『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~
259話 モニターの奥の刹那
薄っすらと夕焼け色が空を染め始めた頃、人々の視線はモニターへと釘付けになっていた。
「あれで良かったのか?」
隣でチョコバナナを口にするサナに聞くと、首を傾げて見せた後で頷いた。
「良いなの!」
溶けたチョコレートが頬に付いているので、それを拭ってやると「そうか」と頷いた。
つい少し前、サナが始めた腕相撲大会は、その勝者を出さぬまま終えていた。結局誰もサナに勝てなかったのが勝者のいない理由だったが、それでも終盤では危ない場面もあった。
と言うのも、参加者の一人がちょっとした手を打って来たのだが……その手と言うのが、またしょうも無かった。子供だましと言うかなんと言うか。
思い出したのかサナがにまっと笑う。
「面白い顔だったの」
「あれは"変顔"って言うんだ」
そう、初っ端で両目を上げて白目にし、口の端をグニャグニャと上下左右に引きつらせていたのだ。違反行為ではないが、子供相手に少し必死過ぎだと思う。
「美味しいものはくれたの」
「まぁ、結果的にな」
変顔でダメだった後は食べ物で釣って来た。これについては、大会が終わった後で急いで持って来たが、男が恥ずかしそうにしていたのは言うまでも無い事だろう。
「それに、一番おしかったなの!」
サナの力が抜けた瞬間、勝負をつけに来たが……
「ああ、あれは確かにもう少しでヤバかったな」
結局、寸前で力を籠めなおしたサナによって、一捻りに負けていた。
ヤバいと言うのは、サナが負けそうでと言うのではない。
男が力を入れた状態で、サナがそれ以上の力で返した為だろう。危なく手首があらぬ方向へと曲がりそうになっていたが、すんでの処で肘を浮かせて回避していた。
つまり、男の手首が痛い事になる所だったと言う事だ。
それにしたって――
「でも喜んでたから良かったなの」
「そうだな、あれでも一応"総理の護衛"らしいからな」
一国のトップの護衛を務める者が、あれで良いのかと言う気もする。しかし、見方を変えれば、結果を出すためには手段を選ばない"プロ"とも言えなくもないだろう。
あんな聴衆の目のある中で醜態を晒して勝ったとしても、その後国の評判に関わる事になりかねなかったとも思うが。きっと、そうした面倒な事は後で考える"現場型"の人間なのだろう。
元々席はすべて指定にしていたが、マムに言って、護衛の男の席を特別に総理大臣の真後ろにしておいた。元々その席は、日本の記者の席だったみたいだが……
まぁ、移動先が親子の隣でも別に構わないだろう。
総理とはまだ会っていなかったが、護衛の男からの言付けは受け取っていた。
「さて、どんな話が待っているんだかな……」
共同設立予定の電力会社に関してか、それとも放射剥奪関連か、もしかすると最近報告で上がるようになって来た"デモ"の話かも知れない。
「どうしたの、なの?」
覗き込んでくるサナに「何でもないよ」と言って返すと、いよいよ始まったらしいイベントに目を向けたのだった。
◇
元の計画では、会場付近を警戒する予定だったが……
会場近辺はの警備は、ザイとドレイクの二人にバックアップを含め頼んでいた。その関係もあって正巳達は、二百メートルほど離れたエリアで人々に紛れる形で警戒に当たっていた。
警戒に当たりつつ進行状況も確認していたが、イベント自体は筒がなく進んでいる様だった。
「受賞者は招待しているのか?」
横で控えているマムに聞くと、頷いて答えがあった。
「全員招待しましたが、そのうち何人かは来ているみたいですね」
どうやら、会場入りしている者も居るらしい。
「と言う事は、その可能性もあるか?」
受賞者には、受賞の連絡と併せて一つの連絡をしていた。その連絡と言うのは、ハゴロモの一員もしくは客員研究員にならないかと言う内容だった。
