『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~
243話 雁字搦めの男 [前編]
国際会議場としては最も広いとされている大会議場に、ロウ・キャムサ首相代行はいた。考えようによっては、数段どころではない大昇進だったが……
この"首相代行"と言うのは、一時的に与えられた立場に過ぎなかった。
視線を上げると、ステージの端に司会の男が立っているのが見える。このステージには、中心に演説台が置かれている。何か全体への発議をする際などに、代表者が登壇する場所だ。
「――と言う事で、この"ハゴロモ"は既に自治"領土"に於いて、"領民"そしてそれを賄うための独自"産業"を展開しています。この独立に関してが、最後の議題ですが……」
聞こえて来る司会者の声に、どうしてこうなったのかと頭を抱えたくなる。
……そもそも自分は、捕虜となった軍人の引き受け交渉に来たはずだった。そして確かに、交渉相手で"収容している"と言う国――日本との交渉の席にも座った。
しかし、結局はその交渉自体、形があってないようなものだった。
――と言うのも、今朝ホテル内の喫茶店で面会した際、交渉相手がどの様な相手であっても優位性を保てるよう、ロウ自身が"代表代行"という肩書を得ていた。
これは、立場で優位に立ち、交渉を有利に進める為だったが……それが、何の冗談か交渉相手は、正真正銘"首相"――相手国のトップだった。確かに、肩書だけで言えば対等だったかも知れない。
しかし、流石に言わば"借り物"と"本物"では、対等と言うには無理があった。
こちらは、ロウの他に"外務大臣"が来ていたが、その大臣もロウが首相と交渉を始めた直後、なぜか何処へともなく退室して行ってしまった。
政治は愚か、交渉も歴が長いとは言えないロウだったので……懸命に努力するも、結局は何も成果を得る事が出来ないでいた。
初め、何処か交戦的にも感じる首相の視線だったが、ロウが"代行"に過ぎないと知ってから、何となくただ情報を引き出そうとしているだけにも感じた。
その後、時間的期限が来た為、苦々しいながらも握手と共に部屋へ戻った。
部屋へ戻ると、そこには既に外務大臣の姿は無かった。
その代わり、初めて見る顔の職員が居たので、どういう事なのかと聞くと――
どうやら、この後で国際会議がある事、その場でロウには"自国民を攫った男"の糾弾をする事が指令として与えられたらしかった。
そして、それに併せて"賛同が得られた場合"と"得られなかった場合"――つまり、いずれの場合も"結論が出た"時に押すようにと、筆記具サイズの道具を受け取った。
その通信道具の他に、何かチョッキタイプの"洋服"も受け取ったが、説明を受けて(これを使うのは最後だな……嫌だな……)と思った。
その後、訪問者が有ったので出てみると、どうやら会議の招集に来た国連職員らしかった。
先程まで話していた自国の職員へ、行ってくると伝えようと思ったが、不思議な事に部屋のどこにもその姿は無かった。
仕方がないので一人で会場に入り、そこで座っていたのだが……座っていると、数か国の代表らが近寄って来てあからさまな機嫌取りをして来た。
恐らく、ガムルス本国に世話になっている国なのだろう。
悪い気はしなかったので、それなりの対応をしたのだが……それも長くは続かなかった。何やらざわざわとして来たので、そちらへと視線を向けると、目立つ一団が入り口にいた。
聞こえて来る単語を拾うに、どうやらここ数年参加を辞退していた国の国王で、しかも最近新国王として即位したばかりの男だったらしい。
側近の者らしい、顔形の整った女性に耳打ちされている様子に、少しばかりの劣等感を抱いた。
……別に、視線に気づかれたのではないと思う。が、何故だかその女性がこちら――正確には、座席に置かれたプレート――を見ると、その主人に耳打ちした。
その様子に、もしかすると、彼らもガムルス本国に世話になっているのかも知れないと思い、いざ近づいて来る気配がしても、単に"媚びを売りに来たのだろうな"としか思わなかった。
それ処か、上手く行けば何か報酬――例えば、側近らしい美女の様な女性を――とのんきに考えて、敢えて声を掛けられるまではそちらを振り向かない事にした。
しかし、近づいて来た男――国王アブドラの言葉に、凍り付く事になった。
「うむ、お前が我が友に喧嘩を売った国の……ふむ、そう長くはないと思うが――なに? なるほど、"首相代行"か……部下の使い捨てとは、国柄が出るな」
初め興味の色を持った視線が、途中から急に憐れみに近いモノに変わったのだ。離れて行く足音を聞きながら、自分の虚栄心に亀裂が入るのを感じた。
その後も近づいて来る者は何人かいたが、ロウの心は少しも晴れなかった。
「大丈夫だ、俺が演説台に立って、語りかけさえすれば……」
定刻に始まった国際会議は、発展途上国の経済支援や国際連携に関する内容など、多岐に渡った。そして、いよいよ最後の議題と言う事で、これが終わったらロウの――ガムルスの主張を世界に知らせる番だった。しかし――
