『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

159話 害虫駆除

 意識が薄らいで行く中、こちらを心配そうに覗き込んでくる男の姿が、その瞳にぼんやりと映っていた。何となく懐かしく感じたが、それも意識が途切れるまでだった。

 意識が途切れた瞬間、視界がホワイトアウトした。

 ◆◇◆◇

 これは、いつもの"追憶の旅"だ。

 旅の始まりはいつも同じ。

 目を開くと、両親が覆いかぶさって来る。
 ――これが、一番古い記憶だ。

 両親はこちらに覆いかぶさると、私を真ん中にして両側から包み込んだ。

 優しく包み込んで来るその体温は、懐かしいモノだった。

 暫くそのままでいたが、次第にお腹が空いて来た。

 何となく"美味しそうな匂い"がした気がして、母の方へとすり寄った。

 母は小さく何かを言うと、食事の用意を――服を捲ってくれた。

 母の言葉はよく分からなかったが、母の乳房に口を当てると、いつもの様に栄養を摂った。

 ――満足した。

 相変わらず、何となく温かかった。

 多分、両親が用意してくれた"温かいお湯"の為だろう。

 私は知っていた。

 いつも寝る前になると、両親が私を小さい桶に入れてくれる。

 その桶には温かいお湯が張られていて、とても気持ち良いのだ。

 いつもと違って、桶は使わないのかなと思った。

 まあ、両親のする事だから間違いじゃないだろう。

 ――証拠に、こんなに温かい。

 ふと、大きな音がした気がした。

 その音は、外から・・・の気がした。

 気になったので、ハイハイをして移動すると、父の顔の所まで移動した。

 いつもなら直ぐに抱き上げてくれるが……父は良く分からない表情をして、何か言った。何かを伝え要としているのは分かったが、生憎まだ意味は分からなかった。

 必死な様子の父を見て、少しだけ"かわいそう"と思った。

 父の顔に手を当てると、少しだけ困った顔をして笑った。

 父が外を見せてくれない事を知って、母の方に行った。

 母は、私が近づいて来たのを見て微笑んでいた。
 ――いつもと変わらない微笑みだった。

 私の表情を見た母は、困ったような顔を浮かべ、ゆっくりと口を動かした。

 その音の意味は分からなかったが、わかった・・・・

 母は、こう言っていた。

『 あ い し て る 』

 何となく安心してそのまま母に抱き着くと、母の呼吸音で眠くなって来た。

 衝動に抗う事が出来ず、次第に目が霞んで行った。

 ふと、母と父の隙間から、外が見えた気がした。

 そこには誰か、他の"ひと"が居た気がした。

 しかし、薄らいでいた視界には、それ以上何かが映る事は無かった。

 ◆◇◆◇ 

 目を開くと、そこは少し埃っぽい納屋だった。

 視界のあちらこちらに、農具や洗濯後の作業服が干してある。

 寒気がして来たのでトイレに立った。

 体を起こすと、脇腹が少し痛かった。

 ……恐らく、日中豚に追突された場所が痛んだのだろう。

 私の仕事は、家畜へのエサやりと害虫や害獣の始末だ。

 音を立てない様にして立ち上がると念の為、先端にスタンガンの付いた棒を持った。

 もし、害獣が現れた時に追い払うための道具だ。

 叔父は、『もし家畜が一匹でも居なくなったらゆるさねぇ!』と言っていた。

 どうにかしなければと考えて、スタンガンを改造して枝の先に取り付けたのだ。

 スタンガンは、偶に会う市場のお姉さんが『何かされたら使いなさい』と言って渡してくれた。何の事かよく分からなかったけど、取り敢えず役には立った。

 ――最近会う事が無かったが、元気だろうか。

 スタンガンの効果は凄く、少しでも触れたら野犬だけでなく、熊でさえも逃げて行った。

 ――トイレは外にある。

 棒を無くさない様にしながら、用を足すと納屋に戻った。

 ふと、家の方――叔父の住んでいる家から、声がした。

 いや、と言うよりは悲鳴・・と言った方が良いかも知れない。

 もし、害獣だとしたら……

 害獣の排除を命じられている私が怒られる。

 慌てて向かうと、そこには獣が居た。

 そして、襲われていたのは……

 苦しそうな様子を見て、一刻の猶予も無いと判断した。

 威力を最大にすると、開いた扉から飛び込み、スタンガンを押し当てた。

 ――これ迄、スタンガンの威力を最大にする事は無かった。弱くしても、十分に逃げてくれたからだ。しかし、今回は家の中に入った害獣・・だ。もし逃がしたりしては事だろう。

