魔物とやらはどの過去を利用して、私に攻撃を仕掛けてくるのか。不安と、ほんの少しの期待を込め、目を開いた。
「…………は?」
そこには、何もなかった。本当に何もなかった。今までのダンジョンと何一つ変わらない空間だった。
「なんだ、これ……」
「……おや、珍しい」
不意に声がして振り向けば、そこには仮面で顔を隠した男がたっていた。三日月の目と口が、仮面の裏は笑っていないことを暗に示しているようだった。
「あなたに魔物は見えないのですね」
「……お前は誰だ? お前がここのボスか? だとしたら、ウタたちはどこだ? ここにいないのか?」
「ウタ……というのは、共に入った少年ですね。彼はダメでしょう。よくて生きて出られる程度」
「…………なんだと?」
思わず剣に手をかける。……かけようとして、その手が震えた。恐怖だった。目の前の彼が怖いのではない。ウタが、ウタまでもがいなくなってしまうかもしれないという恐怖からだ。その恐怖から、感情的に刃を向けようとしたのだ。
「彼は今まで、過去から目を背けすぎた……。多少の逃げならば、誰しもが抱えているでしょう。しかし、彼の場合は度が過ぎている。過去に対して向き合おうとせず、背を向け、死ぬこときっかけに忘れようとさえして、忘れることも出来ず、誰かに告げることも出来ず。……愚かなものですよ」
「…………」
「魔物に殺されるのも時間の問題でしょう。まぁ、加護がついているようですから多少はもつでしょうが」
……なにも言えなかった。
ウタが隠しているのには気づいていた。……問い詰めればよかったのか? 辛い過去を引きずり出して、私たちの前に晒せと? …………言えるわけない。
「他の仲間も苦戦しているようですよ。対してあなたは強い人だ。魔物が付け入る過去を、何一つ持たないなんて」
「……過去のトラウマなら山ほどある。父上が死ぬときのことやディランのあの冷たい目。どんな手でくるのかと悩むくらいにはあったぞ」
「しかしあなたはそれをすでに受け入れている。受け入れ、自らの糧にしている。だから、魔物はあなたの前に現れなかった。
……ずっと話していてもつまらないでしょう? さぁ、あの扉から外へ。他のメンバーをお待ちください」
「助けることは出来ないのか?」
「魔物から? 無理ですね。あれはあくまでも彼らの記憶やら想いやらにつけこんで攻撃しますから。外からの力でどうこうなる問題ではありませんよ」
「…………」
「……お引き取りを」
……ポロンは、平気だろう。フローラもきっと平気だ。スラちゃんとドラくんは……大丈夫、二人とも強い。みんな、最初に比べたら本当に強くなった。特に心配はしていない。
だけど……。……ウタだって、成長した。レベル1で、スラちゃんと追いかけっこしていたあの頃とは違うのだ。個性の塊'sにだって鍛えられてきたし、大丈夫なはずなのだ。
(それなのに……この不安は、どこから来る? ……どこから来ているのか分からないから、怖いのか?)
……しかし不安な気持ちというのは、考えるだけで消えるものでもないし、理由が分かるものでもない。男性をちらりと見れば、私が扉から出ていくのを待っていた。
「……お前は何者だ? ダンジョンの中にずっといるのか? ダンジョンの、この部屋に」
「……出ていく気はないようですね。まぁいいでしょう。ここに来る方は大体そういう方です」
「答えになっていないぞ。……ずっとここにいるのか?」
「……えぇ、ずっとここに」
「食事はどうしてる? まさか何も食べないなんてことないだろう」
「何も食べませんよ。私がここを離れることはないのですからね」
「……それだと、死ぬぞ?」
「死にませんよ」
「いや、死ぬぞ」
「いいえ、死にません」
……彼が何をいっているのか分からなかった。が、ふと一つだけ思い付いたことがある。
「……特殊職か」
「ご明察。私は『管理人』でして、このダンジョンの管理者であり、絶対的な存在です。また、ここでしか存在できない存在でもあります。
すなはち、私とダンジョンは一心同体。決して離れることのない存在なのですよ」
……彼は全く面白くなさそうに笑っていた。それをじっと見ていると、仮面の奥の瞳と目があった。
「……楽しくはないですよ、この職業。なにせ、ここで死んだ冒険者たちの遺体の処理も私の仕事ですから」
「……そうか。私はそういうのはないからな…………」
……ふと、一つの可能性が見えた。ポロンたちを助けることは、今この場では無理だろう。しかし、きっと心配せずとも、あいつらは外に出てくる。問題はウタだ。
ウタになら……この『声』が、きっと届く。声が届けば、ウタは自分を取り戻せる。自分を取り戻せれば、出てこれる。
助かる。
「ウタ……っ! ウタ、聞こえるか!」
何もない虚空に向かって、叫んだ。
過去……思い当たることは、山ほどある。ありすぎで、思い出せないくらいだ。
母上の死、ディランの失踪、挫折、サラ姉さんとの対立、父上の死、絶望、失声症……他にも、たくさんたくさん。
