『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

221話 再会 ―同じ瞳―

 挨拶は程々に、部屋へと案内する事にした正巳は、首相を隣に促した。

「ご案内します」

 隣に並んだ首相と歩き始めると、その後ろにハク爺が付いた。

 首相サイドはと言えば、入り口までは二十名近くの護衛が居たのが、中まで付いて来たのは僅か四名だった。首相の他に、秘書と二人の役人も付いて来ていたので、合計で八名だ。

 正巳が一人しか護衛を連れていないのを見て、首相が指示して減らしたらしい。

 護衛には、一人の女性が含まれていたが、その立ち振る舞いは訓練された護衛のそれで、兵士の動きとはまた違っていた。そもそも、戦闘技術と護衛技術は似て非なるモノなので、恐らくこの人達は護衛に特化した訓練を積んでいるのだろう。

「こちらの部屋です」
「おぉ、この中に……コホンッ」

 どうやら心の声が漏れたらしく、小さく呟いていたが、正巳が隣に居る事を思い出したらしく咳払いしてた。そんな様子に(これが演技でなければ良いが、政治家だからな……)と頬を緩めながらも気を抜かない事にする。

「中へどうぞ」

 そう言いながら一歩進むと、扉が開いた。

 部屋に入ると、先輩とデウそして今井さんとユミルが出迎える。

 どうやら、今井さんは間に合ったらしい。

 本人は何事も無かったようにしているが、先輩の表情はやや緊張で硬くなっていた。そんな様子を見ながら、ユミルに(ご苦労だった)と気持ちを込めて頷くと、僅かに目を伏せて礼を返して来る。

 ――その後、簡単な紹介を改めて行った後で、本題に入った。

「こちらが、修正した最終共同事業案になります」
「ありがとうございます。確認致しますので、少々お待ちください」

 目の前では、先輩と今井さんがソファに座り、日本政府側の担当者とやり取りしている。部屋へと案内した際に紹介を受けたが、どうやら二人とも今回の事業に併せて新任した担当者らしい。

 一人は、三谷ミツヤ浩一コウイチ
 起業家で、つい先日自身が上場させた企業から身を引いた所を、ヘッドハンティングされたらしい。曰く、業界では破壊者クラッシャーと言うあだ名が付いているようだ。

 起業家という生み出す職業であるのに、破壊者クラッシャーとあだ名が付いている事が不思議だった。気になって調べた処、どうやら"既存のサービスの固定概念を破壊して新しい価値観を生み出す"事から、このあだ名が付いたらしい。

 飄々とした印象を受けるが、何となく油断できない雰囲気がある。

 もう一人は先輩が書類を手渡した人物で、恐らく先輩がやり取りしていた相手というのは、この男なのだろう。名は、刑部幸秀ギョウブユキヒデというらしい。

 自身で事務所も構える現役弁護士らしく、若い頃は海外で弁護士として武者修行していたらしい。その経歴から他国の法律にも明るく、国家間の訴訟にも尽力する事があると言う事だった。

 その雰囲気から、すでに真面目さがにじみ出ている黒縁メガネの男だが、その好物はずんだ餅らしい。印象通りの和人だった。

 正反対の二人だったが、共通しているのは仕事への真摯な取り組み方だろう。これら内容は、紹介で得た情報に加えマム調べからの情報だった。

 正巳側のメンバーは、皆がマムに繋がった通信装置を耳に仕込んでいる。何か問題があれば、その際は即時連絡が入るだろう。

「さて、我々は奥の部屋で話をしましょうか」

 正巳がそう言うと、それ迄きょろきょろとしていた首相がはにかんだ。

「あ、ええそうですね。双方の益とする為、重要な話し合いをしなくてはいけませんからね。そういう事だから、お前達はこの部屋で待機だ」

 首相がそう言って傍らの男に声をかけると、慌てた様子で男が口を開く。

「それは出来ません。私はともかく、護衛の者を最低でも一人は付けて頂かないと」

 男の名前は服部郡三ハットリグンゾウ
 秘書であるからか控えめだが、常に首相の一歩先を考えて気を使っているのが分かる。首相よりも年上に見えるが、先二十年は現役でいそうな雰囲気がある。

 その様子を見るに、首相も男を信用している事が良く分かる。
 これ以上下手な方向へ話が進まない内に、口を挟む事にした。

「それでしたら、一人……そうですね、それでは女性の貴方と秘書の方は、一緒に来て貰っても構いませんよ。それに、どこか離れた場所に移動する訳では無いので、安心して下さい」