 スタンガンの電流を喰らった獣は、数秒体を震わせた後で倒れ込んだ。

 弱点を狙ったのだが、狙い通りに行ったらしい。

 動かなくなったのを確認して、襲われていた人の側に近寄った。

「おねえちゃん、だいじょうぶ?」

 そこには、半裸にされたお姉ちゃん――市場のお姉さんが居た。

 それ迄うつろな瞳をしていたお姉さんだったが、焦点が定まって来ると、こちらへ抱き着いて来た。お姉さんは、何故か泣いていた。

 何となく、懐かしい温かさを感じて抱きしめた。

 落ち着いて来たお姉さんが、『その棒と、解体用の道具を持って来てくれる?』と言ったので、いつも使っている道具を持って来た。

 それらを受け取ったお姉さんは、獣の首元に解体包丁を振り下ろした。

 ……獣は、まだ生きていたみたいで、包丁が振り下ろされた後で一瞬ビクンっと反応した。しかし、直ぐに動かなくなった。

 お姉さんはこちらを見ると、小さく言った。

『 あ り が と う 』

 そして、その首元へと刃を押し当てた。

 ――噴出した血の色が、何色なのか分からなかった。

◆◇◆◇

 前を向くと、そこには犯されている少女と害獣――施設職員の男が居た。

 ……本当であれば、害獣を始末しなければいけないのだが、困った事に手足が縛られてしまっている。これは、以前男の耳を噛み千切ったからなのだが……

 勿論、毎回害獣を排除するのに噛みつく訳では無い。

 どの様な時にどうすれば良いか、この組み合わせで始末する。

 これ迄ずっとそうしていたし、これからもそうして行く。

 それに、目の前の害獣に関しても問題無い。

 もう少しだけ右手首が回れば、拘束が外れる。そうすれば――

 手首がギリギリと悲鳴を上げ始めた瞬間、それ迄の意識が全て一点に集まった。

 音もなく侵入して来た者達によって、害獣が排除されたのだ。

 害獣――もとい職員の男は、意識を奪われた上で拘束されていた。

 ……手際が恐ろしく良い。

 恐らくは、プロの害獣駆除部隊なのだろう。

 少し安心していたのだが、駆除員が拘束を外してくれた時、目の前の存在から逃れる事が出来ないと言うプレッシャーが襲って来た。

 幾通りもの手段が思い浮かぶが、全てが男の前では意味を成さない。

 全て、失敗する予想しか付かないのだ。

 一瞬の内に思考を数百と繰り返した為か、意識が途絶えた。

 意識が途切れると同時に、視界がホワイトアウトした。

 ――繰り返される記憶。

 ◆◇◆◇

 気が付くと、大きな部屋に居た。

 天井には、綺麗な宝石がキラキラと光を反射している。

 周囲には、同じ位の子供達が沢山いる。

 中には記憶にある子もいるが、その大半は知らない人ばかりだ。

 不思議に思いながらも、そのまま観察する事にした。

 周囲を観察していると、数人の女性が歩き回ってお世話をしていた。

 ……何となく、お姉ちゃんを思い出す。

 少しばかり懐かしく思い出していると、不意に一人の男の人が現れた。

 その男の人は、真面目そうな服装をしていて、隣には作業着を着た女性が居た。

 何となく嫌な予感がして、少し離れようとしたのだが――遅かった。

 近づいて来た男を前にして、再び回り出した思考の渦に巻き込まれ、意識が遠のいて行った。ただ、今回は寸前で和らいだその感覚・・によって、少しだけ意識があった。

 遠のいて行く意識の中、男が言った。

『 Playing possum. ――狸寝入り、いや、擬死ぎしですか……』

 ◆◇◆◇

 その後しばらくして意識を取り戻すと、近くには白衣を着た女性が居た。

 話を聞いた所、私は別室で治療を行う事になったらしい。

 治療が必要だと思わなかったのだが、手首の筋が痛んでいたという事だった。

