めおと湯けむり紀行

奥嶋光

男鹿半島 金ヶ崎温泉 《男鹿桜島リゾートHOTELきららか》

初めて行ったのは2017年の初夏だった、まだ男鹿半島は肌寒かった。
きっかけは妻が旅行雑誌を見て行きたいと言い出したからだ、私達の住む関東某県からはかなり距離がある為前日にわざわざ山形に一泊してから臨んだホテルだった。
結果として2回お世話になった、幸いにも2回とも晴れていて夕陽が落ちるのが綺麗に見れた。

まず第一印象は建物が茶色でやけにその場に馴染んでいて違和感が無いという印象だった。
男鹿半島の海辺に建つその一軒宿は周りに大きな木が無く、海が広がっていて遮るものは一切無い。
よって景色は素晴らしい、ここに泊まれば海を飽きるまで見て満喫できる。
前の道路からホテルの敷地に入ると駐車場は広く停めやすい、立派なロビーを入ると吹き抜けだと気付く。
開放感が有って気持ちいい、奥には海を眺めながら食事できるレストランが見えた。夕飯が待ち遠しい、夫婦の期待感がグッと上がった。
通された洋室は手狭ではあったが綺麗で清潔感が有った、長時間の運転で疲れた私はベットに寝そべると小さいなと思った。
妻が風呂に行く準備をしてるのを待ちながら休憩、そして待ち望んでいた大浴場に向かう。

風呂に入る前に水分補給だ、大浴場に向かう廊下に飲み水が用意してあるのがナイス!
飲み干して大浴場に入る、脱衣所で服を脱ぎながら温泉成分表や温泉の由来を見るとこの温泉は男鹿半島の波打ち際から湧き出ておりホテルの北方2キロ離れたとこから引湯してきているようだ。
そして古くから男鹿の漁師の疲れを癒してきたと言う。
期待しながら中に入ると内湯も広い、そして内風呂はガラス張りの為かなりの解放感だ。
シャワーを浴びて身を清めてから内湯に浸かる。長時間のドライブで硬くなった体が解れていくのを感じる、あぁー来てよかった。
お湯を見てみると底に茶色の温泉成分が沈んでいる、歩いてみるとそれがお湯の中で舞い上がる。
少し茶褐色の温泉らしい、内湯で温まると露天風呂に出てみた。
外に出ると日本海が広がるのを一層と感じる、青い空と海。
小さめの浴槽に入るといくらか内湯よりも茶色く濁っていた、浴槽には茶色の温泉成分がびっしりと付いていた。
流れるお湯が少ないせいか内湯よりもぬるく感じた、しかし冬でなければ問題は無い。ゆっくり浸かっていられる、露天風呂に浸かりながら景色を眺めると波は穏やかで空には飛行機雲が流れる。
いい景色だなぁ…。そんな独り言が出てきてしまう位の絶景だった、浴槽の外は大きな石が点在してる庭園風になっており日本海の荒々しさも感じる。
壁を隔てた女湯に話しかけると妻も大変に満足していた。
温泉に浸かりながら波音を聞いているとトンビの鳴き声が聞こえる。
その癒しのBGMを耳で感じながら、海に来たんだと実感する。湯を舐めてみるとしょっぱい味がした、やっぱ海なんだ。
体が温まってきたのでそろそろ出るとしよう、泊まっている間は何回も入れるんだ。
部屋に戻ったらビールタイムだ、待ち遠しい。

大浴場から出た私は先程飲んだ水飲み場で水分補給した、それから自動販売機でよく冷えた缶ビールを2本買って部屋に戻る。
妻は長風呂だから私が鍵を持っていき先に戻るのが我が家のスタイルだ、部屋に戻った私はいそいそと缶ビールを開けて部屋に有ったグラスに注ぐ、それからは至福の時間の始まり。
部屋の窓からは山と海が見える、露天風呂からの景色とはまた違った良さだ。
ビールを飲んでいる内に妻も戻ってきた、少し散歩でもしようかと話になり外に出る事にした。夕飯までまだ時間有るし腹減らしに丁度良い。
ホテルの敷地から下に降りて海に出る事ができた、しかし岩場なので泳ぐのはちょっと危ないなという感じだった。釣りをしている人もいたが岩場を歩いていくのでちゃんとした靴で行った方が良さそう。
私達も釣りをしようという事になり車に戻って入れっ放しの釣り道具を持ち出してまた海に降りてみる。
しかし実際に岩場に出てみると妻は足場が悪くて怖いと言い出してやりたくないと言い出した。
妻は鈍臭いからしょうがないと思いながら私は一人で岩場に出て、釣りをしている人に話しかけてみる事にした。
こんにちはと話しかけた小柄なおじいちゃんは地元の人らしい。魚入れを覗くと小さなアジとサバが何匹か入っていた。イワシがまとまって入ってくる事もあるらしい。
そのおじいちゃんは釣りをしながらタバコを吸い、岩場にポイ捨てしていた。
地元の人も全員が海を大事にしてる訳ではないんだなと残念な気持ちになった。こういう人って捨てたゴミがどうなると思っているんだろう。
せっかく旅行に来て楽しい気分なのが萎えない内に私はその場から立ち去った。岩場の手前まで戻ると妻にどうだった?と聞かれた。
私は雑魚ばっかだったよと言った、その後ホテルの周りを散歩しながら景色を楽しんでいると新緑の緑が段々と夕陽に照らされるようになっていた。
「もうちょいで夕飯だ、腹減ったな。飯前に温泉入ろうぜ!」私は妻にそう言ってホテルに戻った。
散歩で少し冷えた体を温泉で温める、夕陽が落ちていくのを見ながら。

