チート能力解放するにはヘタレを卒業しなきゃいけない
髪飾り
「銀貨一枚……丁度だな。はい、これがテラーに頼まれてたやつだよ」
「ありがとうございます」
大きな紙袋を二つ受け取ったフローラは、それを自分のアイテムボックスにしまった。それから、僕らはシガーさんの店を出て、本を買いにいくことにした。
「本、か……。どんなものなのか分かるのか?」
「なんか、予約しているみたいです。名前を出せばわかるからって」
「そうか。…………」
「…………?」
ふと、アリアさんがフローラの顔をじーっと覗き込んだ。見られている側のフローラは顔を赤らめ、恥ずかしそうに顔をそらす。
「あ……あの、あんまり見られると、恥ずかしいって言うか……」
「ん? ……あぁ、悪いな」
そういわれたアリアさんはすぐにフローラから離れた。
「フローラがどうかしたのか?」
「いや……。前髪、分けるかあげるかしたほうがいいんじゃないかなーって」
「えっ? あ……」
「確かに、そうかもしれませんね」
フローラの目は髪にずっと隠れている。会ったときから気になってはいたが……うん、やっぱり分けたりあげたりしたほうが良さそうだ。
「で、でも、私……」
「嫌か? 無理にそうする必要はないが、その方がかわいいと思うんだが」
「えっと……嫌、じゃ、ないけど……」
そして、ぽつりと口にした。
「人の目を見るのが、怖くて」
「目……か?」
それからフローラは、少し周りを見渡し、少し離れたところにあった石の階段を指差した。
「さっきの……お父さんとお母さんのこと、話します。だから、あそこで」
そして、少し先を歩いていったのだ。
◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈
「……元々は、普通の家族だったんです、私たち」
石段に四人で腰掛け、フローラがポツリポツリと話す。
「お父さんと、お母さんと、私の三人で、普通の家族がそうみたいに、私たちも一緒に暮らしてて……。
でも、二人はメヌマニエ教に入ってしまってから、変わったんです」
「変わった?」
僕が聞くと、フローラははっきりとうなずいた。
「二人はメヌマニエのせいで変わってしまったんです。今まで大切だったものを全部壊して、私のことも殺そうとして来ました」
「……そんな…………」
アリアさんが声を漏らす。思わず出てしまったと言うようなその声は、フローラにもちゃんと聞こえていた。
「……サワナルはメヌマニエ教に犯されはじめてから、テラーさんに守られているこの一角を除いて、全く変わってしまいました。
テラーさんが街のなかに大きな壁をつくって、狂信者の侵入を防いでくれたからよかったものの……もしもそうじゃなかったらと考えると」
「テラーは、街の中に壁を作ったのか?」
「はい、それはもう大きな。テラーさんが自らではなく、街の人に頼まれてなんですけどね。
……あ、ここから見えますよ」
「えっ!?」
「ほら、あそこ」
フローラが指差した方へ目をやると、いくつもの屋根と屋根の間から、コンクリートのような土のような高い壁が確かに見えた。ここからはかなり遠いがそれでも見えると言うことは、そうとうな大きさだ。……テラーさんじゃないと無理だろう。
「確かに、あの壁ならいくらか安全かもな」
ポロンくんが言う。あの壁があることで、ここに来るにはそうとうな回り道をしなきゃいけなくなる。街への入り口は一つだけなのだ。守りやすくはなるだろう。
「教徒じゃない人は壁ができる前に、集団でこっちに逃げてきました。
まぁ、私は、両親のところから一人で逃げて、街の外に出て、そこでテラーさんに会ったんです」
……でも、それはすなわち、もう、両親とは二度と会わないって言う決別でもあるわけで。単純に、逃げたイコール安全になった、よかった、というわけにいかないのが現実だ。
「あれは、お父さんとお母さんじゃない。私にはわかってます。だから、平気です」
フローラが僕の心情を察したように言う。でも、それは嘘だ、と、僕は心のなかで否定する。
メヌマニエに操られているだけ――そう分かっていても、家族から手をあげられるというのは……傷つくに決まっている。わかりきっていることだ。
「でも……あのとき、二人が私を殺そうとして迫ってきたときの、あの目が忘れられないんです。
いつもの優しい目じゃない。光を映さない、暗い目で、感情なんて消え去ってしまったみたいで、その目を見てると、私もおかしくなっちゃいそうで……怖くて。
だから、前髪を伸ばしたんです。誰かの目を、なるべく、見なくて済むように」
……そう言われてしまうと、言い返せない。フローラが味わった恐怖は計り知れないのだ。
自分の両親に殺されるかもしれないと言う恐怖――。
それがトラウマになって、人の目を見れないと言うのはおおいにありえるのだ。しかも、壁があるとはいえ、安全が完璧に守られていると言う訳でもないのだ。テラーさんなら大丈夫そうな気もするが……。
なにはともあれ、こうしたことを踏まえると、僕らとこうして話せている時点で褒めるべきことだ。
ふと、アリアさんがフローラの頭をそっと撫でた。驚いた様子のフローラに、アリアさんは優しく語りかける。
「そうか……。無理に目を見る必要はないさ。もちろん、無理に目を見せる必要もな。フローラがそうしたくなったときに、そうすればいい」
でも、と、アリアさんは付け足す。
「髪飾りっていうのは……時に、力を与えてくれるものだったりするんだ」
紫色の蝶が、その羽をキラキラと輝かせ、存在を主張した気がした。
