『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

276話 鬼ごっこ

 静まり返った空間にピンと張りつめた空気。

 目の前にあるのは一見してただの廊下だったが、ゆっくり視線を回すと呟いた。

「そこか?」

 何もないただの壁に手を伸ばすと、それまで壁だった部分が揺らぐ。

 感じたのは直観にも近い僅かな違和感だったが、どうやら当たっていたらしい。

 姿が完全に現れる前に繰り出された刺突を、半歩下がってかわした。

「なるほどな"光学迷彩"か」

 初めて見るパターンに驚いて見せるも、それに応じる事無く次の手を打って来る。

「まだ!」

 どうやら、奇襲が失敗したので接近戦に切り替えたらしい。

「良いぞ来い!」

 低い体勢から狙ってくるので、それに合わせて踏み込んだ。

「くっ!」

 まさか出て来るとは思わなかったのだろう。一瞬驚いた表情を浮かべるも、直ぐに腕を振り抜いている。その手には短剣が握られているので、受けるわけには行かない。

 重心を落として対処するのが確実ではあったが……

「フッ――!」

 息を吐き出すと、体をしならせ空中で体をねじらせた。

 そしてそのまま、宙で半回転する間に最初の振りをかわし、次の半回転で背後から迫っていた突きを避けた。多少力業ちからわざではあったが、問題ないだろう。

「ふぁっ?」

 予想外の避け方に驚いたのだろう。回転する視界の中、まん丸になった瞳を見送ると、その端で捉え始めていた姿に意識を合わせた。

 その間、時間にして十分の一秒にも満たなかっただろう。

『"バシッ!"』

 落下音の後には、床に押さえつけられた二人・・の少女と、その手首を掴んだ正巳の姿があった。悔しそうな表情を浮かべながらも、最初に仕掛けて来た少女が不思議そうに聞いて来る。

「どうして気付いたの?」

 するとすかさずもう一人も聞いて来る。

「そう、それ聞きたい。完璧な偽装・・だったはず」

 後にしようかとも思ったが、二人の勢いに負けた。

「その前に武器を遠くに投げてくれ」

 流石にそのままでは話が出来ない。

 武装解除の条件を付けると、素直に応じてくれた。

「これで良い?」
「いーい?」

 頷く二人を改めて見て、思わず笑ってしまった。

「二人とも、何で赤髪なんだ?」

 すると、二人して指を向けて来る。

「お兄ちゃんがそうだから」
「そう、お兄ちゃんだから」

 それに首を傾げるが、どうやら二人の中では"正巳=赤髪"のイメージらしかった。

「俺の真似だったら、黒髪だと思うけどな……」

 小さく抗議してみるも、変えるつもりの無さそうな主張にどちらでも良いかと苦笑すると、質問に答える事にした。答えるとは言っても、限りなく感覚に近いものだ。

 一度、言語化する必要がある。

 少し考えると言った。

「それで、知りたいのは"気付いた理由"だったな?」

 近寄り過ぎないよう、一定の距離を保ちながら確認する。すると、それに頷きながらずいっと詰めて来たので、いつでも対応できるようにしながらも、そのまま話す事にした。

「端的に言えば"直感"、無理に説明するなら"意識の線"かな。これが現実リアルであれば、"空気の流れ"とか"視線"から感じる"気配"で分かりやすいんだけどな」

 言いながら、自分ならどのくらい遠くに誰が居るか、探ろうと思えば探れる――と続けようとも思ったが、流石に(冗談としか取られないだろうな)と思いなおした。

 以前、今井さんと話した際「君の細胞は、"様々な生物の遺伝子"が混ざり合う事で変異しているね」と言われた事があった。冗談かと受け流していたが、もしかすると……。

 考え込んでいた正巳だったが、その間も二人から視線を外していなかった。再び二人に意識を戻すと、それに反応した片方が頬を膨らませた。

「ほら、ファナが仕掛けないから。せっかくチャンスだと思ったのに」

 それに対して、もう一人も同じように膨らませると言う。

「仕方ない。それに隙なんて無かった。……あと、もっと話聞きたかった」

 前から思っていたが、この姉妹は見た目のユルさに反した明晰さを持っている気がする。

 無口で滅多に話さないが、多少難しい言葉や感覚的な事を話した処で、それをかみ砕いて自分の中できちんと消化しているように思える。

「なあ二人とも、俺の話は分かったか?」

 何の気なしに聞いてみると、こくりと頷いた二人に驚かされた。

「"意識の線"つまり、成功確率から計算した意図がそれ・・

「そう、ファナは失敗したけど、選択は間違っていなかった。お兄ちゃんは、一つ一つの事象を繋げて答えを導き出す事を無意識下、直観という次元でやってる」

 その答えに驚いた正巳は、思わず口に手を当てた。

 すると、その隙を逃さなかった二人は、流れるような動きでもって上下左右に分かれた攻撃を繰り出して来た。

 しかし、正巳も対応できなかった訳では無い。そもそも、携行している武器は二種類あるはずで、片方を手放したとは言えもう一種類隠している事は知っていた。

 その手元から見えた隠しナイフ・・・・・に苦笑すると、一言呟いて終わらせた。

「中々やるな驚いたぞ」

 二人に決めたのは"手刀"だったが、そのダメージ量が規定値を越えたのだろう。気絶した二人を両腕に抱えると、数秒もしない内に消えて行った。

 その様子を見送りながら、視界の端に映っている数字を確認した。

「……どうやら、これで終わりみたいだな」

 その後、数秒もしない内にかすみ始めた景色を眺めながら、今回舞台ステージとなった"病院エリア"を後にした。感覚的には数時間籠っていた気もするが、きっと現実ではその三分の一程度なのだろう。


