『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~
239話 通訳士ジョルバン
ルガール大統領に案内されたのは、美しい街並みに建った立派なホテルだった。
このホテルは国連本部の近くにあるらしく、『時間ギリギリまで寛げます』と言う事らしかった。心遣いに感謝しながら、そのまま最上階のレストランへと向かった。
途中のエントランスには、言葉の彫られた大理石が並べられていたが、聞いたところ『何か業績を成した人の名言が掘られている』と言う事だった。
端から見ていると、マムが訳してくれたのでなるほどなと聞いていたが、どの言葉にもその言葉を残した偉人の"名前"が書かれていないらしかった。
理由を聞くと、『後世の"評価の付け直し"によって消されない為に』と言う事だった。その代わりに、其々が"○○の人"と言うように、二つ名付けされているみたいだった。
その後、最上階に着いた一同は、貸し切り状態のレストランから景色を堪能していた。
ここで、サナのハンバーガーに応える事になったが……三十分後。一通り食事を終えた一同がそこにいた。
……未だに食べているのは、二人だけだ。
「美味しいなの!」
「美味しいけど、これ以上は――げふっ」
サナとジロウの前には皿が、十数枚積まれている。
この皿は、これ迄出て来た料理のものではない。
「おかわりなの!」
「……もう無理だぜ」
そう、積まれていたのはお代わりしたスイーツの皿だったのだ。既に十四、五皿目に手が届いたところだが、苦笑を通り過ぎて心配そうな顔をした給仕が、こちらを伺ってくる。
そりゃそうだろう。
大人の男性で且つ、それなりの量を食べるジロウでさえギブアップしているのだ。
心配そうな給仕に、苦笑を返しながら言った。
「サナ、次で最後にしておけよ」
「もっと食べれるなの!」
確かにまだ余裕がありそうな雰囲気はある。
しかし、これ以上を許すと際限ないだろう。
サナの口に、キャラメルが付いているのを確認しながら言う。
「ほら、腹八分目って言うだろ?」
「仕方ないなの」
……どうやら、ある程度満足してはいたらしい。
大人しく頷いた事に安堵しながら、給仕の男に頷く。
「すまないが、もう一皿頼む」
「かしこまりました」
静かに下がって行くのを見送った後で、サナの口元を拭ってやった。
「よし、これで綺麗になったぞ」
「ありがとなの!」
お礼を言ったのはサナだったが、その隣にいたサクヤが何故か隣に歩いて来る。
「……」
「……ほら、これで良いか?」
サクヤの口元も拭ってやると、満足したらしい。
「うん」
短く答えたサクヤに、思わず手が伸びる。
反射的にサクヤの頭を撫でた正巳だったが、サクヤは心なしか嬉しそうにしていた。対して、それを見ていたサナも頷くと言った。
「うんー!」
「はいはい……」
仕方なくサナの要求に応えてやると、それは嬉しそうにしていた。
一応、この場にはルガール大統領を始めとした面々もいる訳だが……どうやら、気になるのはサナの胃の不思議についてらしかった。
「……あれだけの量が、小さい体の何処に行ったのかは世界七不思議の一つね」
「そうね、あれだけハンバーガーをお代わりした後に、これだけなんてねぇ」
ルガール大統領に相づちを打ったのは、アッシュブラウンの髪をした髪の長い女性。この女性は、スイス連邦参事会の内の一人で、連邦に七人いる連邦参事の一人だった。
ここスイス連邦では、七人いる"連邦参事"から大統領が選ばれる。
ただ、他の大半の国と違うのは、大統領とイコールで国家元首でない点だ。トップとなったからと言って、権力を持つ訳では無いのだ。
談笑する連邦トップ達の様子を見た正巳は、一人呟いた。
「なるほどな。権力の集中が無いからこその雰囲気か……」
確か、以前酒の席でアブドラが『国の数だけ政治の種類があるし、往々にして学ぶべき部分もある』――と言っていたが、確かにその通りなのかも知れない。
流石に、そのまま他国の方法を組み込む訳にはいかないが、何かしら参考になる事はあるだろう。
――その後、談笑する一同と、寛いだ様子で過ごすミン達を確認しながら、窓から見える街並みを眺めていた。そんな中、通訳の男はと言うと……
