『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

214話 食後の運動

 朝食を摂り終わった正巳は、マムに呼ばれるまでの間を食後の運動と、マムからの報告の確認に時間を使っていた。食後の運動は"組手"をしたが、その相手はアキラとハクエンの二人だった。

 どうやら、昨日の間にアキラとハクエンから要望が上がっていたらしく、マムがそれを受理したらしかった。本当はサナと組手をする予定だったが、ハク爺がサナを連れて行ってしまった為、大人しく二人の稽古をつける事にした。

「何処からでも、一人づつでも、二人一緒にでも良いぞ!」

 正巳の言葉に、アキラが一歩出る。

「それじゃあ俺からだな、アニキ!」
「分かった、見せてみろ――」

 正巳が頷いた瞬間、アキラが手に持った模擬小刀を投げた。

「――フッ!」

 小刀を指で掴んだ正巳だったが、アキラが次のモーションに入っているのが見える。どうやら腰には飛び道具を装備して来たらしい。何となく、部屋を訪れてからの動きに違和感を感じていたが、どうやら武器を隠す意図が有ったみたいだ。

「ポスッ!」

 何処か間抜けな音と共に、構えられた拳銃の引き金が絞られたのが見える。構えられた瞬間反応していた正巳は、当然避けた後・・・・に全てを確認している訳だが、当の本人は驚いていた。

「クッッソ!」
「甘いな――」

 再び標準を絞ろうとしたアキラの首元に、正巳はその小刀を当てていた。

王手チェックだ」
「あぁ~~やっぱり強ぇな、アニキは!」

 そう言って、悔しそうにするアキラに小刀を返すと、聞いた。

「なぁ、それ・・は何だ? 拳銃のようでは有るが、引き金を引いても何も出ていなかった気がしたんだが……」

 正巳がそう聞くと、アキラが言った。

「ああ、これはアネキがくれたんだ。なんか、"模擬銃"とか言うらしくて、マムさんがその弾道から計算してうんちゃらかんちゃらって言ってた!」

 ……うんちゃらかんちゃらは兎も角として、どうやら新しい"訓練用武器"らしい。恐らく、計算上"当たった"ら、何らかの反応が出るのだろう。

「なぁなあ! そんな事より、俺どうだった!」

 キラキラした目で見つめて来るアキラの頭に、反射的に手を乗せた正巳は言った。

「ああ、驚いたよ。随分と、実戦的な動きが出来るようになったんだな」

 正巳の言葉に嬉しそうにしているアキラを見ながら、続ける。

「ただ、直線的な攻撃しか出来ない武器を手元に残したのは、不味かったな。接近戦になる事が予想される以上、少なくとも、もう二本は小刀を用意しておくべきだっただろうな。それと、不意は付けたかも知れないが、この場合先制攻撃は速度のある"銃器"が良かっただろうな」

 そう、確かに火薬の爆発力を以って高速で打ち出される銃器は強い。貫通力もあるし、部位によっては即死ともなる。しかし、それ等は飽くまでも"当たる事"と"当てられる事"、そして"仕留められる事"が前提だ。

 前の二つは、反応が早く正確な相手には、当てはまらない事がある。そして、最後に関しては、ことさら体の大きい相手や少々特殊な相手には、当てはめづらい場合が有る。

 例えば、クジラのような大きな動物に対して、手のひらサイズの拳銃を使っても効果は小さいだろうし、即死させる事は難しいだろう。出来たとしても、異常状態に陥らせるか、体力を減らす切っ掛けを作るぐらいだ。

 そして、これに関して言えば、正巳の場合は腹部や腕や足等であれば"再生"する為、頭か心臓をピンポイントで撃ち抜かない限り死なないだろう。……何度か、紛争地帯で"流れ弾"に被弾した事があったが、その全てが数時間後には完治していた。

