『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

194話 傭兵の報酬

 正巳の言葉と同時に運ばれて来たのは、野菜に包まれたハンバーグだった。

 サナは思わず声を上げそうになり、運んで来たミューに口元を押さえられていたが、何処からか『ふふぉ~お肉だ~』と聞こえて来た。恐らく、お肉が大好きな子が居るのだろう。

 それにしても、このタイミングで肉料理を出して来るとは……仮に、全員に同じだけ出しているとすると、相当な量を一度に消費する事になる。

 前回の食事でも肉料理を出していたが、肉の在庫は大丈夫なのだろうか。

 少しばかり自分の組織の食糧事情が気になって来た所で、アブドラが料理を口にしていた。勿論、『特にマナーも何も気にしないから、自由にしてくれ』と言ったからなのだが……正巳はそれ・・に驚いていた。

「ん? 何を驚いているんだ?」
「いや、普通は毒味なりなんなりをするだろう?」

 そう、これまでの経験上、ある程度大きな組織の長ともなると必ず"毒味"若しくは、それに類する"検査"をする人がいた。それも考慮して『自由にしてくれ』と言ったのだが……

「はっ、今更この場で我を害したとしても、何の利もないだろうが。それに、わざわざ遠回しにせずとも――……まあ、そうよな我から正巳への"信頼"と取ってくれて構わないぞ!」

 笑って言うアブドラだったが、マムが教えてくれた。

「パパ、『今更我を害したとしても、何の利もないだろうが。それに、わざわざ遠回しにせずとも一捻りだろうしな。もし、お前達の中で余計な事をする者があれば、帰国後即その任から外す!』と」

 どうやら、前もってきつく命令されていたらしい。

「そうか……。食事の方も、気に入って貰えたようだな」

 王と言うよりは、傭兵に近い食べ方をしているアブドラにそう言うと、頷いてから答えて来る。

「うむ、これは美味いな! 昼に館で食べた魚料理も悪くなかったが、やはり肉だな!」
「ああ、会食だったのか」

 恐らく、正巳達との面会の場の後で、表向きの予定である懇談会をしたのだろう。特に意図なく呟いた正巳だったが、どうやらアブドラは違うとり方をしたらしい。

 一瞬ライラと視線を交わし、言った。

「うむ。やけに羽振りが良い連中だったな!」

 ……羽振りが良い?

「羽振りが?」
「うむ。土産に幾らかの贈り物を貰ったぞ!」

 そう言うと、具体的なモノを並べ始めた。

「時計や宝飾品、それに刀剣か。後は子供に興味は無いかと聞かれたな。どれも我には必要なかったが、大臣達にやるのも悪くないからな。全てくれるというものは貰って来たぞ!」

 アブドラの言葉を聞いた正巳は、一瞬固まった。

 恐らくアブドラに話しかけたのは、道尊寺防衛大臣或いはその一派に属する者だろう。間違いなく、奴隷施設だった孤児院が何者かによって潰された事と、正巳がその犯人であると知っている筈なのだが……まさか、未だに自分が捕まると思っていないのだろうか。