初めの内は、懲りずにマムへと熱視線を送っていたが、カイルに注意されてようやく諦めたらしかった。そして、終いには女性給仕へと色目を使い始めたので、可哀想に感じて言った。
「マム、少しだけで良いから相手をしてやってくれ」
「……正巳様がそう言われるのであれば」
頷いたマムは、静かに席を立つと通訳の男の隣へと移動した。
◇◆
隣に座ったマムに驚いたのだろう。
口を丸く開けた後、半月型にニヤケさせた男が言う。
「おっ、やっと来てくれたんですね!」
嬉しそうにする男だったが、マムの言葉に目が点になる。
「仕方なく」
「えっ!?」
一々大きなリアクションを取る男に、若干煩わしそうにするも、少し考えたマムが呟く。
「さて、そうですね……」
一瞬正巳へと視線を向けたマムだったが、直ぐに向き直る。
「それじゃあ、男の人が喜ぶ事を教えて下さい」
マムの言葉を聞いた男は、それ迄の困惑した表情など何処へやら。満面の笑みを浮かべると話し始めた。その内容は、初めはちょっとした気遣い程度の内容だったが、次第に下世話な内容まで踏み込んでいた。
「勿論ですよ~それじゃあ、手をつないだ事は……あると。それでは、腕を組んだ事は――」
――少し離れた場所で様子を伺っていた正巳だったが、マムを行かせたのは失敗だったかと思い始めていた。実際、この心配は"実害"となって数日後表れるのだが――
「まぁ良いか……」
そう呟いた正巳は、運ばれて来た珈琲の香りを楽しむ事にした。
◆二時間後◆
ルガール大統領と副大統領の二人は、準備があるという事で先に出発していた。
案内として残ったのは、アッシュブラウンの髪色をした女性と、通訳の男だった。どうやら、女性は外交の担当参事(大臣と同等)らしく、話の中で幾つかの話を聞けていた。
「――と言う事は、安心頂けたという事でしょうか?」
「ええ、そうですね。凡そ、その心配はなさそうと言う事だけは」
どうやら、わざわざ国の指導者達が集まったのは、正巳がどんな人間なのかを探りに来たという面が強かったらしい。
どうして、そこまでして……と気になった正巳だったが、幾つか心当たりも有ったのでこの件はこれ以上掘り下げない事にした。
……アブドラにしても、別名"世界大使館"と呼ばれるホテルとにしても、正巳の"傭兵"としての顔にしても――色々と下手に突いて蛇が出て来たら、それこそ面白くない。
「一先ず、良かったと思っておきます」
そう答えた正巳だったが、時間になったら再び呼びに来ると言うので、用意してくれた部屋でゆっくりと寛ぐ事にした。
部屋へと向かった正巳達だったが、部屋までついて来た通訳の男ジョルバン(いつ名乗ったのか、知らない内に覚えていた)に、流石に部屋の中までは遠慮してくれと断っていた。しかし――
「それでしたら、部屋の外で良いので待たせて下さい!」
通訳のジョルバンは、どうやら"滞在中は通訳として付きっきりになる"のが仕事らしかった。そうしないと給料が出ないと言う話だったので、仕方なく部屋の外で待つ事を許した。
「サナ、そのイス持ってどこ行くんだ?」
部屋に入った後、サナがイスを手に歩き始めたのでどうしたのかと聞くと、どうやらジョルバンに持って行くつもりらしかった。
「座らせるなの!」
「あぁ、座って貰うのか」
サナの強圧的な言い回しに苦笑しながら、頷いた。
「そうだな、置いてあげると良いかもな」
「そうなの!」
イスを手に歩き出したサナだったが、それを見たテンがドアを開けてあげていた。
それ迄ずっとミンに付きっ切りだったテンだが、どうやらミンに『演説の練習をするから』と追い出されたらしい。隣の部屋では、ミンとカイルが二人でスピーチの最終確認をしていた。
隣の部屋が気にはなったが、任せた以上信頼する事にした。
「座るなの!」
「へっ? ……あぁ、嬢ちゃんありがとうねぇ」
廊下から聞こえて来る声を聞きながら、小さな声でマムに聞いた。
「ジョルバンは黒か?」
正巳の質問にマムが頷く。
「間違いありません」
「そうか……でも、ガムルスでは無いな?」
マムの断定は、通訳のジョルバンがスパイである事を示していた。
しかし、問題なのはどこのスパイなのかだ。
これがガムルスであれば対処が必要だが、他国であれば想定内だ。
若干緊張したが、マムが肯定した事に安堵した。
「よし。そういう事だから、二人とも監視を頼む」
