『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

253話 国岡征士という男

「それで、親父さんは、僕達の事をどの程度知っているのかな?」

 いつもと変わらぬ調子で口を開いたのは、今井だ。

 三か月前、『自分の目で見て判断する』――そう言った、正巳の父にして精神の専門家"国岡征士せいじ"には、こちらの情報は敢えて伝えていなかった。

 勿論、正巳自身聞かれれば答えるつもりだったし、皆には各自の判断に任せると伝えていた。しかし、今の処誰からも質問を受けた、という報告は上がっていない。

 当然、精神治療ケアに必要な"質問"のやり取りはあったみたいだが、それは飽くまで治療の一環だろう。普通に考えれば、判断基準を外から集めようとするものだが……何とも父らしい。

 今井の質問に頷いた征士は、考えをまとめるように目を閉じると、一つ呼吸をしてから言った。

「うん、僕が知っているのは、正巳と同じ名前を持つ人間が"大使館襲撃犯"として指名手配されて、その数か月後に"火事"があった事。それと……」

 父の言葉を聞きながら、正巳は苦笑が抑えられなかった。

「ちょっと待ってくれ、大使館の件が何で俺と結びつくんだ?」

 大使館の件については、"神崎正巳"名義での報道だったはずだ。首を傾げた正巳だったが、それに頷いた征士は手を開くと言った。

「うん、それ単独ではね。単なる"息子と同じ名を持つ犯人が起こした事件"だった。でも、あの大使館は……ほら、君たちが先日宣戦布告した国のモノじゃないかな?」

 どうやら、この件は後付けながら完璧に"答え合わせ"された後の話らしい。父が憶測でモノを言うような人でない事を、すっかり忘れていた。

「それじゃあ、火事の件は……あれは記事にすらならなかったと思うけど」

 正巳が住んでいたアパートの一室は、綺麗に吹き飛んでいる。

 被害に遭ったのが一部屋だけだったからか、それとも何らかの圧力が掛かったからかは分からないが、火事の情報は出ていない筈だ。

 正巳の質問に、何やら懐を探るとある封筒と用紙を何枚か出した。

「これは……"請求書"と"通知書"?」

 それだけでは意味が分からなかったが、中を読んで理解した。

「なるほど、保険会社からのと大家からのか。これは、親父が保証人だったからだね。それで、これはどうしたの?」

 そこには、本人(つまり正巳の事)と連絡が取れない為、保証人へ請求するとの趣旨の事が書かれていた。父の事だから、黙って払いに行っていそうだが……

「うん、正巳も心配だったけど、取り敢えず支払わないとと思ってね。それで、いざ支払いに行っても『無効です、既に支払い済みです』って言われちゃってね」

 なるほど、どうやらマムが手を回してくれていたみたいだ。

「なるほど、それで俺が無事なんだと思ったわけか」

 頷く征士に、止めていた続きを促した。

「それで、他に把握している事はある?」

「ああ、そうだね。うん……正巳の勤めていた会社幹部の"汚職"と、それに関連して役員に移動があった事とか。あ、そうそう、僕も京生貿易株買ったんだよね」

 何故、不祥事からの株の購入へ結びつくのかが不明だったが、マムの耳打ちで理解した。

「サブリミナル効果というヤツです、実際に効果があると知って驚きました」
「お前――いや、何でもない。ただ、少し驚いただけだよ」

 首を傾げる征士に苦笑すると、マムに確認した。

「それで、親父はどれくらい買ったんだ?」
「現金資産二百四十万円を除き、全ての資産――八千七百万円ですね」

 それを聞いた正巳は絶句した。

「ぜ、全財産じゃないか」
「そのようですね……判断基準に、パパの事を暗示したのが強かったんですかね」

 他人事のように言うマムに、開いた口が閉まらなかった。

「ま、まぁ今は良いか」

 ほかにも余罪はないか確認したいところだったが、それは後でも良いだろう。正巳がマムと話している間、どうやら話は進んでいたらしい。征士が話している。

「それで、ある日"助けを必要とする人が沢山いる"と連絡を受けてね、条件が良かったものだから受ける事にしたんだ。それからの事は、ここに来てからの事だね」

 どうやら、ここに合流するきっかけの話らしい。

 征士は、連絡を受けたと言っているが、ほぼ間違いなくその連絡をしたのはマムだろう。正巳と同じことを考えていたのか、笑みを浮かべた今井が言った。

「なるほどね、よくやったマム!」

 そういった今井は、マムの頭を思いっきり撫でている。それを見た征士が、マムの頭を撫でようとするが……どうやら、征士に対しては若干距離があるようだ。

「ふむ、嫌われてしまったかな」

 その言葉に、そんな事はないとは返したが、このようなマムは初めてだった。そもそも、マムは敵か味方かで対応を変えるため、正巳と今井以外へは基本的に対応は変わらないのだ。

