『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

155話 映画とファンと

 手合わせを終えたハク爺と子供達は、近くのロッカーで着替えに行っていた。
 正巳とサナは汗を掻いていなかったので、タオルで顔を拭うのみで済んだ。

 汗を掻いていなかったのは、別に『汗を掻くだけの運動をしていなかったから』とかそういう事ではない。単純に"汗を掻かない体"になっていたのだ。

 気が付いたらそう言う体質になっていた。

 汗を掻かなくなったからと言って、特に健康に影響は無かった。変わったのは、汗を掻かなくなった事で、衣類へ匂いが残る事が無くなった位だろう。

 長期間の行軍やキャンプ等の着替えられない状況では、きている装備や衣類が匂ってこないので大変都合が良かった。

 待っている間サナと話をしていた。

 サナはどうやら、アキラとハクエンを気に入ったらしかった。
 気に入った理由は『鍛えがいがあるなの!』と言う事だった。

 サナは新兵訓練施設ブートキャンプの教官から、多大な影響を受けていた様だ。

 最も、受けた影響が良い影響だったかと言われると、少しばかり疑問が残るが……

 そんなこんなでサナと話しをしていると、綾香が女の子たちに手を引かれて来た。

 綾香も、子供達と着替えたらしい。

 さっきまで普段着だったのだが、今は上下を薄いクリーム色をした服を着ている。

「それはホテルの?」

 正巳の言葉に対して、綾香は少し不思議そうに返した。

「いえ、私はお兄様が"作っている服"と聞きました」
「俺が作っている……?」

 当然、俺は服など作っていないし、これ迄に作った事も無い。
 となると考えられるのは、他の誰かが正巳の名義で服を作っている事だが……

「マム、もしかして俺がいない間に色々やってたか?」

 一歩後ろで、控えていたマムに聞いた。
 すると、直ぐに答えがあった。

「はいパパ、色々用意してました!」

 元気に答えたマムに、どういう事か聞いた。すると、どうやらマムは今井さんと一緒になって色々と作っていたらしい事が分かって来た。

「――……と言う事で、その一環でミューからの相談にも応える形を取ったんです。他には、極細サイズの機械類を生産する為の生産工場コロニーを用意しています」

 どうやら、周りの意見を取り入れつつも対応可能な内容に関しては、その技術と物資で対応していたらしい。

 少し聞いただけでも『生産機器』、『清掃機器』、『戦闘機器』、『補助機器』、『観測機器』、『工事機器』と、多種多様な機器類を創り出したらしい。

 其々の機器ごとに、数種類を作っていたらしく、その数は数十種類を超えるだろう。

 そして、マムの話を聞いていた中でも『諜報機器』の話は多少興味を引いた。

「マム、その『諜報機器』について教えてくれ」

「諜報機器――この場合"ヤモ吉"と言った方が良いかも知れませんが――は、この後壊れた機体からデータを収集、そして再設計された機体に修正を加えて再生産します」

 やはり予想通り、ヤモ吉の分類されている機器類目だったらしい。ヤモ吉は一度壊れてしまったが、どうやらちゃんと治って(と言うか作り直して?)戻って来るらしい。

「そうか……早めに頼むな」
「はい! 次は壊されない様に設計したので、大丈夫です!」

 元気に答えるマムに『"壊されない様に"ってどんな造りをしているんだ?』と聞きたかったが、途中でハク爺が戻って来たので、聞くのはまた次の機会にする事にした。

 ハク爺と戻って来た子供達が、着替えの最後の一団だった。

 一応全員戻っている事を確認すると、ミューが『食事の会場に案内しますね』と言って来たので、ミューに案内を頼む事にした。

 向かう途中でハク爺が話しかけて来た。

「坊主――っと、元に戻れた様じゃの」
「そう言えば、前は小さかったっけ?」

「そうじゃ、昔を思い出す様であれはあれで良かったんだがのぅ」
「そう言えば、皆は余り驚いていなかったけど……」

 ハク爺の言葉で、ここ迄の間子供達の反応が自然なモノだった事に、多少の違和感を感じた。本来であれば、小さくなった俺の事しか知らない子供達も居るわけで『誰あの人?』となる筈なのだ。

 疑問に思っていると、ハク爺が笑いながら言った。

「それは"上映会"が理由じゃな」
「……上映会?」

「そうじゃ、毎週"上映会"を美花とマムが開いていてな――……」

 その後ハク爺が話した内容を聞いた正巳は、頭が痛くなっていた。

 どうやら、正巳達が訓練する様子をマムがそうやってか分からないが"撮影"し、それをまるで映画の様に"編集"していたらしい。

 それを毎週上映していたと……そのお陰で、今の正巳の姿も知っていたのは良かったのだろうが、何とも言えない気分になって来る。

 綾香が後ろで『お兄様の映画、観たいです!』等と盛り上がっているが、それに加えてユミルが『何処で購入できますか?』と言っているのが聞こえて来て、更に頭が痛くなって来た。