「はい、仲間に加わる者も居るかと思います」
頷くマムに(今井さんが喜びそうだな)と思いながら、若干不安が隠せなかった。
天才や奇才と言うのは、往々にして変わった人間が多いのだ。今井にしても、ある程度発散する場があったから良かったものの、もし押さえつけられていたとしたら……。
昔会社員だった頃、今井が本社ビルを好き勝手改造していた事を思い出して、(心配だなぁ)と胃が痛くなって来ていた。物であればまだ良いが、生物に関わるあれやこれやが無いか心配だ。
「その中には、医者とか生物学者とかそういった分野の人はいるのか?」
念の為と聞いた正巳に、マムが頷いた。
「はい、医者ではありませんが薬開発のスペシャリストが。それと、生物生命細胞分野ではマスターの知り合いでもある方が、既に会場入り――現在発表会場にいる筈です。後ほど話があると思いますが……」
どうやら、何か訳アリらしい。
「今井さんとの間で何か問題が?」
今井さん関連かと思ったが、そういう訳では無さそうだった。
「いえ、ガムルス関連ですので」
「政治が絡むのか、厄介だな……」
面倒な事が何やら残っていそうだったが、マムが弾いていないと言う事はきちんと対応すべき問題なのだろう。分かったと頷いた正巳は、他に面倒な問題は残っていないかと聞いた。
すると、何やら「受賞者の内、送信元が分からない者が居ました」と言っていた。
分からないのでは仕方がないだろう。
「因みに、それはどういった内容での受賞なんだ?」
単なる興味本位で聞いたが、聞いた事を後悔する事になった。
「分子分解論を応用した内容で、我々の進めている放射剥奪の先を行く理論でした。これは、分解論ではありますがその応用、つまり分解論の逆性作用をも含めた内容を抱合していて、融合論の極致とも言える内容だったのです。重要なのは、分解した物質を構成する原子を利用する事が可能と言う点で――」
このままでは、難しそうな事だと言う以外には、殆ど何も理解できなさそうだった。頭を掻きむしりたくなる、難解で訳の分からない説明しているマムを制止すると、分かりやすくまとめるように言った。
「すまないが、分かりやすく頼む」
正巳の制止にマムがハッとして謝って来る。
「すみません、マスターとの"マスターコード"を、そのまま出してしまいました」
因みに、この"マスターコード"と言うのは、原理をまとめた原論という意味らしい。頷いた正巳に、分かりやすい言葉に訳し終えたらしいマムが説明を始めた。
「要するに、炭からダイヤモンドを作る理論と言う事ですね」
分かりやすい、確かに分かりやすいが……
「それは可能なのか?」
基礎ぐらいは勉強しているため、それが普通でない事ぐらいは理解できる。確か、ダイヤモンドが生成される条件は、圧力の適度にかかるマントルの中でそれなりの温度も必要だった筈だ。
確か、マントル内での深さ百二十キロメートル、温度は一千度付近だったか。
困惑する正巳にマムが頷いた。
「理論上ですが、最低でもピコサイズのマシンもしくは、100フェムトサイズのマシンの開発が必要です。現状では難しいですが、いつか実現できる筈です!」
「因みに、どれくらい掛かりそうなんだ?」
鼓動を高鳴らせながら聞いた正巳だったが、その答えに苦笑した。
「恐らく、あと二百年も研究を重ねれば可能かと!」
どうやら、生きている内にはあまり関係のない事らしい。
から笑いと共に安心した正巳だったが、視線を戻した瞬間、目に入って来た映像に息をのんだ。そこに映っていたのは、振りかぶった男と男が投げたらしい拳くらいの何かだった。
モニターの解像度が高かった事が幸いしたのだろう。瞬時に、何が投げられたかを理解した。どうにかしようと、刹那の内に思考をフル回転させた正巳だったが、その裏では理解していた。
――どうあがいても、どんなに急いでも間に合わない。