 自分から飛びつく事はないかも知れないが、仲間であれば頭を撫でられるくらいしている。

「大丈夫さ、マムは良い子だよ」

 顔に出ていたのかも知れない。苦笑した正巳は、頷くと言った。

「そうですね」


 ◆◇


 その後少し話して、征士が正巳達について推測ながら、ほぼ正確な情報を得ている事を知った。どうやら、予め持っていた情報と目で見た情報、それらを照らし合わせて把握していたらしい。

「……まったく、君たち親子には驚かされるよ」

 これは今井の呟きだったが、今回に関しては正巳も驚いていた。

 出回っている情報から考えれば、普通――急に独立宣言した意味も分からぬ団体が、何故だか衰弱した国内外の子供達や、外国の大人を集めている。設備は異様に最先端で、それらを束ねているのが自分の息子。どう考えてもおかしい!――となっても可笑しくは無いだろう。

 確かに、三か月あれば正確な事を知るのも可能だろうが……しかし、これら大まかな部分を推測していたのは、ここに来る前だったと言うのだから、驚きしかない。

 驚いた様子の正巳に征士が言う。

「正巳の性格と行動を予測したんだよ。仮定を重ねて考えるのは、それほど嫌いじゃないからね」

 これが、この"国岡征士"――国指定の特選研究員にも選ばれた男だ。一見のんびりして見えるが、その頭脳は決して非凡ではない。

 恐らく、仮定の状態だったのもあって、最初考えさせて欲しいと言ったのだろう。

「それで、親父なりの答え合わせが出来たわけだな」
「ばっちり、ね……ふむ、少し古い言い回しだったかな?」

 頭を掻きながら苦笑するのを見て、ため息を吐いた。

「そうか、特に説明は要らないみたいだな」

 それに微笑んだ征士は、独得な間で頷く。

「うん。必要であれば、その都度確認させてもらうよ」

 普通、聞きたい事――例えば、地下の巨大居住区とか――があると思うのだが、どうやら思っていたよりも肝っ玉の大きな親父らしい。いや、昔からそうだったか。

「それで、聞きたいのはこの三か月の事だったか?」

 答え合わせするには、前もって合わせるだけの情報が必要だろう。ここで情報が欲しいという事は、つまりその情報すら、この三か月間は入れていなかったという事だ。

「掛かりっきりだったからね、今の状況を知りたくてね」

 予想通りの答えに頷きながら、すぐ横で舟をこぎ始めたサナを支えた。

「サナ、横になるか?」
「ううん……お兄ちゃのとこがいい」

 目を擦ったサナがそう言って膝に乗ってくるので、仕方なく抱えてやった。あれだけ沢山食べたのだ、恐らく消化が始まって眠くなったのだろう。

 ミューを見ると、同じく眠そうにしていた。

「あら、ミューは私の膝の上ね!」
「えっ、お姉さま?!」

 多少強引ではあったが、綾香の膝の上に乗ったミューは顔を赤らめ、嬉恥ずかしそうにしていた。嬉しさ半分、恥ずかしさ半分といった処だろう。

 若干、ユミルの物欲しげな視線を感じたが、それはスルーする事にした。

 そこには、普段同席しない綾香も居たが、客人であり巻き込まれた当事者でもあるのだ。知っておく権利があるだろう。サナが寝息を立て始めた処で、一つ息を吸うと話し始めた。

「これは、あの日開戦した時からの話になるが……」

 話し始めた正巳は、ふと時計を見て一瞬だけ祈った。

 ◇

(ミンにテン、カイルが付いてるから大丈夫だとは思うが、無事に済んでくれ)

 つい先日、正巳は三人と共に戦犯の"輸送"を行って来たが、これによって事実上終戦していた。

 正巳の祈りは、現地で行われているであろう、"国際司法裁判"を想ってのものだったが……行われているのは旧政権が不当であった事を示し、新政権を国際社会が承認する一種の儀式だ。

 戦犯は残らず極刑になるだろうが、それでも幾分か情けをかけたのだろう。それこそ、ガムルス国内に置いて来たら……きっと、国民の怒りを、身をもって・・・・・知る事になったに違いない。

 あの時、敵の首魁を掴まえてきた時、ミンは『これで終わりですね』と呟いていた。その言葉にどんな感情が込められていたのかは、本人にしか分からない。

 それでも次顔を上げた時、ミンの目はまっすぐと将来に向かっていた。きっと大丈夫、心配は要らないだろう。遠く離れた地にいる姿を想像して祈ると、続きを話し始めた。

 ◇

「あの日、俺達が放った兵器によって、半数以上の主戦力を無効化した。特に、指揮官の捕縛では、中枢を占めていた者をほぼ全て、捕らえられたのが大きかった。あれは何と言ったか――」

 思い出そうとした正巳に、笑みを広げた今井が言った。

「"コロンブスの卵作戦"、血を流さず戦いを終わらせる僕ら・・のとっておきさ!」

 その瞳は、いつにも増して輝いていた。

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