チート能力解放するにはヘタレを卒業しなきゃいけない

植木鉢たかはし

最終手段

「ウタ……? それは?」


 アリアさんが覗き込もうとしたのを、思わず遠ざけた。……だって、これは…………。


「……使うかどうかは任せる。使わないことを願うけど、そうもいかないと思うんだよね」

「ジュノン……ウタに何を教えたんだ?」

「さぁね?」


 ……僕の手の中にあるこれは、どう考えても、本当に最後の最後、打つ手が無くなったときに使うものだった。そうでなければ……これは、そう簡単に使えるものではない。
 『本当の最終手段』それが、これ。この魔法。大きめの付箋ほどの大きさしかない紙に綴られた文字。……これは、リーダーである僕以外が、知ってはいけない魔法。


『生命力の転化』


 無属性熟練度0以上、消費MPなし。ここに書かれている呪文を読み上げれば即座に発動する。
 対象に、自分のHPを与える魔法。自分を犠牲にして、相手を助ける魔法。

 ……なんという自己犠牲。まさに、僕の呪文だ。僕が使えない、僕の魔法だ。


「……あくまでそれは最終手段。他の手段もあること、忘れないでね」


 ジュノンさんが言ったそれは、きっと、回復魔法とか回復薬とか、そういう類いのもの。
 確かに普通はそれで大丈夫だ。僕だって、出来るならそういう手段をとるだろう。テラーさんにもらった回復薬も、おばさんにあげたとはいえ、まだ残っているのだ。

 ……しかし、ジュノンさんがこれを渡してくると言うことは、これを、いつか使わなくてはいけないときが来る、ということだ。
 誰かが、ボロボロに傷つき、しかしそれを治療する手段もなく、他の誰かを頼るわけにもいかず、この呪文でしか、その人を助けることが出来ないという状況が……いつか、訪れるということだ。


「…………それより、ここはどこなんですか?」


 僕は、話題を変える。無理矢理で違和感はあっただろう。でも、この話を続けたくなかった。……逃げたのだ、また。


「……教えない」

「教えない? なんでだ?」

「教えたら、なんか二人、無理矢理出ていって、面倒なことになりそうだから」


 ボソッとおさくさんが告げる。……そりゃ、否定はできないけど……ここは本当に、どこなんだ?


「勝手に出ていったら死ぬから、気をつけて」

「しっ……そんな危険な場所なんですか!?」

「そうだよ? だから、勝手に出ていかないでね。分かった?」

「……いやでも」

「分かった?」

「…………はい」


 ジュノンさんに言いくるめられ、それ以上は聞けなかった。


「……あのさー」

「お、どしたテラー?」

「一時間ずっとこのままってしんどいから、寝ていい? さっきから眠くって眠くって」

「ええよー」

「ありがと。例のこと、ちゃんと伝えてねー」

「ほいほい」


 そして、数秒後、


「…………すー」

「寝た!?」

「はやくないか!?」

「まーまー、テラー、寝るときは寝るから。アイリーンほどじゃないけど」


 おさくさんはそう言うと、僕らに向き直る。同時にジュノンさんも、体をこちらに向ける。


「……二人には囮になってもらうって言ったけどさ、それ、何の囮だか分かってた?」

「……え?」

「悪魔を引き付けるための囮……じゃ、ないのか?」

「違うんだなぁー! ほら、ジュノン頭いいからさ! あれだからあぁなんだよ!」

「……ん?」

「うん、おさく、私説明するから」

「へーい」


 ジュノンさんは一つ息を吐くと、小さく、その名前を呟いた。


「――ディラン・キャンベル」

「…………」

「もう一つの『勇気』である『自己防衛』、私は、それが魔王が利用している力だとずっと考えていた。そして、実際にそうだった」

「……どういうこと、だ?」


 ひどく動揺したようなアリアさんに、ジュノンさんは告げる。


「ウタくんの『自己犠牲』が世界を救うなら、『自己防衛』はあるいは……。って、薄々気がついてたんじゃない? 本当はさ」

「…………」

「敵を騙すならまず味方から……っていうからさ、ちょっと騙したんだけど、確かに漆黒の場所を知りたいのは事実だし、入り方が分からないのも事実。
 だけど、悪魔の居場所なんてアイリーンの千里眼でいっぱつだし、取っ捕まえるのも難しくないんだよね。『空虚』の対象だって一人だし」

「そ……その嘘と、ディランと……何が関係あるんだ?」


 アリアさんの言葉に、ジュノンさんは水晶板を取り出す。そして……もう一度しまった。それから、僕らを見て告げる。


「……『ディラン・キャンベル』を造り上げている人格が、マルティネス・アリアを愛し、守ろうとしている事実は……一切疑っていない」

「…………」

「だからこそマルティネスの時だって、手を出せないと分かっていても、ただ放っておくことは出来なくて、近くまでは来ていた」

「でーも、やっぱ会えなくてさ。帰ったわけよ。
 ってことは、ほら。私ら基本的にUnfinishedの味方してるけど、そんな私たちがUnfinished、特にマルティネス・アリアを、わざわざ危険にさらすようなことをしたら、姿を現すんじゃないか……って考えだったわけね、ジュノンは」

「そして実際に現れた」


 そこでジュノンさんは一度目を閉じ、小さく、微笑んだ。


「……『ディラン・キャンベル』として現れて、『自己防衛の勇気』に支配され、泣いていた」

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