『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

195話 培養肉と嫌悪感

傭兵として受けた依頼、その報酬を受け取った後は再び晩餐会に戻っていた。

「む、こっちの"バーガー"も美味いな!」

 どうやら、アブドラは複数種類あるハンバーガーを制覇する事にしたらしい。目の前のテーブルには、乗りきるだけの種類のハンバーガーが並んでいた。

「おい、そんなに食べられるのか?」

 目の前に並ぶバーガーを食べる前にも、ステーキやハンバーグなんかを食べていたと思ったが、いったいどれだけ食べるつもりなのだろうか。

 もしかして、サナに対抗しているのだろうか。横のテーブルで皿が積み上がる程ハンバーガーを食べ続けているサナを横目にして、ため息を付きそうになった。

んぁうわぃはぁはぁなうまいからなふぉうふぇんとうぜんだ!」
「……食べ終えてからにしてくれ」

 口の中いっぱいにほおばったまま言うアブドラに、ため息を付いた。

 国の代表である"国王"が、こんなんで良いのだろうか。

 思わず、視線を側近たる大臣達に向けると、大臣達は目を逸らしてこちらを見ようとしなかった。大臣達から、横に置かれたテーブル――サナとは逆に据えられていた――を見ると、そこに座っていたライラと目が合った。

 ……申し訳なさそうに頭を下げて来る。前に食事をした際は、こうでなかった気がするが……

 少し気になったので、マムに聞いてみた。

「マム、アブドラは何処でもこうなのか?」
「いえ、場所にあってマナーはきちんとされていました。それこそ、周囲に対しての手本となるような振る舞いだったと、その様に記録されています」

 やはり、流石に王族と言うだけあって、マナーはしっかりとしていたらしい。ひょっとすると、王族であるが故に自由に育てられたのかとも思ったが、そういう事ではなかったみたいだ。

「まあ、楽しそうだから良いか」

 そう呟いた正巳だったが、何の気なしに逸らした先、視界の端で食事をする子供の姿が目に入った。大半の子が綺麗に食べられるようになっている中、どうやらその子は食器を上手く使えていないみたいだった。

 その子が食べているのはハンバーグだったが、フォークを拳を握る握り方で持っている。当然、マナーの面ではよろしくはない。それでも、美味しそうに食べる姿を不愉快に思う事は無かった。

 正巳がその子の様子を見て微笑んでいると、いつの間にかこちらの様子を見ていたアブドラが、口の端をニヤリとさせた。

 ……もしかすると、アブドラなりの"配慮"だったのかも知れない。確かに、賓客であるアブドラが率先して"崩す"事で、マナーに不安がある子供も食べやすくなっただろう。

 まあ、単に息苦しいのが嫌なだけで、何か特別配慮した訳では無いかも知れない。口の端にソースを付けたままのアブドラを見て、後者の可能性が高そうだな、と思いながら言った。

「口に合ったか?」

 そう聞くと、大きく頷きながら答えて来た。

「ぁあ――ゴクン。ああ、美味いな! 昼に食べた肉も美味しかったが、量が少なくてな。それに対してこの"バーガー"は良いな、肉が沢山入っている! それに、この肉は――口に入る瞬間に溢れ出す肉汁にその柔らかい食感――昼食べたモノと比べても負けてないぞ。このパンも焼きたてか?」

 その食べっぷりを見れば、不味いと思っている訳では無いとは思ったが、どうやら口に合ったらしい。食レポを交えて満足している事を伝えて来る。

「それは良かった。生憎、俺は詳しくないが――マム?」

 どの様にして食事を用意しているのかは知らなかった為、説明は投げる事にした。

「はい、パンは焼きたてです」
「ほう、それじゃあこの肉は何処から仕入れているんだ?」

 アブドラが重ねて聞いて来るが、それに関しても俺の知らない処だ。

「マム?」
「……」

 特に促さずとも続ける思ったのだが、アブドラの質問を聞いたマムは、何故かそこで固まってしまった。一瞬バッテリーが落ちたかとも思ったが、予備の電源の上に座っているのだ。そんな事はあり得ないだろうし、そんなミスをするとは思えない。