「子供な、その話も後で聞きたいが今は止めておこう」

 どうやら、機転を利かせたマムが他の子供達への通訳を止めていたらしく、話の内容は隣に控えているミューも分からなかったらしい。

 非常にデリケートな問題なのだ。

 表面上は子供らしく明るく見える子も、夜中になると震えていると言うのも珍しくない。それに、不自然までに真面目に仕事に打ち込もうとするのも、後遺症の一つだ。

 正巳の雰囲気と、周囲に居る子供を見回して察したらしいアブドラも頷くと言った。

「むっ……なるほどな。お前について、分からなかった事が一つ分かったぞ。そうだな、それでは頃合いも良い事だ"報酬"について話そうか」

 直ぐに切り替えたアブドラに、心の中で感謝すると頷いた。

「ああ、それじゃあ聞かせて貰おうか」

 ――十分後、給仕の子が近づいて来た。

「お下げします」
「うむ、頼むぞ」
「ありがとう」

 皿を下げて貰った処で、ミューが水を出して来てくれた。

「正巳様、私達に遠慮されなくても構いませんので……」

 小さく囁いたミューに、思わず胸が締め付けられる。

「いや、何。子供には少々刺激の強すぎる、大人の話だっただけだよ」

 同じく小さく返すと、ミューは困った表情をしながらも頷いた。

 ……やはり、感が鋭いミューには気付かれていたらしい。

 恐らくミューが感じたのは、アブドラが言った『養えなくなった場合、我の国でわが国民として生活する権利を与えよう』に対しての、正巳の反応だろう。

 アブドラの『報酬に盛り込む』と言う"提案"に対して、一瞬切れかけた正巳だったが、瞬きをする間も無く冷静になる――と言う一幕が有ったのだ。

 アブドラが言ったのは、『最悪の事態に陥り行き場を失った時、その時は逃げ場として自分の国を提供しよう』――と、そう言う事だった。

 何が有るか分からないのだ。これ以上ないほどの提案だったのだが、それを"守れなかった時"と受け取った正巳は、『いらん!』と答えてしまったのだ。

 一瞬、目を見開いたアブドラだったが、直ぐに冷静になった正巳が謝ると許してくれた。

 改めて思い返して申し訳なく思ったが、これ以上気にするとかえって子供達を不安にさせると判断して、これ以上は気にしない事にした。

「さて、"発表"するか?」

 ニヤリとして言ってくるアブドラに、心の中で感謝しながら言った。

「ああ、そうしよう」

 正巳の言葉を聞いたマムは、再び前へと出るとマイクをアブドラの前に置いた。どうやら、マムはアブドラとは視線を合わせないようにしているみたいだったが、アブドラの方はマムが気になっていたらしかった。

 まあ、その気持ちもわかる。

 正巳の脇に待機し、キャリーバックに見えるモノに座っている、透き通るような白髪の少女なのだ。数人同じように不思議な雰囲気の子も居るが、マムは中でも目を引くだろう。

 ……人間では無いので当然だ。

 皆の視線が集まったからだろう、気を取り直したアブドラは立ち上がると言った。

「我アブドラ・ジ・グルハは、この度の我が国の危機に対しての貴殿の仕事ぶりと、その結果に対して以下の報奨を与える!」

 そう言ったアブドラに対して、同じく立ち上がると頷いた。

 ……どうしようかと考えたが、一応正巳も"共生国家ハゴロモ"の元首となっているので、同じ立場で受ける事にしたのだ。

 因みに、『傭兵への依頼に対しての報酬とするよりは良いだろう』という事で、傭兵としての依頼への報酬は、国の危機を救った働きへの褒賞と言う事になっている。

 何にせよ、いち傭兵への報酬としては大きすぎる気がするが……恐らく、個人へではなく半分は国から国への支払いという面を持たせているのだろう。

 アブドラによってつらつらと並べられていくのは、その殆どが"現物"だった。

「先ずは、報奨金として10億円。そして、希少金属レアメタル――リチウム、アンチモン鉱、コバルト鉱、バナジウム鉱、それに我が国で生産されている物の内、一品目を加えた五品目それぞれの所有権を先5年分。これは、生産量を分母とした5%をその権利とする」

 報奨金としての10億は確かに大きいが、特に資金に困っていない正巳には重要では無かった。逆に、希少金属レアメタルの所有権の話が出た瞬間、今井さんがガッツポーズを浮かべているのが見えた。

「次に、我が国の空港を含む交通機関の利用権――これは、我と同様の特権を与える」

 これは、最初何を言っているのかよく分からなかったが、どうやらグルハ王国では王族は専用の施設を持つらしい。その施設を利用しても良い、という事らしかった。

 正巳は先程、"移住の権利"を断っていたが、どうやらこれはアブドラなりの"気にしてない"というアピールだったみたいだ。

「最後に――これで終えて良いのか分からないが――我が国原産の、食肉用鳥類三種と大型獣二種をそれぞれ雌雄の対で。それに、記念動物である"グランズキャット"を与える。他に、穀物類の種や苗もあるが、それらは後ほど書面に記載されている物を確認の上、与える事とする」

