『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

152話 サルビアの記章

 ホテルの駐車場に着くと、そこには小さな姿が並んでいるのが見えた。

 その数は十数人・・・等では無く、数十人・・・単位――いや、見えていない奥まで考えると数百人・・・単位だった。

 恐らく、正巳達が空港を出発した頃に連絡を受けて、準備していたのだろう。

 中にはモジモジとして、大勢いる中でも目立っている子がいる。

(変に恥ずかしがって動くと、かえって目立つんだよな)

 ……小さいワイシャツを着た子供がモジモジしているのは、可愛いから良い。これが、社会人になってからだと、中々キツイ思いをする事になる。

 それこそ、入社式の時に大きなスクリーンに映し出された中で"モジモジ"していた同期の社員が、その後『モジモジくん』と呼ばれているのを見て、いたたまれなくなったのを覚えている。

 その後どうなったのか知らないが、アジア圏での"社員顔合わせ"で見なかった事から、恐らくは遠くの地域に転勤したのだろう……

 それは兎も角、子供達の姿を見たからか"戻って来た"と言う実感が湧いて来た。

「やっとだな……」

 小さく呟いたのだが、それを聞いていたミューが『お帰りなさいませ』と言ってくれた。すると、それに反応して、子供達が息ピッタリに『お帰りなさいませ!』と言った。

 そんな子供達に背中を押される形で、自動・・で開いた車両のドアから出た。
 ――子供達は、マムの運転する"自動運転車"になじみ切っている様だった。

 少しだけ、(常識を教えておかないと不味いか?)と思ったが、(そもそも俺達は一緒に居るんだから、必要無いか……)と思い直したのだった。

 ただ、少しだけ"子供達の常識"が心配になったのだった。

 ユミルと綾香、サナとミューそれにマムを含めた、十一人の子供達を引き連れて車両を降りると、そこにはザイが待っていた。

「……ザイ?」
「これは、訓練終了の証です」

 小さな給仕たちの見守る中、ザイはその記章バッジを、正巳とサナの首元に付けた。
 付けられる前に見せられたその記章バッジには、植物の絵が彫られていた。

 植物に詳しい訳では無い正巳だが、つい数か月前に印象的な光景を見ていたので、覚えていた。


 ――――
 ――それは夕暮れの事だった。
 ある任務で洞窟に潜んでいた時、その先の野原を埋め尽くす一面の"赤"に心が奪われた。その光景に目を奪われていた処、一人の少年が歩いて来た。その少年の頬は酷くこけており、その肩には籠いっぱいのケシの花が乗せられていた。
 音も無く近づいた正巳は、少年に『この綺麗な花は何だ?』と聞いた。
 すると、少年は『旦那様、これは目隠しの花です』と言った。
 結局、マムから『サルビアと言う花です。色々な色の花が存在するみたいですが、ココの花はやけに赤いですね』と答えがあった。結局、その地域の麻薬カルテルは殲滅したのだが、この"サルビア"は麻薬から目を逸らす"目隠し"として使われていた。と知ったのだった。
 ――――
 ――


