『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

236話 遥か高度の貨物室

 貨物室へと繋がる通路へと抜けた正巳とサナだったが、その直後襲撃を受けていた。

 その結果――

「動かないなの?」
「大丈夫だ、気絶してるだけだろう」

 襲撃者は、サナの強烈な当て身によって意識を刈り取られていた。気絶した後、正巳によって邪魔なフードや諸々の道具を剥がれたは、下着に緊急用パラシュートを着けられている。

 フードは、落下の際に意図しない気流の煽りを受ける事がある為、安全を考えて脱がしたのだ。襲撃者の安全に配慮するなどおかしな話だが、せっかく手間をかけて逃がしたのに死なれなどしては後味が悪い。

 ただ、そのお陰で隠し持たれていた小型爆弾や、紙繊維で作られたナイフなどを回収する事が出来た。情けは人の為ならずとは、この事だろう。

「ほんとなの、動かないなの……ぷよぷよしてるなの」

 頬っぺたや胸部をつついているサナに苦笑しながら、マムに通信を入れる。

「マム、貨物室の非常ゲートを開いてくれ」
『了解しました』

 非常ゲートのロックが解除されるのを確認する。

「よし、解除されたな」

 確かに解除されたらしく、それまで点灯していなかったボタンが点いていた。
 これで、後はボタンを押せば脱出口が開くだろう。

「起こしていいぞ」

 正巳の言葉に頷いたサナは、少し息を吸い込むと殺気を放った。すると、殺気を向けられた女はビクッと痙攣して目を覚ました。

 ほんの数舜、状況が読めないような表情を浮かべていたが、直ぐに自分のおかれた状況を理解したらしく咄嗟にこちらに構えをとって来る。そして……

「クッ――ガムルスに栄光あれ!」

 そう叫ぶと、自分の腰のあたりを探るが……残念、そこに求めている物はない。先程フードを脱がせた時に一緒に回収した。絶望的な顔をした女に、罠を仕掛ける事にした。

 この女は、恐らくそれなりに出来る。だからこそ――

「クッ、死ね――!?」

 ――引っ掛かる。

 一瞬、非常ゲートのボタンへと視線を向けた正巳だったが、その瞬間に飛びかかって来た。しかし、これは敢えて作った隙だった為……

「よし捕まえた。サナ、開けてくれ!」

 突き出された腕を掴んだ正巳は、そのまま体をひねり女を抑え込んでいた。

「分かったなの!」

 応えたサナがボタンを押す。

『"ゴオオォォォォォォ……"』

 飛行中なのだ。そんな中ドアを開けば、当然風を切る音も爆音となる。
 音にかき消されないよう、大きな声で言った。

「リベンジはいつでも歓迎だぞ!」

 正巳の言葉に戸惑った表情を浮かべていた女だったが、拘束を解こうともがき出した。そんな女を抑えながら、自由にした手でパラシュートの紐を握らせる。

「引けば開くからな」

 そう言った正巳は、女を非常ゲートから落とした。

 一瞬、凍り付いた女の顔が見えたが……パラシュートを背負わせているのだ。後は、自分でどうにかするだろう。

 女が落ちていくのを見送った後、再びボタンを押すとゲートが閉じた。

 その後、何事もなかったかのように本来の目的地――貨物室へと向かった正巳だったが、ふと思い出して気になった事があった。

「なぁ、さっき俺が叫んでたのって、もしかして翻訳されてなかったり?」

 正巳の問いに対して数秒の間があったが、答えがあった。

『……はい。残念ながら、パパが装着している"小型翻訳機"には、そこまでの出力で"翻訳音声"を出力する力はないので……』

 申し訳なさそうに言うマムの声を聞いて、若干恥ずかしくなった。

「という事は、伝わりもしない言葉を大声で……」

 しばらく頬が熱かったが、いつまでも引きずる事でもないので割り切る事にした。

 その後、梯子を下りたり扉を抜けたりした二人だったが、ようやく貨物室へと到着していた。そこには、中型のコンテナがバランス良く積まれていた。

 その貨物の中に、コンテナの外装をしていながらも塗装が異なるものがあった。確認しようと近づいたところ、センサーが反応したのか扉が開いた。

「……中は、俺の部屋と似てるな」

 中を見ると、ちょっとしたリビングのような配置になっていた。

「あ、ゲームもあるなの!」

 サナの言う"ゲーム"はVR訓練機の事だ。元は今井さんが言ったのが切っ掛けだったが、今では殆どの子供達がこの訓練装置の事を"ゲーム"と呼んでいる。

「そうだな、今の時間は誰もログインしてないだろうがな」

 時刻が既に21時を回っている事を確認して言ったのだが、どうやらそれでも構わないらしかった。

「やるなの!」

 元気に言ったサナに頷いた。

「それじゃあ、一時間交替な」

 その後、サナが訓練する様子をモニターで確認しながらストレッチを始めた。

 途中、アブドラから連絡があった。

 用件を聞くと、どうやら前に貰うと約束した"報酬"の一部を、明日持て行く・・・・という事だった。一応、そのリストを確認した正巳だったが、その大半は特に問題ない植物の種子やそれに類するものばかりだった。

 ただ、一点だけ心配になる事を言われた。

『それでだ。グランズキャットなんだがな……賢い動物なんだが、知らない相手には中々懐かないんだ。籠か何かがあれば良いんだが、もし無ければこちらから持って行こうか?』

