『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

267話 長い夜

 今井を見送ると、付いて来るようにと言って歩き始めた。

「こちらへ」

 すると、それに頷きながらも残念そうに言う。

「そっか、もうお手付きなのかぁ~残念だけど、美花ちゃん相手じゃ仕方ないわねぇ~」

 何が"残念"なのかはよく分からないが、藪蛇な気がして触れないでおく事にした。その後、数歩進んでみて、サナが付いて来ていない事に気が付いた。

 普段であれば、間違いなく付いて来るのだが……。

 振り返ってみて理解した。

「ゆっくりして居て良いぞ」

 それに顔を上げたサナは、服の裾を掴んだまま小さく頷いた。

「なの」

 ……どうやら、ミンと話がしたいらしい。二人の関係は、正巳が出会う以前からのものだが、生死の狭間にあって共に生きて来たのだ。想像するに、普通の姉妹以上の強い絆があるのだろう。

 それに頷くと、程々にしておくようにと言って階段を下りた。

「好かれてるわね~」
「親代わりですからね」

 途中子供達の間を通ると、手を振って来たので返しておいた。

「果たして、それだけかしらね……」

 中には目を擦り始めている子供も見えるが、時間になればそれぞれ子供たちの内の"班長"や"部隊長"達が、就寝の為の誘導を始めるだろう。

 子供たちの間で動き回っていたミューが、こちらを見つけると僅かに跳ねていた。何やら用が有りそうだったので、博士に断って待つ事にした。

 その後、指示を出し終えたらしいミューは、振り返るとまだ正巳がいるのを見て嬉しそうに歩いて来た。その手には、戻りざま渡された屋台のアレコレが沢山あった。

 前が見えないくらい抱えているので、それに苦笑すると代わりに持ってやった。すると、慌ててミューが返してくださいと手を振る。

「そんな、申し訳ないですっ」

 それに対して、要求通り適量・・で返した。

「これで良いか?」

 一番上に乗っていた、バランスの悪い"りんご飴"を渡す。すると、数秒それに頬を膨らませていたが……ふと視線を横に移したミンは、そこで"お客様"の存在に気付いたらしかった。

 目を丸くするも、直ぐに冷静さを取り戻したらしい。

「ここからは、私が給仕いたします」

 ぺこりとお辞儀したミューだったが、その手にはりんご飴があった。

「ふふ、可愛らしい給仕さんね」

 それに深く頷く。

「ええ、可愛いんです」
「ちょ、正巳さまっ!」

 相槌を打つ正巳に、頬を紅く染めたミューが抗議する。しかし、どうやら途中で"煽るだけ"だと気付いたらしい。諦めた様子で息を吐くと言った。

「もぅ……、ご案内しますね!」

 後に続いた正巳だったが、後ろから聞こえて来た声に少しだけ嬉しくなっていた。それは、正巳からすればごく自然な事だったが、重要なのは外から見た時も"同じように見えた"と言う事実だった。

「きっと、心から"好き"なのね」

 それに対し、心の中で頷いた正巳は心に呟いていた。

(大切な家族で仲間だからな……この手にあるものは、死んでも守る)

 その後、拠点内を移動する"箱"に乗り込むと、事前に用意されていた部屋まで向かった。そこは、いわゆる"客室"の一つで、ちょっとした居間に寝室、水回りが完備されていた。

 夜も遅いと言う事で、どうやら余計な移動をしなくても良いよう配慮したらしい。

 確かに、ここで最終面接――と言う名の雑談をしたら、その後はそのまま休める方が良いだろう。部屋に入ると、マムが既に控えていたが、どうやら連携していたらしい。

二人・・で給仕させて頂きます」

 そう言ってぺこりとお辞儀したマムに、一瞬足を止めたミューは直ぐに横に移動するとぺこりと礼を取っていた。何となく、裏で火花が散っている気がしたが気のせいだろう。

 座るよう促すと、早速人となりを確認する事にした。


 ◇◆


 ――約二時間ほどだろうか、ざっくりと話をした正巳は凡そ満足していた。

「それでは、明日からよろしくお願いします」

 そう言って立ち上がると、応じた博士が手を差し出す。

「ええ、こんな素晴らしい職場で働けて嬉しいわ」

 博士は、言ってみれば"探求の人"だった。

 一つの分野を、濃く深く――今井さんとは少し違うが、狂ったように"熱中"する点では似ていると思う。その片鱗が会話の中でもあったが、特に"新薬"に関しての情熱は凄いものがあった。

 視界の端で、ソファに横になったミューが見えた。

「ふふ、流石に眠いわよね」
「そうですね」

 普段であれば既に寝ている時間だ。それに、ミューたちは特に、ここ一週間忙しくしていた。今日は、溜まった疲れがドっと来ているに違いない。

 その手に、大事そうに握られていたりんご飴を見て、起こさないようにそっと抱き上げた。

 マムの話では、このりんご飴は仲良くしている子からプレゼントされた物らしい。恐らく、屋台で手伝いをしていた子供だろうが……

「良かったなぁ」

 小さく呟いた正巳は、改めてこの些細な幸せを守ると誓った。

 他にも沢山の屋台の"お土産"があったが、それらは後ほどマムが運んでくれるらしかった。恐らく、明日の朝にでも食べるのだろうが……小柄なミューには少し多すぎる気もした。

