チート能力解放するにはヘタレを卒業しなきゃいけない

植木鉢たかはし

魔王戦

「ふっ……。せいぜい後悔しないようにするんだな。
 ちなみに……こっちのやつらは、どうだ? 俺の仲間になる気はないか?」

「いや……塊'sの敵になる方がよっぽど怖いな」

「瞬殺されるもんね」

「五人いるしね」


 魔王はそれを怪訝そうに眺めたあと、僕に視線を合わせる。


「……なるほど、お前は転生者か。ならばお前がもし仲間になると言えば、もとの世界に帰してやろうか」


 …………一瞬。
 息を吸うことも、まばたきをすることすら出来ないような一瞬。
 本当に、一瞬だけ。
 その場の空気が凍りついたように感じた。

 その魔王の言葉は、何よりも誰よりも、僕のことを怯えさせた。


「――僕は、もう向こうの世界では死んでいるんです。今さら戻る気はありません」

「お前と関わりのある人間の記憶を書き換えるくらい容易いことだが?」

「結構です。僕は帰りません」


 ……むしろ、帰りたくなんて、ない。
 その言葉をグッと飲み込んで、代わりに魔王を睨んだ。僕の、精一杯の強がりだった。


「出来ないくせに、よく言うよね」


 少し刺すような口調でアイリーンさんが言う。『こっち』で会った人の声を聞いて、安心している僕がいる。
 戻らなくてもいい。
 戻ることはできない。

 なんとなく視線を定めることができないでいると、僕の肩に、優しい誰かの手が触れた。


「……大丈夫か、ウタ」

「…………アリア、さん」

「心配しなくても、ここには私たちだけじゃない。塊'sがいるんだぞ? 何を心配する必要があるんだ?」


 そう言うアリアさんは……そう思っているようで、思っていないような、不思議な表情で僕をみていた。
 その表情は、まるで、僕の中にある『本当の不安』を見抜いていて、その上で言わないでいるような……。


「……いつか、ちゃんと」

「ウタ?」

「ちゃんと……言います、から。それまで、待っていてくれますか?」


 アリアさんは、ふぅ、と一息ついて、そして、柔らかく微笑んだ。


「……お前がヘタレなのは知ってる。言えるようになるまで、いくらでも待つさ」


 そんな僕らを横目で見ていたのか、ジュノンさんがわずかに微笑んだ気がした。そして、それとは全く違う笑みを、魔王に向けた。


「じゃあ、やろうか?
 ……ドロウ! ラーメン準備!」

「ラーメンってなんだよ! ラーメンって!」

「今回はねー、九州風のとんこつ細麺のインスタントを用意したよ。熱湯を注いで二分。記録更新目指そうか」


 カップ麺を用意するドロウさん。それをみながら、魔王が笑う。


「……四年前、貴様らは同じようなラーメン? を用意し、それが出来上がるのとほぼ同時に、しかもそれを守りながら戦い、俺を倒した」

「どんな戦い方してるの、個性の塊'sって」

「スラちゃん、それ聞いちゃダメだと思う」

「はーい」

「しかし、今回の俺は違う。前はレベル500で貴様らに敗れた。だから今回俺は――」

「ワクテカ」

「ワクテカ」

「レベル10000にしてきたぞ!」


 れ、レベル10000!? それすごくない!?
 ……と思う僕とは対照的に、


「……ちぇっ」

「つまんねーの」

「ええええええっ?!」

「れ、レベル10000だぞ!? おいらたちだったら瞬殺だぞ!?」

「ウタさんの『勇気』が発動してもレベル2300なんですよ?!」

「いやー……私ら、レベル2300ならもう瞬殺できるくらいには強いんやで?」

「ひえっ」

「貴様ら、また俺を忘れているな!? もういい。俺だって世界征服と命がかかっている。もう待っていられない」


 むしろ今までこんな茶番のようなそれを待っていてくれたのが優しいぞ魔王。


「あー、お好きにどうぞ? レベル5000の魔王さん?」


 不意に、バカにしたようにジュノンさんが言う。……え、レベル5000?


「何をバカなことを……れ、レベル、5000?! そんな、そんなわけない!」

「ど、どういうことなんですか!?」

「ウタくーん! ジュノンのステータス、ちゃんと見てみなよー」


 アイリーンさんに言われて、そうしてみることにした。……よし、それっぽいのは……『魔王の微笑み』と『侵略す』と『鉄壁の要塞』と……『化学』じゃないな。じゃあこの三つを鑑定してみよう!


魔王の微笑み……対象(無限に選択可)の全ステータスを2分の1にする。発動時間は30分。

侵略す……対象一体に対し、4連続特大ダメージ。暗闇状態にする。暗闇の発動時間は解除しない限り無限。解除には熟練度9以上の回復魔法。

鉄壁の要塞……自身のレベル未満の相手からの攻撃を完全に無効化する。発動時間は1時間。


 どうやら、さっきジュノンさんが微笑んだとき……その時に、『魔王の微笑み』を発動させていたみたいだ。だからステータスが半分になったんだな。魔王の、微笑みなのに勇者が使ってる……うーん。
 で、ここに入るとき使っていた『鉄壁の要塞』は、自分よりもレベルが低い相手の攻撃を無効化……すごいな。
 『侵略す』が……と、思っていると、ジュノンさんが、まだ戸惑っているような魔王に手のひらを向けた。


「時間制限もあるし、さっさと終わらせるね」

「ジュノン一発で仕留めちゃってよ」

「おっけー……。
 ――侵略す」


 そのとたん、目を焼き尽くすような光が目の前に溢れた。耳を潰すかのような声。目を開けたときには、魔王は消えていた。今の一撃で、倒したのだろうか?

 ……本当、に?
 本当に倒したのか?

 その答えは、目の前にあった。


「…………え」


 目の前には、魔王の姿も――個性の塊'sの姿もなかった。

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