チート能力解放するにはヘタレを卒業しなきゃいけない

植木鉢たかはし

呪詛

「スラちゃん……大丈夫だからね。僕から離れないで」

「ん……」


 二人はなかなか帰ってこない。……大丈夫だろうか? いや、大丈夫だ。ポロンくんとフローラなら、大丈夫じゃないわけ無い。
 少し落ち着いてきたスラちゃんの頭をポンポンと撫でてやる。そうすると安心するのか、僕の胸に凭れるようにして、スラちゃんは浅く息を漏らす。……本当に怖かったのだ。なぜかは分からない。でも、この反応、もしかしたら…………。


「ウタ……アリア……」

「どうした、スラちゃん。私たちはここにいるぞ」

「ぼく……あの人たち……見たこと……ある」

「…………」

「ぼくが生まれた、あの場所で……」


 スラちゃんが生まれた場所……研究施設のような、なにか。非合法であったろうそこは、関係者以外が立ち入ることなんて絶対になかっただろう。となると、そこで見たという彼らは……。


「研究員ってところか」


 僕が思ったのと同じことをアリアさんは口にする。スラちゃんを実験対象にしていた、まさにその人物が、さっきまでそこに立っていたのだ。……そりゃ怖いだろう。


「……手、繋ごっか」

「うん……」

「…………ウタ、一度この辺りを離れよう。すぐにポロンたちも帰ってくるはずだ、そしたら」

「はい、ここをすぐに離れます。スラちゃんの手は絶対に離しません」

「頼んだ」


 僕は、スラちゃんを守るため、ぎゅっと自分の体に寄せ、辺りに意識を向けた。……ざわざわと揺れる木々の音。どこかで鳴く鳥の声。それらが僕らを孤立させ、別世界に隔離しているようにさえ聞こえた。
 瞬間、高らかな咆哮が響き渡る。見ると、僕が使役したのとは違うワイバーンだった。


「……っ、ウタ!」

「何でここに……! だってさっきまでは」


 戸惑っている間に、ワイバーンは僕らに向かって急降下する。僕はスラちゃんの手を強く握ったまま、体も抱えて後ろに下がる。


「ウタ……」

「……アリアさん、スラちゃんをお願いします!」

「あぁ!」


 アリアさんがスラちゃんの手をとったのを見ると、僕はおさくさんから貰った聖剣を取り出した。そしてそれを手に、ワイバーンと向き合った。倒さなくても、守ることならできるだろう。

 ……不意に、あのときの会話が思い出される。おさくさんの言葉。置かれていた銅貨二枚。お金をかけてでも、僕らに言いたかったことって


「グォォォォ!」

「っ……」


 ダメだ、集中できない。『勇気』が発動していないのに、こんな状態じゃ守りきることが出来ない……! 辺りを見渡す。……すぐ向こうに民家が見えた。出来ればドラくんを呼ばないで事を終えたい。
 ほぼ強制的……というか、流れというか、僕はUnfinishedのリーダーになった。それは、例えそれが、流れだったとしても、一応はみんなが僕を信頼してくれているという証拠なのだ。……なんだかんだで、個性の塊'sが、ジュノンさんを信頼していたように。
 だとすれば僕は、みんなを守る義務があるはずだ。たった一度の会話で、剣捌きに迷いが出るようじゃダメだ。

 とはいえ、僕は戦いに関してまだ素人。使えない武器でずっと頑張ってもしたかない。僕は聖剣を収め、代わりに、最初にアリアさんから貰った剣を取り出した。


「……これも、形見になっちゃうのかな」


 不意にそんなことが口をついて出たので、僕は一度剣を胸元に当て、呟く。


「……力を貸してください、エヴァンさん」


 そして、僕らに向かって冷気を吐き続けるワイバーンに向かっていく。……なるべく殺したくない。いや、勝てるかも分からないんだけどね。確かワイバーンの戦いかたは、冷気と、雷。シエルトが使えればいいけど、生憎僕の光魔法の熟練度はそこまで高くない。……引き付けるか。


「シャインランス!」


 僕はワイバーンの後ろに回り込み、光の槍を放つ。その背中に刺さった槍に反応し、ワイバーンはこちらを向く。


「こっちだよー! こっちこっち!」

「グォォォォォォォォっ!」

「……ストリーム!」


 最近使えるようになった風魔法で宙に浮き、ワイバーンを引き連れる。大きな羽をバタつかせ、ワイバーンは僕を追ってくる。
 ちらりと下に目をやると、アリアさんがスラちゃんを支えながら心配そうに僕を見ていた。……あ、そうだ!


「アリアさんっ!」

「…………?!」


 僕は口パクで、一言だけ、アリアさんに伝える。正しく伝わったかどうかは微妙なところだが、アリアさんは大きくうなずいた。
 風魔法を調整し、アリアさんの視線の先を横に通りすぎていく。ワイバーンはそれを追いかけ、高度を下げ――


「セイントエレキテルっ!」


 それと同時に、アリアさんの雷魔法の餌食となった。雷魔法には麻痺の効果がある。ワイバーンは痺れた体をその場に、横たわらせ、僕らに敵意を向ける。


「リヴィー!」


 僕はその間に蔦を伸ばし、ワイバーンの体をしっかりと拘束する。もちろん、冷気を吐き出す口にも。
 ……結界の中に逃げてからリヴィーを解こう。


「はぁ……終わった、かな?」

「大丈夫か、ウタ」

「大丈夫です。雷魔法、ありがとうございました!」

「全然構わないぞ!」


 そうして脅威が去ったと安心している僕らの耳に、ノイズのような声が響く。


「冥界の彼方に意識を預け、その身を我らに捧げよ」


 とたん、足元に巨大な魔方陣が描かれ、僕の頭にはノイズがかかる。何も考えることが出来なくなって崩れていく視界の中で、ふらついて倒れたアリアさんの姿と、戸惑ったように、泣き出しそうになりながら僕にすがるスラちゃんが見えた。

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