『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

167話 一つの結論

 メンバーが集まったのを確認した正巳は口を開いた。

「集まってくれてありがとう。早速始めたいと思う」

 現在、部屋には20名強人が集まっている。

 それぞれ、ソファとテーブルで分かれていて、テーブルには十二給仕の内リルを除いた11人。ソファには、正巳を始めとしてサナ、マム、今井、上原、ハク爺、テン、アキラ、ハクエン、デウ、綾香、ユミルと続いている。

 初め、ユミルとデウが『私は立っています!』と言って聞かなかったが、『それなら……』と言って寝室に置いてあった、少し豪華なイスを持って来ると、『流石に勘弁して下さい』と言って、直ぐにソファに座っていた。

 ちょっと豪華なソファには、正巳に座るようにと皆から言われたが、途中でサナとマムが『わたし、座りたいです!』と言っていたので、其々二人を座らせておいた。

 マムとサナは『そうじゃないです。お兄ちゃんパパの膝の上に……』と呟いていたが、ミューの視線が怖かったので、そのまま放っておく事にした。

「それじゃあ、最初に明日の事だな――今井さん、拠点の方は?」

 正巳がそう切り出すと、今井さんが頷く。

「うん、そうだね。明日は新しい拠点への引っ越しの予定だね。拠点の準備は終わってるから、問題ないよ。本当だったら、今日の"視察"の際に他の防衛機能についても見て欲しかったんだけどね……」

 そう言ってから、『まあ、それは移動した後でも良いかな』と言っていた。そんな今井さんに、『分かりました』と答えると、続けて引っ越し先の"部屋"について聞く事にした。

 今、ここには全組織の代表が集まっている。ここで明日の行動計画をシェアすれば、今日の内に全体に伝達されるだろう。

「子供達の移動先――今は大ホールと、其々部屋を割り当てています。その普段寝泊まりする部屋は、移動先ではどうなりますか?」

 先程の視察の際は、居住区と居ていた地下一、二階を確認しなかった。その為、どの様な部屋となっているか分からないのだ。

 正巳の質問を受けて、今井さんが部屋の隅に置いてあったトランクを持って来た。そして、そのトランクを開くと、空中に投影した映像を操作し始めた。

「これは、新しい拠点だね――それで、この地下には直径で約160メートル、高さ3メートル程の空間が二層ある。実はね、この空間は上と下が部分によっては繋がっているんだ」

 ……確かに、宙に投影されている映像を見る限り、階段の様なモノが各所にある事が分かる。問題は、この居住区がどれほどの人員を収容できるかだ。

「それで、その居住区はどの程度の人数が生活できるんですか?」

 今井は、正巳の問いに笑みを浮かべると言った。

「大人で考えても、一層につき約千人が居住可能。今用意しているのは二層だから、現時点で二千人が生活できるね!」

 そう言ってから、間を置いて続ける。

「いや、最初居住区は一層にしようと思ったんだけどね、正巳君が行く先々で人助けをしてるものだから、もっと増えるんじゃないかって話になって、途中で計画を変更したんだ」

 確かに、途中で子供達や巻き込まれた住民なんかを助けていたが……

「……ちょっと待ってください。居住区にする前は、何の層になる予定だったんですか?」

 今井さんの話に、既に"設計が終わって施工が始まった段階で変更した"というニュアンスを感じて、聞いた。重要な機能が入る筈だったのに、無くなったとなったら問題だ。

「ん? ああ、元々一層目にはミュー君から提案があった"食品生産工場"が出来る筈だったんだ。ミュー君からの提案自体は、結構最初の頃から受けてたから、階層の半分を食品生産エリアにしようと思っていたからね」

 どうやら、ミューはかなり早い段階で動いていたらしい。

 その後、『結局、食品を作る工場は地上に作る事になって――建物自体は単純な構造だったから、拠点が出来る遥か前に出来て、既に稼働中だよ。ここから拠点までの途中にあるから、正巳君も見たかも知れないね』と言っていた。