「まぁ、いざとなればサナも居るからな」

 ミューが食べ切れなければ、サナがどうにかするだろう。

 少し離れて待っていた博士に振り向くと、改めて寝る前の挨拶をした。

「おやすみなさい」
「ええ、良い夜を」

 声を潜めて言った博士に、改めて人格的な面を確認しほっと頷いて歩き始めた。


 ◇◆


「どうでした?」

 見上げながら聞いて来るマムに、頷きながら答える。

「問題ないな、正直ほっとしたよ」
「ふふ、パパったら不安そうでしたもんね」

「そりゃあな、似た者が集まるって言うから心配だったが……最低限の常識と配慮があって、本当に良かったよ。幾ら能力で突き出ていても、性格に難があったら困るからな」

 そう言って安堵の息を吐いていたが、マムからの同意は無かった。

「常識に配慮ですか……一部欠如している部分もあるように感じたのですが、それは……」

 何やらモゴモゴと呟いていたマムに、どうしたのかと視線を向けたものの、結局「何でもないです」と首を振られてしまった。

 その後、途中で目を覚ましたらしいミューが薄目を空けていたので、降りるかと聞こうとした。

「ミュー、目が覚めたか?」
「うぅん……う~ん、……スース―」

 どうやら、起きるつもりはないらしい。

 仕方が無いので歩き始めた。

 部屋までの途中も何度か声を掛けたが、結局眠そうな声を返すだけだった。律儀に毎回返すものだから、最後の方は笑いを抑えるのに大変だったが。

「あれはザイか?」

 部屋の前に人影が見えた。

「はい、追跡していた部隊が先程帰還したようです」

 どうやら報告を持って来たらしい。てっきり、早くても明日になるかと思っていたが、どうやら自体は迅速に終結したらしい。その様子を確認しながら近づくと、振り返ったザイが言った。

「ご報告が」

 それに頷くと答える。

「ミューを寝かせたら聞こう」

 そう言って部屋に入った正巳だったが、それまで寝ていた筈のミューが目を開けると、何事も無かったかのように降りて言った。

「私は大丈夫ですので……」

 どうやら、寝たふりは終わりらしい。

「そうか、それじゃあ、悪いんだが今井さんとハク爺を呼んで来てくれるか?」
「はい!」

 頷いたミューが小走りで出て行くのを見送ると言った。

「あまり時間はないが、集まる前に聞かせてくれ」

 マムに連絡をさせず、わざわざミューに向かって貰ったのは、聞かせる必要のない情報を避ける為だった。正巳の考えを察したのか、頷いたザイが話し始めた。

「泳がせていた工作員は、やはり"協力者"と合流したようです。その協力者の内訳についても問題がありますが、何より注目すべきな点が一つ」

 聞きたい事が幾つもあったが、ザイの報告に沿う事にした。

「それは?」
「それは、対象が深い"洗脳状態"にあったと言う点です」

 それを聞いて、背筋が冷たくなった。

「洗脳か……」
「はい、この手の手段は良く用いられますので」

 そう言って視線を落とすザイに頷く。

「そうだな」
「ええ、恐らくユミルに施されたものとは種類が違いますが」

 ユミルだけでない、知っているだけでもかなりの人数、"洗脳"を受けた経験のある人を知っている。それこそ、この拠点の地下に幽閉しているロウもその一人だ。

 幼くして傭兵として働く子供の中には、同じように洗脳状態にある子が一定数いる。

 訓練を受けている場合、大抵が厄介な相手となる事が多い。中には、自爆の為、不審に思われない為に演技力を磨く訓練をする場合さえあるのだ。

 ――そこに、死への恐怖はない。

「それで、対象は?」

 結果を予想しながら聞くと、予想した通りの答えがあった。

「拘束した瞬間"自害"したようです」

 普通、洗脳状態にあって任務失敗したとすれば、その場で自害する事がほとんどだ。現場で自害が無かったので洗脳の線は薄いと思っていたが、どうやら当てが外れたらしい。

「ふむ、となると他にも任務を与えられていたか。もしそうなら、"理性的"で"素人"だな」

 半ば吐いて捨てるように言うと、それにザイが同意を示す。

「ええ。通常、洗脳した兵隊を使う場合は、失敗即自害。もしくは、諸共自爆ですから……」

 平静にして見えるが、その内には激しい感情があるのが見える。その気持ちは理解できるが、今は報告を全て聞き終えるのが先だろう。

「それで、対象が会っていたと言う"協力者"は誰だった?」

 正巳の言葉に、一つ呼吸をしたザイが口を開いた。

「はい、まず確定しているのが三か国――」

 そこから語られたのは、ある一種どんなに強く殴られるよりも強い衝撃を与える事実だった。何より、テロリストの支援をしていたのが"国"だった事に驚いた。

 その後、詳しい報告はマムにしておいて貰う事にして、メンバーが揃うまでの間正巳は一人思考を巡らせていた。当然、その中心はこの大きな問題に対し、どう対処するかだったが……

 差し当っての問題は、今の時点でどの情報・・・・を共有するかだった。

「タイミングは重要だからな……」

 情報と言うのは、一種の"力"を持つ。

 それは、時に様々な現実から目を背けさせ、良くも悪くも集団を動かす。そんな、用い方を間違えば瞬時に大変な事態となる"情報"だが、要は間違わなければ問題が無いのだ。

 無論、隠す気は皆無だが、無用な不安を煽るだけの不要・・な情報であれば、今は明かさずにいるのが賢明で、それが正しい判断だろう。

「……ふむ、暫くは"テロ"関連での情報のみだな。ガムルスに関する内容だし、こちらは黙っていても近い内に"表面化"して来るだろうしな。となると、裏で動き始めているらしい情勢に関しては、打つ手が決まったタイミングで……だな、よし!」

 顔を上げた正巳は、丁度入って来たらしい面々を前に言った。

「重要な話がある」

 まだまだ、正巳の長い夜は終わりそうになかった。

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