『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

229話 迂闊なクーエル

 朝食を終えた正巳達は、話し合いの為に集まっていた。

 声をかけたのは、当日同行する予定のメンバー(ミン、テン、カイル、サナ)に加えて、拠点に残るメンバーの内、責任を担っている面々だった。

 また、ハク爺一行は既にハゴロモの身内扱いの為、話し合いの場に呼ぶのは当然として、正式に同盟関係にある革命軍も招待していた。

 参加するメンバーを指定しなかった為か、前回参加したメンバーと一部替わっていた。ただ、交替していたのは一部であり、ほぼ見知った顔だったので軽い自己紹介に留めた。

 革命軍から、正式にミンをその"革命の顔"として立てたいと話して来たが、それを正巳が却下していた。確かに、ミンの出自や経歴を鑑みれば確かに言いたい事は分かる。

 だがそれでも、可憐な少女を掲げる事で社会からの後押しを受けようとする、その下心が透けて見えて論ずるまでも無い話だった。

 何より、ミンは"ハゴロモ"の大切な一員だ。

 若干殺気立っているテンを視界の端に抑えながら言った。

「――と言う事で、却下する」

 集まった早々、気を逆なでする提案を受けた正巳は、静かに且つハッキリと言い絞めた。

「うっ、しかしそれでは……」

 正巳の言葉を受けて尚、食い下がろうとする年の若い男――とは言っても、正巳と同じくらいか少し下程度だろう――に言う。

「クーエルだったか? はっきりさせておくが、責任を取るのは大人。表に立つのはその覚悟の表れだ。百歩譲って、ミンがそちらの所属だったら判断は任せるがな……生憎、ミンはこちらに属している。それにだな、そもそもやり方が旧時代的なんだ。可憐な少女を闘いの矢面に立たせると言うのは、それこそ世紀をまたぐほど古いやり方で――……」

 段々と熱を帯びて来た正巳は、脇でそっと様子を見ていたカイルには気が付かなかった。

 ◇カイル視点◆

 ――昨夜、カイルはこの若者に提案を受けていた。

「カイルさん、話があります」

 この若者は非常に賢い男で、早い段階で革命軍に加わったと言う男らしかった。どういう形になるかは分からないが、革命が成った後、恐らく国政に関わるであろうと予想していた。

「どうしたんだい、クーエルくん?」
「はい。我々の革命の旗印の事ですが、良い考えがありまして――……」

 その提案と言うのは、他でもない"ミンを掲げての革命"だったのだが、カイルは考える間でも無く却下していた。だが、その判断を口にする寸前で踏みとどまっていた。

 カイルが革命軍に参加しようと思ったきっかけは、ミンという少女が革命の徒を集め"革命軍"を指揮している――そう噂で聞いたからだった。

 実際は、正巳によって派遣された傭兵団"ホワイトビアド"一行が、ミンを救出していただけだったのだが……。何は兎も角、確かにミンの存在がカイルの行動に影響を与えていたのだ。

 興奮して話すクーエルに、相づちを打ちながら言った。

「うん、君のいう事も分かる。でも……そうだね、君と同じくらいの年齢で立派に率いて・・・いる方に提案して見ると良いよ。明日にでも、その機会を作って貰えるようにお願いしてみるから。そこで直接ね」

 カイルの言葉に食い気味に反応する。

「え、良いんですか?」
「許可が下りたらだけどね」

 クーエルは、少し考えながら言った。

「確か私と同じくらいの年齢ですよね」
「そうだね。それでいて立派に率いているよ」

 若干煽り過ぎたかなとも思ったが……そんな事を気にする素振りも無く、まるで、既に自分の思う通り事が進んだとでも思っているような。そんな表情を浮かべているクーエルに内心苦笑した。

(背負うモノのある本物に触れたら、少しは変わるかな。優秀な事には違いないはずだから、正巳様に少し鍛えて頂ければ……っと、あんまり下手な事していると、私が怒られますかね)

 その後、上機嫌なクーエルと話していたカイルだったが、クーエルがミンを軽んじる場面が何度かあり、その際はしっかりと訂正させていた。

 その翌日、思いがけずその機会が回って来た訳だが……

 内心、クーエルが不用意な事を言って正巳を激怒させないかヒヤヒヤしていた。多少であれば良い薬になるだろうが、下手すると致命的になりかねない。

 ――そして現在。

 自己紹介して早々話を切り出したクーエルは、正巳に説教を受けていた。

 これは、途中でミンの事を"丁度良い"発言したからであり、その後正巳に指摘されて焦ったのか、まるで"便利な道具"であるかのように扱ったのがその引き金だった。

 どうやら、昨夜カイルが指摘した程度では直らなかったらしい。

 しかし、原因であるクーエルがそうであるならまだしも、正巳が口を開く度に何故か、カイルの心臓が早まって行き――

「……――であるから、そもそもその席には責を果たすべき者が着くべきだ。……そう思いませんか――カイル・デルハルン代表?」

 ――その正体が分かった。正巳がクーエルに話しながらも、ずっとこちらに何らかの方法でプレッシャーを与えて来ていたのだ。何となく、心臓を触られているような感覚すらある。