 確かに、拠点とホテルの間にそれらしい工場を見たが……大分大きな工場だったと思う。中がどうなっているのか少し気になるので、近いうちに行ってみよう。

 そんなこんな考えながらミューの方を見ると、視線が合った。

「あ、あの、別にそんなに大した事はしていません。それに、サナちゃんが頑張っているのに自分は何もしていないな、って思っていただけなので……」

 そう呟いているミューに反応したのは他の給仕長達だった。

「発言、よろしいですか?」

 確か、13歳の少年"コウ"だったか――が手を上げる。

「……ああ、俺が応えるのか……なんだい?」

 誰も返事――許可をしてあげないものだから、不思議に思っていたのだが、俺が許可する方式らしい。……何となく、先生をしているような感覚になりながら応えた。

「はい、いちの長ミューちゃ――さんは、誰よりも努力していました!」

 コウが言った後に続いて、他の子供達も手を上げる。
 どうやら、こういった会議では挙手をしてから発言、と習ったみたいだ。

「……そうだな、ミューについての証言以外に何か言いたいことが有る人はいるか?」

 正巳がそう言うと、上げていた全員が手を下ろした。その様子を見て、『慕われてるな』と微笑ましく思った正巳は、改めて言っておく事にした。

「ミューには、ご褒美を与える事になっている。他の者達も同様、努力や成果はそれに相応しいご褒美を与える。そうだな、今回其々頑張ったらしいからそれに応じたご褒美を約束しよう。――その様に、全体に伝えてくれ」

 正巳が言うと、子供達は『はい、その様に!』と声を合わせた。

 その答えに頷いた正巳だったが、ふと、上原先輩が今井さんに『何だか、正巳が軍人みたいになってますけど……』と呟いているのが聞こえた。

 それに対して、今井さんは『まあ、半年もあんな環境に居たらそうも成るだろうね。それに、子供達を鍛えてる大人もそんな感じだから仕方ないさ』と言っていた。

 二人の会話に、少しドキッとした正巳だったが、癖の様に身に付いてしまった事なので仕方ない。それに、規律の無い集団は、直ぐに崩れるという事も良く知っているので、これで良いと思った。

 何より、ハク爺が鍛えたハクエンとアキラ、それにテンの様子を見ていれば、その訓練がどの様に厳しいモノだったか分かる。

 その厳しい訓練は"護衛"つまり、この集団を守る為に行った訓練であり、守る対象のトップが相応しくない状態――堕落した状態であるよりは良いだろうと思う。

 口を閉じたまま黙っているテン達へ視線を向けた正巳は、言った。

「勿論、護衛部の皆にもご褒美が有るからな。そう伝えてくれ」

 正巳がそう言うと、テンが『はい、承知しました』と答えた。
 その横で、一瞬ハクエンとアキラの二人が視線を合わせていた。

 ふたり共、僅かに口角を上げた程度だったが、喜んでいる様子が感じられた。

「……」

 若干、一部から……一部の大人から期待の視線を感じたが、ここで反応するのは悪手だろう。視界の端で、必死に視線を送って来る一名をスルーしながら、話を進める事にした。

「まぁそう言う事で、明日の拠点移動は順次行う。移動に関してだがどうなってる?」

 正巳がそうミューに聞くと、ミューが説明してくれた。

「今回、私達給仕部が拠点移動の仕切りをする事になっていますが、移動は朝10時開始。第一波として、先ず護衛部の一から六までの部隊に移動して頂きます。その後移動を終えた護衛部には物資の管理と移動を行って貰い――」

 どうやら、最初に移動するのは護衛部の様だ。

 確か、テンが長でハクエンとアキラが副長だった筈だ。サナが『一から六』と言った時に、アキラが頷いていたが、恐らくこの半分はアキラが束ねているのだろう。

 普通に考えると、これは基本的な拠点移動――紛争地帯を移動する際に取っていた行動――の一つだ。先ず、斥候兼安全確保の殲滅体が先行する。次に、安全が確保された中を非戦闘員――女子供が移動する。最後は、後ろを守りながら残った部隊が移動する。

 ……確か、ホテルの指導役が『最低限の強要と護身術を教えます』と言っていたが、この知識はその"最低限"に含まれ知多のだろうか……

「――続けて給仕の内一、七、九、十を除いた8部隊が移動します。その間、コンシェルジュである我が隊"一"が全体の指揮を行い、ルームサービス、フロント、セールスの部隊が其々ホテルの最後の清掃に当たります」

 どうやら、きちんと最後の掃除をしてから出発するらしい。

 ザイから聞いたホテルの宿泊費は、総額で約46億円。

 とんでもない金額ではあるが、一流ホテルに半年間、それも800名強が泊ったと考えるとそんなモノだろう。それに、ザイによると『野菜の提供分は請求金額から引かせて頂きました』という事だったので、本来はもっと高額だったのだろう。

 お金を支払っているのだから、清掃する必要が無いとも思うのが普通ではあるが、どうやら子供達は一流の教育を受けたらしい。去った後にその跡を残さなくてこそ一流だ。

「わかった。それで、俺達はどうすれば良い?」

 正巳がそう聞くと、ミューが笑顔で答える。

「正巳様方はご自由になさって、必要があれば声をかけて下さい」
「そ、そうか……」

 どうやら、本当に"自由"にして欲しいらしい。

「はい! それで、続きですが……我々が最後の清掃を終えたタイミングで、再び残りの護衛部の移動をお願いします。正巳様方には、その……この移動の動きを一つの成果として見ていて欲しいのです。ですから、その自由に……」