部屋に戻ると良い頃合いになっていた、さっきフロントからチラッと見えたレストランに向かうと入り口にスタッフが待機していた。
挨拶をして部屋番号、名前を伝えるとテーブルに通してくれた。全席窓際のオーシャンビューの贅沢な作りだった。
ガラス張りで海が良く見えて絶景だった、思わず夫婦で顔を見合わせてしまう。
穏やかな海と青空を燃やすように赤く広がった夕焼けを見るとため息が漏れた。
「何か凄いとこ来ちゃったね。」妻がそう言うと私は頷きながら最高のディナーになるなと思った。
席に座って私は冷酒を妻は食前酒の甘いのでお疲れ様と乾杯。その時まだ夕陽が強くて眩しいくらいだった。
運ばれてきた料理は日本海で獲れたであろう海鮮をふんだんに使った会席料理。魚も貝も海藻もあって海の幸を堪能できそうだ、またハタハタやしょっつる仕立ての鍋も有って男鹿の郷土料理も食べる機会に恵まれて感激した。
夕食を食べていると夕陽があっという間に沈んでく、箸が止まり夕陽に見入ってしまう。
レストランにいた客のほとんどがそうだった、私達も夕陽が水平線に落ちるのを窓辺に立って見送ってしまった。あまりにも凄いと黙って見ているしかないのである。
夕陽が沈んだらディナーの再開だ、旬の物として鯛しゃぶがある。先程触れた鍋に潜らせて食べるよう案内されたが、もう頃合いは良いだろう。夕陽を眺めながら冷酒で口を湿らせてあるのだから。
鯛を箸でつまんで、シャブ シャブ シャブ。ポン酢に付けて食べるとあっさりだがしっかりとした真鯛の味が口に広がる。旨い!美味しさを共有したかった私は妻に「旨いぞ、やってみなよ。」と言わずにいられなかった。
妻も鯛を箸でつまんで入れたがシャブシャブしない、そのまんま鍋に放置。「何してんだ?身が固くなっちゃうから早目にあげた方が良いぞ。」と言うと。「良いの!」と返された、妻は胃腸が弱いタイプなので肉とかも良く火を通すタイプだ。けどさすがに旬の真鯛なら新鮮だろう、それに普段刺身で真鯛食べてるはずなのに。何か納得がいかない。
鯛しゃぶ食べたり刺身を食べたり日本海を満喫。ご飯とお吸い物も平らげてディナーも終わりに近づくと洒落た透明なガラス皿に盛られたケーキと果物。見るとチョコレートソースがなぞるように皿に掛かっていた、コーヒーも付いている。
いわゆる女子が好きそうなデザートだと思った、特に視覚的に。食べ終わった頃にはもう海は真っ暗になっており、窓ガラスを見ると食事を済ませた私達夫婦が写っていた、2人とも満足な顔をしていた。

部屋に戻ると休憩だ、ベットにゴロン。腹一杯な私達は小一時間ほど休憩。
せっかくだし夜風に当たりに行こうと散歩する事にした、ロビーから出てみるとあたりは真っ暗。とりあえず乗ってきた愛車が無事か確認してみる、心配で見てしまう毎度の事だ。
真っ暗なので海は見えないが波音はザザンと聞こえてくる。視覚で海を感じる事は出来ないけど海風が運んでくる波音の聴覚、かすかな潮の香りの嗅覚で感じる事はできる。ああ、海辺の夜なんだと確かに感じる、空を見上げると星もちらほら出ている。私はもっと星を見ていたかったが、妻は寒い寒いというので部屋に戻る事に。夏ではないので夜は海辺という事もあり肌寒い、また風呂で暖まろうっと。
食事後だから長湯は禁物だ、さらっと浸かるだけにしようと思い露天風呂に入る事にした。体は湯に浸かっても頭が海風で冷やされてればのぼせる事もないだろう。
長湯にならぬようさっさと部屋に戻ると眠くなってくる、あっという間に1日が終わっちゃう。楽しい時間ってあっという間、ベットに転がってると時期に妻も戻ってきた。眠くなってきたのでもう寝よう、充実した思いで私は寝た。

