チート能力解放するにはヘタレを卒業しなきゃいけない

植木鉢たかはし

その反対へ

「レイナ……っ!」


 アリアさんがその『闇』へ向かっていく。しかし、ドラくんでさえ弾かれてしまった闇だ。そう簡単に近づけるはずかない。


「ね、姉さん……! そんな、僕は」

「ロイン! ダメだよ、自分を否定しちゃダメだ! レイナさんにとって、ロインの存在は大きかった! 否定なんてしちゃダメだ!」

「ウタ……」


 僕は叫び、ドラくんに問いかけた。


「あの闇がなんなのか分かる?!」

「……アディーガのようだが、そうでもない。アディーガの先……すまない、詳しくは分からない。だが、あの中にいて良いことなどなさそうだ」

「そっか」


 ブリスが、嗤う。


「バカだなぁ! 俺は本当のことを言っただけだってのに、自己否定しちまうなんてなぁ。
 ……こいつは国民に信頼されてると思ってたのか? あぁ、バカだなぁ……バカだなぁっははっ!」


 そのとき僕の……そしてアリアさんの頭によぎったのは、あのときの、あいつの顔だった。そしてその後の絶望と、痛み。
 あのときのあいつだって……きっと、真実を語っただけだった。だけど……それが、どれだけアリアさんを苦しめたのか……僕にはよく分かっている。

 さんざん自分のせいだと言われ、倒れて、声も失って、人の善意を受けることすら恐ろしくなって。
 黒い魔法で貫かれて、何度も傷つけられて、自分が生きることすらも否定した。

 それを、僕は肯定した。


「…………」

「お? どうした? 諦めたのか?
 それが正しいな。あの闇から出るには自己否定をやめなきゃいけない。今のあいつには無理な話だ。一人であの中からなんて出てこれないさ。壊すのだって簡単じゃないぞ?」


 諦める……諦めるのは、簡単じゃない。自分の手の届かないところへ消え去ったとしても、諦めることなんてそう簡単に出来やしない。
 少し自分より強いからなんだ。有利なスキルがあるからなんだ。僕は……助けたいって、思ったんだ。頼りたいと言ってくれたなら、それに答えなきゃいけないって、思ったんだ。

 その僕の想いに、アリアさんもまた、答えてくれたのだ。
 雷を呼びよせ、窓を割り、鎖を引きちぎり、僕の前に立ったのだ。自分でさえ否定していた自分の『可能性』を、あのとき確かに、形にしていたのだ。
 レイナさんにだって、まだ、『可能性』があるはずだ。限界は、自分が思うよりも上にある。

 ブリスの挑発に笑い声……僕らは、その言葉に返さない。返さないまま目をそらさないまま僕は、そっと、アリアさんに声をかける。


「……アリアさん」

「どうした」

「僕は今……すごく、言いたいことがあります」

「奇遇だな……私も、言いたいことがある」

「……あはは、多分きっともしかして、思ってること一緒ですね」

「なに不確かなこと言ってんだ。もっと確かだろう?」

「……ウタ殿、アリア殿?」


 ドラくんの不思議そうな声を聞きながら、僕らは、ブリスをしっかりと見据えた。


「せーのでいくか」

「ですね。いきますよ……せーのっ!」


 僕らは、同時に飛び出した。その速さに、高さに、ブリスが驚いているのが分かる。でもそんなこと今はどうでもいい。
 僕らは振り上げた剣を勢いよく振り下ろしながら叫ぶ。


「お前の主観で!」

「レイナの価値や限界を決めるなっ!」


 振り下ろした剣。そこから放たれた魔法は勢いよく地面に叩きつけられ、床に穴を開ける。咄嗟に空中に体制を立て直したブリスだったが、それでも、一瞬の隙が生まれる。


「アリアさん!」


 僕がそちらを見ると、どこか覚悟を決めたようなアリアさんの顔があった。それを見て、僕はどこか安心して微笑んだ。


「……行け、ますよね?」


 ……闇は、心の傷は…………ちょっとやそっとじゃ埋まりはしない。アリアさんだって、例外じゃない。きっと、まだトラウマと言う名の傷が深く残っていて、かさぶたになっているかさえ怪しい。もしかしたら、まだ血を流しているのかもしれない。いや、もしかしたらじゃない。きっとそうなのだ。僕らを心配させまいと、アリアさんが隠しているだけで。
 それでもきっと、アリアさんならば大丈夫だと……僕は、思ったのだ。


「…………おいウタ殿、お主、まさかアリア殿に……」


 ドラくんがそこから先を言う前に、アリアさんは僕らに向かって柔らかく微笑んだ。


「……お前、本気でそれ聞いてるのか?」

「アリア姫…………?」

「――愚問だな」


 アリアさんは、剣をしっかりと握り直す。とたんに、その体から魔力が溢れる。あのとき見たような、強く光輝く魔力が、溢れて、目に見える。
 これが……アリアさんの『勇気』
 アリアさんにとっての自己犠牲。自分の恐怖を押し潰して誰かを助ける……それが、アリアさんの『自己犠牲』


「行けないわけないだろ? 私が。
 ……そっちは任せたぞ! 必ず戻る!」

「もちろんです!」


 アリアさんは、『闇』に向かって走る。僕は立て直したブリスに向き合う。
 きっとアリアさんは、ブリスや、僕や、アリアさん自身が思っているよりも簡単に、闇の中に入れるだろう。そして、帰ってくる。

 誰かが自己否定を続けるのなら、僕らはその反対へ。
 誰かの肯定を続けよう。今は、レイナ・クラーミル、その人の存在の肯定を。

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