『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

201話 VR訓練機

 正巳の部屋には訓練部屋がある。

 そこは組手が出来る程度の広さを持ち、部屋の隅にはカプセル状の機械が置かれている。いま、正巳達はその部屋に来ていた。

 勿論、目的はカプセル状の機械――VR訓練機を使う事だ。

「準備は良いか?」
「うむ……この機械は、何やらフィット感が凄いな」

 現在アブドラは、VR訓練機本体の"訓練席"に座っている。

 訓練席は丁度体を包むような形状に設計されていて、体全身――腕や足それぞれを包むようにして、訓練者本人の身体を包むのが特徴だ。

 この形状がフィット感を出している事は間違いない。しかし、アブドラが言う"凄いフィット感"と言うのは、このつくり・・・から来る感覚の事では無いだろう。

 俺も一度使用した事があるのでよく分かるが、座った後のフィット感と、起動した後のフィット感には大きな違いがある。

 言うならば、"包まれるフィット感"と"境目を感じないフィット感"と言う処だろうか。

 そんな、フィット感の違いがいったいどこから来るかと言うと……それは、訓練機に内蔵された"センサー類"が原因だと思う。

 実は、カプセル状の機械の中身は、その殆どがセンサー類となっている。

 初めて使用した際、アブドラと同じ感覚を抱いた正巳に対して、今井さんが詳しく教えてくれたのだ。いつも通り、途中から何を言っているのか分からなかったが、それでも(凄い技術らしい)と言う事は分かった。

 ……いや、別に適当に聞き流していた訳では無かったのだが、途中から――

『脳が受け取る信号には幾つか決まった種類パターンがあって、その種類の組み合わせによって個の現実を受け取っているんだ。これを"個の認識し再現し得る現実ヒューマニティックバランス"と呼んでいるんだが、この信号を全身から受け取り、適切に再送信する事で現実認識を脳内で再現する事ができるんだ。これを現実にするのがこの"電脳現実統合機"、つまりVR訓練機なんだ。それで、こっちの回線はα信号を受け取る為のセンサー一式で……』

 ――と、これまたディープな内容になった。その為、自分が理解できる範囲で情報を脳に入れるのを止めていたのだ。

 何やらフィット感に感動しているアブドラに、さっさと頭部機ヘッドギアを着けるようにと言って、ライラには少し離れている様にと言った。

 ……下手に刺激して、マムが今井さん張りに説明を始めても困る。

 一応、アブドラが訓練先である"電脳世界"でどうなっているかは、パネルを通して見れるようになっているので、皆で観戦する事にした。

 現在、正巳の部屋にはVR訓練機は一機しかない。

 と言うのも、『子供達が訓練機を使用する為に長い時間待っている』と聞いて、正巳の部屋にあった一機を移動させたのだ。移動させた当初は、このまま一機だけでも良いかと思ったが……

「……二、三機あれば助かるかもな」

 隣でキラキラした表情をしているサナとミューを見てそう思った正巳だったが、奥の部屋からソファーを持って来たマムを見て、(子供達が使うだけ用意できたら頼むか……)と心の内に思った。