 そう言うと、護衛の女性は驚いた様子だったが、静かに移動して来た。

 移動する際、護衛の内リーダーと思われる男に何やら手渡されていたが、特に害がある物ではなさそうだった為、触れないでおいた。

 秘書の男性も驚いた様子だったが、直接言葉をかけて来る事なく静かに頭を下げていた。

 これは、正巳も護衛の訓練で教えられて知っていたが、マナー的な配慮だろう。要人の中には、国の代表や王族でもない者が直接言葉を交わすと、それ自体が不敬罪になる国があるのだ。

 別に高貴な者でもなく、恭しくされてもただ戸惑うだけだったが、わざわざそれを伝えるのも面倒だったので、取り敢えずは気にしない事にした。

 その代わり、不思議そうにしている首相に説明する。

「専用の部屋が有るので、こちらへ」

 そう言って部屋の奥へと案内した正巳だったが、首相が言う。

「……出口はあちらでは?」
「ええ、ですので"入り口"に案内します」

 正巳が向かっているのは、入ってきたのと反対の方向だ。そこには暖炉のような見た目をしたものがあるが、その横に立った正巳は暖炉に手を付いた。

 この行動自体はただのフェイクだが、見ている者達には(指紋認証か?)と思わせる事が出来るだろう。実際は、マムが壁を開いただけなのだが……。

 見ていると、次の瞬間目の前の壁に細く亀裂が入った。そして、そのまま奥へと凹むと中に入れるようになる。斜め奥に凹んだ壁は、その中に入ると短い廊下になっていると分かる。

「……これは、隠し扉ですか?」

 上から下まで見回した首相に頷く。

「はい。入って少し歩くと、隣に繋がる部屋が有ります」

 この通路はその両脇の壁にも仕掛けがあるのだが、普段は只の壁のようになっている。

 そのまま先に入ると、後に続いて首相と護衛の女性、そして秘書の男が付いて来た。ハク爺は予め打合せていた通り、そのまま向こうの部屋に残っている筈だ。

 数歩進んだ所で、首相が聞いて来た。

「問題ないんでしょうか」

 何の事かと思ったが、おそらく"問題"と言うのは、自分以外の人間が付いて来て問題無いか、と言う事だろう。首相の言葉に頷くと、半分・・本音で答えた。

「ええ、信用しない事には始まりませんしね」

 正巳がそう言うと、首相が頷く。

「仰る通り。お互いに協力して行かなくてはいけませんが、その為には先ず信用を、信頼を深める事からですね。私の方で、今日の事は秘匿させますから安心して下さい」

 そう言うと、後ろに居た秘書と護衛の女性に『他言無用だ』と言っていた。

 その様子を見ながら、正巳は護衛の様子を伺った。

 正巳が女性の護衛を指名した事には理由がある。それは、ミンの所に見ず知らずの屈強な男を連れて行くよりは、女性を連れた方が良いと判断したのだ。

 外面的には変わりないように見えたが、拷問を受けた傷で注意しなくてはいけないのは、心の傷の方だろう。何が切っ掛けで表に出て来るかは分からなかったが、少しでもその可能性は排除しようと思った。

 そして、女性の護衛を選んだのにはもう一つ理由がある。

 それは、女性が護衛の中でも二番、三番手程度に腕が立つであろう事がその理由だ。正巳が指名しても、他の護衛から文句が出ないであろう、そう考えての事だった。

 先輩と今井さんの居る部屋には、デウにユミルそれに加えてハク爺もいる。護衛としての姿勢を崩さない限り、問題は起きないだろう。

 勿論、移動した先で護衛の女性が暴挙に出る可能性も考慮しているが、そちらの心配は不要だろう。女性の事は詳しく知らないが、マムから警告が届いていない事を考えればそれは明らかだ。

 まあ、何かあったとしても即時抑え込む。

 そんな事を考えていた正巳だったが、滑らかに曲線を描く通路の先、そこにある扉へと辿り着いていた。通路側から見ると、扉には若干の隙間が空いている。

「さあ、ここがそうです」

 そう言って扉に触れると、若干開いていた扉が横にスライドした。スライドした扉は、そのまま壁の間に収納されたが、その後には落ち着いた雰囲気の部屋がその姿を現していた。

 扉が開き切った時そこに居たのは、給仕の格好をした白髪の少女が二人と、私服を着た黒髪褐色の少女だった。加えて、その後ろにテンに加えてカイルも居たが、これも正巳が許可した事だった。

