『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

264話 名無しの権兵衛

 今井がスカウトしたと言う人物に関して、その詳しい話を聞いていたが……背筋をツーっと走る寒気に身震いした。直観に過ぎなかったが、これ以上聞いたら会う気が削がれる気がする。

 続きを話そうとする今井に、新しい話題を提供する事にした。

「それで、受賞した技術と言うのは、どんな物があったんですか?」

 多少強引だったが、恐らく今井にとって、話したいレベルが同じくらいだったのだろう。思惑通り、誘導に乗ってくれた。

「分かりやすいので言えば、金属に属性を付与する技術だね。例えば、決まった物質にのみ反応して分解されたり、結合されたり」

 想像しようにも、いまいちイメージが出来ない。

「これ自体は、元々持っている微細な反応を引き出して"極大化"する技術だから、正確には"付与する"のとは違うんだけどね。その元となる反応が、極めて小さい反応であっても発現が可能な事から、最早"付与"じゃないかと言う事になったんだ」

「なるほど、他にはどんな技術が?」

 促す正巳に今井が嬉しそうに続ける。

「えっとね、エネルギー変換に関わる事と、細菌分野での"自己進化"に関する内容かな。何方も独自で考え出した理論の様だけど、再現性がありそうな気がするんだ」

「はぁ」

「それでね、エネルギー変換に関しては植物の光合成に着目していて、彼はこう言っているんだ――『その構造を再現できれば、同様に光によるエネルギー獲得が人類にも可能になるだろう』ってね。流石に人に出来るとは思えないけど、応用する事で植物の可能性を広げられる気がしたんだ」

 どうやら今井さんは、発案者の案をそのまま考えるのではなく、そこからの応用を考えているらしい。今井さんが『人体実験がしたい』と言わずにほっとしたが……何となく、ある日起きると植物で溢れているなんて状況になっていそうで、少し怖いものがある。

「地球の生態系を壊すのだけは、止めて下さいね……」

 正巳の言葉に一瞬固まった今井だったが、直ぐに笑顔を作ろうと言った。

「だ、大丈夫だよ! その多分ね。それより、これが凄いんだ、細菌の自己進化!」

 問い詰めたくなったが……きっと、既に手遅れであれば白状してくるだろう。それがないと言う事は、仮に何かやらかしていても間に合うと言う事だ。

 あとで裏を取る事にして、続きを聞く事にした。

「それで、その不穏な技術はどんなモノなのか、教えて頂けますか?」
「うん、もちろんさ!」

 元気に頷いた今井が怒涛の如く話し始める。

「ええとね、基礎には"細菌兵器"の技術があるんだけど、その特性を抗体生成に生かしているんだ。理想形として、体内に取り込まれる事で宿主を守る形にしてるんだけど……あ、宿主って言うのは"表現"の一種なんだけどね。体内に取り込む事で、外部から侵入する悪い菌を殺す――」

「良い菌な訳ですか」

「そう! 良い菌なんだ。で、体外の菌は悪い菌ね。それで、一度取り込めば宿主が死ぬまで、その生活圏を守り、その為に常に適応進化するのさ」

「なるほど……」

「その性質は、丁度物凄い速さで進化している様であって、それを由来にした名前は――"進化菌エボルブ"と言うんだ。性質を見ると粘菌に近いんだけど、菌が見つかった時以外はその性質を白血球と同じくしていてね――」

 これ以上聞いても、何やら難しいと言う事以外深くは理解できないだろう。それ以上聞くのは諦めて、優勝した技術についてのみ聞いておく事にした。

「よく分かりました。それで、優勝した技術について知りたいんですが」

 すると、待ってましたと腕まくりをした今井が言った。

「そうかい、そうだよね!」
「あのマスター」

「うん、マムも協力してくれ給え!」
「いえ、ですから……」

 なにやら、マムが言いたい事がある様だったが、それに意を返す事無く今井が始める。

「これが"全容"さ」

 そう言いながら出した映像に首を傾げた。

 そこには、以前見た事のある図式があった。それもそのはず、どうやら目の前にあるのは、以前頭痛がしてくるまで説明された"放射剥奪"の説明図だった。

 何となく展開が言えた正巳だったが、一歩遅かった。

「ふふふ、これは凄いぞ!」

 そう言って始めた講義は、やはり"二度目"の内容だった。

「これ自体は分子分解論を応用した内容でね、いま進めている放射剥奪の先を行く理論なんだ。ただ、これは、分解論ではありつつもその応用、つまり分解論の逆性作用をも含めた内容を抱合していて、融合論の極致とも言える内容なのさ」

 丸っきり、今朝マムに聞いた内容と同じだ。

「重要なのは、分解した物質を構成する原子を利用する事が可能と言う点で、その点においては正に"魔法"が現実になる。そんな感覚だろうね」

「……要するに、炭からダイヤモンドを作る理論――な訳ですね?」

 マムから聞いたままを答えると、驚いた顔をした今井が飛びついて来る。

「さすが正巳君だね、まさにその通りだよ!」

 それに苦笑しながら言った。

「まぁ、それに関しては良いですが。それを考え出したのは、どんな人なんですか?」

 すると一転、困った顔をした今井が言った。

「実はね、正体が分からなかったんだ」
「正体が分からない?」

 そんな事があるのだろうか。

 視線を移すと、頷いたマムが説明する。

「送信元を特定しようとしたんですが、何故か特定できなかったんです。世界各国のサーバーを経由するのは、大抵誰でもしているのですが……この人だけは、最終的にこの"拠点"のサーバーに戻って来てしまっていて」

