『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

162話 前言撤回

 マムを含めた七人と一匹で車両に乗り込んでいた。
 車両も新しくなっており、出発の際に色々と説明が有った。

 しかし、機能が多すぎて良く分からなかった為、『非常識に加速する装置が付いている』という事と、『安全の為の"レース車用シートベルト"が付いている』事しか覚えていない。それと、車高が高いのと十二人乗りの車の為、車両内には余裕がある事ぐらいか……。

 現在、隣にはマムが座っており、その腕にはボス吉が居た。どうやら、マムはマッサージの技も習得したらしく、ボス吉はゴロゴロと鳴いて気持ちよさそうにしている。

 時折思い出したかのようにして、ボス吉がこちらに手を伸ばそうとして来るが、何れもマムの更に洗練された指の動きであやされてしまっていた。何となく、マムとボス吉の間で火花が散っている気もしたが……恐らく気のせいだろう。

 そんな様子を(モフれて羨ましいな)と思いながら、マムに指示の続きを出していた。

「それじゃあ、『帰ったら打合せをする』って伝えておいてくれ」
「はい。メンバーは逆巻、サナ、デウでしょうか?」

 そう言って、マムがこちらを見上げて来る。

 ……やはり瞳の光が綺麗だ。機械的では有るのだが、瞳の奥にも深い色が浮かんでいる。深い色に沈み込むように考えてから、答えた。

「加えて、テンとハクエン、アキラにも声を掛けておいてくれ」
「分かりました!」

 そう言うと、マムは一度瞬きをしてから『伝えておきました』と報告して来た。

 その後、『これは困りました、上手く対処しなくては一番には……』と呟いていたが、特に相談は無かったので(問題はないのだろう)と判断した。

 ――(多分、自己学習や何らかの中で壁にぶつかったのだろう)と考えていた正巳だったが、それがまさか"パパの一番はマム作戦"なる計画と、ホテルに残して来たサナが『お兄ちゃんは何処?』と探し回っている事が原因であるなどとは、夢にも思わなかった。

 一先ず用が済んだので、正巳は車両内の小窓から外を眺めていたが、途中でソロソロと移動して来たミューが、正巳の前まで来ると言った。

「お兄さん、その……」
「どうした?」

 『ここに座るか?』と言って、隣のシートを指した。走行中の為、なるべく座っていた方が良いだろう。しかし――『いえ、直ぐに済むので!』と言うと、一呼吸おいて聞いて来た。

「その……今夜の打合せには、私達も出席して宜しいでしょうか?」
「そんなの――」

 『そんなの、当たり前だろ?』と言おうとして、ここに居るメンバーには、一言も話していなかった事を思い出した。

「悪い、忘れてた。当然、ここに居るメンバーにも参加して欲しい。それと、給仕と護衛のまとめ役をしている子達だったか?――にも参加して欲しいんだ」

 そう言うと、ミューは目を輝かせて『承知しました! 給仕長にはそのように伝達しておきます!』と答えた。随分と嬉しそうにしている様子を見るに、恐らく"役割が与えられている"という事に、喜びを感じているのだろう。

 一応、護衛長について聞いてみると『それでしたら、先程お兄さんが言っていたテン、ハクエン、アキラがトップスリーなので、問題無いかと思います』と言われた。

 全く知らなかったのだが、三人共頑張っていたらしい。

 しかし、そうなると困る事が一つある。

「……お兄ちゃん、私なら大丈夫だよ~あとで映像で確認するし、新しい家の情報を確認してから色々と考えたいことが有るから~」

 リルがこちらの視線に気が付いて、そんな事を言ってくる。
 ……随分と察しが良い。

「悪いな。恐らくテンもアキラも気配を操れないみたいでな」

 多少は出来るのだろうが、模擬戦を覗いた限りはまだまだ未熟だろう。その癖、ある程度の実力は付いている。そんな二人が揃った処にリルが行くと、始終意識を飛ばす事になるだろう。

 その点、ハクエンは気配の操作に関しては、適性が有るみたいだった。その内、本当の意味での白煙――煙の様な戦い方をするようになるかも知れない。

 ハクエンの戦い方は、アキラの戦い方とは恐らく真逆なのだろう。テンがどの様な戦い方をするかは分からないが、性格的に考えてかなり真面目――戦略的な戦い方をするのだろう。

 その後、凄いスピードで流れて行く景色や、白熱した議論を交わす今井さんと先輩の様子を見ていた。通り過ぎる景色は、段々と寂れた景色となって来ていた。時折過ぎて行く家に、"ボート"や"サーフボード"が置かれているのを見るに、海に近いだけある様だった。

 そんな景色に飽きて来たので横を見ると、満面の笑みを浮かべたユミルが居た。一方にリル、もう一方にミューと手を繋いで、何やら楽し気にしている。

 当のユミルはまだしも、リルとミューは何とも言えない顔をしていたが……。

 何となく、隣に居たサナが居ない事に少しばかりの違和感を感じ始めた処で、マムが車両の速度を落とし始めた。速度が落ちると同時に、車両の上部――開閉式の天井サンルーフが開き始めた。