投げられたのは手投げ弾、戦争に使う武器の中でも原始的ながら洗練された殺傷兵器だった。
冷や汗が首筋を伝った。
「あれで良かったのか?」
隣でチョコバナナを口にするサナに聞くと、首を傾げて見せた後で頷いた。
「良いなの!」
溶けたチョコレートが頬に付いているので、それを拭ってやると「そうか」と頷いた。
つい少し前、サナが始めた腕相撲大会は、その勝者を出さぬまま終えていた。結局誰もサナに勝てなかったのが勝者のいない理由だったが、それでも終盤では危ない場面もあった。
と言うのも、参加者の一人がちょっとした手を打って来たのだが……その手と言うのが、またしょうも無かった。子供だましと言うかなんと言うか。
思い出したのかサナがにまっと笑う。
「面白い顔だったの」
「あれは"変顔"って言うんだ」
そう、初っ端で両目を上げて白目にし、口の端をグニャグニャと上下左右に引きつらせていたのだ。違反行為ではないが、子供相手に少し必死過ぎだと思う。
「美味しいものはくれたの」
「まぁ、結果的にな」
変顔でダメだった後は食べ物で釣って来た。これについては、大会が終わった後で急いで持って来たが、男が恥ずかしそうにしていたのは言うまでも無い事だろう。
「それに、一番おしかったなの!」
サナの力が抜けた瞬間、勝負をつけに来たが……
「ああ、あれは確かにもう少しでヤバかったな」
結局、寸前で力を籠めなおしたサナによって、一捻りに負けていた。
ヤバいと言うのは、サナが負けそうでと言うのではない。
男が力を入れた状態で、サナがそれ以上の力で返した為だろう。危なく手首があらぬ方向へと曲がりそうになっていたが、すんでの処で肘を浮かせて回避していた。
つまり、男の手首が痛い事になる所だったと言う事だ。
それにしたって――
「でも喜んでたから良かったなの」
「そうだな、あれでも一応"総理の護衛"らしいからな」
一国のトップの護衛を務める者が、あれで良いのかと言う気もする。しかし、見方を変えれば、結果を出すためには手段を選ばない"プロ"とも言えなくもないだろう。
あんな聴衆の目のある中で醜態を晒して勝ったとしても、その後国の評判に関わる事になりかねなかったとも思うが。きっと、そうした面倒な事は後で考える"現場型"の人間なのだろう。
元々席はすべて指定にしていたが、マムに言って、護衛の男の席を特別に総理大臣の真後ろにしておいた。元々その席は、日本の記者の席だったみたいだが……
まぁ、移動先が親子の隣でも別に構わないだろう。
総理とはまだ会っていなかったが、護衛の男からの言付けは受け取っていた。
「さて、どんな話が待っているんだかな……」
共同設立予定の電力会社に関してか、それとも放射剥奪関連か、もしかすると最近報告で上がるようになって来た"デモ"の話かも知れない。
「どうしたの、なの?」
覗き込んでくるサナに「何でもないよ」と言って返すと、いよいよ始まったらしいイベントに目を向けたのだった。
◇
元の計画では、会場付近を警戒する予定だったが……
会場近辺はの警備は、ザイとドレイクの二人にバックアップを含め頼んでいた。その関係もあって正巳達は、二百メートルほど離れたエリアで人々に紛れる形で警戒に当たっていた。
警戒に当たりつつ進行状況も確認していたが、イベント自体は筒がなく進んでいる様だった。
「受賞者は招待しているのか?」
横で控えているマムに聞くと、頷いて答えがあった。
「全員招待しましたが、そのうち何人かは来ているみたいですね」
どうやら、会場入りしている者も居るらしい。
「と言う事は、その可能性もあるか?」
受賞者には、受賞の連絡と併せて一つの連絡をしていた。その連絡と言うのは、ハゴロモの一員もしくは客員研究員にならないかと言う内容だった。
「はい、仲間に加わる者も居るかと思います」
頷くマムに(今井さんが喜びそうだな)と思いながら、若干不安が隠せなかった。