「サルビアか……しかし、赤だけでなく紫に青色?」

 記章バッジに精巧に彫られ着色されたサルビアは、数種類の色が付いていた。そんな様子に不思議に思った正巳だったが、ザイは何かを言う事なくそのまま付けてしまった。

 ……何だか、卒業証書を渡されたような気分になったが、正巳は『ありがとう』と言うに留めておいた。下手に何か言うと、余計な事になる予感しかない。

 サナの記章バッジを見ると、ピンク色の可愛らしい花が彫られていた。茎はすらりと伸び、その先に小さな花をまとまって咲かせている。

「サナ様は"スターチス"です」
「スターチスなの?」

 サナは、俺の記章バッジばかり見ていた為、自分の記章バッジを見ていなかった。そんな様子を見たザイが、サナに一言だけ伝えていたのだ。

 サナは、よく分かっていない様だったが、それでも『ありがとうなの!』と言っていた。

 俺とサナに記章バッジを付け終わったザイは、満足そうな顔をすると一礼して歩いて行った。そして、小さな給仕たちの横、一番端に並んだ。

 横で静かに見守っていた綾香は一度、『サルビアにスターチス……そういう事ね。ふふっ』と何やら納得していた。

 その横のユミルは、『これでお二人も、正式に"訓練修了生"――いえ、"幹部"ですね』と言っている。『訓練修了生』は分かるが、『幹部』は良く分からなかった。

 まあ、これも何やら触れない方が良さそうだったので、スルーしたが……

 ユミルの言葉を聞いて少し気になった正巳は、少し離れた場所で警備をしているデューとバロムを見た。すると二人は微かに体を傾けて、その胸元に付いた記章バッジを見せてくれた。

 二人の記章バッジは、黒くてつるりとしたモノだった。その記章バッジには、特に花の刻印などは無かったが、二人とも誇らしげにしている。

 恐らく二人はこの後、どのホテルでの勤務になるのかが、決まるのだろう。
 先に帰還している筈のガウスも同様だと考えると、少し寂しい気もする。

 しかし『今日の敵は明日の友、友は永遠に失われる事なき財産なり』……これは傭兵が酒の場で歌う一節だが、つまりそう言う事だ。

 また会えるのだから、特別な別れの場は必要ない。

 二人に心の中で『またな』と言うと、先導してくれるミューの後に着く形で、サナを横にして歩き出した。

 ホテルの中に続く道は、両脇を小さな給仕たちが延々と並んで居た。

 通り過ぎる度に『お帰りなさいませ』と言って頭を下げてくれるものだから、一回一回『ありがとう』と答えていた。

 ふと後ろを見ると、ユミルが遠慮して立ち止まって居るのが見えた。仕方が無いので、先導してくれていたミューに一度止まってもらい、ユミルを連れて来た。

「顔見せも併せて、先頭を歩いて貰った方が良いよな?」

 そう言ってミューに声をかけると、ミューは微笑んで言った。

「そういう事でしたら、私と手を繋いで下さいますか?」
「正巳様――……手を繋ぐ、ですか?」

 俺の言葉に反応したユミルだったが、直ぐに興味は移ったようだった。

 それにしても、この状況に於いてユミルが興味を持ちそうな事を即座に提示するとは、この短い間に随分とユミルについて理解したみたいだ。

 それに、こうして子供達の前に立つミューは、何処か普段に増して"らしい"気がする。今のミューを見れば、給仕の子供達のトップである事にも何だか、すんなりと納得がいってしまう。

 すっかりとミューに懐柔されてしまったユミルは、先頭でミューと手を握って嬉しそうにしている。そんな様子を見て、何方がお姉さんか分からなくなったが、これはこれで良いと思い直した。

 そして、それからはスタスタと歩いて行くミューとユミルに、着いて行った。

 どうやら子供達は"迎え"よりも、先頭でミューと手を繋いでいるユミルへの"興味"が勝ったようだった。それ迄死ぬほど『ありがとう』を繰り返していた正巳は、(助かった)と心の中で呟いていた。

 もしあのまま、全ての子供達一人一人とやり取りしていたら、それだけで数時間かかっていたと思う。それに喉も枯れかかっていた。

 ホッとしながらもスイスイと進んでいた正巳だったが、ふと後ろを見ると、子供達が二列になって付いて来ているのに気が付いた。

 一部の子供達は、途中途中で扉から出ていくのが見えたが、マムがそっと『今抜けたのは"料理"と"ウェイター"の子ですね』と教えてくれた。

 どうやら、現在進行形で給仕の仕事をしているらしい。

 それでも、特に小さい子供は残っている様子を見るに、戦力となる子供が仕事に戻っているのだろう。

 抜けて行った子供が、それなりに大きい子供が多かった為か、相対的に小さな子供が目立つ。そんな"小さな子供が付いて来る"様子を見ていると、何となく遠足か何かをしている気分になって来る。

