チート能力解放するにはヘタレを卒業しなきゃいけない

植木鉢たかはし

亜種

 完全に臨戦態勢に入ったドラくんの姿は、味方である今だからこそ頼もしく見えるが、敵であったあのときは、震え上がるほどに恐ろしかった。
 僕らはドラゴンの姿に慣れてしまっていて、それでさえいとおしく見えるほどになっている。そんな僕らは、人間の姿ならば殺気をプンプン漂わせたところで大して怖くないのだが、レイナさんとブリスさんはそうでもないらしい。レイナさんはアリアさんの後ろに隠れ、ブリスさんは壁を背にして、少し震えている。
 うーん、やはり、生まれ持った野性的な部分があるのだろうか? それに知性が高いとはいえ、ドラゴンは超強大な力を持つ魔物だ。そりゃ怖いか。


「……時に主よ、」


 ドラくんがウルフたちと対峙したまま、振り向かずに僕に呼び掛ける。ウルフは、いつ飛びかかろうか、どこに飛びかかろうかと目をギラギラとさせている。


「奴等は見ての通りの状態だ。それに、亜種というものは奇形だからな。そもそもの体の造りが通常個体よりも脆いことが多い。だから……なんだ」


 少し困ったような笑いを含みながら、ドラくんは頬を軽く掻き、言葉を繋げる。


「……最善は尽くすが、最良が出せるとは思わないでいてくれ」


 それと、と呟きながらドラくんは地面に手をつく。それを好機と捉えたのか、ウルフたちは一斉にドラくんに飛びかかってきた。


「あっ……!」


 レイナさんが焦ったように声をあげる。ウルフの牙は、ドラくんの首元のすぐ近くまで迫っていた。

 ……しかし、ドラくんは、一切焦った様子を見せない。冷静に、その動きを見極めながら、呟く。


「我も思うことは多い。なるべく使いたくはなかったんだが……すまないな、アリア殿。この魔法、使わせてもらうぞ」

「え……」

「――操影」


 瞬間、影から無数のとげが現れ、ウルフたちに勢いよく向かっていく。一歩、アリアさんが後ろに後ずさる。……あのときのことが、頭をよぎったのか。忘れていたものを思い出してしまった。そんな顔をしていた。

 とげは、的確にウルフたちを捉える。しかし、突き刺さりはしない。それはウルフたちの口元に入り込み、猿ぐつわの要領で、その牙を防ぐ。それで半分ほどのウルフの動きを押さえ込んだ。


「もう半分か……そうだな」


 ドラくんは、残りのウルフたちを視界に捉え、そして、聞いたことがない呪文を唱えた。


「アディーガ」


 と、突然、黒い球体のようかものが現れ、ウルフたちを飲み込んだ。そして、猿ぐつわされているのも含め、全てのウルフが飲み込まれたことを確認すると、ドラくんはその黒い何かに手を当てた。


「サンダー」


 僅かにそこに電流が流れ、その後、ドラくんはゆっくりと球体を消す。そこには、ぐったりと横たわるウルフたちがいた。


「はぁ…………。最善は、尽くした」

「ドラくん……! ごめん、無茶なこと言って」

「なに、大丈夫だ。……我はお主の、そういうところが好きだ。
 …………過去のあいつとは、まるで逆で……」

「え?」

「全部助けてやりたかった。だが、」


 ドラくんはそっと膝をつき、一体のウルフを抱える。
 ……その体は、半分溶けかかっていた。いつも、倒したら光となって消えていく魔物たち。そんな綺麗なものじゃなく、どろどろで、ぐちゃぐちゃで、今にも死体になりそうなその体は、そこにあった。


「……こいつはもう、助からない。回復魔法を受け入れることさえできない。それでさえ、苦痛になる」


 ドラくんがそう言うが早いか、『それ』はドラくんの腕の中で溶け落ち、溶け落ちたそれが、光となった。
 ……あまりにも綺麗とは言えない、そんな、死に様。

 ふと、背後から、とんとんと肩を叩かれる。振り向くとレイナさんがちらりとアリアさんを見たあとに、僕に手話をして来た。


『アリア、大丈夫なの? ずっとボーッとしてるみたいで』

「……声、かけてみますね」


 レイナさんの言う通り、ドラくんがあの魔法を使ってから、アリアさんはどこかぼんやりとしっぱなしだ。……きっと、思い出しているのだろうけど。


「……アリアさん?」

「わっ……ウタ。
 悪いな、ちょっとぼーっとしてたみたいだ」

「無理しちゃダメですよ。全部わかるんですから」

「…………そうなのか?」

「そうですよ」


 そう話している僕らに、ドラくんはそっと近づいて、決まりが悪そうにしながら、こう話しかける。


「あ、アリア殿……すまない。本当は闇魔法はあまり使わないよいにしようと……特に、操影は。
 しかし、あの状況で、ウルフたちを殺さないためには――」

「もういいよ。……いいよ、分かってる」


 アリアさんは、笑いながらどこか悲しそうに訴えた。


「ドラくんも、ウタも。私の仲間がみんな、私を大切にしてくれてることは……知ってる。全部、分かってるから。だから、気にしなくていい。大丈夫だ」

「…………」

「……おーい! ウルフたちって、このままだとまずいかー? 回復魔法かけるー?」

「でも、私もポロンも初級の方しか……。アリアさん! ウタさん! こっちに来て、回復魔法、手伝ってください!」


 ……これだからうちのメンバーは。
 少し照れ臭くなりながら僕はウタウルフたちに近づくと、回復魔法をかけた。

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