 その後、自分の守るべき場所を把握する為に、施設内を歩き回った。

 途中途中で嫌な感じがした場所には、近づかなかった。

 何となく、同じ事・・・が起きる気がしたのだ。

 しかし、その後数回意識が飛ぶ事になった。

 一度は、腕を怪我していたお姉さんとすれ違った時。
 一度は、探検している最中に白髪のお爺さんと出くわした時。
 一度は、同じ位の年齢の女の子と顔を合わせた時。

 女の子の時は、白髪が綺麗で触らせて欲しくて近くに行ったら、意識が飛んだ。

 どれも、近くに近づいた時に意識が飛んだ。

 しかし一人だけ、近づくと悪寒が走る人がいた。

 その人は黒髪の男のひとで、周囲の人と話しているのを見ると、害獣ではなさそうだった。

 どうやら、私や皆が助かったのは、その男の人のおかげらしかった。

 お礼を言いたかったが、どうしても近づけなかった。

 皆が一緒に食事をしている時も、同じ会場には行けなかったので、別の部屋で会場をモニターで見ながら一緒に食事した。

 男の人は、『くにおかまさみ』と言っていた。

 どうやら、この食事を最後に一度其々が"訓練"に出るらしかった。

 自分に出来る事――"害虫や害獣の駆除"これを磨く事にした。

 その後、不思議な少女――"くにおかまさみ"と一緒に行ったあの女の子――と同じ白い髪をした"マム"と言う子が来た。

 マムの隣には、作業着の女性"いまい"が居た。

 二人の言う事によると、『適正を計る為に色々なテストをする』と言う事だった。

 どうやら、ここでの適性に応じた訓練をするらしかった。

 『希望が有れば、好きな事をすれば良い』と言う話だった。

 一応、自分が出来る事は伝えておいた。

「害虫と害獣を駆除するのが得意です」

 そう言うといまいは、笑いながら『良いじゃないか、得意な事を伸ばせばいい』と言っていた。これ迄そんな風に言われた事が無かったので、嬉しかった。

 それからは、"いまい"のあとを付いて行く日々だった。

 ただ、付いて行くのは研究所の中でだけだった。それ以外の場所では、相変わらず嫌な予感がしたし、何度か意識が飛ぶことが有ったのだ。

 いまいは、外に"うえはらくん"と行く時、マムに言って"げーむ"をさせてくれた。

 そのげーむは、最初"ぱずるげーむ"だった。

 しかし、段々と内容が変わり、最後には"ぼうえいげーむ"になっていた。

 ある日、いまいは『君は随分と知識が偏っているね』と言って来た。

 そして、その日から"きそきょうよう"を勉強した。

 相変わらず"ゲーム"はしていたが、その殆どは"防衛ゲーム"だった。

 守る拠点や対象があり、それを"アイテム"や"施設機能"を使って守るのだ。

 その後も、基礎教養を学び防衛ゲームをする。

 時々顔を出す"みゅー"とは仲良くなった。

 そんな日々が続いた。

 そんなある日、外に訓練に出ていたサカマキ達が帰って来た。

 そしてその数日後、珍しく興奮したマムが『パパが帰って来るです!』と言って、出て行った。初めてマムが興奮しているのを見た。

 少し気になったが、会う事が出来ない私には関係のない事だった。

 再び部屋に籠ると、パネルに写し出された会場の様子を見ていた。

 食事の時"上映"されるらしかったが、その上映する内容は、前もってマムから見せて貰っていた。実は、同じく国岡正巳が害獣駆除をする人だと知り、毎回楽しみにしていたのだ。

 盛り上がる会場を見ながら、自分は上映される内容を知っている事に、少しだけ優越感を感じていた。会場に国岡正巳が登場してから、テーブルに着くまでをじっくり見ていたが、"上映会"が始まった辺りで視線を外して"防衛ゲーム"を始めた。