それまで寛いでいたジロウとサクヤだったが、自然な調子で始まった正巳とマムの会話に、瞬時に緊張体制をとっていた。
「「了解」」
それ迄が、あまりにのんびりとした雰囲気だったからだろう。緩み切っていた二人だったが、気合いを入れ直すかのようにして、集中し始めた事には感心していた。
「……さすが、生き抜いて来ただけはあるな」
それこそ、この切り替えの素早さと質に関しては、二人の方が正巳より遥かに勝っていた。
ジロウが、それとなくサナの隣に移動したのを確認した正巳は、マムにひっそりと聞いた。
「それで、ジョルバンの主人は誰だ?」
既に、その雇い主までを掴めている――それを前提にした質問だったが、その前提が違える事は無かった。数舜後にマムが口にしたのは、ある意味"真正面から"とも言える内容だった。
――ルガール大統領その人です。
どうやら、ルガール大統領は私費で"ジョルバン"を雇っていたらしかった。
本来、スパイされていたとなったら、憤慨するところなのだろう。
しかし、正巳はその姿勢に尊敬の念を覚えていた。
「なるほどな、『"守る"はその行動を以て示す。"責任"はその在り方を以て示す。"自覚"は常に忘れずに心に置く。"意思の人"』――か」
エントランスに並んだ言葉のうち一つが、ふと浮かんで来た正巳だったが、まさかこの言葉の主がルガール大統領の父親の物だとは、夢にも思っていなかった。
その後、ジョルバンと女性の話を掘り下げていた正巳だったが、思った通りそれ程深くは根が無かった。きっと、"女好き"と言うのは、分かり易くダメな奴を演じる格好の隠れ蓑なのだろう。
「そうか、俺はニーソックスの、あの境目のぷにっとした部分がたまらないと思うんだがな」
「……はぁ、あ、いやそうですね。私も好きですよ、あのぷにっとしたのですよね!」
「だよな、それじゃあ首筋のラインについてはどう思う?」
「えっ……いえ、そうですね……、はぁ……」
色々と振り切った話を振っていた正巳だったが、廊下の端から迎えが来るのを確認した。
「よし、それじゃあ行くか!」
それ迄、必死に取り繕ていたのだろう。あっさりと切り替えた正巳に、ジョルバンは何処か哀愁を漂わせていたが……その後、一人になった廊下で小さく呟いた。
「俺も潮時かな」
このホテルは国連本部の近くにあるらしく、『時間ギリギリまで寛げます』と言う事らしかった。心遣いに感謝しながら、そのまま最上階のレストランへと向かった。
途中のエントランスには、言葉の彫られた大理石が並べられていたが、聞いたところ『何か業績を成した人の名言が掘られている』と言う事だった。
端から見ていると、マムが訳してくれたのでなるほどなと聞いていたが、どの言葉にもその言葉を残した偉人の"名前"が書かれていないらしかった。
理由を聞くと、『後世の"評価の付け直し"によって消されない為に』と言う事だった。その代わりに、其々が"○○の人"と言うように、二つ名付けされているみたいだった。
その後、最上階に着いた一同は、貸し切り状態のレストランから景色を堪能していた。
ここで、サナのハンバーガーに応える事になったが……三十分後。一通り食事を終えた一同がそこにいた。
……未だに食べているのは、二人だけだ。
「美味しいなの!」
「美味しいけど、これ以上は――げふっ」
サナとジロウの前には皿が、十数枚積まれている。
この皿は、これ迄出て来た料理のものではない。
「おかわりなの!」
「……もう無理だぜ」
そう、積まれていたのはお代わりしたスイーツの皿だったのだ。既に十四、五皿目に手が届いたところだが、苦笑を通り過ぎて心配そうな顔をした給仕が、こちらを伺ってくる。
そりゃそうだろう。
大人の男性で且つ、それなりの量を食べるジロウでさえギブアップしているのだ。
心配そうな給仕に、苦笑を返しながら言った。
「サナ、次で最後にしておけよ」
「もっと食べれるなの!」
確かにまだ余裕がありそうな雰囲気はある。
しかし、これ以上を許すと際限ないだろう。
サナの口に、キャラメルが付いているのを確認しながら言う。
「ほら、腹八分目って言うだろ?」
「仕方ないなの」
……どうやら、ある程度満足してはいたらしい。
大人しく頷いた事に安堵しながら、給仕の男に頷く。
「すまないが、もう一皿頼む」
「かしこまりました」
静かに下がって行くのを見送った後で、サナの口元を拭ってやった。
