『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

263話 スカウト

「僕も屋台回りたかったな~」

 モニターを見ながらそんな事を呟いている。雑談の中で子供たちの事を聞かれたので、その答えとしてマムに映し出してもらったのだ。

「今出たら、大変な事になりますからね」
「だろうね~やっちゃったかな~」

 確認したところ、今井さんは自分の顔に"デジタルモザイク"を入れていなかった。どうやら、自分の顔を表に出す事で、一種のアイコンになる事にしたらしい。

 顔が知られるというのは、確かにメリットもあるが、危険が及ぶ可能性も共に跳ね上がるだろう。正直反対だったが、本人が決めたと言うのだから仕方がない。

 それに、表で活動するメンバーはまだしも、今井さんは基本的に籠っているので、その点まだましだろう。これが、正巳や上原先輩であれば、動きづらくて仕方なくなる。

「はぁ~美味しそうだねぇ……たこ焼きにもんじゃ焼き、チョコバナナもあるじゃないか」

 よだれを垂らし始めたのを見て苦笑する。

「終わったら、在庫ごと引き取る事になっているので……明日十分楽しめますよ。その為にも、今回は子供たちに"覚えて"帰って来てもらうように伝えていますから」

 今回、給仕の子供達には、手伝いと併せて調理の仕方を教えて貰うようにと伝えていた。

 これは、屋台の店主にも事前に"条件"として伝えていた事だが、そうは言っても期限は半日。仮にうまく作れるようになっていなくても、それはそれで良いだろう。

 言わば、子供たちの為の職業体験の様なものなのだから。

 それに、屋台を手伝う間は給料は出ないが、明日子供達が主体となる時には、その売り上げに応じてお小遣いをあげるつもりだ。

 子供によっては、個別学習の中で既に商才の片鱗が見えている子もいるようだが、知識をため込むだけでなく"実践"を交える事で、知識が血肉として身に付く事だろう。

 明日、今日の分まで楽しめると知った今井が、嬉しそうに身を乗り出してくる。

「ほんとかい?!」
「ええ、先輩が買い取りで交渉したみたいです」

 交渉したのは上原先輩だった。

 どうやって出店を募ったのか不思議だったが、聞いた処……

 店の種類ごとに制限を設け、採用した店に関しては好条件での契約――余った材料の買い取りと使用した屋台の買い取り、希望者には新しい屋台の購入――を約束したらしい。

 赤字が出る事がなく、屋台も新しい物を買って貰え、おまけに中古屋台も買取してくれる。募集した直後から、採用倍率がとんでもなく高かったらしい。

「ほう、上手くやったものだね~」
「そうですね。店の選定はマムも手伝ったみたいですが、流石のアイディアだと思います」

 給仕の子供たちが各屋台に手伝い・・・として出ていたが、下調べをきちんとしていたお陰か、トラブルの報告はなかった。きっと、店主の性格も含めて選んだのだろう。

「お手柄だったな」

 隣にいたマムを撫でると、嬉しそうに目を細める。それを横で見ていた今井は、数秒我慢していたみたいだったが直ぐに両手を伸ばしていた。

「僕もいっしょに~」
「えぇっ! マスターも一緒にですか~?!」

 しばらくの間、二人して子犬を愛でるようにしていたが、やがて満足した処で気になっていた事を聞く事にした。それは、今回のイベントの主目的の一つ"人材確保スカウト"に関してだったが……

「それで、スカウト・・・・は上手く行きましたか?」

 頷いた今井は、何処か含みのある苦笑を浮かべると言った。

「一応ね」
「と言うと?」

 "一応"と言うからには、予定通り進んだ面もあったのだろう。問題はそうじゃなかった部分だが、一先ず"成果なし"と言う話でなくて良かった。

 正巳の問いに、一息ついた今井が答える。

「実はね、予定していたよりも大幅に断る・・事にしたんだ」

 "断られた"なら分かるが、"断った"とはどういう事だろう。事前の話では、予め調査して問題ないと判断した人にのみ、声を掛けると言う話だった筈だが。

断る・・ですか?」

 首を傾げた正巳に、今井が頷く。

「そうなんだ。ほら、以前話した"人材補強"の話、覚えてるかい?」

 確かに覚えているが、あれは宣戦布告前――拠点が出来て少しした頃の話だったと思う。

「ええ、今後の運営を考えた時、足らない部分に関しては、外部からの人材で補うって内容ですよね? 確か、その為に拠点内の施設もオフィス形式で設計したと……」

 今後の事を考えた時の選択肢として、対応できる状況を予め揃えていたのだ。

「そう、そこで今回スカウトするに当たって、少しばかり問題があってね。ほら、今拠点にしている場所には、外からのお客さん・・・・もいるだろ?」

 どうやら、現実的な理由があったらしい。

「なるほど、確かにそうですね」

 現在、拠点にはガムルスからの避難民を保護している。順次祖国に戻れるよう手配するつもりではあるが、それでも、今すぐにと言う訳には行かないだろう。

 つまるところ、職場として働く場所を提供できない状況なのだ。

 何となく"折角の機会"を逃した気がして、少しばかり残念に思った正巳だったが、それを感じ取ったのだろう。苦笑した今井が言った。

「でもね、諦めるには惜しいから、今回ある条件を呑んだ人を対象に"スカウト"を絞ったんだ。その条件と言うのも、また少し無茶だったとも思うんだけどね……ははは」

 そのから笑いと、今井さんの言う"無茶"が少し怖かった。

「それで、その条件は何だったんですか?」

 今井さんが無茶と言うくらいだ、とんだ無茶振りなのだろう。若干構えて聞いた正巳だったが、その内容には流石に苦笑する他なかった。

「それはね、国籍を捨てる事なんだ」

 苦笑する正巳に、今井が続ける。

「この"移籍"の問題は、働いてもらいながら、生活してもらいながら、行く行く判断してもらおうと思っていたんだ。ほら、そんなに小さな問題と言う訳でもないらしい・・・からね」

