『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

206話 再会、兄か弟か

 帰還したメンバーを迎え入れた後、全員に検疫と消毒を受けさせていた。勿論対象は全て・・のメンバーだったので、始終集団の世話をしていたハク爺にも、声を掛けた。

「おかえり。大変だったみたいだな」

 出て行った時よりも更に頼もしくなった気のする背中が、丸めていた背を伸ばすと立ち上がった。体の向こうには何やら重量感のあるトランクやら布袋類がある。

 どうやら、向こうから持ち帰って来た装備品類をまとめていたらしい。

「おお、坊主――っと、正巳と呼んだ方が良いんだったかのぅ」

 子供達の居る中、ハク爺の"坊主"というのは流石に恥ずかしかったので、威圧を込めた視線を向けるとハク爺が訂正しながらも頭を掻いていた。そんな様子を見ながら先を促す。

「それで?」

「……そうじゃな。ワシの家族を迎えに行ったまでは順調だったんだが、如何いかんせん嬢ちゃんの方が複雑でな。結局捕まっていた処を助け出す事になったんじゃ」

 ミンが捕まっていた事に関して聞いてはいたが、救出する際に多少処ではない戦闘が発生していたらしい。先程、今井さんが『おいおい、予備の治療薬も使ったのかい?!』と驚いていたが、それだけ必要が生じる事態だったのだろう。

 正巳が眉を潜めたのを見ていたハク爺だったが、頭を掻いて何処か言いにくそうにしながらも一つ咳ばらいをすると、言った。

「うむ。直接嬢ちゃんから話があると思うんだがのぅ……ワシからも――」

 頭を掻きながら、視線を散らして話すハク爺に言った。

「ああ、そうだな。その方がミンにとっても良いだろうな。それよりも、残りはハク爺だけだからな。装備に関しては運んでおくから、その間にさっさと検疫と消毒済ませてくれ」

 そう言って急かすと、慌てた様子で答えた。

「ちょ、坊主! あのだなっ!」

 慌てるハク爺を見て言う。

「大丈夫、ハク爺の連れて来た"家族"については、きちんと後で時間を取るから」

 同じ事を到着した時にも言った記憶があるのだが……。

 正巳の言葉を聞いたハク爺が、それでも尚納得する事なく心配そうにして言った。

「あぁ、しかしだな。ジロウは兎も角として、サクヤが紹介しろと言って聞かなくてなぁ。もしこれで嫌われでもしたらと思うとのぅ……」

 ……娘には嫌われたくないらしい。

 苦笑を浮かべた正巳だったが、つい先ほどの事を思い出して言った。

「もしかして、黒髪切れ目の女性の事か?」
「おう、なんだもう会ったのか!」

 ハク爺はそう言ってから、背中を叩きながら『照れて話せないと言う割には、問題ないじゃないかのぅ!』と、同意を求めて来るが……

 実は直接自己紹介された訳ではない。

 単に(やけに視線を感じるが、何か困っているのか?)と思い『何か手を貸そうか?』と声を掛けたら、その女性が『……それじゃあ』と言って手を伸ばして来たのだ。

 小柄な体型をしていた為、てっきりちょっとした飛行機の段差で足が止まっているのかと思ったのだが、いざ持ち上げてみると、その筋肉質で体幹がしっかりしている事には感心した。