 視線を向けると、マムは何となく視線を逸らそうと眼球を動かした。

(これは何かしているな)

 それが、何かとんでもない事で無いと良いのだが。

「マム、この肉はどうやって用意しているのか教えてくれ」
「……はい」

 何か有るとまずいので、一先ずアブドラの分からない言語で言うと、意図を理解したらしいマムが言語を合わせると、話し始めた。

「使用しているのは、"生産工場"で"培養"した"肉"です」
「……つまり、"培養肉"なわけか」

 頷くマムを見て、驚いた。

 どうやら、今出されている肉は培養された肉らしい。培養肉と言えば、もっとボソボソとしていて美味しくないイメージだったが……

「これは、本当に"培養"したのか?」
「はい。元々あった技術に、軍事技術として発達していた"細胞修復・複製技術"を応用しました。これにより、オリジナルとほぼ差が出ない食用肉を培養できるようになりまして……」

 何と言うか……。

「それは凄いんじゃないのか?」

 そう、凄い筈だ。

 もしこの技術が一般化すれば、世にある論争の元が幾つか無くなる程に凄い事だと思う。ただ、まさか軍用技術――何処から持って来たかは知らないが――をこんな使い方するとは、誰も思わなかっただろう。

 てっきり胸を張ると思ったのだが、正巳の言葉を聞いたマムは少し俯き気味に言った。

「いえ、その……パパは"気持ち悪い"って思わないんですか?」

 俯いているマムを見て疑問を向ける。

「……どうしてだ?」

 マムは、俯いたまま話し始めた。

「だって……『多くの人は嫌悪感を感じるだろう』とか『食うか死ぬかを迫られれば、死を選ぶ』って書いてあったので、パパも嫌な気持ちになるかも知れないって。マスターに一緒に調べて貰って、『人体への悪影響はない。完全にオリジナルの細胞構造を模す事ができている』って結論は出たんですが……」

 いつの間にか近くに来ていた今井さんも頷いている。

「問題は無いと分かったんだが、どうやら"心配"だったみたいだよ」

 今井さんが言うマムの"心配"は、恐らく『培養肉による問題』では無く『俺の心象の問題』――本人マムが言っていた『嫌悪感』とか『死を選ぶ』とか言う問題の事だろう。

「マム、それは何処に根拠が有るんだ?」
「……ネットです」

 俯きつつも答えて来る。

「つまり、それは俺の意見ではない訳だ」
「……ですが」

 そう言ってから言葉が続かないマムだったが、恐らくマムにとっては電子世界も"現実"なのだろう。自分に置き換えてみると良く分かる。

 仮に、目の前に底の見えない谷間があったとして、それが『本物ではない』と言われても、それを受け入れる事は簡単では無いだろう。

 仮に受け入れたとしても、同じに見える"真実"と"偽物"を見分けるのは困難に違いない。

 俯いたまま言葉を止めてしまったマムに言った。

「そう、"分からない"よな?」
「……はい」

 頷いたマムの頭を撫でながら言った。

「そう。だから、これからは今まで以上に"分からない"事は聞いてくれ」
「なんでも?」

 手の間から見上げて来る。

「ああ、そうだ"なんでも"だ。少しでも心配に思ったらな」
「それじゃあ……」

 どうやら持ち直したらしい。
 早速、"確認したい事"があるらしかった。

 真っすぐ目を合わせたマムが口を開く。

 ――相変わらず綺麗な瞳、緑がかった青が美しい。

「パパの一番はマムですよね?」
「……ん?」

 聞き間違えかと思ったら、どうやらそうでは無かったらしい。頬を膨らませると『むー』と言って怒っている。そんな様子を見ながら、何となく幸せな気分になった。

「はは、勿論マムは俺の一番・・のマムさ」

 正巳がそう言うと、横で食事をしていた筈のサナが、いつの間にかマムの反対側に立っていた。何も言ってこないが、何が言いたいかは分かる。

「勿論サナも、俺の一番・・のサナだ」
「なの、一番なの~」

 アブドラの視線が痛かったが、言葉は分からない筈だ問題ない。

 その後、替えの水を持って来てくれたミューにも『何か心配な事があったら言ってくれよ』と言っておいた。それこそ、ミューは普段からため込んでいそうな気がして心配だったのだ。

