コンビニの重課金者になってコンビニ無双する

時雲

6話 食べ時

 目が覚めると、床の上で寝ていた事に気が付いた。

 ……背中が寒い。
 ……ん?

 背中は寒いが――

「うわっ!」

 ぼーっとしていた頭が覚醒してみて、驚いた。

「……昨日そのまま寝たのか」

 目の前に少女の顔があった。

 少女――ヒトミが、俺の腕を枕にして添い寝している。

 何故か、足もからみついている。

 起さないよう慎重に絡みつかれた足を外すと、片腕を動かさない様にして仰向けになった。

 そのままだと、事案になってしまう。

 仰向けになった所で、昨日の事を一気に思い出した。

「……やっちゃったな」

 昨夜の自分を思い出して、顔が熱くなって来た。

 片手で頬に手を当てて熱を冷ましていたのだが……

 動いた拍子に目を覚ましたのだろうか、昨夜の内に忍び込んでいたらしいにゃん太が、胸の上に移動して来た。

「みゃぁ」

 眠そうな細い目を向けて鳴くと、そのまま頭の方へと歩いて来て、顎のすぐ下辺りに落ち着いた。……どことなく、昨日洗った際に付いたであろう石鹸の香りがする。

「ああ、おはような」

 にゃん太のぽてっとした体を撫でていると、体が冷えて来たのか、ヒトミがズリズリと移動して来た。そして、そのまま脇に落ち着くと再び寝息を立て始めてしまった。

 そんな様子を見て、(困ったな)と思いながらも、暫くそのままにしておく事にした。

 二人と一匹が横になっている中に、朝日がスリットを入れ始めていた。

 ――

 ヒトミは、その後一時間ほどして目を覚ましたのだが、何となく起きていた事を知られると面倒な気がしたので、寝たふりをしていた。

 目を覚ましたヒトミは、何やら小さい悲鳴を上げていた。その後、目を覚ましたにも拘らず、数分そのままの姿勢を保った後、寒さに我慢できなくなったのか起き上がっていた。

 どのタイミングで起き上がれば良いのか悩んだが、にゃん太が起きて服の中に入り出したので、早々に体を起こした。

 ヒトミは、手洗い場で顔を洗っていたらしく、髪の毛を少し濡らしたまま帰って来た。俺の顔を見ると顔を赤くしていたが、その事には突っ込まないでおいた。

「朝ご飯にするか」

 朝の挨拶を自然にした後で、朝食の提案をした。
 すると、目を輝かせたヒトミがにゃん太を抱えて答えた。

「はい!」
「そんなに大層なモノで用意できないが……そうだな、牛乳とコーンフレーク、それにバナナがある。もう殆ど無いから、食べた後は買い物に行くか」

 確か、残りのバナナはあと三本位で、フレークは半分も無い。牛乳に関しては二人で使って、にゃん太にもあげたら無くなるだろう。

「えっと、食べ物……お金は……」

 俺が言った言葉を聞いたヒトミが、何やら心配そうにしている。
 恐らく、手持ちおかねがない事を気にしているのだろう。

「その事なら大丈夫だ。これでも社会人をしていたんだ、ちょっとは貯金もあるさ」

 本当の事を言えば、ちょっと処の貯金では無いのだが……まあ、社会人で・・・・の貯金という事であれば、嘘にはなっていないだろう。

「それはおごり・・・というやつですか?」
「まあそうだな、そういうやつだ」

 昨日慰めて貰った礼もあるが、そんな事恥ずかしくて言えないので『社会人を舐めるなよ~』と言って誤魔化しておいた。

 ヒトミは、『"社会人"って、昨日クビになってるじゃないですか!』などと的確な突っ込みをしていたが、小さく『ありがとうございます』と言っていた。

 その後、いつも通りの手順で二人と一匹分の朝食を用意した。

 用意が出来たので、『いただきます』と手を合わせて食べ始めた。

 ヒトミは、朝食にフレークを食べるという経験が無かったらしく、何故か味わいながら食べていた。今は、スプーンでバナナをすくっている所だ。

「美味しいか?」
「…もいっ!」

「いや、飲み込んでからで良いぞ」
「……美味しいです!」

 『"ゴクンッ!"』と音を立てて飲み込んで、キラキラとした目でこちらを見て来る。

 見ると、既に殆ど食べてしまっていて、具と言うか、主食であるフレークもバナナも無くなっている。そんな様子を見ながら、半分ほど食べた自分の皿を差し出した。

「足りなければ食べて良いぞ」
「えっ! 良いんですかぁ!?」

 確認と言う体を取りながらも、既に皿を自分の方に引き寄せている。
 ……自分に正直な奴だ。

 こちらを伺いながらも皿を確保しているヒトミの様子に、可笑しく思えて笑ってしまった。笑っていたら、ヒトミがこちらを睨んで来た。

「な、なにか可笑しいですか!」
「いや、かわいいなと思っただけだ」

 そう言って誤魔化したのだが――

「ふぁっ?! ――ごぶっごっつ……」

 驚いたヒトミが、気管にフレークを詰まらせてしまった。
 その後、涙目になりながらも如何にか落ち着いたヒトミに言った。

「大丈夫か?」
「ええ……」

 むせた際に色々出してしまったせいだろう、少し落ち込んでいる。

 ……まあ、鼻水を垂らした姿を見られれば、多少落ち込んだりもするだろう。

 慰めようかとも思ったが、昨夜の事を思い出して(こういう時は触れられない方が助かるか)と考え直した。

「それで、ヒトミは今後どうするんだ?」
「今後ですか?」

 これからの事を聞いてみたのだが、首を傾げたヒトミは、そのまま首をぐりんぐりんとさせ始めた。……何にも考えていなかったらしい。

 まあ、かく言う俺も同じ様なモノだが。

「決まるまではウチに居ても良いが……」
「えっ、いえいえ! そんな事は出来ないです!」

 これからの事は考えていなかったくせに、こちらを気遣いはするらしい。

 なんと言うか、バランスの悪い奴だ。

 恐らく、仕事等でも自分が責任を持った事には、一生懸命になるのだろう。そして、その反動で自分の事が疎かになりがち、と……うん。教育にはかなり手間がかかるだろうが、その分忠誠心と努力に関しては、ずば抜けていると思う。