 正巳の前で固まってしまったクーエルを見ながら、口を開いた。

「仰る通りです。それと、私は代表に座った訳ではありませんが――」

 そう言いながら、他にも一緒に来ていた仲間へと視線を向けた。しかし、目を合わせようとすると、何故か目を逸らされたり逆に大きく頷かれたりして困ってしまった。

「……そうですね。ここは、私がその責を負わなくてはいけませんかね。ともかく、その辺にして頂けると、クーエルくんも正気を保っていられると思うのですが」

 言いながら、泡を吹きかけていたクーエルに憐れみの視線を送った。

 カイルの言葉を聞いた正巳は、ようやく気が付いたらしく慌てていたが、その後クーエルからの"不用意な発言"に対しての謝罪を受け、苦笑していた。

 何となく、この正巳と言う男であればまだ大人な対応で済む気はしていたが、その脇でこちらを睨んでいる少年(褐色の肌をした見た目から同国人と思われる)が出て来ていれば、ただ事では済まなかった気がする。

 ……ともかく、問題が大きくなる前に収束してよかった。

 また、曖昧な状態だった革命軍の代表だったが、思わぬ流れでカイルが就く事になった。

 正巳が国連の会合に同行させるとした面々の内には、自分以外にはテンとミンの他にその"候補"が存在しなかった。そのため、何処か可笑しいとは思っていたのだが……

 どうやら、正巳は初めから自分を代表として扱っていたようだった。

(……何にしても、自分は全てをこの男に委ねた身だ)

 今更どんな責任の求められ方をしたとしても、カイルには拒否する理由が無かった。

 改めて気合いを入れる事になったカイルは、早速同盟の代表者として言った。

「時間を使わせて申し訳ありませんでした。何かペナルティがあれば私が受けます」

 覚悟を持って口にしたカイルだったが、正巳の対応は実にあっさりしたものだった。

「特に必要ない。それよりも、ミンとテンにも証言を頼んでいるが、カイルもスピーチを練習しておいてくれよ。恐らく、今回の件では幾つも無い重要なイベントだからな」

 そう言った正巳は、カイルを見て頷くと全体へと視線を戻していった。

「さて、少し時間は過ぎたが……始めようか」

 全員が揃ってから既に三十分以上が経過していたが、その間正巳とカイル達のやり取りを見守りはすれど、口を挟む者は居なかった。

 これはそこに居た其々が、正巳のしている話が重要である事を理解していた事もあったが……それにも増して、正巳の放っていた威圧プレッシャーが強烈だったのだ。

 そんな中、一つだけその場にそぐわない光景があった。

 正巳の隣の席を確保している少女と、その膝の上に乗った小さな白いネコの姿だ。

 話しかける少女と、それに小さく鳴いて答える白い子猫。

 傍から見ると心を和ませる光景だったが、それが良くなかったのかも知れない。

 給仕から貸してもらったハンカチで口元を拭ったクーエルが、少女を見て言った。

「なんでこんなガキが――」

 正義の目を持ってはいるが、プライドが高く自尊心も高い為だろう。
 正巳から叱責を受け、正常な思考をしていなかった。

 この場に居ると言うだけで、その意味が分かって然るべきだったのだが……迂闊だった。

 正巳が口を開いた為だろう。
 静まり返った中、クーエルの声が静かに通った。

「ガキが来る場じゃないだろう」

 その瞬間、カイルは頭から血の気が引いて行くのを感じていた。

 正巳を追ったカイルの目には、想像とは違った光景が映っていた。そこには、まるで『やってしまった』――とでも言うかのように、額に手を当てた正巳がいた。

「あの――」

 正巳が何かする前ならまだ間に合う。
 ――そう思ったカイルだったが、口を開く前に正巳が言った。

「マム、悪いが外で休ませておいてくれるか?」

 対して、後ろに控えていた少女が口を開いた。――この少女は、いつも正巳の隣に居る事で知っていたが、力も強く頼りにされているみたいだった。

「分かりました。それでは、気が付き次第再びご案内しますか?」
「いや、その必要はないだろう。用事は既に済んでいる筈だしな」

 正巳の言葉に一礼した少女は、イスに倒れ込んでいた・・・・・・・クーエルを抱えるとそのまま部屋の外へと出て行った。

 ……何となく異常な・・・怪力な気もするが、そもそもがこの場所に来てからずっとおかしい事ばかりなのだ。少し力が強い事くらいでは、今更一々驚かなくなっていた。

 それよりも、どうやら間に合わなかったらしい。

 気絶したクーエルが運ばれて行くのを見送っていたカイルだったが、一つだけ疑問が残っていた。その疑問と言うのは、何故クーエルが気絶したかなのだが……その答え合わせも直ぐにあった。

 聞こえて来たのは、正巳の言葉と少女の声だ。

「サナ、一般の人に殺気を贈ったら・・・・だめだぞ?」
「分かったなの、なるべく・・・・気を付けたいの!」

 ……何となく、送るという字の意味が違っている気がしたが……どうやら少女がクーエルに対して何かしたらしい。何をしたかは分からなかったが、同盟を組んでいる相手としては頼もしい限りだった。

 その後、有名な傭兵団"ホワイトビアド"の面々が、少女に『ピンポイントで殺気を送るとか、どうやってるんだ』とか『本当に強い。さすが弟の右腕』とか言っていたが、その盛り上がりもそこそこに、正巳が口を開いていた。

「さて、ハプニングは有りましたが、本題に入りましょうか」

 そう言って一呼吸置いた後言った。

「こうして集まって貰ったのは、他でもない開戦後の行動計画について――……」

 最初の内は、外に運ばれて行ったクーエルが気になっていたが、直ぐにそれ処では無くなった。正巳が話し始めたのは、開戦後の重要な作戦についてであり、一つの決断を求めるものだった。

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