 ハク爺が挨拶も交わさぬうちに仕掛けて来たのも、この"上映会"が理由らしかった。

「……だってのう、ほら、あれだけ動ければ手合わせしてみたくなるもんじゃて」
「いや……それよりも、そんな内容を見せたら子供の教育に悪いんじゃ……」

「それは心配ないと思うぞ、上手く編集されていて、それこそ"映画"の様だったからの。サナに関しては、ファンになった子も居るみたいだしのぅ」

 ハク爺はそう言って、後ろに付いて来ている子供達に視線をやった。
 ……数人が少し頬を赤らめている。

「まあ、サナにファンが付くのは分かるが――」

 『それでも、教育上良くないんじゃないか?』そう言おうとした正巳だったが、突如振り返ったミューに言葉を遮られた。

「お、お兄ちゃんのファンも居ます!」

 両手を少し持ち上げて、ぐっと手の平を握っている。
 突然のミューのフォローに、若干驚きながら返す。

「あ、ああ、ありがとうな?」
「え、いえ……」

 再び歩き出したミューだったが、後ろから飛び出して来た綾香と何やら話している。綾香とミューは楽しそうなので、余り邪魔をしない様にと思っていたら、隣を歩いていたマムが言った。

「パパのファン第一号はマムです!」
「ああ、まあそうだな……」

 サラサラとした髪を撫でると、それ迄ベルトだと思っていたモノが動いた。

「……それは、"しっぽ"か?」
「はい、人が増えたので普段はこうして収納しています」

 "人が増えたから"の部分が良く分からなかったので聞くと、どうやら子供達に余りにも"触られる"らしい。……今度、子供達への教育に"しっぽは愛でるもの"と言う事を追加しておいた方が良いかも知れない。

 マムの尻尾の動きに見入っていると、反対を歩いていたサナが言った。

「ふぁんなの?」
「ん? あぁ、"ファン"って言うのは、その人の事が好きな人の事を言うんだ」

 サナが"ファン"の意味を知らなかった様なので、教えておいた。
 直訳で"愛好家"とか"熱心な支持者"と訳されるが、サナには難しいだろう。

 少し考えていたサナは、やがてちょこちょことマムの隣に移動すると言った。

「サナも"ふぁん"になるなの!」

 ……真面目な顔をしている。
 そんなサナの言葉を受けたマムは、一拍おいてから大きく頷くと、言った。

「それでは"国岡正巳ファン二号"を認めます!」

 思わず『認めません!』と言いそうになった正巳だったが、敢えて子供のする"遊び"に口を出す必要も無いな、と考え直した。

 しかし、その後次々に『わたしも』とか『僕はダメですか?』とかいう声がして来た。恐らくは、新しい遊びを見つけたような感覚なのだろう。

 好きにさせておくつもりだったのだが、途中で聞こえて来た声には、ユミルや綾香の声も含まれていた。……やはり、止めておけば良かったかも知れない。

 その後、なにやらそわそわとしたミューの後に付いて行くと、見覚えのある廊下に出た。
 裏側にある通路を使えば、主要施設にアクセス出来るようになっているらしい。

 廊下に出ると、ミューが振り返った。

「既に準備が整っていると思いますので、このまま向かっても宜しいでしょうか?」
「問題無いが、準備が整っているのか?」

「はい、先程連絡が入りましたので」

 ミューがそう言うと、耳に掛かっていた髪を少しかき上げた。
 ……ミューの耳には、小さな通信機が付けられていた。

「なるほどな。それはみんな持ってるのか?」
「一応、十二給仕と警護士長は持っていると思います」

 ミューの言葉に、マムが補足する様に言った。

「現在設計し直したモノを"全員分"用意しています」

 ……どうやら、絶賛生産途中らしい。

 子供達に必要なのかは微妙な処だが、問題無いのであれば任せておこう。

 そんな事を考えていると、目の前に扉が見えて来た。
 扉の前には、ミューと同じく十二給仕の二人が居た。

 一人は男の子で、給仕の中では最年長の"コウ"。もう一人は女の子で、明るい雰囲気が滲みだしている"ナナコ"の二人だった。

 扉の前まで行くと、ミューが二人に合図した。

 すると、コウが両手で扉を開き始めた。そして、その後半分ほど開いた後で、ナナコに片方の扉を任せていた。

 恐らく、扉が重くて女の子の力では開かないのだろう。

 きちんと自分達の仕事をこなそうとしている姿に、少し感動した。

「二人ともご苦労様」

 一言だけ二人に言うと、開いたドアから中に入って行った。

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