『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

260話 デモンストレーション

 目に映るすべてがゆっくりと、まるで水あめの中を動いているように見える。

(頼んだぞ)

 瞬時に状況を理解した正巳は、現場の対処に任せると即断していた。

 正確に言えば、していた・・・・と言うよりする他なかった・・・・・・・だが。何にしても、現場にいる仲間を信じるしかないだろう。

 放たれた手投げ弾が、ゆっくりと宙を舞う。

(……今か? いや、もう直ぐだろう)

 そう信じてその瞬間を待った。

 しかし、考え得るタイミングを過ぎてなお、待ちわびた影は現れなかった。

(そんな筈ない、絶対どうにかする筈だ)

 最後の瞬間までそう信じていたが、モニターに映された今井の姿を見て、拳を握り締めた。

「くっ――」

 感情の昂ぶりと共に、体が熱くなるのを感じる。

 これは、血液を全身に送り出す"心臓"が早鐘を打ち始めた結果だったが……これも、正巳の感情を無意識に反映させた結果だった。

 急激な運動に対応するため起きた反応は、目に見える"変化"として表れていた。初め黒かった髪が赤みがかって行き、その瞳を紅く染めてゆく。

 正に、"戦闘態勢"と言える変化だった。

 一秒が数十倍に引き伸ばされた感覚世界の中、準備を終えようとする肉体を横に、その脳は冷静に排敵の手順を考えていた。

 結論を出し、行動に移そうとした瞬間――

「大丈夫ですよ、パパ」

 手に触れる感触と共に、耳元で声がした。

「大丈夫?」

 その声に目を向けると、そこには落ち着いた様子のマムがいた。本来、一番慌てて居てもおかしくないマムだ。直ぐに、何か理由があるだろう事に気が付く。

 続きを促すと、頷いたマムが口を開いた。

「ええ、大丈夫・・・です。何故なら――」

 聞き終える前に光が瞬いた。その光に、何が大丈夫・・・なのかと一瞬眉に力が入ったが……次に入って来た映像を見て、驚きを以て安堵の息を吐くことになった。

「対策済みだったのか」

 正巳の安堵にマムが頷く。

「実はそうなのです」
「何故言わなかった」

 予め聞いていれば、取り乱したりせずに済んだはずだ。

「パパを心配させない為、伝えていませんでした」

 なるほど、確かに納得できる言い分だが、以前マムとは全て報告するようにと言ってある。今回の件について報告しなかったのには、何か理由があった筈だ。

「心配させない為、それだけか?」

 現場の映像を確認しながら聞くと、正巳が気付いていると分かったのだろう。

「あの、実はマスターから口止めされていて……きっと、パパは反対するからって」

 もし、マムの判断で報告を止めていたのであれば、怒らなくてはいけなかった。それが、申し訳なさそうに懺悔するものだから、怒るに怒れなくなった。

 そもそも、口止めできるとしたら今井以外に存在しないだろう。誰が手を回したかなど、考えるまでも無かった。怒るべき相手がここに居ないと知った正巳は、ため息と共に言った。

「それで、あれは何なんだ?」

 そこには、球体をした何か・・が宙に浮いていた。よく見ると、その表面が絶えず変化しているのが分かるが……きっと、あれも今井とマムで作った何かなのだろう。

「あれはですね、」

 マムが口を開いた処で、モニター上の今井が話し始めた。どうやら、今井が話している内容は、マムが説明しようとした内容を含んでいたらしい。

『驚かせてしまったかな? そう、これはデモンストレーションなのだよ!』

 元気に言った今井に全身の力が抜けた。

(デモンストレーション、ね……)

 ステージに立つ今井は、会場のどよめきと興味の視線に力を得たらしい。更に調子を上げると、一歩前に出て続ける。

『今見て貰った通り、さっきのは"強い光"の出る道具・・だった。これは、爆弾に見立てていたわけだけどね……それがほら、一瞬で包まれただろう?』

 説明を聞いていた正巳だったが、ふと先程の事を思い出して疑問を持った。

 映像を通してだが、少なくとも投げた男は確かに"殺意"を持っていたように見えた。それに、投げられたのは本当に只の光の出る道具・・・・・・に過ぎなかったのだろうか?