 実際に、俺に『万引きをしたんじゃないか?』と問い詰めて来たヒトミは、かなり懸命に……業務に忠実だったと思う。まあ、実際には冤罪だったけど。

 ヒトミの様なタイプは、会社がしっかりと衣食住を保証した上で、仕事に集中できる環境が必要なのだろう。公務員や大企業が向いていると思う……

 ウンウンと唸っているヒトミを横目に、席を立ちあがると、床に寝ていたにゃん太の皿を持ち上げた。にゃん太には、牛乳を少し温めてあげたのだが綺麗に飲んだみたいだ。

 にゃん太本人は、自分のダンボールハウスに戻っている。
 ……中々賢い子だ。

 にゃん太の皿を洗い終わった後で、昨日置きっぱなしにしていたカバンを持って来た。

 ……カバンには、仕事で使っていた書類や何やらが残っている。これらの書類を使えば、会社に仕返しをする事が出来る。

 しかし――

「虚しいよな……」

 何かが戻って来る訳では無い。

 それに、これ以上嫌な事に関わっていると、こちらの精神衛生上も良くない。

 一度全ての書類を出した後で、処分しても問題ない書類と、会社に戻す書類を分けた。

 別に、会社の為を考えて書類を戻す訳では無い。
 単純に、言いがかりを付けられて賠償請求などされたら困るからだ。

 書類を分けていた処で、フリーペーパーが出て来た。
 他の書類と違い、ツルツルした紙で出来ている。

 表紙を読むと、『簡単!今日から貴方もコンビニ経営者!』と書いてある。

「……今日から、ね」

 恐らく、売り文句として書いてあるのだろう。
 しかし、実際に『今日から』と云う訳には行かない筈だ。

 その後、少し時間をかけてフリーペーパーを読んだ。

 ……予想した通り、『今日から』では無かった。

 幾つかパターンはあるようだが、大きく分けて三つの方法が書かれていた。

 1.自分で開業費用を出す
 2.出資を受けて始める
 3.店長候補を本社での研修に参加させる

 どうやら、お金が無くても見込みが有れば出資を受けて始められるらしい。
 コンビニがここ迄増えた理由の一つに、この制度が有るのだろう。

 三つめは少し特殊で、他人に経営を任せる場合の内容だった。

 共通していたのは、どれを選択しても本社での"研修"を3カ月行う必要があるという事だった。まあ、仮にも看板を任せるのだから当然だろう。

 研修の内容に関しても、詳しく書かれてあった。

 どうやら、帳簿の付け方や仕入れ方法などの経営や運営面から、バイトの雇用の手順から教育の方法と解雇の方法までを研修するらしかった。

 まさに、手取り足取りという感じだ。

 それに、最初の内は本社からサポート員が派遣されるらしい。

 とても魅力的だ。

 その後も詳しい内容を確認して行った。

 この"小さい文字の部分まで念入りに"と云うのは、会社の契約書を交わすようになってからの癖だ。小さく書いてある内容にこそ、重要な事や落とし穴が有ったりする。

 そして、予想通り見つけた・・・・

 そこには、こう書いてあった。

『毎月の売り上げが一定額に達しなかった場合、カウントを"1"進める。次の月も達成しなかった場合、カウントは"2"になる。カウントは、その月の基準が120%の水準で達成した場合にのみ減る。ただし、初回のカウントは減る事は無い。カウントが"5"になった時点でその店舗とのフランチャイズ提携を解除する』

 ……少し優しい"ノルマ制"という事だろう。

 普通であれば、この部分が引っ掛かる事は無いのだろう。

 しかし、俺がコンビニを始めようと思っている理由は『不便だから』である。

 不便だから欲しいのに、色々条件や手続きがあり、更にはノルマ迄有るのは流石に本末転倒だろう。俺は、単純に便利なコンビニが欲しいのだ。

 当然、便利な場所に住みたければ、引っ越してしまえば良い。

 しかし、それでは戻って来た両親と会う事が出来ない。
 それに、俺としてはこの寂れた街が嫌いでは無い。

 何となく、『これから発展して行く』感があって好きなのだ。

 少し残念では有ったが、コンビニのオーナーになるのは諦めた。

『"ガコンッ"』 

 丸めて捨てた音に反応して、ヒトミがこちらを向いた。

 ……どうやら、ずっと『これからどうするか』考えていたらしい。

 その顔を見れば、答えが出なかった事は明白だ。

 目を泳がせているヒトミに苦笑いすると、言った。

「さっさと食べてくれ、出かけるぞ」

 俺の言葉に反応したヒトミが、慌ててフレークやバナナをかき込み始めた。フレークはふにゃっとしていたらしく、食べながら微妙な顔をしていた。

 ……食べ時タイミングって有るよね。

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