その最後の議題と言うのは、当の国岡正巳――そして、ガムルスから攫った人間によって起こされた"国"に関する内容だった。
しかも、議題と言うよりは丸っきり"紹介"だった。
当然かのように、どの様に国際社会に良い影響を与えるか、世界にどのような発展をもたらすか等の"広告"がされている事に苛立ちを覚えた。
――これでは、とてもガムルスとしての言い分を、国際社会に訴えかける状況ではない。そんな事をすれば、逆に国際社会の"敵"として糾弾される事になるだろう。
司会者の言葉にしばらく頭を抱えていたロウだったが、いつの間にか話が終わり、当の本人達が入場すると言う事を聞いて、心臓が脈を早めるのを感じた。
ゆっくりと、中央の扉が開いて行く。
ギリギリではあったが、その場面を視界に収める事が出来た。
先頭には、忘れようのない――先日も仮面越しながら目を合わせた男が見える。何処か懐かしさと共に胸の何処かがチクリとするが、それも一瞬の事で直ぐに気にならなくなる。
その後、入場するメンバーに女子供が入っているのを見て、若干の疑念を抱いた。しかし、それが示すある可能性を考える前に、それ処ではなくなった。
「つっ……」
アブドラ国王が、入場して来た男へと声を掛けているのが見えたのだが……その直後、先頭の男――正巳と視線が合ったのだ。
咄嗟に視線を外そうとしたが、出来たのは精々自分の視線を、少し逸らす程度だった。
その後、男が今朝交渉した相手――日本首相と言葉を交わす様子も見えた。予想できた事ではあったが、どうやら互いに協力関係にあるらしい。
いよいよ、自分が出て行って無理やりにでも自分の――ガムルスの正当性を主張しなくては、取り返しのつかなくなる気がした。しかし、遂にどうする事も出来ないままその時が来ていた。
「さて、先程ご紹介しました新独立国ハゴロモ、その元首――国岡正巳首相です!」
その言葉に、歯きつく嚙合わせる。
しかし、そんなロウの抵抗など関係なく会は進む。
「それでは、これより宣言が行われます。国岡首相――」
壇上へと上がった男が会釈の後、口を開いた。
「元は一人でした。それが、二人となり三人となり……――」
会場内の空気が一点に集まって行くのを感じる。
(……まずい、これは取り返しがつかない)
心の中で結論を出したロウは、ゆっくりと誰にも気取られないように、内ポケットのボールペンを手に持った。そして、その上部をゆっくりと回すと、そこにある小さなボタンに指をかけた。
「――その名を"ハゴロモ"として、建国した事をここに宣言する!」
華やかに映る壇上で男が宣言したのと同時に、ロウはその指でボタンを押した。
この"首相代行"と言うのは、一時的に与えられた立場に過ぎなかった。
視線を上げると、ステージの端に司会の男が立っているのが見える。このステージには、中心に演説台が置かれている。何か全体への発議をする際などに、代表者が登壇する場所だ。
「――と言う事で、この"ハゴロモ"は既に自治"領土"に於いて、"領民"そしてそれを賄うための独自"産業"を展開しています。この独立に関してが、最後の議題ですが……」
聞こえて来る司会者の声に、どうしてこうなったのかと頭を抱えたくなる。
……そもそも自分は、捕虜となった軍人の引き受け交渉に来たはずだった。そして確かに、交渉相手で"収容している"と言う国――日本との交渉の席にも座った。
しかし、結局はその交渉自体、形があってないようなものだった。
――と言うのも、今朝ホテル内の喫茶店で面会した際、交渉相手がどの様な相手であっても優位性を保てるよう、ロウ自身が"代表代行"という肩書を得ていた。
これは、立場で優位に立ち、交渉を有利に進める為だったが……それが、何の冗談か交渉相手は、正真正銘"首相"――相手国のトップだった。確かに、肩書だけで言えば対等だったかも知れない。
しかし、流石に言わば"借り物"と"本物"では、対等と言うには無理があった。
こちらは、ロウの他に"外務大臣"が来ていたが、その大臣もロウが首相と交渉を始めた直後、なぜか何処へともなく退室して行ってしまった。
政治は愚か、交渉も歴が長いとは言えないロウだったので……懸命に努力するも、結局は何も成果を得る事が出来ないでいた。
初め、何処か交戦的にも感じる首相の視線だったが、ロウが"代行"に過ぎないと知ってから、何となくただ情報を引き出そうとしているだけにも感じた。
その後、時間的期限が来た為、苦々しいながらも握手と共に部屋へ戻った。
部屋へ戻ると、そこには既に外務大臣の姿は無かった。
その代わり、初めて見る顔の職員が居たので、どういう事なのかと聞くと――
どうやら、この後で国際会議がある事、その場でロウには"自国民を攫った男"の糾弾をする事が指令として与えられたらしかった。
そして、それに併せて"賛同が得られた場合"と"得られなかった場合"――つまり、いずれの場合も"結論が出た"時に押すようにと、筆記具サイズの道具を受け取った。
その通信道具の他に、何かチョッキタイプの"洋服"も受け取ったが、説明を受けて(これを使うのは最後だな……嫌だな……)と思った。