 今思えば、あれだけ身体的能力の高そうな人が、ちょっとした段差で困るはずが無い。そうすると、彼女は何か用が有ったのだろうか。

「ふむ……」

 考え始めた正巳だったが、ふと気配を感じて横に一歩移動した。
 すると――

「うわっ、っとと」

 それまで居た所を二本の腕が宙を掻いていた。振り返った正巳は、そこに居た女性――と言うよりは少女のようだが――の姿を見て、言った。

「あなたは……サクヤさん?」

 すると、喜びながらむくれると言う小技を使った少女が口を開く。

「むぅ、"さん"いらない」
「……そ、そうですか」

 ズイっと近づいて来て言う少女に苦笑すると、それも気に入らなかったらしい。

「むぅ、丁寧だめ」
「分かりま――分かった」

 途中まで言いかけたが、視線が強まったので言い直した。

 しかし、この視線は"視線"と言うよりも……少女の視線に、無視できない類の気配を感じた正巳だったが、何か口に出す前に割り込んで来る気配があった。

「お前なぁ! いつも言っているが、先に装備をやる事をやれって言ってるだろうが!」

 元気な声で入ってきたのは、大柄な男だった。ハク爺と親し気な所を見るに、恐らく向こうの"家族"の一人なのだろう。そんな男の声にも動じない様子で少女が言う。

「声、うるさい」
「な、お前なぁ!」

「それに、もう装備は置いて来た。ジロウはまだ」
「うっ、もしやお前その為に気配を殺して移動してたのか?!」

 何か信じられないモノでも見ているかの様子での男に、それまで静かに眺めていたハク爺が言う。

「出来るなら、普段の仕事でも気配を調整して欲しいのぅ……」

 すると、サクヤと呼ばれた少女は再び頬を膨らませたかと思うと、言った。

「ジロウはうるさくて、お父さんはまだ洗浄終わってない」

 そして、ジロウと呼ばれた男には、未だに入り口で搬入されている資材を示し、ハク爺には手前に有った救護テントを指差していた。

「はぁ……まあ、良いけどよ。お前はどうするんだよ」

 ジロウがそう言いながらサクヤに聞くと、何を思ったのか少女は膝を屈めると飛び上がった。瞬間、咄嗟に避けそうになった正巳だったが、ハク爺の困ったような表情を見て留まった。その結果――

「これはいったい……?」

 正巳に少女がぶら下がる形になっていた。

 少女サクヤ自体は自身で言っていた通り、全ての装備を下ろして来たらしく軽かった。重さの問題は全くなかったが、正面でぶら下がられると流石に邪魔なので、それとなく背中に回して背負う形にした。

 正直、全くもって状況が理解できていなかったが、掘り返すと面倒な気しかしなかったので、取り敢えずサクヤの気が済むまではそのままにしておく事にした。

 ……これが今井さんであれば、こう女性的な色々で問題があったが、この少女"サクヤ"であればその面では一切の問題が無さそうだった。

「むぅ、しつれい?」

 嫌に感が良い事に冷や汗を流しながら、答えた。

「そ、そんな事は無い……ぞ?」

 そう答えた正巳だったが、直ぐに反応を見せたのは背中の少女では無く、目の前の男だった。男は、先程から中々視線を合わせようとせず、その挙動が気にはなっていた。

「おま、サクヤいつの間にっ!」
「ふふ、だから言った。お姉ちゃんだから」

 サクヤが言うと、目の前の男が何処か悔しそうにしている。しかし、"お姉ちゃん"と言うのは、誰に対しての言葉なのだろうか……

「よし、それじゃあワシは綺麗にして来るかのぅ。そうだ、ジロウはさっさと入り口の搬入の方に回ってやるんじゃな。ほれ、お前よりもあんなに小さい子が、あれだけ重い物を運んでいるというのにここでのんびりしている訳にも行かないだろうに」

 何となく、ハク爺にこちらの出鼻をくじかれた気がしたが、入口の方を見ると確かに異様な光景があった。そこには、一人の小さな子供が自分の倍以上は軽くある荷物――普通大人4、5人で運ぶような荷物を軽々と運ぶ様子が見えた。

 その様子を確認したのだろう……

「はぁ?! おい、あれは中身入ってんのか?!」
「そうじゃの、全て綺麗に詰め込んで来たのぅ」

 ハク爺の言葉に男が青ざめる。

「いや……あれ一つで軽く200㎏はあるんだぞ……」

「まあ、そうじゃの。一つ言い忘れてたが、ここに居る者らを普通の尺度で考えてはいかんぞ? それこそ、その殆どが子供だがその中には、ばけも……とても人間とは思えない位の超人もいるからのぅ」