(いや、あれは間違いなくよく知った兵器ものだった)

 何せ、数えきれないほど投擲練習をしたのだ。見間違えるはずもない。仮に中身を弄っているにしても、あの爆発の色――精々火薬の量が違うくらいだろう。

「マム、さっきのは閃光発音筒スタングレネードじゃないな?」

 半ば確信をもって聞くと、一瞬固まったマムが目を合わせた後、視線を泳がせ始めた。どうやら、正巳の想像した通りだったらしい。

 そもそも、あれは閃光発音筒スタングレネードによる化学反応の結果ではない。使われている材料が違うため、閃光発音筒スタングレネードと手投げ弾では、爆発時の光の色が微妙に違うのだ。

「その、実証実験にもなるからと言う事になりまして、ですね」

 つまり、本物の手投げ弾でデモンストレーションをしたと、そういう事らしい。

「危なすぎるだろ……」

 手遊びを始めたマムにため息を吐くと、再び視線を戻した。 

『これはね、護衛特化・・・・隠密機械ステルスマシーンなんだ。この球は小さな機械の集まりなんだけどね、内側には爆発を抑え込む機構が形成されてるんだ。実はこれ、今回受賞した中の一つのアイディアでもあってね。それを実際に作ってみたんだ。それで――』

 相変わらず生き生きと話している。

 その様子を見ながら、ふと手投げ弾を投げた男の事が気になった。

 デモンストレーションだとしても、モニターを通して殺意を感じるとは、よほど演技力の高い役者なのだろう。もしかすると、新進気鋭の役者なのかもしれない。

 ステージ上では、爆発の寸前の様子がスロー映像で映し出されていたがその映像を見るに、ゆっくりと口を広げた機械群が爆発を包み込んでいる。

 使ったのが本物の爆弾であれ、何であれ、投げたのが役者で良かった。

 その様子を見ながら、会場に男の姿を探したが……

 何処にもその姿は確認できなかった。それだけでは無い。心なしか、警備に当たっている面々の顔もどこか引きつっている気がする。

(うん? メンバーも変わってるか?)

 会場のを警備していたメンバーが少し前と変わっていた。単に交代したのか、何か理由があるのかは分からない。何にせよ、会場の様子が気になった正巳は、自分の目で確かめる事にした。

(見に行くか……)

 心に呟いた正巳だったが、ふと嫌な予感がよぎった。

「サナはどこ行った?」
「そう言えば、先程から見当たりませんね」

 サナの姿が消えている事に気付いた正巳は、マムに探すように言うと気配を探った。周囲に人の気配が多く手間だったが、それに気づいたのとマムの報告は、ほぼ同時だった。

「「会場に居る!?」」

 それが何を示すのかは分からないが、嫌な予感しかしなかった。

「行こうか」
「はいパパ!」

 注目を集めないよう、気を付けて向かった正巳だったが、途中でマムが手配した車両に乗り込んでいた。感覚がマヒしていた正巳は気づかなかったが、車両に乗り込んだ時点で周囲の注目を大いに集めていた。

 それもそうだろう。何せ、二人が乗り込んだのは展示車・・・で、地面から浮いて移動する"浮遊駆動車ホバードラウブ"だったのだから。これで、注目を集めないと言う方がおかしい。

 周囲の注目を集めたまま移動した正巳は、そこに居るサナと、対峙する二人の男を見つけた。

「これだけ注目を集めて何してるんだ」

 そう言って降りた正巳だったが……近くに居た人々の内、それまで気にも留めていなかった人々まで、正巳の登場によって注目し始めたとは夢にも思わなかった。

 ――乗り物が派手過ぎた。

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