さて、その魔物とやらはどの過去を利用して、私に攻撃を仕掛けてくるのか。不安と、ほんの少しの期待を込め、目を開いた。
「…………は?」
そこには、何もなかった。本当に何もなかった。今までのダンジョンと何一つ変わらない空間だった。
「なんだ、これ……」
「……おや、珍しい」
不意に声がして振り向けば、そこには仮面で顔を隠した男がたっていた。三日月の目と口が、仮面の裏は笑っていないことを暗に示しているようだった。
「あなたに魔物は見えないのですね」
「……お前は誰だ? お前がここのボスか? だとしたら、ウタたちはどこだ? ここにいないのか?」
「ウタ……というのは、共に入った少年ですね。彼はダメでしょう。よくて生きて出られる程度」
「…………なんだと?」
思わず剣に手をかける。……かけようとして、その手が震えた。恐怖だった。目の前の彼が怖いのではない。ウタが、ウタまでもがいなくなってしまうかもしれないという恐怖からだ。その恐怖から、感情的に刃を向けようとしたのだ。
「彼は今まで、過去から目を背けすぎた……。多少の逃げならば、誰しもが抱えているでしょう。しかし、彼の場合は度が過ぎている。過去に対して向き合おうとせず、背を向け、死ぬこときっかけに忘れようとさえして、忘れることも出来ず、誰かに告げることも出来ず。……愚かなものですよ」
「…………」
「魔物に殺されるのも時間の問題でしょう。まぁ、加護がついているようですから多少はもつでしょうが」
……なにも言えなかった。
ウタが隠しているのには気づいていた。……問い詰めればよかったのか? 辛い過去を引きずり出して、私たちの前に晒せと? …………言えるわけない。
「他の仲間も苦戦しているようですよ。対してあなたは強い人だ。魔物が付け入る過去を、何一つ持たないなんて」
「……過去のトラウマなら山ほどある。父上が死ぬときのことやディランのあの冷たい目。どんな手でくるのかと悩むくらいにはあったぞ」
「しかしあなたはそれをすでに受け入れている。受け入れ、自らの糧にしている。だから、魔物はあなたの前に現れなかった。
……ずっと話していてもつまらないでしょう? さぁ、あの扉から外へ。他のメンバーをお待ちください」
「助けることは出来ないのか?」
「魔物から? 無理ですね。あれはあくまでも彼らの記憶やら想いやらにつけこんで攻撃しますから。外からの力でどうこうなる問題ではありませんよ」
「…………」
「……お引き取りを」
……ポロンは、平気だろう。フローラもきっと平気だ。スラちゃんとドラくんは……大丈夫、二人とも強い。みんな、最初に比べたら本当に強くなった。特に心配はしていない。
だけど……。……ウタだって、成長した。レベル1で、スラちゃんと追いかけっこしていたあの頃とは違うのだ。個性の塊'sにだって鍛えられてきたし、大丈夫なはずなのだ。
(それなのに……この不安は、どこから来る? ……どこから来ているのか分からないから、怖いのか?)
……しかし不安な気持ちというのは、考えるだけで消えるものでもないし、理由が分かるものでもない。男性をちらりと見れば、私が扉から出ていくのを待っていた。
「……お前は何者だ? ダンジョンの中にずっといるのか? ダンジョンの、この部屋に」
「……出ていく気はないようですね。まぁいいでしょう。ここに来る方は大体そういう方です」
「答えになっていないぞ。……ずっとここにいるのか?」
「……えぇ、ずっとここに」
「食事はどうしてる? まさか何も食べないなんてことないだろう」
「何も食べませんよ。私がここを離れることはないのですからね」
「……それだと、死ぬぞ?」
「死にませんよ」
「いや、死ぬぞ」
「いいえ、死にません」
……彼が何をいっているのか分からなかった。が、ふと一つだけ思い付いたことがある。
「……特殊職か」
「ご明察。私は『管理人』でして、このダンジョンの管理者であり、絶対的な存在です。また、ここでしか存在できない存在でもあります。
すなはち、私とダンジョンは一心同体。決して離れることのない存在なのですよ」
……彼は全く面白くなさそうに笑っていた。それをじっと見ていると、仮面の奥の瞳と目があった。
「……楽しくはないですよ、この職業。なにせ、ここで死んだ冒険者たちの遺体の処理も私の仕事ですから」
「……そうか。私はそういうのはないからな…………」
……ふと、一つの可能性が見えた。ポロンたちを助けることは、今この場では無理だろう。しかし、きっと心配せずとも、あいつらは外に出てくる。問題はウタだ。
ウタになら……この『声』が、きっと届く。声が届けば、ウタは自分を取り戻せる。自分を取り戻せれば、出てこれる。
助かる。
「ウタ……っ! ウタ、聞こえるか!」
何もない虚空に向かって、叫んだ。
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