「ありがとうございます」
大きな紙袋を二つ受け取ったフローラは、それを自分のアイテムボックスにしまった。それから、僕らはシガーさんの店を出て、本を買いにいくことにした。
「本、か……。どんなものなのか分かるのか?」
「なんか、予約しているみたいです。名前を出せばわかるからって」
「そうか。…………」
「…………?」
ふと、アリアさんがフローラの顔をじーっと覗き込んだ。見られている側のフローラは顔を赤らめ、恥ずかしそうに顔をそらす。
「あ……あの、あんまり見られると、恥ずかしいって言うか……」
「ん? ……あぁ、悪いな」
そういわれたアリアさんはすぐにフローラから離れた。
「フローラがどうかしたのか?」
「いや……。前髪、分けるかあげるかしたほうがいいんじゃないかなーって」
「えっ? あ……」
「確かに、そうかもしれませんね」
フローラの目は髪にずっと隠れている。会ったときから気になってはいたが……うん、やっぱり分けたりあげたりしたほうが良さそうだ。
「で、でも、私……」
「嫌か? 無理にそうする必要はないが、その方がかわいいと思うんだが」
「えっと……嫌、じゃ、ないけど……」
そして、ぽつりと口にした。
「人の目を見るのが、怖くて」
「目……か?」
それからフローラは、少し周りを見渡し、少し離れたところにあった石の階段を指差した。
「さっきの……お父さんとお母さんのこと、話します。だから、あそこで」
そして、少し先を歩いていったのだ。
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「……元々は、普通の家族だったんです、私たち」
石段に四人で腰掛け、フローラがポツリポツリと話す。
「お父さんと、お母さんと、私の三人で、普通の家族がそうみたいに、私たちも一緒に暮らしてて……。
でも、二人はメヌマニエ教に入ってしまってから、変わったんです」
「変わった?」
僕が聞くと、フローラははっきりとうなずいた。
「二人はメヌマニエのせいで変わってしまったんです。今まで大切だったものを全部壊して、私のことも殺そうとして来ました」
「……そんな…………」
アリアさんが声を漏らす。思わず出てしまったと言うようなその声は、フローラにもちゃんと聞こえていた。
「……サワナルはメヌマニエ教に犯されはじめてから、テラーさんに守られているこの一角を除いて、全く変わってしまいました。
テラーさんが街のなかに大きな壁をつくって、狂信者の侵入を防いでくれたからよかったものの……もしもそうじゃなかったらと考えると」
「テラーは、街の中に壁を作ったのか?」
「はい、それはもう大きな。テラーさんが自らではなく、街の人に頼まれてなんですけどね。
……あ、ここから見えますよ」
「えっ!?」
「ほら、あそこ」
フローラが指差した方へ目をやると、いくつもの屋根と屋根の間から、コンクリートのような土のような高い壁が確かに見えた。ここからはかなり遠いがそれでも見えると言うことは、そうとうな大きさだ。……テラーさんじゃないと無理だろう。
「確かに、あの壁ならいくらか安全かもな」
ポロンくんが言う。あの壁があることで、ここに来るにはそうとうな回り道をしなきゃいけなくなる。街への入り口は一つだけなのだ。守りやすくはなるだろう。
「教徒じゃない人は壁ができる前に、集団でこっちに逃げてきました。
まぁ、私は、両親のところから一人で逃げて、街の外に出て、そこでテラーさんに会ったんです」
……でも、それはすなわち、もう、両親とは二度と会わないって言う決別でもあるわけで。単純に、逃げたイコール安全になった、よかった、というわけにいかないのが現実だ。
「あれは、お父さんとお母さんじゃない。私にはわかってます。だから、平気です」
フローラが僕の心情を察したように言う。でも、それは嘘だ、と、僕は心のなかで否定する。
メヌマニエに操られているだけ――そう分かっていても、家族から手をあげられるというのは……傷つくに決まっている。わかりきっていることだ。
「でも……あのとき、二人が私を殺そうとして迫ってきたときの、あの目が忘れられないんです。
いつもの優しい目じゃない。光を映さない、暗い目で、感情なんて消え去ってしまったみたいで、その目を見てると、私もおかしくなっちゃいそうで……怖くて。
だから、前髪を伸ばしたんです。誰かの目を、なるべく、見なくて済むように」
……そう言われてしまうと、言い返せない。フローラが味わった恐怖は計り知れないのだ。
自分の両親に殺されるかもしれないと言う恐怖――。
それがトラウマになって、人の目を見れないと言うのはおおいにありえるのだ。しかも、壁があるとはいえ、安全が完璧に守られていると言う訳でもないのだ。テラーさんなら大丈夫そうな気もするが……。
なにはともあれ、こうしたことを踏まえると、僕らとこうして話せている時点で褒めるべきことだ。
ふと、アリアさんがフローラの頭をそっと撫でた。驚いた様子のフローラに、アリアさんは優しく語りかける。
「そうか……。無理に目を見る必要はないさ。もちろん、無理に目を見せる必要もな。フローラがそうしたくなったときに、そうすればいい」
でも、と、アリアさんは付け足す。
「髪飾りっていうのは……時に、力を与えてくれるものだったりするんだ」
紫色の蝶が、その羽をキラキラと輝かせ、存在を主張した気がした。
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