 危うくハク爺に『いま"化物"って言おうとしなかったか?』と突っ込みそうになったが、確かに普通の尺度で考えると、人間の域からはみ出ている気がして止めておいた。

 すると、背中に乗っていたサクヤが呟いた。

「すごい女の子」
「ああ、あれはサナだが、あの子は特別だと思うぞ」

 正巳の言葉を聞いたサクヤは何か思う処があったらしく、首筋から頭を出すと呟いた。

「すごい子、サナ妹?」
「うん? ……まあ、そうだな。妹みたいな感じだな」

 そう言った正巳だったが、自分の失敗に気付くのと視線を外すのは同時だった。

「お兄ちゃんなの!」

 これだけ視線を向けていれば、サナが気付かないはずが無かった。そして、今正巳はと言えば絶賛ほぼ初対面の少女――と見られる女性を背負っている訳で――

「ああぁぁ! サナもおんぶして貰うなの~!!」

 ……こうなる事は当然であった。

 きっちり持っていた荷物を運び終えたサナは、その足で疾走して来た。

「おい、ハク爺――!!」

 振り返った正巳だったが、そこには既に白髪の老人と大柄な男はいなかった。背中にサクヤを背負ったままだった正巳は、受け止める為に体制を変える訳にも行かず……結果的にその勢いのまま受け止める形となっていた。

「おにいちゃ!」
「――ズッ……おう。サナ、終わったのか?」

 腹部への衝撃と、その衝撃を背中に抜かせない為に取った姿勢のせいで、全ての衝撃が正巳の腹部に集中していた。辛うじて胃の物を出さずに済んだ正巳だったが、サナはそんな事を意に介した様子は欠片も無かった。

「終わったなの! あのね、お兄ちゃんと一緒に行った時よりも重いのが沢山あったなの!」

 無邪気にそう言って正面に張り付くサナに、苦笑しながら答えた。

「まあな。随分と口径のデカい実弾なんかもあったみたいだからな……一応、ここでおっぱじめられても困るから、後で保管庫に運んでもらうか」

 そう言って、ずり落ちそうになるサナを引き上げた正巳だったが、前後に張り付かせては歩けない為、サナも背中に移動させたのだった。

 その後、先客として居たサクヤに対して話しかけたサナと、それに対して淡々と答えるサクヤのやり取りが続いていた。

 二人とも背中から降りる気配が無かったので、取り敢えず拠点に戻る事にした正巳だったが、その途中で所々聞こえて来る背中の会話に首を傾げる事になったのだった。

「――お兄ちゃんは、前からお兄ちゃんなの。だから弟なんかじゃないなの」
「それは、あなたにとって。私にとってはずっと前から弟」

「それに、サナの方が長生きだからお姉ちゃんなの!」
「それは違う。あなたはどう見ても子供」

「ちがうなの。そうみえる・・・けどお姉さんなの!」
「そう言いたい年ごろ。でもお姉ちゃんは私。サナもお姉ちゃんって呼ぶと良い」

 ……こんな調子で延々と続いていた会話だったが、途中で思考をそちらから外した正巳は、マムと共に立つユミルの姿を見て声を掛けた。

「珍しいな、どうした?」

 普段は綾香の専属護衛として行動を共にしているのだが、綾香が保護した子供の相手をしている今、ユミルは行動を別にしていたらしかった。

「はい。正巳様、お疲れさまでした。既にメンバーは集合しておりまして、残りは正巳様とサクヤ様、それと逆巻様になります。逆巻様は後ほど案内しますので、一先ずご案内いたします」

 どうやら、先に手はずを整えていてくれたらしい。

「ありがとう、よろしく頼む」

 そう答えた正巳だったが、再び背中から聞こえて来た会話に苦笑した。

「サナは名前が無かった」
「違うなの、サナはおにいちゃのごえい・・・だから一緒なの!」

 再開されたやり取りの中、隣を歩いていたマムが静かに服の裾を掴んでいた。

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