 ソファーを掴んで運んで来たマムに礼を言うと、正巳自身でソファーを持ち上げ、壁の内一面が強化パネルになっている場所へと移動した。

 ソファーを設置した正巳は、そこにライラとサナ、ミューを座らせた。

 目の前のパネルには、作業着を着た男が映し出されている。周囲は何処かビルの中のようであり、剥き出しのコンクリートと鉄骨が何処か荒廃した雰囲気を醸し出している。

 この光景は、一番オーソドックスな光景だ。

 一番最初に"基礎訓練"として行くのがこの"建設の頓挫した廃墟ステージ"なのだ。一応は、世界の何処かがモデルになっているらしく、より実践的に作られているらしい。

 そして、パネルに映っている男は、現在搭乗中であるアブドラだろう。顔の形等はアブドラに似ているが、若干グラフィックが適当な気がする。

 ……既に、3Dモデリングるするには十分なデータが取れている筈なのだが。

「マム――」
「パパがソファに座ってくれれば、きちんと・・・・します」

 先手を打たれてしまった。

「しかしだな、流石に俺が座ったら狭いだろう?」

 マムが持って来たのは三人掛けソファだ。

「それでは、私の座っていた処にお兄さんが座って下さい。私はちょっとすわり疲れて来ていたので……丁度立っていたかったんです」

 そう言ってミューが立ち上がろうとしたのだが、それをマムが止めた。

「ダメです。パパに『座れ』と言われた筈です!」
「しかし、それではお兄さんが座れないです」

 ミューがマムに意見を言うが、それに対してマムも引く気が無い様だ。

「大丈夫です。そんな時は一人用のソファーイスにパパが座って、その上にマムが――」

 口論を始めた二人を見たライラが、立ち上がりながら言った。

「私こそ、従者でありながら座っているというのは……」

 しかし――

「「ダメです、座っていて下さい!」」

 口論していた筈の二人から、声を揃えて叱られていた。

 どうやら、ミューは『お客様を立たせていでもしたら、正巳様の品格に関わります!』と言う事らしく、マムにしても『パパに許可された筈です!』と言う事らしい。

 ミューの言い分はまだしも、マムに関しては最早何かが違う気がする……。

 その後も一歩も引かない二人だったが、その間に何処かへ行っていたサナが戻って来た。その手にはしっかりと一人掛けのイスが持たれていて――ソファの隣に置くと、言った。

「お兄ちゃん、座るなの!」
「サナ、おまえ……」

 どうやら、正巳の為にイスを運んで来てくれたらしい。優しさに感動した正巳だったが、急かす様に手を引くものだから、取り敢えず座る事にした。

「ありがとな」

 そう言ってサナの頭を撫でると、サナが頷いた。

「いいなの!」

 そして、そのまま正巳の膝に・・・・・座った。

 ……うん。

「サナ?」
「丁度良かったなの!」

 余りに邪気なく言うものだから、受け入れてしまう。

「そうだな……」

 そんなこんなで、サナを膝に乗せて観戦し始めた。数秒して、ふと横を見た正巳は、未だに固まってこちらを見ている三人に気が付いた。

「どうしたんだ?」

 すると、マムが言った。

「どうして、サナはパパの膝の上に?」
「いや、分からんが……」

 ミューも続ける。

「お兄さんには、こちらの広いソファに座った旅て貰いたかったのですが……」
「でも、丁度三人で座れるから丁度良かったんじゃないか?」

 ライラは、何故か再び立ち上がろうとしている。

「大丈夫だ。そのソファは三人掛けだから、三人で座れ」

 正巳がそう言うと、ようやく諦めたらしかった。
 三人が落ち着いたのを確認してから言う。

「どうやら、アブドラもそれなりに動ける・・・らしいな」
「そうですね。パパ程ではありませんが、この調子だと良い所まで行くかもしれませんね」

 パネルに映ったアブドラは、限られた装備と限定された環境の中、かなりの奮闘ぶりを見せていた。それこそ、その動きは新兵のそれでは無く、訓練された戦闘メソッドに沿った動きのようだった。

「ゲームオーバーになる迄は、このまま見ているか……」

 一応、現在の設定では致命傷三回までは"続行"する設定のはずだ。三回目までは、振動によってその負傷を知らせるのだが、三回目になると視界がブラックアウトして強制的に意識を戻される。

 偵察ミッションをしているアブドラアバターは、いつの間にか高解像度の現実のアブドラそのままとなっていた。物陰に隠れながら移動する様子を見ていた正巳は、呟いていた。

「……どうやら、少し長くなりそうだ」

 その後、飽きるまでVR訓練機に乗って居たアブドラだったが、難易度設定50段階ある内"16段階目"に到達した所で限界が来たらしかった。

 そう、この訓練機は想像以上にリアルで神経を使う為、短時間でも濃密な訓練となるのだ。

 アブドラが出て来た後は、ライラやサナが入れ替わりで挑戦していた。皆が奮戦する様子を観ていた正巳は、ふと気になった事があった。

「マム、もしかして戦術学習をしているのか?」

 それは、ライラが洗練された動きを見せた後、その次の回で兵士の動きが変わった気がしたのだ。しかし、当然気のせいである可能性もあった為、マムからどんな回答が有るかと思ったのだが……目を丸くして笑顔を浮かべたマムが『流石パパです!』言って肯定した。

「戦術学習をマムが……と言う事は、ほぼ自動学習か?」
「はい、自動学習用にマムが居るのです。もし良ければ担当に変われますよ?」

 前にチラリと聞いたが、どうやらマムは自身を幾つかに分けているらしく、複数の人格として色々な分野で動いているらしい。確かに、あらゆる戦術を学習したマムと言うのも気になるが……

「そうだな、それはまたきちんと時間を作ってからにしよう。それに……自動学習で半永久的に成長できるのであれば、それこそこのVR訓練機を貸し出すリースするのも有りかも知れないな」