「そろそろ到着します。今回は、正面から入りますので――」

 マムがそう言った処で、今井さんが引き継ぐようにして言った。

「正面玄関は全面ガラス構造でね、開放感あふれた造りになってるんだ」

 そう言った今井さんに対して、マムが一瞬頬を膨らませて見せるが、それも一瞬の事だった。直ぐに、何やら諦めたかの様にしたマムは、再びボス吉をあやし始めている。

「――という事で、表の三層には強化ガラスとしての面と、光線類の遮断の役割が有るんだ。ただ、それだけだと強度や防御力に問題があってね。その後ろの十層は、その強度を補強する役割をしているんだ」

 どうやら、ガラスは十三層になっているらしい。

「それで、重要なのはこの三層と十層のガラスの壁の間にあるモノ・・でね……」

 そう言った今井さんを横目に、施設の正面に目を向けた。

 ……左右数百メートル、高さは三階から四階建て、といった所だろう。

 その前面はガラス張りになっている。

 ガラス面なのはわかるが、何故か黒く色が付いていて施設内が見えなかった。

「黒いのが"重要"なモノですか?」

 そう聞くと、今井さんが大きく頷いた。

「そうさ、これの為に生産リソースの60%強を割いていたからね」
「……」

 そう言った今井さんから、正体を知っている筈の先輩に目を向けたのだが、視線を外され無言になってしまった。そんな先輩の様子に不安を感じながら、停止した車両から降りた。

 すると、降りて来たのは俺とボス吉だけで、他の人は車両内に残ったままだった。不思議に思っていると、『これはパパに体験して欲しいので……それと、マスターここはマムに任せて貰えませんか……』という声が聞こえて来た。

 どうやら、マムが出口で他のメンバーを止めていたらしい。

 ……若干不安だ。

 車両内に戻ろうとした所で、マムが外に出て来た。マムが外に出ると車両のドアが閉まり、みんな――先輩やユミルも一緒にサンルーフから頭を出している。

「それで、俺に何を"体験"して欲しいんだ?」

 これから、目の前の拠点を確認しようというのに、中にも入ってない場所で何をしようと言うのだろうか……まあ、先程今井さんが"かなりの資源を投入した"と言っていたのだから、その価値が有るモノなのだろうが。

 そんな風に思っていると、マムがにっこりとして言って来た。

「パパには、"空中歩行"を体験して欲しいのです!」
「……空中歩行?」

「はい。残念ながら、"イリュージョン・アーカデミア~君の瞳はいつも釘付け~"みたいに、魔法の様には行きませんが」

 恐らく映画のタイトルなのだろうが、マニアック過ぎて知らない。

「そうか……まあ、説明だけ――聞いても分からないから、早速やってくれるか?」

 高度な技術を使っているであろうことは明らかなので、仕組みや考え方なんかを聞いても分からない。分からない言葉を聞くよりは、実際に体験したり見た方が百倍分かり易いのだ。

「分かりました。それでは――"外壁防御虫シールドインセクト"です!」

 マムがそう言って手を上げた瞬間、外壁の上部にある一枚のパネルが消えたのが見えた。その部分だけが他と違い、ツルツルとした質感と光の反射が消えている。

 何が起こるのかと思っていた処、ふとガラスの内側の黒い部分が波を打った気がした。見間違いかと思い、目を擦ったのだが……次の瞬間それは始まった。

 パネルの消えた部分から、小さなモヤの様なモノが飛び出した。そのモヤは段々と太くなり始め、終いには黒煙の様に立ち上っていた。

 ぎょっとした正巳は、一瞬後ずさろうとした。
 しかし、何とか踏みとどまった正巳は、目を凝らす事でその正体を知った。

「小さな、それもうんと小さな機械か……」

 そう呟いた正巳に、マムは嬉しそうに言った。

「大当たりです! 流石ですパパ!」

 嬉しそうなマムに、何となく"悪気が無いって怖いな"と思った。

 その後、暫く黒煙の様にして飛び上がっていた小さな機械の集団は、上空で小さな黒雲の様なモノを作っていた。そんな黒い塊を見ながら、次の指示を出そうとしているマムに言った。

「マム!」
「はい、パパ?」

 ……そんな無邪気な顔しないでくれ。

「前言撤回だっ! あれが何なのか詳しく・・・教えてくれ!」

 時には潔さが必要だ。

 特に、危機に瀕している時や生命に関わる際などは、プライドにしがみ付く事は愚かな事なのだ。正巳が説明をくれるようにと言うと、マムは嬉しそうにして言った。

「勿論です! あれは、ナノ――いや"マイクロ・・・・マシン"です。一応、ナノマシンの方も開発中ですが、もう数世代"生産工場コロニー"が進まないと生産できないので……」

 そう言ったマムは、何やら気合いを入れて『まだ不完全であんなに・・・・大きいですが、必ず近いうちに千分の一以下のサイズにします!』と言っていた。

 そんなマムに『そ、そうか……まあ今井さんと頼むな』と答えると、マムが続けて説明をしてくれた。しかし、その内容は、その後起こるであろう事を予測出来ていた正巳にとっては、殆どが"心配の種"でしかなかった。

 唯一『大丈夫です。全ての危機に共通して"二人は決して襲ってはならない"と生産時に刻み込まれていますので!』と云う言葉が救いだった。

 どうやら、正巳と今井だけは決して襲わない様に、作られているらしかった。

「それで、皆は車の中だったのか……」

 妙な納得をしていた正巳は、マムの『それでは宜しいですか?』と云う問いに対して、適当に頷いてしまった事に気が付いていなかった。

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