その後、訪問者が有ったので出てみると、どうやら会議の招集に来た国連職員らしかった。
先程まで話していた自国の職員へ、行ってくると伝えようと思ったが、不思議な事に部屋のどこにもその姿は無かった。
仕方がないので一人で会場に入り、そこで座っていたのだが……座っていると、数か国の代表らが近寄って来てあからさまな機嫌取りをして来た。
恐らく、ガムルス本国に世話になっている国なのだろう。
悪い気はしなかったので、それなりの対応をしたのだが……それも長くは続かなかった。何やらざわざわとして来たので、そちらへと視線を向けると、目立つ一団が入り口にいた。
聞こえて来る単語を拾うに、どうやらここ数年参加を辞退していた国の国王で、しかも最近新国王として即位したばかりの男だったらしい。
側近の者らしい、顔形の整った女性に耳打ちされている様子に、少しばかりの劣等感を抱いた。
……別に、視線に気づかれたのではないと思う。が、何故だかその女性がこちら――正確には、座席に置かれたプレート――を見ると、その主人に耳打ちした。
その様子に、もしかすると、彼らもガムルス本国に世話になっているのかも知れないと思い、いざ近づいて来る気配がしても、単に"媚びを売りに来たのだろうな"としか思わなかった。
それ処か、上手く行けば何か報酬――例えば、側近らしい美女の様な女性を――とのんきに考えて、敢えて声を掛けられるまではそちらを振り向かない事にした。
しかし、近づいて来た男――国王アブドラの言葉に、凍り付く事になった。
「うむ、お前が我が友に喧嘩を売った国の……ふむ、そう長くはないと思うが――なに? なるほど、"首相代行"か……部下の使い捨てとは、国柄が出るな」
初め興味の色を持った視線が、途中から急に憐れみに近いモノに変わったのだ。離れて行く足音を聞きながら、自分の虚栄心に亀裂が入るのを感じた。
その後も近づいて来る者は何人かいたが、ロウの心は少しも晴れなかった。
「大丈夫だ、俺が演説台に立って、語りかけさえすれば……」
定刻に始まった国際会議は、発展途上国の経済支援や国際連携に関する内容など、多岐に渡った。そして、いよいよ最後の議題と言う事で、これが終わったらロウの――ガムルスの主張を世界に知らせる番だった。しかし――
その最後の議題と言うのは、当の国岡正巳――そして、ガムルスから攫った人間によって起こされた"国"に関する内容だった。
しかも、議題と言うよりは丸っきり"紹介"だった。
当然かのように、どの様に国際社会に良い影響を与えるか、世界にどのような発展をもたらすか等の"広告"がされている事に苛立ちを覚えた。
――これでは、とてもガムルスとしての言い分を、国際社会に訴えかける状況ではない。そんな事をすれば、逆に国際社会の"敵"として糾弾される事になるだろう。
司会者の言葉にしばらく頭を抱えていたロウだったが、いつの間にか話が終わり、当の本人達が入場すると言う事を聞いて、心臓が脈を早めるのを感じた。
ゆっくりと、中央の扉が開いて行く。
ギリギリではあったが、その場面を視界に収める事が出来た。
先頭には、忘れようのない――先日も仮面越しながら目を合わせた男が見える。何処か懐かしさと共に胸の何処かがチクリとするが、それも一瞬の事で直ぐに気にならなくなる。
その後、入場するメンバーに女子供が入っているのを見て、若干の疑念を抱いた。しかし、それが示すある可能性を考える前に、それ処ではなくなった。
「つっ……」
アブドラ国王が、入場して来た男へと声を掛けているのが見えたのだが……その直後、先頭の男――正巳と視線が合ったのだ。
咄嗟に視線を外そうとしたが、出来たのは精々自分の視線を、少し逸らす程度だった。
その後、男が今朝交渉した相手――日本首相と言葉を交わす様子も見えた。予想できた事ではあったが、どうやら互いに協力関係にあるらしい。
いよいよ、自分が出て行って無理やりにでも自分の――ガムルスの正当性を主張しなくては、取り返しのつかなくなる気がした。しかし、遂にどうする事も出来ないままその時が来ていた。
「さて、先程ご紹介しました新独立国ハゴロモ、その元首――国岡正巳首相です!」
その言葉に、歯きつく嚙合わせる。
しかし、そんなロウの抵抗など関係なく会は進む。
「それでは、これより宣言が行われます。国岡首相――」
壇上へと上がった男が会釈の後、口を開いた。
「元は一人でした。それが、二人となり三人となり……――」
会場内の空気が一点に集まって行くのを感じる。
(……まずい、これは取り返しがつかない)
心の中で結論を出したロウは、ゆっくりと誰にも気取られないように、内ポケットのボールペンを手に持った。そして、その上部をゆっくりと回すと、そこにある小さなボタンに指をかけた。
「――その名を"ハゴロモ"として、建国した事をここに宣言する!」
華やかに映る壇上で男が宣言したのと同時に、ロウはその指でボタンを押した。
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