「よし、これで綺麗になったぞ」
「ありがとなの!」
お礼を言ったのはサナだったが、その隣にいたサクヤが何故か隣に歩いて来る。
「……」
「……ほら、これで良いか?」
サクヤの口元も拭ってやると、満足したらしい。
「うん」
短く答えたサクヤに、思わず手が伸びる。
反射的にサクヤの頭を撫でた正巳だったが、サクヤは心なしか嬉しそうにしていた。対して、それを見ていたサナも頷くと言った。
「うんー!」
「はいはい……」
仕方なくサナの要求に応えてやると、それは嬉しそうにしていた。
一応、この場にはルガール大統領を始めとした面々もいる訳だが……どうやら、気になるのはサナの胃の不思議についてらしかった。
「……あれだけの量が、小さい体の何処に行ったのかは世界七不思議の一つね」
「そうね、あれだけハンバーガーをお代わりした後に、これだけなんてねぇ」
ルガール大統領に相づちを打ったのは、アッシュブラウンの髪をした髪の長い女性。この女性は、スイス連邦参事会の内の一人で、連邦に七人いる連邦参事の一人だった。
ここスイス連邦では、七人いる"連邦参事"から大統領が選ばれる。
ただ、他の大半の国と違うのは、大統領とイコールで国家元首でない点だ。トップとなったからと言って、権力を持つ訳では無いのだ。
談笑する連邦トップ達の様子を見た正巳は、一人呟いた。
「なるほどな。権力の集中が無いからこその雰囲気か……」
確か、以前酒の席でアブドラが『国の数だけ政治の種類があるし、往々にして学ぶべき部分もある』――と言っていたが、確かにその通りなのかも知れない。
流石に、そのまま他国の方法を組み込む訳にはいかないが、何かしら参考になる事はあるだろう。
――その後、談笑する一同と、寛いだ様子で過ごすミン達を確認しながら、窓から見える街並みを眺めていた。そんな中、通訳の男はと言うと……
初めの内は、懲りずにマムへと熱視線を送っていたが、カイルに注意されてようやく諦めたらしかった。そして、終いには女性給仕へと色目を使い始めたので、可哀想に感じて言った。
「マム、少しだけで良いから相手をしてやってくれ」
「……正巳様がそう言われるのであれば」
頷いたマムは、静かに席を立つと通訳の男の隣へと移動した。
◇◆
隣に座ったマムに驚いたのだろう。
口を丸く開けた後、半月型にニヤケさせた男が言う。
「おっ、やっと来てくれたんですね!」
嬉しそうにする男だったが、マムの言葉に目が点になる。
「仕方なく」
「えっ!?」
一々大きなリアクションを取る男に、若干煩わしそうにするも、少し考えたマムが呟く。
「さて、そうですね……」
一瞬正巳へと視線を向けたマムだったが、直ぐに向き直る。
「それじゃあ、男の人が喜ぶ事を教えて下さい」
マムの言葉を聞いた男は、それ迄の困惑した表情など何処へやら。満面の笑みを浮かべると話し始めた。その内容は、初めはちょっとした気遣い程度の内容だったが、次第に下世話な内容まで踏み込んでいた。
「勿論ですよ~それじゃあ、手をつないだ事は……あると。それでは、腕を組んだ事は――」
――少し離れた場所で様子を伺っていた正巳だったが、マムを行かせたのは失敗だったかと思い始めていた。実際、この心配は"実害"となって数日後表れるのだが――
「まぁ良いか……」
そう呟いた正巳は、運ばれて来た珈琲の香りを楽しむ事にした。
◆二時間後◆
ルガール大統領と副大統領の二人は、準備があるという事で先に出発していた。
案内として残ったのは、アッシュブラウンの髪色をした女性と、通訳の男だった。どうやら、女性は外交の担当参事(大臣と同等)らしく、話の中で幾つかの話を聞けていた。
「――と言う事は、安心頂けたという事でしょうか?」
「ええ、そうですね。凡そ、その心配はなさそうと言う事だけは」
どうやら、わざわざ国の指導者達が集まったのは、正巳がどんな人間なのかを探りに来たという面が強かったらしい。
どうして、そこまでして……と気になった正巳だったが、幾つか心当たりも有ったのでこの件はこれ以上掘り下げない事にした。
……アブドラにしても、別名"世界大使館"と呼ばれるホテルとにしても、正巳の"傭兵"としての顔にしても――色々と下手に突いて蛇が出て来たら、それこそ面白くない。
「一先ず、良かったと思っておきます」