 主に軍隊やそれに類する場所で使ってもらえば、その分だけマムが成長する事に繋がる。

「手始めに、日本政府との共同会社での内容に入れてみるか……」

 その内容について、ある程度まとめてマムに記録させた後、どうしてもと言って引かないアブドラに苦笑しつつ、正巳も訓練機に入って体験する事になっていた。

 ――10分後。

「くっ、娘よまさか主人だからと言って、優しくはしていないだろうな?」
「そんな事をすれば、現実世界での戦闘の際に悪い影響があるので、決してあり得ません」

 ……どうやら、自分が苦戦した難易度17段階目を、あっさりとクリアした正巳に、納得がいかないらしかった。しかし、そんなアブドラに対して口を出したのはライラだった。

「国王様、流石に"二つ名持ち"の傭兵と比べるのは無理があるかと……」
「むっ、確かにそうだな。では娘っ子よ、どうだ? 我よりも強い王は居るか?」

 負けづ嫌いが発動したらしいアブドラは、その後も負けじと訓練機に籠る事となった。意外にも、サナとミューは二人とも寝る事なく、一晩中起きていた。

 マムに『二人は大丈夫なのか?』と一応確認を取ると、どうやら二人とも『普通の子供とは違うので大丈夫ですよ』と言う事らしかった。

 競うようにして訓練機に乗っていた一同だったが、その中ですっかりと打ち解け、お互いにそれぞれを呼びやすい名で呼ぶまでに、仲良くなったらしかった。

「む、お嬢ちゃんもやるな。よし娘っ子よ、次は二つ難易度を上げてくれ!」

 アブドラが、カプセルから出て来たミューと入れ替わりに入りながら言ったが、それに対して答えたのはサナだった。

「おじちゃんにはまだ早いと思うなの。ミューは強いから大丈夫だったなの」
「なに? 確かにサナには敵わないがな、嬢ちゃんにまで負けたとなったら示しがつかん!」

 どうやら、ミューにその戦闘技術で負けたらしい。

 まあ、ミュー自体幾ら"給仕"とは言っても、まとまった時間ホテルの"訓練"を受け、更には教えていた教官から『才能がある』と認められていたのだ。

 只の給仕とは一線を画すに決まっている。

「しかしな、それでも我は国民を守る盾出なくてはいけないんだ。こんな所で負けてられん!」

 変な根性を発揮したアブドラは、その後三回連続して失敗していた。

 その様子を見ながら、このVR訓練機の上位機――今井さんとマムで現在開発中であり、戦闘の際の反応反射だけでなく、実際に体を動かす事で電脳世界のアバターも動く。より実践に近く、体を動かす為身体面での訓練も兼ねられる新型機――が完成したら、その時はまた呼んでも良いかなと思った。

 今目の前で動いている訓練機を"Type-1:状況判断及び戦闘反応訓練機"とすると、次機は"Type-2:実戦型身体活用訓練機"と言った処だろうか。

 その後、訓練機から引きずり降ろされるアブドラと、それをしているサナを見ていた。どうやら、失敗したのにかかわらず再び挑戦しようとするアブドラに対して、サナがストップをかけたらしい。

 サナがアブドラを片手で掴んで引き摺り出し、それに対して青い顔をしたミューが止めに入っている。サナに掴まれた本人も、血の気が引いた青い顔をしていたが……

 正巳からすればアブドラの自業自得なので、放っておく事にした。

 そんな賑やかな様子を見ていた正巳だったが、ソファに座ろうと振り返ると、いつの間にやら戻っていたボス吉と、ボス吉を抱えて嬉しそうにしているライラの姿が目に入った。

「色々大変だったみたいだが、一先ずは良かったな」

 座りながら話しかけると、ボス吉から手を離さずに答えて来た。

「はい。その節は(裏で)色々とご尽力頂いたみたいで、感謝に絶えません」

 ……何の事だか身に覚えが無いが、恐らくはマムが色々と裏で動いたのだろう。

「迷惑は掛からなかったか?」
「そんな、とんでもないです」

 言いながら、にぎやかな方を向いて表情を和らげている。

「まあ、今後も色々と気苦労は絶えないと思うが、支えてやってくれ」

 特別な意味を込めた訳では無かったが、その言葉を聞いたライラは、何処か落ち着かない様子で視線を彷徨わせた後で口を開いた。

「っつ、はい。精一杯……あの、少しお聞きしたいのですが、正巳様はどうすれば男性が振り向くか知りませんか? その、私の友人に好きな男性が居るらしいのですが……」

 何となく甘酸っぱい雰囲気を感じた正巳だったが、下手に触れて台無しにしてはいけないと気を付けつつ言った。

「そうだな――」

 その口から出たのは、只の"アドバイス"だったのかも知れない。

 しかし、そんな何でもない事であっても、ある一部の人間が目にしたとしたら、とても信じる事ができない光景だっただろう。それこそ、その育ての親でさえ。


 ――"出来損ない"と呼ばれた少年は、その面影を感じない程に成長していた。

コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品