「――と、まぁ先ずは、武器毎の攻撃軌道である"威力線ライン"を想像して、バランスよく準備する事が重要だな。とは言っても、動きは良かったぞ!」

 正巳の言葉を息を止めて聞いていたアキラは、首を大きく縦に振ると、後ろに下がりながら何やらぶつぶつと呟いていた。

「……えっと、拳銃は真っすぐ飛ぶから、距離がある時は積極的に使って。それで以って、接近戦の場合は出来るだけ使いやすい武器で、隙間なく突けるように……うん? でも、拳銃の玉が真っすぐにしか飛ばないなら、曲がって飛ばせるように訓練するのも――……」

 どうやら、参考になったらしい。

 アキラが下がった所で、ハクエンが出て来た。

「お父さん、よろしくお願いします」

 ハクエンとは、時間を見つけて動きを見ていた事もあって、特別久し振りと言う事でもなかった。いつも通りに五歩ほどの距離でお辞儀したハクエンは、両手を後ろに回すと姿勢を低く取って始めた。

「ムッ――、両手銃か!」

 慎重なハクエンには珍しく、両手に銃を持っていた。普段であれば長刀と小刀のセットか、有っても拳銃と小刀のセットだろう。少なくとも、両手に銃を構えているのは初めて目にする。

「ハァァァアーー!」

 気合十分に叫びながら、ハクエンは構えた銃をこちらに連射して来る。それに対して、正巳は前方への回転と脚力に任せた横っ飛びによって、距離を詰めていた。

「……思い切りは褒めるべきだろうが、もう少し距離を取るべきだっただろうな」

 斜め後ろから、ハクエンの首筋を親指と中指で抑えた正巳は、ハクエンから殺気が消えたのを確認してから、頭をクシャクシャと撫でた。そんな正巳を見上げたハクエンは、ため息を付くかのような表情をして言った。

「そんなぁ、普段と距離を変えると気づかれちゃうだろうし、距離を取ってもお父さんの速度に照準を合わせるのは無理だよ……」

 ハクエンの言葉に笑った正巳だったが、その頭の中ではシミュレーションをしていた。そして、そのシミュレーションの結果はどれも変わらなかった。

 どの程度距離を取られたとしても、その場合はその距離に応じた照準を散らす動きと、距離を詰める動きで接近し、最終的には喉元へと手が向かっていた。

 組手自体は、精々20分程度の時間しか行わなかったが、どうやら二人は十分満足したらしかった。その後、二人から『自分で自分を倒すならどうする?』と聞かれたので、その問いに答えた後マムの報告を聞いていた。

 先日、マムに『秘密は共有する様に』と言ってから、新たに得た情報はその大半の報告を受けるようになっていた。通常であればその情報量からして難しい事ではあるが、端的にまとめられた報告と、寝る必要のない正巳の特性があって実現していた。

「――と言う事で、国連加盟諸国の代表者への根回しは済みました。後は、当日予測される不測の事態を先制して予防して行く事と、可能な限りのメンタルケアをして行く予定です。参加するメンバーの精神状態が、"最適"である事に越した事は無いですからね」

 ……どうやら、諸国の代表者達のメンタル面まで調整しているらしい。

 話を聞きながら頷いていた正巳は、その最後に健康診断の準備が整った事を聞いて、その会場である地上階まで向かう事にした。

 部屋の隅で話していたアキラとハクエンに声をかけると、歩き始めた。


 ◆◇


「準備ができたみたいだから、向かおうか」

 声をかけられた二人は、顔を見合わせると頷いた。そして、それまで話していた話題に一先ずの結論を出す事にした。

「なぁ、結局アニキを倒すには、何らかの未知の物体を用意するか、大規模な爆発に巻き込むかしかないって事で良いんだよな?」

 首を傾げながら言ったアキラにハクエンが頷く。

「うん。お父さんが言ったそのままだけどね……」

 苦笑しながら言ったハクエンだったが、それを聞いたアキラも空笑いすると言った。

「ハハハ……それって、対策も何もできなくね?」
「うん、少なくとも僕らには無理かもね――」

 顔を合わせて肩を組み合った二人は、柔らかい眼差しを向ける男の方へと歩き出した。


 ――そもそも、"倒す理由"なんて無いしね。

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