そう答えた正巳だったが、時間になったら再び呼びに来ると言うので、用意してくれた部屋でゆっくりと寛ぐ事にした。
部屋へと向かった正巳達だったが、部屋までついて来た通訳の男ジョルバン(いつ名乗ったのか、知らない内に覚えていた)に、流石に部屋の中までは遠慮してくれと断っていた。しかし――
「それでしたら、部屋の外で良いので待たせて下さい!」
通訳のジョルバンは、どうやら"滞在中は通訳として付きっきりになる"のが仕事らしかった。そうしないと給料が出ないと言う話だったので、仕方なく部屋の外で待つ事を許した。
「サナ、そのイス持ってどこ行くんだ?」
部屋に入った後、サナがイスを手に歩き始めたのでどうしたのかと聞くと、どうやらジョルバンに持って行くつもりらしかった。
「座らせるなの!」
「あぁ、座って貰うのか」
サナの強圧的な言い回しに苦笑しながら、頷いた。
「そうだな、置いてあげると良いかもな」
「そうなの!」
イスを手に歩き出したサナだったが、それを見たテンがドアを開けてあげていた。
それ迄ずっとミンに付きっ切りだったテンだが、どうやらミンに『演説の練習をするから』と追い出されたらしい。隣の部屋では、ミンとカイルが二人でスピーチの最終確認をしていた。
隣の部屋が気にはなったが、任せた以上信頼する事にした。
「座るなの!」
「へっ? ……あぁ、嬢ちゃんありがとうねぇ」
廊下から聞こえて来る声を聞きながら、小さな声でマムに聞いた。
「ジョルバンは黒か?」
正巳の質問にマムが頷く。
「間違いありません」
「そうか……でも、ガムルスでは無いな?」
マムの断定は、通訳のジョルバンがスパイである事を示していた。
しかし、問題なのはどこのスパイなのかだ。
これがガムルスであれば対処が必要だが、他国であれば想定内だ。
若干緊張したが、マムが肯定した事に安堵した。
「よし。そういう事だから、二人とも監視を頼む」
それまで寛いでいたジロウとサクヤだったが、自然な調子で始まった正巳とマムの会話に、瞬時に緊張体制をとっていた。
「「了解」」
それ迄が、あまりにのんびりとした雰囲気だったからだろう。緩み切っていた二人だったが、気合いを入れ直すかのようにして、集中し始めた事には感心していた。
「……さすが、生き抜いて来ただけはあるな」
それこそ、この切り替えの素早さと質に関しては、二人の方が正巳より遥かに勝っていた。
ジロウが、それとなくサナの隣に移動したのを確認した正巳は、マムにひっそりと聞いた。
「それで、ジョルバンの主人は誰だ?」
既に、その雇い主までを掴めている――それを前提にした質問だったが、その前提が違える事は無かった。数舜後にマムが口にしたのは、ある意味"真正面から"とも言える内容だった。
――ルガール大統領その人です。
どうやら、ルガール大統領は私費で"ジョルバン"を雇っていたらしかった。
本来、スパイされていたとなったら、憤慨するところなのだろう。
しかし、正巳はその姿勢に尊敬の念を覚えていた。
「なるほどな、『"守る"はその行動を以て示す。"責任"はその在り方を以て示す。"自覚"は常に忘れずに心に置く。"意思の人"』――か」
エントランスに並んだ言葉のうち一つが、ふと浮かんで来た正巳だったが、まさかこの言葉の主がルガール大統領の父親の物だとは、夢にも思っていなかった。
その後、ジョルバンと女性の話を掘り下げていた正巳だったが、思った通りそれ程深くは根が無かった。きっと、"女好き"と言うのは、分かり易くダメな奴を演じる格好の隠れ蓑なのだろう。
「そうか、俺はニーソックスの、あの境目のぷにっとした部分がたまらないと思うんだがな」
「……はぁ、あ、いやそうですね。私も好きですよ、あのぷにっとしたのですよね!」
「だよな、それじゃあ首筋のラインについてはどう思う?」
「えっ……いえ、そうですね……、はぁ……」
色々と振り切った話を振っていた正巳だったが、廊下の端から迎えが来るのを確認した。
「よし、それじゃあ行くか!」
それ迄、必死に取り繕ていたのだろう。あっさりと切り替えた正巳に、ジョルバンは何処か哀愁を漂わせていたが……その後、一人になった廊下で小さく呟いた。
「俺も潮時かな」
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