チート能力解放するにはヘタレを卒業しなきゃいけない

植木鉢たかはし

新たなる支配者

「ウタっ……! 待ってろ、今、少しでも楽にしてやるからな。……ケアル」


 体力の限界と、塊'sが来た安心感からか、一瞬、意識を飛ばしていたようだ。アリアさんに抱き起こされ、情けないと思いつつも、なにもできない。


「……はは」

「笑っている場合じゃないのだぞ、ウタ殿」

「うん……あはは。そうだよね…………。ドラくん、ポロンくんたちを、お願い」

「…………はぁ、心得た」


 ドラくんがポロンくん、フローラ、それと……誰か分かっていないみたいだったけど、スラちゃんを、その大きな体の後ろに隠す。それを見て、ちょっとだけホッとした。
 ……傷にあたる、優しい光があたたかい。心地よさのなかに微睡んでいきそうな僕の頬を、アリアさんは軽くぺチペチと叩いた。


「起きててくれ。……頼むから」

「……起きてますよ」


 すぐそばでは、魔王と塊'sが激しい攻防を続けている。


「――で、私たちはみんな全部の属性魔法使えちゃうわけなんだけど、やっぱり得意分野ってのがあるわけさ」


 テラーさんのそんな声が聞こえた。瞬間、無差別に放たれた黒い槍が、こちらに向かってくる。


「アリアさ」


 しかしその槍は、飛んでくる間になぜか凍りつき、どこからか飛んできた氷の槍とぶつかってくだけた。


「例えば私は、水、氷、土魔法が得意なわけさ。実体のない闇や光、炎さえも凍てつかせるくらいにはね」


 ……アリアさんの頬を、水滴が伝う。それを、砕けた氷のせいにするかのように、タイミングよく。


「……涙もろくなりましたね、アリアさん」

「お前のせいだ。……怖いんだよ、お前が、父上のように目覚めなくなってしまうのが。……とてつもなく怖いんだ。
 それで良いって……弱くて良いって言ったのはお前だろ?」


 少し苛立ったように、また、焦ったように、魔王が舌打ちする。


「そんなことは聞いていない。あれは……俺の魔法を跳ね返したあれは!」

「だから、銀鏡反応だよ」


 ドロウさんが炎と光の槍を放ちながら言う。


「アンモニア性硝酸銀水溶液にアルデヒド基を加えて加熱すると、アンモニア性硝酸銀水溶液中に含まれる銀イオンが還元されて単体の銀ができて、鏡みたいになるって反応」

「知るかそんなもの!」


 僕は涙に濡れる、アリアさんの頬にそっと触れた。以前と、全く違うその表情に、思わず顔がほころんだ。


「……言いましたよ、僕は」


 その瞳から、涙がさらに溢れ出す。それとほぼ同時に、魔王が魔物たちを召喚した。……しかし、それらが塊'sを攻撃することはない。


「なぜだ……?!」

「テラーの言い方で伝えると、私の得意分野は『使役』なんですよ。なので、ここにいるの、全部使役しました」

「この一瞬で、だと!?」

「それくらいは出来るって」

「……で!」


 おさくさんが刀を抜きながら空中を舞う。その刀には、炎が宿っていた。


「私の得意分野は炎と剣術……っと! 侍の心得!」


 魔王に斬擊が浴びせられる。そのすぐ直後、チョコを食べていたアイリーンさんが少し微笑み、右手をスッと上にあげる。


「得意分野は回復と光魔法ー!
 それじゃ――ジャッジメントー!」


 輝き出す魔方陣。そこから放たれる閃光に、魔王の体がふらつく。それを見逃すような塊'sじゃない。
 ジュノンさんが一歩、魔王に向かって歩み寄る。踏み出したその足の下に、紫色の光を放つ、巨大な魔方陣が描かれる。光は足元からジュノンさんを輝かせ、その力を圧倒的なものと見せつけた。

 僕はそっと体を起こし、心配そうに僕を見るアリアさんを、背中に隠した。


「……世界征服とか、魔王討伐とか、そういうのどうでもいいんだよね。私たちは、ただ強いやつと戦って勝つ。それだけ」


 どこからか現れた大鎌を握りしめ、ジュノンさんは微笑んだ。そして、


「第三形態なんてさせないよ? その前に消えてもらう。
 ――最強の名は、私たちがもらっていくから」


 その巨大な鎌を振りかぶり、魔王が受け身をとるよりも、バリアを張るよりもずっとずっと早く、その体を真っ二つに切り裂いた。
 一瞬、白いような黒いような凄まじい光が目を焼き、言葉にならないような断末魔をあげながら、魔王は、徐々に黒い霧になっていく。


「っ……この、力は…………」

「……そう、これがジュノンの真の力。
 ――魔王」


 霧になり消えていくなかで、魔王……いや、魔王だった者は悔しそうにうめく。


「く……そ……! もしも……もしも父上がここにいたのなら……!」

「……父上?」


 不可解そうにジュノンさんが呟いた次の瞬間には、それは完全に霧となって消えていた。


「……魔王の父親、ねぇ」


 ジュノンさんがそう呟く。しかしそれ以上は何も言わず、僕らに近づく。


「……ん、このくらいなら私でも完治させられるかな。アイリーン! ポロンくんたちの方よろしくー」

「はーい」

「っと、ケアル」

「う……わ…………」


 ジュノンさんが詠唱したとたん、体があたたかい光で包まれる。そして、ものの数秒で傷は跡形もなく消え去っていた。


「こんなもんでどーよ」

「あ、ありがとうございます」

「いえいえー? こうなったの、私がちょっと様子見すぎたせいだし」

「あの、それってどういう」

「ポロンくんたちの回復終わったよー!」

「ジュノンー! とりあえずクラーミルに戻ろうよ」

「疲れたー! お菓子食べよお菓子!」

「おばあちゃん、お菓子はあとでね」

「わしゃあ腹が減ったんじゃ!」


 ……無事に、ではなかったけど、魔王討伐が終わり、僕らは船で、港へ帰っていくことになったのだった。

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