 何となく、ペンギンの行進のイメージが浮かんだが、笑みが浮かびそうになったので止めておいた。それこそ、訳も分からず"笑みを浮かべる男"は怖いだろう。

 笑みを誤魔化す為に頬を揉みながら、子供達とその周囲を眺めた。

 ……ミューが向かう先は何処なのだろうか。

 迷いのない足取りを見るに、予め向かう場所は決まっているみたいだが。

 これ迄それなりの距離を歩いていたが、途中何度か"職員用ドア"を通り抜けた気がした。その証拠に、今正巳達は下り階段を歩いているが、どの景色も記憶にないものだ。

 その後、階段を二階分降りたところで、子供達の列が途絶えていた。
 見ると、その先には扉がある。

 階段を下り切った所で、それ迄前を歩いていたミューが振り返り、言った。

「正巳様、私達はここ迄となります」

 ミューの言葉に不思議に思ったが、言葉に先が有りそうだったので黙っていた。

「ここから先は、一部の者が給仕させて頂きます」
「ん? それはどういう……」

 ミューの言葉に疑問を返す。
 途中で仕事に戻っている子供も居た訳で、特別前置きをする事も無いと思ったのだ。

 するとミューが、『これは揉めたのですが……』と前置きをして言った。

「暫くの間はと言う事で、マムさんを給仕――いえ、"側仕え"とさせて頂きます。しかし、その後しっかりと側仕えの"選抜"を行い、正式に――」

 ミューが捲し立てる様に言った言葉に、少しだけ待ったをかける。

「それは負担じゃないか? ……マムは兎も角、したくもない事をする必要はないぞ?」

 正巳専門の給仕を~と話するミューに対して、『特に必要ないが』と言った。
 すると、ミューが少し頬を膨らませ始めた。

「そ、そんな事ないんです! 半年間はその為に頑張って来たんです。それなのに、したくも無い"こんしぇるじゅ"の仕事の勉強をして、言葉も覚えて……」

 どうやら、ミューは今自分がしている仕事をしたかった訳ではないらしい。恐らく、其々の適正に合わせて、ホテル職員の方で振り分けを行ったのだろう。

 何となく、ミューをいじめている様な気分になって来た。

「そ、そうか、分かった。構わないが、もし嫌ならそう言えよ――皆も!」

 階段の上で並んで居る子供達にも言うと、分かっているのかいないのか『はい!』と良い返事があった。一部小さい子供達は、単に周りに合わせている様にしか見えなかったが……

 "小さい子"と言えば、特に列の最後(顔見せの最後尾)に居るのは、中でも幼い子が多かった。長い時間待って居るというのは大変だったと思うが、じっとしていたのは偉いと思う。

 そんな小さな子供も"選抜"に反応していた訳だが、ミューが『選抜』と言うからには、それなりに年齢が高い子達が選ばれる事になるのだろう。

 そう考えてみて、ミューがまだ6歳程と言う事を思い出して苦笑いした。

(ミューこそまだ幼いじゃないか)