「ミンちゃん……なのか?」

 首相が半開きになった唇から呟くと、それを見た少女がスカートの裾をつまみ、ちょこんとお辞儀をした。その様子は、少女と言うよりも既に立派な女性レディだった。

「お久し振りです、カスガおじ様。お元気そうで、今日はお父様もお母さまも居りませんが、どうか私一人でお相手する事をお許しください」

 東寺トウジ春日彦カスガヒコ――首相の名をファーストネームで呼んだミンだったが、その直後、言葉を続けられない程に強く抱きしめられていた。

「ああ、良いんだよ。もう良いんだ、もう大丈夫だ。すまないね、この国で起こった事とは言え、何も出来なくて……悪かった。許してくれ、何もできなかったんだ。報告は上がっていたんだが、それも確証が無い情報で手を出せなかったんだ。すまなかった、もっと早く――」

 その様子を見ていた正巳だったが、落ち着くまでそっとしておく事にした。そしてそのまま、先程から何やら用があるらしい女性の方へと向いた。

「何か用事が?」
「あ、あのこれを……」

 視線を向けていたので何か用が有るのかと思ったが、どうやら予想した通りだったらしい。護衛の女性が差し出して来た物へと目を落とすと、それはスティック型の情報媒体だった。

 それを受け取った正巳は、そのままでは中身が確認出来ないので、後で確認する事にしてしまっておいた。中身に関して心当たりがある訳では無かったが、何となく重要なデータな気がした。

「ありがとう、確かに受け取った」

 そう答えると、何故か微妙な顔で頷く女性を見て(そう言えば仮面を付けたままだった)と思い出した。そこで、仮面を外すと再び言った。

「中身に関しては、後で確認をさせて貰う。楽にしてくれ――と言っても無理なのは分かっているが、少なくともこちら側にそちらを傷つける意思はないからな。安心してくれ」

 幾ら言っても無駄だろう――そう思ったが、正巳の表情を見た女性は思いの他安心したらしかった。その様子を見て、先ほどまでのピリピリとした護衛の空気は、自分が仮面を付けていたせいでは無いかと思ったが、それも仕方ない事だとも思った。

 仮面は、正巳にとっては一種の"象徴"だ。

 この仮面を付けている間は、正巳であって正巳ではない。

 マサミ――ハゴロモの責任を持つ者だった。


 ◆◇◆◇


 すまない、申し訳ない――そう続ける男には、普段の政治家としての面影はなかった。そこにあるのは只、一人懺悔する男の姿だった。

 男の脳裏には、正巳によってもたらされていた報告――あらゆる非人道的な行為及び、自国民の迫害とその一端である人体実験や拷問の証拠。そして、それに関わっていたという者達の顔が浮かんでいた。

 それは、他国と言えど容認できる内容では無かったが、その一端に関わっていた者が、この国の政府中枢にいた事も確認済みだった。

 関わっていたとされる者達の中には、つい先日更迭した元防衛大臣の顔もあった。その他にも、未だ政治関わる場に居座る者の顔もあったが、それ等男達は既に"利用する"と決めた者達だった。

 懺悔の言葉を繰り返しながら、殺された友の事を思い、残された少女を守ると誓う。そして、友とその妻、そしてその娘を犠牲にしてまで守った国――日本の将来を守る事も同時に。

 ――犠牲の上に国は建つ。であればこそ、それを忘れてはいけない。

 既にうわ言の様になっていた懺悔だったが、その懺悔を通して、犠牲にした無数の命がある事、そして自分が政治に関わる者として責任がある事を再確認していた。

 そんな中、少女が言った。

「おじ様、経世済民けいせいさいみんですよ」

 それは、自身で口にしながらも形だけになりかけていたモノ、忘れ掛けていた記憶を思い起こさせる言葉だった。

 男が政治家を目指したのは、国を良い方向へと導きそれによって世界を良くする為だった。

 初心を思い起こさせる一言だったが、それと同時に、政治の世界に於いてつまづきそうになった時に出会った、一人の男の姿を思い出させていた。

(ああ、そうだ。あの時もこの瞳に導かれたんだ……)

 ひどく澄んだ瞳に光を見た男だったが、自身の頬を落ちる雫に気が付く事はなかった。

 その後少しして、自分が何しに来たのかを思い出した男は、ミンに礼を言うと正巳へと振り返った。その瞳は、くすんでいたのが、綺麗な深みのあるものへと変わっていた。

(私の使命は国を良くする事だが、その為には目の前の男が重要になるかも知れないな)

 これは、国岡正巳というイレギュラーと接した結論だったが、それは飽くまで"利益をもたらす相手"としてのものだった。加えて、ミンを助け出した男としての評価はしていたが、これもまた国としての評価では無かった。

 ――と言うのも、正巳達の組織に対して"自治"は認めたが、まさか"国"として独立を国際社会に発信しようとしているとは知らなかったのである。

 この時点における正巳達組織の評価は、ただ"自治を認めた取引先"に過ぎなかった。

 これが、数年後にはまさか協力国としてのみでなく、世界情勢に影響を与える程になるとは夢にも考えていなかったのであった。

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