 ここ最近、マムが持ってくる防衛ゲームの内容が変わっていた。

 何やら六角形をした拠点。
 拠点は大きく分けて7つの棟で出来ている。

 中心に六角形の第0棟があり、その周囲に台形の棟が6つある。其々の棟に特徴があるが、一貫しているのは"外敵からの防衛設備"が存在する事。

 このゲームは、攻略しようとする外敵――もとい害獣から、拠点防衛するという内容だった。防衛には、施設の設備を適切に設定する。

 様々な状況設定が有った。

『スパイが入り込んでいる』
『市民蜂起が起こった』
『武装組織が襲撃して来た』

 其々の状況に応じて、求められるクリア条件は違った。

『周囲に知られず排除せよ』
『相手に死傷者を出すな』
『完膚なきまで叩き潰せ』

 今回のゲームクリア条件は、その中でも単純な条件だった。

『武装部隊24名を殲滅せよ』

 これ迄、何度かみゅーが一緒にゲームすることが有った。
 しかし、みゅーはこの"防衛"に向いていない様だった。

 みゅーが手を出すと、甘い事を言ってこちらに被害が出る。

「そうですねぇ、やっぱり武装部隊が30名迄の場合は圧殺が効率的なんですねぇ、となると、この場合はマムちゃんの言っていた様に施設自体を……いや、でもそれだと『すぷらった』はやだとみゅーに言われちゃうしぃ……」

 ウンウンと悩み過ぎて、口調が可笑しな事になっていた。しかし、それに気が付くよりも早く、そのが聞こえた。

 その声は、何度もマムに『お父さんの声良いですよね~』と言って聞かされていた声と、同じモノだった。

 思いがけず現れた姿を見て、数秒思考が手元を離れた。

 そして、意識が薄らいで行く中、こちらを心配そうに覗き込んでくる男の姿が、その瞳にぼんやりと映っていた。何となく懐かしく感じたが、それも意識が途切れるまでだった。

 何となく前にも同じことが有った気がした。

 それを意識した瞬間、一気に思考が冴えて云った。

 ――それは、目が覚める合図だった。

◆◇◆◇

 正巳はマムから、目の前の少女の"経歴"を聞いていた。

 ――――
 両親は押し入った強盗に刺されて亡くなっていた。
 強盗は、氷点下に達する地域で、窓やドアを開けっぱなしにして逃げた。

 事件の発覚まで丸一日かかったが、両親の体温で命をつなぎとめた。
 当時少女はまだ2歳になる前だったらしい。

 発見された時、その全身は両親の血で赤く染まって居た。
 その衝撃的な状況から、『血の赤子事件』と呼ばれたらしい。

 事件の影響からか、赤い色に反応出来ない。
 恐らく、両親の記憶が傷として影響しているのだろう。

 その後、母親の兄に引き取られた。

 叔父であるその男はとんだ外道だった。
 一人旅の女性や、地域の女性を捕まえてはレイプを繰り返していたらしい。

 男は少女に、自分の育てている家畜の世話をさせていた。
 しかも、家畜の世話ばかりでは無く、獣番までさせていた。

 そんなある日、隣町に住む女性が連れ込まれた。

 女性は、喉を切って自殺。
 少女の叔父である男も、首が切られていた。

 当初、女性が抵抗の末殺害、女性は自殺とされていたらしい。

 しかし、男の腹部から壊死した細胞が見つかってから、状況が変わった。
 壊死した細胞は、高圧電流を受けてのモノだったのだ。

 その後、少女の持つスタンガンが見つかり、凶器である解体包丁からも少女の指紋が見つかった。しかし、状況不十分で少女に疑いがそれ以上掛けられる事は無かった。

 その後、二年ほどを調査を担当した警部の元で暮らしたが、やがて孤児院に入れられた。どうやら、警部は良かれと思ってした事のようだが、これが劣悪な環境だった。

 暴力や暴言による虐待は日常茶飯事、おまけに、目を付けられれば男女問わずに悪戯しに来る職員が居る。そんな中にあって、何故か手を出される事は無かった。

 まだ幼いという事もあるのだろうが何より、少女に手を出そうとした者はことごとく、傷や怪我を負っていた。しかも、その大半が外的な――事故と言えるようなモノだった。

 気味悪がられ、一年の大半が拘束されて過ごす事になった。

 その後、正巳が派遣したホテル職員によって保護された。

 保護された後は、他の子と同じように過ごしていた。

 (如何やら、マムによって"適正検査"がされたらしく、様々な方法――単純な質問や基礎体力の検査から、思考適正や行動適正を調べたらしい。何となく、その分析の手法について気になったが、続きを聞く事にした。)

 検査の結果、少女には"ハウスキーピング"つまり、『ハウスキーパー』の適性があると分かった。『ハウスキーパー』にも様々な業務があるが、この子は特化した才能を秘めていた。

 その才能とは、『害虫駆除』。
 ――――


 一通り話を聞いた正巳は、マムに言った。

「"害虫駆除"って言うのは、"虫"の事じゃないよな?」

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