『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

220話 第二応接室

 昼食を食べた正巳達は、少し休憩を挟んだ上で入り口まで来ていた。

「よし、それじゃあ予定通りに頼むな」

 入り口に並んだ面々にそう言うと、頷いたミンが応える。

「はい。私は、第二・・応接室でテンと共に待機ですね?」

 ミンの言う"第二応接室"と言うのは、通常の応接室の奥にある部屋だ。この部屋は、応接室を通らなくては入る事の出来ない部屋であり、一種の隠し部屋のようになっている。

 今回は、この部屋でミンと首相との面会を行う事になっていた。

 ミンに頷くと、側にいたテンが一礼して移動を始めた。その姿が曲がり角の先へと消えるまで見送ると、そこに残っていたメンバーに視線を回す。

「さて、あとは今井さんを待つばかり……か」

 予定しているのは、日本政府との打合せとそれに伴う拠点訪問だ。

 今回の訪問は、飽くまで"共同事業"に関する調整が名目となっているが、その実は首相から希望のあったミンとの再会が主目的だ。

 ただ、主目的が他に存在するからと言って、今回の打合せが重要でないのかと言うと、それはまた違った話になる。それこそ、将来に渡って見込まれる収益規模としては、国家収益の内一つの柱となるであろう規模だ。

 どこまでを責任範囲にするか次第にもなるが、少なくとも事業利益に関しては、公平な分配を考えていた。

「なぁ正巳。提示する条件に関してなんだが、本当にこの条件で良いのか? ほら、普通に考えると色々譲歩し過ぎな気がするんだが?」

 先輩が手に持った端末を見ながら聞いて来る。

 実は、今日の交渉に先だって、何度か先輩と日本側の担当者との間で打合せをして貰っていたのだが、先輩も正巳が修正した部分を確認したのだろう。

「良いんですよ。確かに、商業的な面から見ると少し怖い位良い話ですけどね。技術の開示は一切しないので、その分の補填のようなモノです。それに――」

 有利な立場であり、その立場からして得られるであろう利益を取らない事には、理由があるのだ。最も、恐らく(日本に限った話でなく)どこぞの国が無理やり技術を模倣しようとする事は、容易に予測できるが……その場合、マムが対処する事になっているので、全く問題ない。

「こうして譲歩を示しておけば、いざと言う時にも強く出られますからね」

「あぁ、そういう事か。結果は同じでも、体裁は重要だったりするからな。そう言った意味では、ここで無理に利益を取りに行かないと言う事も、その先を見据えた"保険"になるのか」

 納得したらしい。

 細かい調整などを進めて来てくれた先輩には申し訳なかったが、最終的には正巳が変更をしていた。一応、他にも修正した部分は有ったのだが、その部分に関しては何方かと言うと今井さんの担当していた部分だった為か、先輩が触れる事は無かった。

「パパ、もう直ぐご到着です!」

 マムの声に頷くと、護衛であるハク爺とデウに声をかけた。

「問題は起きないと思うが、よろしく頼む」

 正巳の言葉を受け、ハク爺がニヤリとする。

「本業だからのぅ、任せておけ!」

 腕を組みながら言うハク爺だが、勿論武器などは携帯していない。勿論、武器を装備する事も可能だが、今回の目的を考えると必要無いだろう。

 なにやら、『あの坊主が、まさか首相を迎える立場になろうとはのぅ』と呟いているが、この『まさかあの坊主が~』のくだりは、最早ハク爺の口癖のようになっていた為、軽く受け流すに留めていた。