 どうやら本当らしい。

「それは"脅威"ですね」

 何せ、マムを手玉に取る技術の持ち主と言う事だ。
 眉間にしわを寄せた正巳に、今井が頷いた。

「うん。こんな事、直接拠点ここに潜入する位しか、他に方法がないからね」
「ですが、それはあり得ません。マムが見張ってるので!」

 首を振るマムを撫でながら言った。

「勿論信頼してるさ」
「ですが、犯人が見つかっていないのは……」

 どうやら責任を感じているらしい。俯きがちに言うマムに苦笑した。

「おいおい、犯人・・じゃないさ。受賞者・・・だろ?」

 少なくとも、敵対した訳では無い。それどころか、今の処貢献さえしている。問題があるとすれば、賞金の振り込み先が分からない事くらいだろう。

「それに、そもそもマムのせいでも責任でもないだろう。名前を書かないのは」

 そう、ハンドルネームのようなモノでも、何か付けるのが普通だろう。いたずらを除いて、他の人は何かしらの仮名を使っていた。正巳の言葉にマムが飛びついて来た。

 きっと、それなりに気になっていた事だったのだろう。まるで、小さな子供かのようにくっ付いて来たのをそのままにして、今井を見ると言った。

「それで、その"権兵衛"に与える予定だった賞金は、だいたい幾らくらいだったんですか?」

 何はともあれ、一番影響があるのは"賞金"の事だろう。

 賞金を与えると言って開いたイベントで、受賞したのが誰だか分からない――なんて言ったのでは、イベントは元より主催側の信用に関わって来る。

 正巳の言葉に、ぽりぽりと頬を掻いた今井が口を開く。

「ええとね、二十億円ほどなんだ……ハハハ」

 から笑いする今井に苦笑した。

「それはまた"大金"ですね」
「そうなんだよね。だから、どうしようか困った処なんだけどねぇ」

 困ったと言う今井に、マムが上目遣いで見上げて来る。

「パパァ……」

 その潤んだ目を見た正巳は、言わずにはいられなかった。

「任せておけ、何か方法を考えるさ」
「ほんと! さすがパパ!」

 喜ぶマムの頭を撫でる。

 何か策がある訳では無かったが、なるように成るだろう。正巳に考えがない事を察した様子だったが、それに知らない振りをした今井が言った。

「ふふ、ホントだね。さすが正巳君!」

 マムの真似をして抱き着いて来たのを流しながら、言った。

「何言ってるんですか、一緒に考えて貰いますよ。今井さんにも」

 その後、ブーブーと文句を言っていた今井だったが、時間が近づいているのを見ると立ち上がった。何故だかどっと疲れを感じた正巳だったが、立ち上がると言った。

「それじゃあ、次は夜会ですね」
「うん! 名無しの権兵衛の事は後で考えよう!」

「そうですね、ラシュナーさんの面接もありますし」
「そうですよ、パパ!」

 若干不安もあるが……。

「それに、マスターも楽しみに・・・・していて下さいね!」

 意味深げに言うマムと首を傾げる今井。どうやら、何かサプライズがあるらしい。とんでもない事や、頭痛の種でなければ良いが……。

 首を傾げて、何かあったかと考え始めた今井を他所に、近づいて来たマムが耳打ちして来た。

「パパ、マムが話した事、言わないでいてくれてありがとうございます」

 それは、どうやらついさっき会話に出て来た内容について、既にマムから聞いていたとバラさなかったお礼らしかった。

 正巳としても、今井が自分で話したいのを知っていたので、野暮な事は言わなかったのだが……どうやら、それがマムにとっても嬉しかったらしい。

「優しい子だ」

 そう言って頭を撫でてやると、目を細めて嬉しそうにしていた。

 その後、諦めたのか戻って来た今井が言った。

「そう言えば、イベント前ある噂を聞いたんだけどね」
「噂ですか?」

「うん、大きな影が見えたと思ったら、持っていた食べ物が少し減っているっていう……」
「それは、もしかして……あいつ等ですかね」

「ふふ、かも知れないね」
「まったく、姿が見えないと思ったら」

 どうやら、ボス吉とシーズの二匹は二匹で楽しんでいたらしい。

「暗闇に食べ物を投げると、地面に落ちる前に無くなってるって話だったよ」

 迷惑をかけているのでなければ、まぁ良いだろう。

 そろそろ、拠点に戻って二時間が経過しようとしているが……これ以上長い事離れていると、サナが暴れださないか少し心配だ。報告が無いので大丈夫だとは思うが。

 小さな台風であるサナと、不機嫌になった時の事を思い浮かべると言った。

「少し早いかも知れないですが、向かいましょうか」

 歩き出した正巳に頷くと、横に付いた二人も歩き始めた。

 その脳裏には、新しい仲間候補の事やイベントで注目を集めた技術の事、そして未だその存在さえ確認できていないと言う"名無しの権兵衛"の事があった。

 約束した以上は、見つけ出さなくてはいけないだろう。

 どうやって見つけるか、向こうからの反応を引き出すか考えていた正巳だったが、次第に大きくなり始めた話し声に会場に近づいた事を知った。

「一先ずあとだな、やる事は他にも沢山ある……」

 そこに居た人影に会釈すると、歩き始めたのであった。

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