「そりゃそうですよ……」

 通常、多くの国では国籍の多重保有と言うのが禁止されている。つまり、他国の国籍を得れば、それまで持っていた国籍は失われるのだ。

 きっと、今井にとっては些細な事なのだろうが、普通に考えれば国からの支援を得られなくなると言うのは大変な事だと思う。

 他人事のように話すのに苦笑すると、続きを促した。

「それで今回は、研究に全てを捧げられる人だけに絞る事にしたんだ。それこそ、欲求の全部が研究に向いているような人がね、良かったんだ」

「つまり、今井さんみたいなと言う事ですね」

「はは、確かに僕もそうだけど。この場合僕以上に、かな……僕も研究だけに欲求が向いてるって訳じゃ無くなって来たみたいだし、その以前の僕みたいにだね……」

 後半はモニョモニョと言っていて、何を言いたいのか分からなかった。しかし、言いたい事ははっきりと分かった。

「つまり、"純粋"な研究者が欲しかったと言う事ですね」

 なるほど、確かに今井さんのように研究に純粋な人は、余計な事――悪用や裏切りは考えないだろう。そんな人、中々居ないと思うが……

 それでも、今回スカウト出来たと言う事は、少なくとも一人は居たと言う事だろう。

 勿論、欲求があるのは普通の事で、欲があるからこそ研究するし求める。人類の発展には、欲の存在が不可欠なのだ。ただ、その欲が"純粋"に研究だけに向く事が少ないだけで。

「それで、何人スカウト出来たんですか?」

 正巳の言葉に、スッと手を伸ばした今井は天井を指した。何か天井にあるのかと上を向いた正巳だったが、それを見た今井は唇を噛みながら言った。

「一人だよ」
「……なるほど」

 思ったよりは少なかったが、ある意味想定内の範囲だ。そう、それこそ一人も応じない可能性すらあった事を考慮すると、一人応じたのは素晴らしい成果と言えるだろう。

 凡百ぼんびゃくを集めるより、才一さいいつを得た方が良いだろうから。だからこそ、今回の結果はその数に着目するのではなくて……

 頭の中でどうにか落し処を見つけようとした正巳だったが、それ以上に今井は"内心"ショックを受けていたらしい。心の声が駄々洩れていた。

「……ふふ、全てを捨てて、全ての時間を研究に捧げられると言うのに。まったく、何を迷う事があると言うんだろうねぇ。折角、同志が増えると思ったのに……まったくもう」

 その様子を見ながら苦笑した。

「仕方ないですよ。それに、一番初めの目標含め達成できたんだから、良かったんじゃないですか? ほら、マムの成長の面でも、技術的にも、アイディア的にも得る者はありましたし」

 イベントを始めた当初の目的は、眠った知識とアイディアを世界中から募る事。そして、それを活用してマムの成長と、技術の進歩に生かす事だった筈だ。

 今井さんから、百億円の賞金を懸けたイベントをすると聞いた時には驚いたが、十分すぎるほどの成果があっただろう。今回のスカウトは、言ってしまえばボーナスの様なものなのだ。

「ふむむ、そう考えればそうだね」

 どうやら納得したらしい。

「そうですよ。そもそも、国籍を捨てて来ようとする人が居た事が、驚きですよ」

 平時ならともかく、このハゴロモと言う国はつい半年ちょっと前に独立したばかりで、且つ戦争中の国だったのだ。進んで飛び込むなんぞ、正気とは思えない。

 正巳の言葉に「言われてみればねぇ」と同意した今井は、どんな人物か知りたいと言った正巳に応えた。それは、少し急な話でもあったが、ある意味都合の良い話だった。

「実はね、今夜会って貰おうと思っていたんだ。勿論、正巳君が駄目だと思ったら、この話は無かったことにして良いし、気に入ったらそれで良い」

「つまり、最終面接と言う事ですか」
「あたり!」

 ウィンクした今井が、パネルに情報を表示させた。

 そこには、男の名前と専門分野、保有している資産についての記載があった。どうやら、今回スカウトしたのは、薬学に係わる専門家だったらしい。

「クリフォード・ラシュナー=ドーソン、通称"ドーソン博士"と呼ばれ、大陸に二つの製薬会社と三つの工場を持っている。会社の名前は――」

 どうやら、今井さんの目をも引く才人だったらしい。
 正巳の言葉を引き継ぐと、話し始めた。

「"ラシュナー製薬"、常用される薬品を作っている訳では無いけど、中々面白い視点から研究している人なんだ。面白いのは研究だけでなく、その性格もでね、どうやら"カッコ良い人"に弱いらしいんだ。僕も一度だけ会って話したけど、これが中々面白くてね!」

 確かに、聞いた事はない製薬会社ではあるが、今井さんが言うくらいだ"面白い"のだろう。気になるのは、その性格だったが……何となく寒気がして、それ以上聞く気になれなかった。

「なるほど、それじゃあその"ラシュナーさん"に会うのを、楽しみにしておきます」

 そう言った正巳は、話題を変える事にした。

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