「デウも頼むな」

 正巳がそう言って肩を叩くと、若干肩を緊張させたデウが敬礼した。

「ラ、らじゃー!」

 どうやら緊張しているようだが、まさか自分が護衛が二人か付かない内の一人になるとは思っていなかったらしい。少し前に話をした時と全く同じ反応をしていた。

「おまっ、ラジャーは無いだろ~」
「だって、カズ、緊張するヨー」

 滑らかに話せるようになった筈なのに、片言になっている……

「何だよ、そんなにやわ・・なら爺さんに鍛え直して貰うしかないな!」
「えっ、いやいやいや。冗談になってないヨ?」

 相変わらずデウと先輩は仲が良いらしい。

「ほら、今回は組織の顔なんだからな……頼むぞ?」

 ため息を付きながら言った正巳に、次は『ハッ!』と返事したデウを見て、何となく心配だったが(まあ、経験を積むしかない事もあるよな)と結論付けた。

 再び先輩とデウが何やら話し出したが、そちらの会話を聞く暇もなくマムが報告して来た。

「パパ、マスターは直接・・向かうそうです」
「……分かった」

 正巳がマムに答えると、先輩が興味を持ったらしく聞いて来た。

「今井部長は?」
「直接応接室に向かうみたいです」

 正巳の言葉に少し考えた先輩が言う。

「それじゃあ、俺もそうして良いか?」

 そう言ってデウへと視線誘導する先輩。
 どうやら、デウの緊張度合いからの配慮らしい。

「まぁ、そうですね……」

 確かに、思いの他緊張しているデウだ。緊張のあまり変な事をされても困るのはある。それに、今井さんも先輩も、今回関わるのは共同事業の件に関してだ。

 少し迷いはしたが、許可する事にした。

「今井さんが間に合わない以上、仕方ないですかね」
「助かる!」

 破顔する先輩を見た正巳は、何となく(自分が緊張したからなんじゃ……)と思ったが、二人の姿を確認すると、既に視界からいなくなる処だった。

 足の速い事に苦笑した正巳だったが、傍らのハク爺が話しかけて来た。

「のう、今回はワシが護衛と言うのは、サナには言っておるのか?」
「その事か……」

 そう、本来であれば正巳の護衛はサナであり、ハク爺ではない。しかし、前回首相官邸に出向いた時もそうであったが、子供を脇に引き連れて交渉に出かけると言うのは、何かと不都合がある。

 今回は、正巳の拠点に相手方が出向いて来る訳だが、当然取り巻きも同行して来るだろう。全てがそうだとは言わないが、相手方からすれば"子供"が含まれている訳で、重要な場に子供を同席させる事に対して、要らぬ感情を抱かれても仕方が無いと思う。

 回避できる面倒毎であれば回避する。これが面倒が少なくて良いだろう。それに、今回応接室に通すのは一部の人間だけだ。一緒に付いて来るであろう面々に関しては、最初の応接室で待機してもらう事になる。

 ハク爺のどこか心配そうな表情を見ながら答えた。

「実は、サナには"特別な任務"としてミンの護衛を任せているんだ」
「……そういう事なら、大丈夫・・・かのぅ」

 心配そうなハク爺に『ミューも補佐で着いてるから大丈夫だ、たぶん』と答えると、二人して苦笑した。以前、サナがホテルで暴走した時の事を思い出しての苦笑だったが、あれからまだ数カ月も経っていない事を考えると、中々に濃い時間を過ごしていると思う。

 体感では二年くらい経ったような感覚だ。

 談笑していた二人だったが、入り口の外、目視できる範囲に車列の影が見え始めたのを確認して、いよいよ迎え入れの準備に入った。

 今井さんが間に合うかだけ心配だったが、ユミルが護衛兼補佐で付いているのだ。問題無いだろう。それに、最終手段としては直接第二応接室に来てもらう事も出来る。

 本来、応接室を通らなくては入れない第二応接室だったが、正巳と今井のみが使う権限を持っているエレベーター……別名"立体移動箱ボックス"は、施設に存在するあらゆる場所に移動でき、この第二応接室に関してもその移動先として例外では無かった。

まぁ、特別なエレベーターが存在するのではなく、二人が乗って居る場合移動先に、選択できる場所が増えると言うだけだったが……。

「さて、それじゃあお出迎えしますか」

 仕事の時の、隙の無い体を取ったハク爺を見た正巳は、その肩に付けていた仮面を顔に装着すると、拠点の入り口付近に停車した車両から降りて来る人物を目で追ったのだった。

 ◆◇◆◇

 ――正巳が首相一向を出迎えていた頃、その屋上では普段より長めに昼食の時間が取られ、デザートのスイーツまで付いた食事に舌鼓を打つ人々の姿があった。

 その内訳は、保護したメンバーと約半数のハゴロモの子供達だったが、残りの子供達はと言うと地下に存在する訓練施設の一つの訓練設備に夢中だった。

 該当の訓練設備は、数日前までその厳しさから避けられがちだったのだが、昨日行われた大幅なアップデートにより、進んで訓練を受けようとする姿が増えていた。

 アップデートによって追加されたのは、訓練の達成状況に応じて上がる"熟練度"つまり、個々人に紐付けされたレベルシステムだった。

 どうやら、努力の結果が目に見える形で評価される事が、子供達のやる気を掻き立てているらしかった。この制度による成果を確認したマムは、その後既存のゲームシステムとリンクさせた独自のバーチャルリンクシステムを構築する事になるのだが……

 その訓練相手は、訓練を受けた軍人や専門の育成機関などでは無く、コントローラー片手に相手をする一般市民だった。のちに、収益グラフに於いてゲーム部門がその成果を上げ始める事にもなるのだが、その話を聞いた正巳は、しばらくの間冗談か何かだとしか考える事が出来なかった。

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