『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

151話 ご褒美

 ユミルに謝った後、マムは正巳の方を向くと飛びついて来た。
 思いっきり飛びついて来たが、難なく受け止めて言った。

「おっと―― 変わったな」
「そうですね、今回はかなりパワーアップしたんですよ!」

 正巳が『変わった』と言ったのは、別にマムの機体《からだ》の事では無かったのだが……嬉しそうにしているマムを見て、まあ良いかと思った。

 それに、マムを受け止めた時に、確かにその変化・・に気が付いた。

「軽くなったか……それに、この感触は?」
「はい、以前に比べると重量は4分の一程になりました!」

「凄いな……」
「今まで使っていた部品を細分化して、少しずつ削って行ったんです。その為、最初と比べると部品パーツの数は8倍以上になりまたけど……」

 ……どうやら、マムの骨格を形成している部品パーツから手を加えたらしい。恐らく、不要な部分の面取りをしたのだろう。

「それは大丈夫なのか? その、強度とか……」
「はい、様々な素材を組み合わせる事で、以前よりも強度は増しています。それに、関節数が格段に増えましたので、より柔軟な動きが出来るようになりました!」

 マムが『こんな感じです!』と言って、腕をあり得ない角度に曲げて見せてくる。
 そんなマムに『いや、分かったからもう大丈夫だ』と言った。

 見た目は少女なのだ。
 ……心臓に悪い。

 マムは、内部骨格の話を主にしているが、その表面を覆っている皮膚も、かなり変わったのではないだろうか……その証拠に、マムに触れている部分は柔らかいのに丈夫そうな感触がある。

 皮膚の出来に驚いていたのだが――

「おにいちゃ!」

 ミューと話していた筈のサナが、服を引っ張って来る。

「はいはい、分かったよどうした?」
「あんまりスリスリしたらダメなの!」

 ……。

「いや、そういう事じゃ――」
「スリスリするなら、サナをすれば良いの!」

 そう言うと、サナがよじ登って来た。
 ……これ以上ここに居ても仕方ないだろう。

 それに、ユミルの笑ってない表情が怖い。

「よし、それじゃあマムはユミルと手を繋いでくれな」
「パパともです!」

 現在正巳は、サナを片腕に抱えている。
 この状態のサナは、無理に言っても聞かないだろう。

「マムとは一日時間創る約束だったから、その時にな?」
「むー……分かりました」

 少しだけ不満そうだったが、一先ず引き下がってくれた。
 抱えていたマムを下ろすと、マムがユミルに手を差し出した。

 一瞬目を大きく開いたが直ぐに微笑んで、マムの手を握った。側から見ていると、ユミルが視線やその神経を、握った手に向けている事がよく分かって微笑ましかった。

 そんな様子を見ながら言った。

「さあ、戻ろうか」

 言ってみて、ふと横に居た子に気が付いた。
 ……少しだけ寂しそうにしている。

「ほら、ミュー」
「へっ?」

 唇を少し上向きにしていたミューだったが、声をかけると驚いたみたいだった。

「手、繋がないか?」
「わ、私は……」

 少し躊躇していたミューの手を、握った。
 あまり表情は分からないが、恐らく嫌がっては居ないだろう。

 ミューがモジモジしているのを見ながら、(さっき迄はあんなに凛々しかったが、やはりまだまだ子供だな)と何となく嬉しくなった。

 車両へと向かいながら、ミューに言った。

「説明してくれるよな?」

 最初にミューがしようとした"説明"は、恐らく準備したモノなのだろう。サナによって台無しにはなったが、しっかりとその"成果"を聞いてやろうと思っていたのだ。

「は、ハイ!」

 元気に答えたミューを見て、少しホッとして居たが、帰りに乗る用の車両の前に来たので、ドアの前に待機していた職員に礼を言って乗り込んだ。

 ――車両は、『少し小さなバス』と言えば良いだろうか、そのフォルムは少しゴツゴツとし過ぎな気がしたが、座席は正にバスと同じ配置になっていた。

 違ったのは、その全ての座席の横には小さな取っ手が付いており、いざと言う時には両側全ての座席から、外部に脱出可能という点だった。

 それに、座席の上部には何やら取っ手類が付いており、マムの説明では『生物兵器対応ガスマスク、酸素ボンベ、暗視スコープその他緊急時セットが入っています!』との事だった。