 ◇◆


 そこは拠点内、地下に存在する訓練施設の一つだった。

 そこに並んでいたのは"VR訓練機バーチャルマシン"、仮想空間に入るログインする為の機械だった。拠点内には現在五十基あまりあったが、その半数がここにあった。

 今回は、この"VR訓練機バーチャルマシン"を使って一種のゲームをしたわけだが……普段頑張っている皆も刺激がないといけないと、イベントを企画したのが切っ掛けだった。

 名付けて"鬼ごっこ"。

 と言っても、一般的な鬼ごっことは違う。一般的な遊びルールでは、鬼が他の人を掴まえれば鬼の役が交代する。永遠に続く"鬼から逃げる"遊びだろう。

 しかし、この鬼ごっこは、鬼は一人で捕まっても交代はしない。

 ルールは簡単だ。

 鬼が倒されるか人が全滅するか、人と鬼とのバトルロワイヤル。普通、鬼役の側にはゲーム内で特殊なスキルが使えたり、体力が多かったりすると思う。今回酷いのはこの点だった。

 鬼役は当然正巳だったが、特殊なスキルは一切なし。加えて、体力は普通の十分の一。これは、まともに一撃喰らえば即ゲームオーバーと言うレベルだ。

 対して人側は、二種類までの武器を携行可能。体力は通常通りで人間同士での通信も可。最早、"鬼ごっこ"と言うより"鬼退治"と言った方が良いのではないかと言う感じだ。

 唯一幸いだったのは、現実リアルで出来る事はほぼ・・出来たと言う事だろう。

 ただ、正巳が現実で出来る事について若干の修正が入っていたので、正巳としては現実よりハードモードだったが……。

 修正が入ったのは気配探知、分かりやすく言えば"誰が何処にいるのかを知る"力だった。

 気配を探ろうとしても出来なかったのでマムに聞くと、「それが可能になってしまうとゲームバランスが崩壊します」という話だった。

 何となく納得のいかない気もしたが、目的(子供たちの息抜き)を考えれば仕方がないだろう。それ以外、身体操作などの点では現実と全く遜色ないレベルで再現出来ていた。

 兎にも角にも、鬼退治のご褒美を掲げてこのゲームは始まった。

 一度にプレイできる人数には制限があったので、挑戦権をかた数日がかりのトーナメントが行なわれた。聞いた話では、その間同盟を組んで強い人を倒したりと様々な策謀があったらしい。

 初日に負けたと言って帰って来たサナは、悔しそうではあったものの「楽しかったなの!」と満足そうだった。きっと、こういうモノは楽しめた者勝ちなんだろう。

 そんなこんなで、先程最終戦があって結果が出ていた。その内容に関しては、拠点内のモニターを通して流されている筈で、きっと今頃全員の知る所となっているだろう。

 訓練機を出た双子の姉妹と、その周囲に群がっている子供達を眺めていると、後ろから声がした。それは、全体の様子のチェックをしていた今井だった。

「容赦ないね正巳君も」

 その言葉に苦笑しながら答える。

「その方があの子達も楽しいでしょうし、安心出来るでしょうから」
「なるほどね。確かにそうかも知れないねぇ」

 納得している今井に、ふと思い出して聞いた。

「そう言えば、最後の迷彩……あれは今井さんが?」

 あるとすれば、何らかの取引か意図をもって今井さんが手を貸していた――そんな処だろうと思っていた。しかしその予想は、今井の嬉しそうな顔と言葉でもって否定された。

「いいや、確かに相談はされたけどね。一切手は貸していないよ!」
「どういう事ですか?」

 相談されたと言う事は、ある程度事情を知っていると言う事だろう。

 続きを促した正巳に、楽しそうに続ける。

「始まる前に、"現実の技術スキル"は向こうでも使えるって話したんだ。そうしたら、あの双子から相談されてね……こう言って来たんだ『新しい道具を実装したい』ってね!」

「でも、今回は幾ら仮想世界とは言っても、現実に存在するのが条件だった筈ですが?」

 それでなければ、ただ勝つために滅茶苦茶な物が登場して来ただろう。確かに、光学迷彩は実際に開発され実装されていたりもする。

 しかし、それはある程度距離のある場合に有効な程度であって、近距離相手の使用に耐えるほど優れたモノではないのだ。少なくとも、正巳であれば瞬時に看破できる。それなのに……

 実際に目にしたのは、完全に壁と一体化した"迷彩"と言うより"同化"に近い代物だった。条件から逸脱しているんじゃないかと問い質す正巳だったが、それに頷いた今井が答えた。

「そうだね、だからこそ二人で開発したんだろうさ」

 何でもない様に言うので、思わず同じ調子で返した。

「それは、あの子達自身で光学迷彩あのスキルを実装したって事ですか?」

 頷くのを確認した正巳は、状況を呑み込む為に一度落ち着く事にした。

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