 言い終えると、書状も何も無いので一先ず前に出ると、手を交わした。

 今井さんは兎も角、上原先輩やデウ、それに綾香でさえも少し不思議そうにしていた。綾香など、小さな声でユミルに『ねえ、褒賞って普通こんな感じなの? もっとこう金銀財宝ってイメージが有ったのだけど?』と聞いている。

 ……確かに、少し変わっているかも知れない。

 それこそ、当初アブドラの提示した褒賞は恐らく綾香がイメージしたようなモノだった。現金としての褒賞は十倍以上だったし、金銀財宝に国有地の一部を譲渡すると言う話だったのだ。

 それを、結局マムのアドバイスに従って変更したらこうなった。

 確かに、希少金属レアメタルの所有権は莫大な金銭的価値が有るが、他の物は大したモノではない。希少金属レアメタルに至っても、別に現金収入の為に使うのではなく、消費目的で使用する。

 他の物に関しても同じだ。

 原産の動物類と言うのは、最後の記念動物以外は全て"食用"だ。これも、どういう訳か分からなかったが、マムは『それぞれ』

 子供達が拍手する中、席に付き直した正巳は言った。

「マム、安定した輸送手段は有るか?」

 アブドラが、大臣達に報酬に関連した指示をしているのを横目に言ったわけだが、どうやらマムはそれを予想していたらしく『グルハ王国から定期的に資源レアメタルを運ぶ為ですね?』と言った。それに頷くと、マムが答えた。

「世界最大規模のがあります」
「ほぅ……?」

 心当たりがなかったので適当に返事をすると、マムが続けた。

「そう言えば、きちんと伝えていませんでしたね……」

 何となくその言い方に嫌な予感を覚えたが、聞かない訳に行かないので促した。

「何の事だ?」
「はい、実は……」

 若干間を取ると言った。

「パパは、京生貿易の所有者オーナー兼会長という事になっているんです」

 まさかの言葉に言葉を失った正巳だったが、席に着いたアブドラを見て一呼吸すると言った。

「輸送手段はこちらで用意できると思うぞ」
「うん? ……確かに、輸送機は持っているようだったが、他にも輸送船が有るのか?」
 
 どうやら全翼機"ブラック"を思い出したらしい。
 あれも積載量はあるが、それ程沢山は詰めない。

「いや、実はある貿易会社を所有しているらしい……しているんだ。恐らく、数百トン単位で運ぶ事が出来ると思う」

 そう言った正巳に対して、何を言っているんだと言う顔をした後、少し迷ってから言った。

「それじゃあ、輸送はそちらに任せよう」

 その顔は微笑んではいたが、その瞳に"理解"の光は無かった。あるのは只、理解を諦めたからいろの光だったが、それを経験済の正巳にとっては(なるほど、こんなふうになるんだな……)と少し感慨深かった。

 ……仲間だな。

「ああ、任せてくれ」

 何を任せ、何を任されたかも若干曖昧な二人だったが、取り敢えず握手を交わしていた。


 ◇◆◇◆◇◆


 目の前で手を交わす様子を見ながら、(良かった、パパの為に道具となりそうな会社を残していて役に立った)と思考していた存在は、その後思い付いた事を"頭脳"へと送っていた。

 電脳世界に居た"頭脳"である少女は、数いる中の一人で最も重要な情報を持つ機体から、送られてきた情報を確認していた。

 情報を送って来た分体は、パパからの指示を受ける分体として、その思考判断の優先順位が高かった。何せ、直接近くで情報を得る事で、より正確にパパが望む事を知る事が出来るのだ。これ以上は無いだろう。

 その情報を受けた時、"頭脳"である少女は新たな計画を立て始めた。
 その計画は、その他数えきれないほどある計画の一つだった。

「さてと、パパが持つべき会社カンパニーは他にどれでしましょうか。今の社会と、先の社会を動かす部分を押さえておけば、世界経済を握れる筈……」

 実は、同様な計画をすでに数百年前から着々と進めていた秘密結社があった。その秘密結社は、現実世界に於いて既に世界有数の財閥となっていた。

 しかし、ちょっとした思い付きから目を付けられた秘密結社ソレは、遠くない未来"真の支配者"たる者によって支配受ける事になるのだった。

「あら、この会社群の共通性は……」

 浸食が始まった。

「『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く