喉が乾いて起きた、時間を見ると真夜中の3時半だった。トイレに行って水を飲む。カーテンを開けるとまだ暗い、ガラス越しに空を見上げると見た事の無いような星空だった。プラネタリウムのように空に星が散りばめられていた、数える事なんか出来ない位の星で天の川も見えた。
なかなか見た事のない星だった。いつも家のベランダから見る星は数も少ないし控えめにキラキラ光っているけど、ここでの無数の星はランランと雄弁に自分をアピールするかのように光っていた。さっきゆっくり星を見れなかった私は妻を起こさないよう静かに星を見ていた。30分位は見ていたかもしれない、そしてまだ早いのでもう一眠りした。

次に眼が覚めるとすっかり明るくなっていた、携帯を見ると7時過ぎていた。起きた私はいの一番に窓を開けた、網戸が無いので夜は開けられなかった。窓が開くと風が入ってきて気持ちいい、晴れていてとても清々しい朝だった。
妻を起こし朝風呂に行こうと促す、妻は朝が弱いのでいつもチンタラ寝ている。
「起きろ、早く朝風呂行かないと朝食に間に合わんぞ。」妻はだるそうにしていた。
そうこうして朝風呂に行くとシャワーで顔を洗って露天風呂に出た。清々しい朝の海風が吹き渡っている、空も真っ青に晴れていて海も青いし一面が青の景色だった。青色を見てると心が落ち着くというが、そんな科学的根拠に裏付けされたかのような見ていると心が穏やかになっていく景色だ。
そしてそんな景色を見ながら温泉に浸かっている。朝からこんな思いが出来るなんて旅人の特権だ、本当に旅行って贅沢な時間だな。

風呂から上がるともう朝食が楽しみになっていた、お腹も空いてきたな。ガラス張りの食堂に行くと朝から豪華な朝食が並んでいた。サラダや野菜、飲み物がバイキングだった。
とにかく朝から豪華で腹一杯食べてしまった。朝から筋子とか刺身が有ってこれ夕食でも通用するんじゃないかという内容だった。
個人的に嬉しかったのがバイキングの中にとろろと温泉卵が有った事、体に良いだろうし太らなそうな食材なのが体重が気になる私にとって嬉しい。旅行に行くと食事の量が多くて普段より食べちゃうからついつい太ってしまう、残すのが勿体無いから腹一杯にしてでも食べちゃう私は貧乏性なのか。
ドリンクも牛乳、ジュース、コーヒーと揃っていたので食後のコーヒータイムといこう。何度も言うが海が綺麗なせいでコーヒー片手に佇んでる写真をお互い撮り合ってしまう、帰宅してから見たら良い思い出の一枚だ。

部屋に戻ってメジャーリーグを観てたらあっという間にチェックアウトの時間に。ここはBS放送も観れるから野球好きな私にとってはありがたい、この日も朝食後テレビを付けたらマー君が投げていた。
名残惜しい思いで仕度をし、清算を済ませるとHOTELきららかでのひと時が終わってしまった。
妻とも「また絶対来ような。」と話し、秋田に来た際には必ず寄りたいホテルになった。私達夫婦は計2回ここを利用した、これからも一年に1回は来れたらと思っていた。

しかしもう2度と行く事は出来ないかもしれない。2018年夏、残念なお知らせが。
HOTELきららか休館のお知らせが秋田地元紙で報じられていた。
シーズン中は好調だが、冬季の売り上げや人手不足で2018年9月いっぱいで無期限の休館となった模様。10月にはHPも観れなくなっていた。最高なホテルを見付けたと思っていた私達にとってショックなニュースだった。
今の運営会社か新しい資本がまた再開してくれる事を切に願っています。今となっては男鹿半島のワイルドな幻のようなホテルでした、ありがとう。

コメント

  • 奥嶋光

    コメントありがとうございます!
    温泉旅行に行く時の参考にしてください^_^

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  • ノベルバユーザー601400

    ホテルの検索含めて楽しめました

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