『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

216話 診断結果

 ふんわりとした温もりに包まれていた正巳だったが、部屋に入って来る気配を感じた。

「にゃおん?」
「もう大丈夫だ、ありがとうな……」

 こちらを気遣ってくるボス吉をもう一度撫でると、気配のした方へと声をかけた。

「マム、どうした?」

 気配にもいろいろな種類があるが、マムの場合は独特なので分かり易い。

「パパ……その、もう大丈夫ですか?」

 珍しくそっとしておいてくれたので、どうしたのかと思っていたが、どうやら自分にもその非がある事を認識していたらしい。しおらしく聞いて来るマムに答えた。

「ああ、まぁ大した事ないさ。そもそも、人間は生まれた時は裸で生まれて来るし、死ぬ時だってなにも持って行けないんだからな!」

 気になどしてはいないと、身振り手振りした正巳だったが……

「ダメです! パパは死にません! いえ、そもそも死の定義を"思考回路の健在"とするなら、永遠に生きる事も可能な筈です。それに、身体に関しても機能不全による問題は、既に研究中で――」

 どうやら、変なスイッチを入れてしまったらしい。

「落ち着け。取り敢えず、俺が今どうかなったら困るのは皆だろうからな、そんな無責任な事は出来ないさ。それに、いざとなったら、マムと今井さんがどうにかしてくれるんだろう?」

 勿論、"死"という逃れられない運命に関して、どうこう出来るとは思ってはいない。これは、話の方向を逸らす"種"であって、単なる話しの"つなぎ"だ。

 正巳の言葉を受けたマムは、頭を数回縦に振った後で興奮気味に『任せて下さい!』と言った。そんなマムを見た正巳は、逸れていた話題を戻す事にした。

「それで、どうしたんだ?」
「はい。健康診断の方が終わりましたので、その報告に……」

 どうやら、予定していた健康診断が終わったらしい。

 ボス吉を抱えたままベットに入ってから、それほど時間が経過していないと思っていたのだが……もしかすると、ボス吉の体は何か、時間認識を曖昧にするような作用を持っているのかも知れない。

 そんな事を考えながら、(ボス吉恐るべし!)等と冗談半分で呟いていた正巳だったが、何やら心配そうな表情を浮かべ始めたマムを見て、思い出した。

「あぁ、そうだったな。聞こうか」

 ようやく正巳がまともな反応を返した事で、マムはほっと落ち着いた様子だった。

「それでは……本日、上層階と下層階にてそれぞれ、健康診断もとい"生体情報パーソナル-細分解析アナライズ"が行われました。その結果、今回保護した内その大半は外皮の再生も進み、外見的にはかさぶたが残る程度となっていました。重要なのは、その内面に関してですが――」

 どうやら、あの円盤状の機械に乗って行う診断は、まさに体の"分析"をしていたらしい。

 続けて言ったマムの言葉は、どれもこれも専門的《テクニカル》な内容が多く、正巳は色々調べたんだな……と言う感想を持つ事くらいしか、出来なかった。

「――と、栄養失調と飢餓が作用した事で、通常起こる事のない"生命維持的部位欠損"や機能部位の不全化が起こっていました。これらに関しては、各種必要な成分を食事に加えて行く事で対策しますが、その為には基礎体力も不可欠でして――」

 そこで言葉を止めてこちらを伺ってくるので、頷く。

「ああ、孤児院から子供達を迎え入れた時と同じく、体力づくりだな」

 以前孤児院から子供達を迎えた時は、まだホテルにいたので楽が出来たが、ここはホテルではない。自分達で、全てをこなさなくてはいけない訳だが、これ迄そのつもりで来たのだ、問題ない。

「そちらはパパが?」

 どうやらマムは、俺が陣頭切って世話を焼くと思ったらしいが、その点に関しては勘違いだ。確かに時々顔を出す必要はあるだろうが、基本的にはテンやアキラ、ハクエンに任せれば事は済むだろう。

「いや、既に任せられるくらい立派になった面々が居るからな。それに、今後の事を考えると俺は"外"にかかり切りになるだろうし、基本的には任せるつもりだ」

 そう、出来るだけ内側の事については、皆に頑張ってもらう必要がある。それに、今回は大人も少なくない数保護したのだ。少なくとも、ガムルスとの問題が済むまでは手を借りる事が出来るだろう。

「なるほど、『使えるものは使え、それがサバイバルさ!』――ですね?」
「うん? ……ああ、そうだな」

 何となく、マムが何か映画のセリフを引用しているのを久しぶりに聞いた気がするが、それに触れると大幅に脱線しそうだったので止めておいた。

(ふぅ……さて、後は視覚や数値で確認出来ない問題についてだな)

 大体の状況が理解出来たので、トラブルの芽が出ていないか確認する事にした。

「さて、今回保護した面々に関しては、凡そ問題なく回復に向かいそうな事が分かった。あとは、生体的な面以外での異常――そうだな、PTSD(Post Traumatic Stress Disorder)なんかの問題はどうだ?」