 最後の方は俯いてしまったミューに、微笑みながら言った。

「分かった、しっかり見届けよう」

 正巳の言葉に嬉しそうに頭を下げたミューに『ご苦労様』と言うと、全体を見渡した。それぞれ、視線が合うと頷いて来たので、共有されたと判断した。

「よし、それじゃあ次だな」

 今井さんと目が合い、頷いて来る。
 どうやら、俺がここで何を話すか察していたらしい。

「少し聞いて欲しいんだが……俺は、この半年の間色々な国を見て来た。それこそ、この世界の最悪な地域は全て回ったと思う。残念ながら、幸せな国を観光する事は無かったが、その最悪な環境を渡り歩く中で、一つの結論とその結論から"答え"を出した」

 一度言葉を遮ると、一同を見回した。
 ハク爺とユミルを除いた全員がこちらを見ている。

「その結論は――政治が悪ければ民は不幸になるだ」

 これは、半ば当然の事だ。
 それこそ、小学生の頃に習うような内容、一般常識的内容だ。

 しかし、"知っている"のと、"理解している"のは違う。
 しかも、単に理解するのではなく、経験を伴った理解と言うのはまた違う。

「そこで考えたんだ。世界中の、悪政に苦しめられている人達――子供達を如何にか出来ないかって。その答えは、俺が居る国――この日本に来れば幸せになる事だと思った」

 正巳がそこまで言った所で、それ迄静かにしていた綾香が口を挟んで来た。

「でも、それは幻想よ!」

 強いまなざし、強い口調――実体験から来るものだろう。

「……そうだな、それは幻想だ。しかし、前よりは"良く"なるだろう。血税を啜る政治家は多少マシだし、兵士が好き勝手する事も無い、犯罪者は法によって裁かれる」

「それは、確かにそうだけども……」

 その状況を想像したのだろう、眉をひそめながら絞り出している。

「ただ、今言った通り、この国には法律がある。この法律は、この国の民――国民を第一に守る為にある。様々な権利も保証されている」

 そう言うと、子供達の目が輝く。
 ――サナとミュー、それにコウを除いて。

「だが、この権利は国民にのみ保証されたモノなんだ。つまり、国民以外……この国以外の子供や、国籍を持たない者には保証されていない」

 一度言葉を止めると、理解するまでの間時間を取った。

 ……頭の回転が速い子供が居るらしい。数秒で、『あれ、僕って国籍有るのかな……』という言葉が聞こえて来る。そして、その数分後にはその場の全員が理解したらしく、俯いていた。

 そう、今正巳が保護している子供達は、その殆どが国籍を持っていない子供が大半だ。マムに調べて貰った処、一割程度は国籍が残っている様ではあったが、その子供達も登録が"死亡"となっているのが殆どだった。

 すっかり重い空気になってしまたが、話を進める事にした。

「そこでだ、俺はある事を決めた。これは、つい先日ある男と話していて気が付かされた事なんだがな――」

 そこで一度言葉を切ると、あの島で会った王子の事を思い浮かべた。

 油断できない男ではあったが、誠実な男だった。
 近いうちに遊びに来る等と言っていたが、大丈夫だろうか……色々と。

「俺達は、今や一つの村――いや、村でなくとも良いが……まあ、共同体の様なものになっている。そこで俺は、この共同体を一つの組織にしようと考えている。俺が考えてるのは、他の組織――それこそ、国の様な組織が相手でも対等に渡り合える組織にする事だ」

 正巳が言い切ると、子供達が一斉に手を上げた。

「それじゃあ……タクミ」

 給仕長の内、先程『セールス』と言われていた男の子を指した。

「はい、俺は付いて行きたいです!」

 タクミがそう言うと、他の子達もウンウンと頷き始めた。
 そんな子供達に苦笑していると、隣に座っていたサナが言った。

「お兄ちゃ、サナも一緒だよ?」
「ああ、そうだな」

 そんなサナに対抗してか、反対に座っていたマムが言う。

「パパ、私がどうにかします! マムだったら、先ず敵対する国家のネットワークを破壊して、防衛機能や攻撃機能も掌握それで――」

 何やら、マムがおっかない事を言い始めたので、慌てて『絶対にやるな。必要があればお願いするから』と言っておいた。マムが『分かりました、パパ』と頷いたのを確認して、一息ついた。

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