 ……一体、このバスで何処に向かうつもりなのか聞きたくなったが、満面の笑みを浮かべたマムが『いざと言う時の備えですよ』と言ったので、何も言えなくなってしまった。

 唯一乗って居たホテルの職員の女性は、『何も聞いていません』とでも言うかの様に、思考を停止している様であった。察するに、これ迄もこのような事が多々有ったのだろう。

 ……ホテルの担当職員には、報酬とは別に"手当"を多めに付ける事にした。

 因みに、半ば強制的に車両の中ほどに座らせられた正巳は、先ずミューの話を聞く事を条件に、みんなの質問を受け付ける事にした。

 生憎、周囲の席は隙間なく子供達が座っていた為、抱えていたサナには左ひざに、手を繋いでいたミューには右ひざに座って貰った。

 マムは"一日いっしょ"が効いているらしく、大人しくしていた。
 ボス吉は少しだけ窮屈そうにした後で、小さくなって座席の下に隠れてしまった。

 ミューの話を聞いている最中、一瞬マムの瞳が視界に入って来た。マムの視線の先には、俺と同じように子供の相手をしている綾香が居た。

 何でもない事の筈だったのだが、マムの綾香を見る目には、少しだけ"何かを分析するような色"が見て取れた。

 当の綾香といえば、いつも通りであり、初めて会ってから変わった事といえば、治療薬を飲ませた影響で髪の一部と瞳が、少しだけ赤みがかってしまった事ぐらいだろう。

 ……何となく、後でマムだけでなく、今井さんからも呼び出しを受ける様な気がして、少しだけ背筋が寒くなった。

(悪い事はしてない……はず)