 一瞬手を腕に持って行きかけたミューだったが、頷くと若干口を開いてまた閉じた。

「何でも言ってくれよ、ミュー?」
「はい……その、お客様は宜しいのですか?」

 何か話が有るのかとも思ったが、ミューに言われて思い出した。

「ん、ぁあそうだったな、忘れてた……ありがとうな」

 そう言えば、アブドラと話している途中だった。マムに食材の出処を聞いていたら、いつの間にか話が逸れてしまっていた。

 ……道理で先程からアブドラからの視線が離れない訳だ。今更な気がするが、そもそもアブドラと話していた事は何だったか……

 思い出そうとして考えていると、少し後ろに居た今井さんが言った。

「ふむ、正巳君は幼女が良いのかい?」
「……へっ?」

「いや、何僕みたいな大人の女性もだね――」
「あぁ、今井さんが素敵な女性という事は知っていますよ?」

 経験上、最も今井さんに効果のあるだろう返し方をした。
 すると……

「つっ――そ、そうだ僕が説明して来よう。うん、それが良い……――やあ、こうして話をするのは始めましてだが、僕は正巳君の所で一緒している者だ。それでだね、ここで出されている食事は全て最先端の技術を応用した方法で作られた物でね……――」

 頬を仄かに赤く染めたまでは良かったが、そのままアブドラの隣に行くと説明を始めてしまった。驚いた事に、今井さんはアブドラの国"グルハ"の言葉を話せるらしい。

 流石と言うべきだろう。警戒したライラなどには目もくれず、一方的にぐいぐいと入り込むとそのまま説明をしていた。

 止めようかとも思ったが、当のアブドラは今井さんの話に興味を持ったようだったので、一先ず助けを求めて来るまでは任せておく事にした。

 今井さんの熱量には凄いものが有るので、早々に助けを求めて来るとは思うが。


 ――10分後。


 ……予想が外れた。

 てっきり、途中で参ってしまうかとも思ったのだが、アブドラは最後まで話をきっちりと聞いていた。そればかりか、どうやら"その先"の事まで話していたらしい。

 話を終えた今井さんが、こちらに来て言った。

「正巳君、どうやら"お客さん"をゲットできそうだよ!」

 嬉しそうに言う今井さんに、聞き直した。

「お客さんですか?」

「そう、"お客さん"さ。培養肉の安全性と生産している野菜の特徴を話したら、加工品としての出荷であれば買いたい、って事でね。どうやら正巳君は京生貿易の所有者オーナーになったみたいだし、関連会社に加工をさせてそれを出荷すれば良いんじゃないかい?」

 なんと、いつの間にか商談を進めていたらしい。培養肉に対して嫌悪感を抱かなかった事に一安心しつつ、どうするべきか考えた。

「なるほど、その場合は加工会社含めた関連会社の"管理"が重要ですね。その為には、管理の為に増員する必要があるし、加工会社で働く作業員も――いや、これは自動化すれば良いか……」

 少し悩んだが、デメリットが無い話だったので許可する事にした。

「分かりました。それでは、この件は今井さんにお任せします」

 正巳の言葉を聞いた今井は頷いた。

「ああ、任せてくれ給え。こうした実務が増えれば、子供達の教育にも反映できるからね!」
「子供達の教育に反映ですか?」

 貿易と教育がどの様に結びつくか分からなかったが、どうやら今井さんには明確なビジョンがあるらしかった。意外ではあったが、今井さんの描いている"教育"を聞いてみたくなった。

コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品