 既に出発した後だったので、頼む事にした。

「そうだな、よろしく頼む」
『なに、良いんだ。それより明日はいよいよだな!』

「ああ、そうだな」
『これで、大手を振るって我が友との関係を公にできるな!』

 嬉しそうに言うアブドラに言った。

「そうだな……だが、一先ずは明日終えてからにした方が、何かと良いと思うぞ?」
『む、そうか? うむ、早い方が良いと思っていたが……そうしよう』

 きっと、単に"タイミング"の事を言っているのだと、そう勘違いしたのだろう。実際は、既に伝えている"宣言"だけでなく、もう一つ大きなイベントが有るからなのだが。

 ――"宣戦布告"というイベントが。

 その後、軽く世間話をしていた二人だったが、訓練機に籠っていたサナが出て来た。

「お兄ちゃんの番なの!」
「ああ、そうだな。――という訳で、明日はよろしく頼む」

 アブドラに通信終了の合図を送った。

『うむ、我も楽しみにしているぞ!』

 応じたアブドラだったが、それを聞いたサナが"あ、わかったなの!"とばかりに口を開いた。

「たのしみ? ……あ、戦s――」

 嫌な予感が走った正巳は、サナがみな迄言い終える前に口をふさぐと、通信を切った。

「という事だ。それじゃあな!」
『えっ、おいそれは重要な事なんじゃ――』

 危ない処だったが、ギリギリセーフだろう。

「どうしたなの?」

 不思議そうな顔で見上げて来るサナに、苦笑した正巳は答えた。

「いや、何でもないさ」

 明日には公表する事なのだ。最悪アブドラ相手には漏れても問題ないとも思ったが、その先を読んだアブドラが何か行動を起こさないとも分からない。

 サナには口止めをしていなかったが、簡単に説明だけはしておく事にした。

「"宣戦布告"と言うのは中々デリケートな問題だから、正式に発表するまでは隠しておきたいんだ」

 そう言って説明した正巳だったが、どうやらサナにはいまいち分かっていない様子だった。そんなサナに、分かりやすい例えを話す事にした。サナと言えば"ハンバーガー"だから……

「まぁそうだな。ほら、普通のハンバーガーだと思って食べて、思ってた三倍ぐらい美味しかった時は嬉しいだろ?」

 よく分からない例えではあったが、要はそれだけ重要な内容だと伝えたかった。

 正巳の例えを聞いたサナは、首をひねって想像していたみたいだったが……

 頷くと、手を上げて言った。

「分かったなの! ……じゅるっ」

 口の端に涎を垂らしそうになりながら言ったサナに、頬を緩める。恐らく、中身はそれ程理解してはいないのだろう。

「そうだな……向こうに着いたらハンバーガーにするか」
「するなの!」

 即答したサナに頷いた正巳は、訓練機にログインを始めた。

 ◇◆

『それじゃあな!』

 通信が切られた後、何度か掛け直したが繋がらなかった。

「うむ、あのちびっ子が口走った言葉がキーか……」

 何を洩らしそうになったのか、一体明日何が起ころうとしているのか。それ等が気になって色々考えていたアブドラだったが、一向に思い当たる節が無かった。

「ううむ……もしや、国際社会の場で我との関係――"親友"である我を紹介しようとでも言うのか? それとも、我の冒険を記録した作品を世に発売を――……」

 色々と妄想が広がり出していたアブドラだったが、側に控えていた護衛ライラが言った。

「それは無いかと思いますが……そうですね、確かに気になる所ではあります。何があっても対応できるよう、改革に回しているリソースを"対応準備"に回しましょうか?」

 改革、正しくは国政改革・・・・――これは、アブドラが国王になった日に国民に対して宣言した事だ。今問題のある部分を良い方に改革して行く、これ自体は何でもないように聞こえるかもしれない。

 しかし、国という規模で変えようと思えば、大変な労力と資源を必要とするのだ。

 ライラの進言した事は、一刻も早く国を変えたいと言うアブドラの思いに、ブレーキをかける内容だった。常に従順なライラにしては珍しい進言だった。

 しかし、それだけアブドラの通信相手――最近"ハゴロモ"という国を興した男の、"重要度"が高い事を表した"結果"でもあった。

 護衛にして秘書となった女"ライラ"の忠実な事を、アブドラ自信良く理解していた。そこで、その言葉を受け止めると、自分自身感じていた"何かある"という感に従う事にした。

「そうだな。何が起きても良いよう、リソースの半分を資源管理と外交対策に充ててくれ。あとは、各種必要と思われる対応をするように通達を送ってくれ。至急でな」

 ――この時、深夜へと差し掛かり始めていたグルハ王国だったが、王令によって招集された面々によって急遽対策が練られる事になった。

 指揮を行う事になったのは、国王直属の部隊だった。まだ何事も起きていないと言うのに、何に対してなのかも分らぬ対応を急ぐその姿は異常だった。

 一部、指揮に任命された者の中には、それ程賢明ではない者の姿もあったが、その差はちょっとした認識から来ていた。その差とは――

 ハゴロモと言う国、そしてその君主たる男"国岡正巳"という男を、知っているか否かにあった。男とその伴われる存在達、それらが可能な事を認識していた面々は真剣だった。

 いづれ、大きな流れを生む事になる"きっかけ"と、世界が変容する事になる"きっかけ"とが、静かに、そして確実に近づいていた。

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