 一先ず、目の前のミューの話に集中する事にして、問題は後で考える事にした。


 ――
 ミューの話では、12人は十二の分野に分かれた其々のトップらしい。

 そして、評価制度も色々と有るみたいで、トップになるには其々の分野で優秀なだけでは無く、総合的な面においても優秀でなくてはいけないらしい。

 少し不思議に思って聞いてみると、どうやらホテルの職員の"評価制度"をそのまま流用しているという事らしかった。

 十二分野其々に於いても、分野間での順位があるらしい。其々の分野間順位は"嗜み"と言われる"武闘会"で決められるらしい。

 ……結局武力で決めると言うのが、何とも"ホテルらしい"と思う。

 途中で、ミューが少し複雑な表情で『12人の内、一人は"恥ずかしがり屋"で来ていないんですけどね……本当に、恥ずかしがり屋さんなんです』と言っていた。

 どういう事か聞くと、マムは12人の内で"欠けた一人"の代わりに来ていたらしい。

 それに、どうやら一応スーツ類は"ホテルからの餞別せんべつ"らしく、マムの着ているスーツは"今井純正"らしい。

 一通り話を聞いた後で、ミューに"ご褒美"をあげる事を思い出した。
 このご褒美とは、『自給自足の為の食物生産』の切っ掛けとなったご褒美だった。

 皆が居る所なので、どうかなとは思った。しかし、"頑張ったら報いがある"事を示す良い機会だとも思ったので、話す事にした。

「ミュー、食物調達生産で貢献したらしいな」
「わたしはそんな、ただ、毎回かなりの量を外から用意するのは、無駄になるかなと」

「その結果、今では"ホテル"に出荷する程の成果が、出ているみたいじゃないか」
「わたしは何もしていないんです。ただ、気が付いた事を言っただけで後は――」

 ミューは、なんでもない事をしただけだと言って言っている。
 しかし、これらの"気付き"と云うのは何に於いても重要な事なのだ。

「まあ、確かに実現したマムや今井さん、色々な種子を手配した上原さんは凄いよな」
「はい! そうです、わたしではなく皆さんが――」

「でも、それはミューの言葉で始まったんだ」
「……そうかも知れないですけど」

 ミューは少し遠慮し過ぎな気がする。……それこそ、サナぐらいにぐいぐい来るようで――は困るが、もう少し自分を前に出せばよいと思う。

「それで、ミューにはご褒美として、俺の出来る範囲で頼みを聞いてやる。まあ、何でも良いから考えておいてくれ」

 そう言って、ミューの頭を撫でた。すると、『……これがもうご褒美なんです……』と小さく言っていたが、聞こえないふりをしておいた。

 俺の言葉を聞いて反応したのは、先ずサナだったが、直ぐに『僕も頑張ればご褒美いいですか?』とか『わたしも……』とかいった言葉が聞こえて来たので、言っておいた。

「勿論、みんなの為を思ってした行動には、それなりのご褒美があるさ」

 すると、すぐさま『そ、それじゃあ"はんばーぐ"を二つ欲しいな』とか『新しい組手の手袋が……』とか聞こえて来て、少しだけ頬が緩んでしまった。

 ――
 子供達の真ん中で、頬を緩ませていた正巳だったが、入り口付近に座っていたマムを含めた三人・・が、何やら怪しい笑みを浮かべた事に気が付かなかった。

 その内の一人は、心の中で『絶対に、お兄様と一緒に買い物に行くんですから!』と誓っていた。もう一人は、『正巳様とは一度手合わせをして欲しかったので……』と思っていた。

 当のマムは、自身の"ご褒美"は既に確保していたので、至急自分のマスターの元にその報告をしていた。マムにとっては、正巳に褒められるのと同じ位、今井に"褒められたい"という願望が有ったのだ。

 そして――マムから"ご褒美"の話を聞いた今井は、自身の半年間の成果を最大限・・・アピールする為の計画を、一から練り始めたのだった。

 その成果は、何処をとっても"普通じゃない"モノだったが、今井はそれらの全ての中から、より満足のいったモノを選別していた。

 今井が"選別"をしている最中に"研究室"に入って来た上原は、その様子に(何か重大な問題が起きたのでは無いか?)と焦ったが、マムから事の次第を聞いた事で、一気に力が抜けてしまった。

 放心していた上原だったが、(確かに、分かり易く現状を共有する事は重要だよな)と思い直し、自身でも半年間の『奮闘の結晶』と言うべき"成果"をまとめ始めたのだった。

 ――お陰で、数名の者は正巳が到着した後、数時間出て来なかったが、それも仕方が無い事であっただろう。

 何せ、そのプレゼン次第で"ご褒美"という名の、お願いが聞いて貰えるのだから。

 ――
 因みにではあるが、正巳がマムに『資産状況は問題ないのか?』と聞いた所、『かなりの出費が有りましたが……総資産額からすると、大体60分の一程度の出費なので問題ありません!』という返事があって驚く事になった。

 ……どうやら出費だけではなく、収入も有った様だった。

 その内幾らかは、岡本部長の資産を売却した利益だったようだが、まだまだ余裕がありそうだった。また、何やら大量に原材料を確保しているみたいで、それらは全て"新拠点"へ貯蓄しているという話だった。

 やがて見えて来た"ホテル"を眺めながら、童心に帰ったような"ワクワク感"が止められないでいた。まあ、ワクワクだけでなく、少しの"恐怖"も有ったが。

(今井さん、変な設備にしてないと良いけど……)

 正巳の脳裏には、半年以上前に会社から脱出する際体験した、今井の設計した設備とその尖った性能の"記憶"が蘇っていた。

(緊急出口とかもそうだけど、"地下"は少し怖いよな……)

 新しい拠点には、上原先輩も関わっていた筈なので(大丈夫なはず)と自己暗示を掛けながら、ホテルの地下駐車場へと入って行った。

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