 PTSD(心的外傷後ストレス障害)とは、何らかの強い精神的ストレスを受けた時、その後遺症として後々影響して来る心の病だ。

 孤児院から保護した中には、狭い部屋にいるとパニック状態に陥る子供が数人いたが、現状では仮想デバイスを装着させるなどして対応していると聞いている。

「はい……その事については、事象でしか拾う事が出来ていないのですが」
「問題ない。確か『些細な違和感が最大の予兆である』――って書いてあったはずだ」

 かつて養父ちちの書斎で読んだ、専門書の文言を思い出しながら言った。

「なるほど、その点で言えばマムはデータを取るのが得意なので、普段との小さな差異を探す事が出来ます。一つ一つ拾って行くと、先ずは"夜泣き"ですね」

 マムが、近くのパネルにその様子を映してくれる。その映像には、十人ほどが寝ている部屋の内数人が嗚咽を漏らしたり、苦しそうにあえぐ姿が映っていた。

「どうやら、寝ている最中に繰り返される記憶が――その"涙"と言う事象を考えるに――当人の精神に負荷をかけている様です」

 正巳がその様子を確認したのを見ると、マムが続ける。

「次は"過食"気味ですね。今は配給される分が、その内蔵機能の回復に併せて、完全に制限されています。その結果、特に問題にはなっていませんが……これは、食欲を補うために水分を過剰摂取している様子です」

 恐らく、摂っているのが水分だからだろう。無理やり止める事はしなかったようだが、そこには水道から出る水をひたすら飲み続ける男の姿があった。

「……なるほど、様子は分かった。やはり、この手の問題は専門家に任せる必要がありそうだな」

 これ以上確認するまでも無く、明らかな"症状"を確認した正巳は、専門家の力が必要だと判断した。何事に関しても言える事だが、その道の"専門家"と言うのは、一日の長いちじつのちょうがあるものだ。

「"専門家"ですか?」
「ああ。いづれと考えていたが、そうも言ってられないからな。どこか丁度良い機会は……」

 考え始めた正巳だったが、どうやらマムが何か考えたらしい。手を上げると言った。

「はい、パパ!」
「何かアイディアか?」

「はい。以前パパに指示を頂いて、国連での独立宣言の後の予定に入っていた件ですが――」

 そこまで言ったマムだったが、何を思ったか言葉を止めた。

「どうした?」
「あ、いえ……その、マスターと少し話してから決めても、宜しいですか?」

 うるうるとさせた目で言ってくるマムを見て、(まぁ必要が解決されるなら問題無いか)と考えた正巳は、承諾した。

「分かった。ただし、世界に不必要な影響を与えるなよ」

 下手したら、何か重要な国家プロジェクトレベルのモノを狙っているのでは無いかと不安に思ったが、『大丈夫ですパパ!』と答えたマムを見て、信用する事にした。

 その後、他に気を付ける必要が無い事を確認して、ふと思い出した事を聞いた。

「ああ、そうだ――」
「はい、パパ?」

 機嫌の良くなったマムに苦笑しながら、『何でもない事だが』と前置きしてから言った。

「それで、保護したメンバーの事は分かったが、ハゴロモかぞくの中では問題はなかったか? ほら、健康状態とか。そうだよ、先輩なんか腕と足を移植してるし、デウだってそうだ。それに、心配なのは――」

 そこまで言って、戻って来るはずのサナの姿が無い事に気が付いたのだが――その瞬間、うなじをゾワリと嫌な風がなぞった気がした。

「サナは大丈夫だったのか?!」

 思わず立ち上がって言うが、マムは冷静に答える。

「はい、サナは無事。それに上原さんやデウ、それに勿論マスターや綾香さん、ユミルも問題ありませんでした。綾香さんやユミルに関しては、若干の"変異"が検出されましたが、どれも問題ありません」

 "大丈夫だ"と言われるのを聞いても、嫌な予感は晴れなかった。

「……で、問題があったのは誰なんだ?」
「はい。それは――」

 知らない内に聴力と視覚を研ぎ澄ましていた正巳は、名前が最後まで伝えられる前に飛び出していた。それと言うのも、最初の口の形で二人に絞られていたが、その最初の音を聞いた瞬間一人に断定されたのだ。

「くそっ、そんな気配なかっただろうが!」

 側にいながら気づけなかった事を悔しく思った正巳だったが、口を閉じると移動速度を上げ始めた。通常、拠点内を移動する際はエレベーターで移動するのが最も早い移動手段だが、正巳が本気を出した時、正巳の足よりも速い移動手段は無かった。

 これは、目的地にエレベーターで移動する際に、上下だけでなく縦横の移動切り替えが入る為だったが、事前に頭に入れていた拠点の図面から、最短距離で移動する経路を瞬時に描いた正巳の頭脳のお陰でもあった。

 正巳は、途中を換気口などを経由しながらも、あっという間に目的地である"地下居住区"まで辿り着いていた。その後ろには、猛スピードで後を追う二つの足音があったが、正巳に続いて到着するまでに数秒の遅れがあった。

 二つの足音の内一つの主であったボス吉は、普段から移動に使っている道に於いて自分よりも早く移動する正巳の姿を見て、より一層努力する必要がある事を感じていた。

 ――自分の役割を果たす為に。

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