 しかし、その幼さを感じないのがミューだ。
 ……少し大人び過ぎている。

 それこそ、体の使い方やバランスのとり方を見ても、何処かサナに近いものを感じる。
 もしかすると、某国の"実験室"出身と言うのが、関係しているのかもしれない。

 少し考えていたら、立ち直ったミューが少し取り繕う様にして言った。

「あの、取り乱して申し訳ありません。それで、"選抜"は後で行うとして、十二分野の"再編"も行おうと思うのですが」

「再編か……」

 ミューの口から難しい言葉が出て来る事に驚いたが、それよりもその先を考えた言葉に驚いた。確かに、ミューが倍も年上のコウを差し置いてトップと言うのも納得できる。

「そうだな、別に新拠点向こうで"ホテル"を営む訳じゃないからな」
「もし、ホテルをするのでしたらそれでも……」

 俺の言葉に反応したのは、十二給仕の男の子だった。
 一応、帰りの車両内で自己紹介は済ませているため、名前は知っている。

 確か、12歳で第四席――四番目の成績だったと言う宗一ソウイチだったと思う。

「ソウイチは、"管理"だったか?」
「はい、管理の面では何の仕事でもやる事は同じですので!」

 目が悪いらしく細目の子だが、数字に強いらしい。

 ……まあ、ウチにはマムと言うAIが居るから、実務で数字を扱う事は無いだろう。しかし、素で数字に強いのは色々な調整をする際に、話がしやすいと思う。

「そうか、まあ"ホテル"をやるつもりは無いが……」

 言いながら、ミューの方を向いて言った。

「給仕の子供達の組織再編は、少し後で良いか?」

 再編をするにしても、全体の方向性を決めた後でないと色々と問題が出るだろう。

 恐らく、全体の方向性の話をする際には、ミューを含めた数人に"給仕代表"として参加して貰う事になると思う。

 少し間を置いて、ミューが答えた。

「はい。その、私はそばに居ても――あ、ええと……」

 言いかけたミューは、慌てて言った。

「一先ず、これで給仕員は解散です!」
「お、おう?」

 恐らく、意図せず余計な事を口走りそうになったのだろう。

 ミューの言葉に気圧されながら、子供達に振り返ると言った。

「この後は皆で食事だぞ!」

 すると、一拍おいて子供達から歓声が上がった。
 どうやら、この半年間は"みんな一緒にご飯"と言う事が無かったらしい。

 車両の中で子供達が言っていたのは、『皆でご飯を食べていたのが懐かしい』だった。恐らく、ホテル側が意図的に"交代制"で食事をとる訓練をしていたのだと思う。

 其々、『みんなでご飯だね!』とか『なつかしいね!』なんて話している。
 その様子を見ながら、階段の端に居た職員に視線で合図した。

 すると、その合図を正確に受け取った職員が『さあ、其々のルートから戻りましょう』と言って誘導を始めた。その職員の中で、ミュー以外の十二給仕達も誘導を手伝っている。

 そしてなんと、ユミルまで同じように誘導を始めようとしていた。――が、それに気が付いた職員に『貴方は正巳様と』と言われて、ハッとしていた。

 ……習慣と言うのは、中々抜けないらしかった。

 ユミルが戻って来たのを確認して、その場に残っていたミューに聞いた。

「それで、ミューは側に居たいのか?」

 先程ミューが言いかけた事を聞いた。
 すると、チラリとサナを見たミューが言った。

「その、サナちゃんはいつもお兄さんと居るので……」
「お兄ちゃんは、サナと一緒なの!」

 ……なるほど、ミューはどうやらサナと一緒に居たいらしかった。

「分かった、まあ好きにすると良い」

 別に、ミューが俺を慕って『一緒に居たい』と言った訳では無かった事に、傷ついたのでは無い。しかし、何となく娘に振られた父親の気持ちが分かった。

 少しだけ傷心でいると、ユミルが心配して来た。

「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……」

 少しだけ恥ずかしくなった。

 それに併せて、やり取りを見ていたミューが慌てて言った。

「お、お兄さんも大切です、そうです。それこそ、お兄さんの温かさに救われましたから!」

 そう言って数秒間腕を振っていたミューだったが、やがて自分が何を言ったのか気が付いて、蹲っていた。何と言うか、俺もミューも自滅している気がする。

 それに……どうやら、手本となるべき子供達みんなの前以外では、ミューは少しおっちょこちょいな様だった。恐らく、こちらがミュー本来の素なのだろう。

 サナがミューの頭をなでなでしていたが、少し経って落ち着いたミューは、何事も無かったかのように言った。

「そ、それでは、次に向かいましょう!」

 因みに、先程ミューが言っていた『ここから先は一部の者が給仕致します』の"一部の者"は、ミュー自身の事らしかった。

 頬が桜色に染まったミューの後姿を見ながら、開き始めた扉に足を踏み入れた。

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