天才や奇才と言うのは、往々にして変わった人間が多いのだ。今井にしても、ある程度発散する場があったから良かったものの、もし押さえつけられていたとしたら……。
昔会社員だった頃、今井が本社ビルを好き勝手改造していた事を思い出して、(心配だなぁ)と胃が痛くなって来ていた。物であればまだ良いが、生物に関わるあれやこれやが無いか心配だ。
「その中には、医者とか生物学者とかそういった分野の人はいるのか?」
念の為と聞いた正巳に、マムが頷いた。
「はい、医者ではありませんが薬開発のスペシャリストが。それと、生物生命細胞分野ではマスターの知り合いでもある方が、既に会場入り――現在発表会場にいる筈です。後ほど話があると思いますが……」
どうやら、何か訳アリらしい。
「今井さんとの間で何か問題が?」
今井さん関連かと思ったが、そういう訳では無さそうだった。
「いえ、ガムルス関連ですので」
「政治が絡むのか、厄介だな……」
面倒な事が何やら残っていそうだったが、マムが弾いていないと言う事はきちんと対応すべき問題なのだろう。分かったと頷いた正巳は、他に面倒な問題は残っていないかと聞いた。
すると、何やら「受賞者の内、送信元が分からない者が居ました」と言っていた。
分からないのでは仕方がないだろう。
「因みに、それはどういった内容での受賞なんだ?」
単なる興味本位で聞いたが、聞いた事を後悔する事になった。
「分子分解論を応用した内容で、我々の進めている放射剥奪の先を行く理論でした。これは、分解論ではありますがその応用、つまり分解論の逆性作用をも含めた内容を抱合していて、融合論の極致とも言える内容だったのです。重要なのは、分解した物質を構成する原子を利用する事が可能と言う点で――」
このままでは、難しそうな事だと言う以外には、殆ど何も理解できなさそうだった。頭を掻きむしりたくなる、難解で訳の分からない説明しているマムを制止すると、分かりやすくまとめるように言った。
「すまないが、分かりやすく頼む」
正巳の制止にマムがハッとして謝って来る。
「すみません、マスターとの"マスターコード"を、そのまま出してしまいました」
因みに、この"マスターコード"と言うのは、原理をまとめた原論という意味らしい。頷いた正巳に、分かりやすい言葉に訳し終えたらしいマムが説明を始めた。
「要するに、炭からダイヤモンドを作る理論と言う事ですね」
分かりやすい、確かに分かりやすいが……
「それは可能なのか?」
基礎ぐらいは勉強しているため、それが普通でない事ぐらいは理解できる。確か、ダイヤモンドが生成される条件は、圧力の適度にかかるマントルの中でそれなりの温度も必要だった筈だ。
確か、マントル内での深さ百二十キロメートル、温度は一千度付近だったか。
困惑する正巳にマムが頷いた。
「理論上ですが、最低でもピコサイズのマシンもしくは、100フェムトサイズのマシンの開発が必要です。現状では難しいですが、いつか実現できる筈です!」
「因みに、どれくらい掛かりそうなんだ?」
鼓動を高鳴らせながら聞いた正巳だったが、その答えに苦笑した。
「恐らく、あと二百年も研究を重ねれば可能かと!」
どうやら、生きている内にはあまり関係のない事らしい。
から笑いと共に安心した正巳だったが、視線を戻した瞬間、目に入って来た映像に息をのんだ。そこに映っていたのは、振りかぶった男と男が投げたらしい拳くらいの何かだった。
モニターの解像度が高かった事が幸いしたのだろう。瞬時に、何が投げられたかを理解した。どうにかしようと、刹那の内に思考をフル回転させた正巳だったが、その裏では理解していた。
――どうあがいても、どんなに急いでも間に合わない。
投げられたのは手投げ弾、戦争に使う武器の中でも原始的ながら洗練された殺傷兵器だった。
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