『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

147話 王子の決意

 基地に戻った一行は、其々一旦解散していた。

 王子は、護衛の者達と将軍に会いに行った。

 服が濡れていた綾香は、ライラに連れられて着替えに行った。

 ザイとユミル、それに傭兵達は任務完了の報告後、出発の準備に戻った。ザイには準備が終わったら、一行で宴会に加わる様に言ってある。

 ユミルはこの国の言葉が分からない様だったが、ザイは話せるらしかったので、恐らく問題無いだろう。本当に、ザイのポテンシャルには驚くばかりだが、そうでないとあの"ホテル"のトップは務まらないのかも知れない。

 サナはボス吉の上に乗って、楽し気に鼻歌を歌っている。

「えんかいは~たのしいなの~お肉とお肉でお祭りなの~」
ちゃんと野菜も食べるのだぞにゃんにゃにゃにゃんにゃ

 ……ボス吉は、サナに注意をしているみたいだったが、生憎ボス吉の言葉は届いていない。それ処か、ボス吉の"合いの手"が入って、気分が良くなったサナは元気に歌い出している。

「おいしいお肉~たくさんお肉~お肉いっぱいなの~ハンバーガーも食べるなの~」
野菜を食べるのだぞ主が言ってたのだぞ、ハンバーガーは美味しいのかにゃんにゃにゃにゃんにゃゃんにゃにゃにゃにゃゃんにゃにゃにゃ?」

 サナとボス吉の様子に苦笑いをしながら、目の前の広場にキャンプが広げられている様を見ていた。どうやら、放送がひと段落したところで、マムがゲートのロックを解除していたらしい。

 多くの兵士達がそこかしこを行き交っている。

 兵士達に交じって、一般人らしきものも見えるが、恐らく地下で店を開いている者達だろう。そんな風に、人々が行き交う広場の中心には、大きな木組みがされている。

 木組みの周囲には、軍用トラックが止められており、その荷台には何やら物資的なモノが見える。恐らく、運んできた物資をそのまま持って来たのだろう。

 そんな様子を確認していると、人だかりが出来ている場所があった。

 様子を伺っていると、人の輪が割れて、中から数人の兵士が出て来るのが見えた。

「もう良いのか?」
「ああ、済ませるべきは済ませた。それに、どうせ今日は部下達と離れないだろうしなっ!」

 少々ぶっきらぼうでは有ったが、王子は笑みを浮かべていた。
 そんな王子の横には、少し頭を俯けている兵士が居た。

「そう言えば、その兵士そいつは……」
「ん? ああ、まあハサンコイツは帰国するまでの護衛をする事になってな」

 ハサンは王子を害そうとした。その事実は無くならないし、恐らくは軍事裁判にも掛けられるだろう。しかし、王子と兵士ハサンの様子を見るに……

「……甘いな」
「ふっ、何を言っているんだ?」

 一瞬、視線を泳がせたが、直ぐに言った。

「こうして己の過ちに苦しむ姿を、特等席で見れるんだ。これ以上の娯楽は無いだろうが」

 そう言いながら、笑っている。

 確かに、ハサンは自分の過ちに苦しんでいるようにも見える。しかし、それ以上にこの後――帰国した後の裁判――の事を考えて、申し訳なくなっているのだろう。

 王子がしているのは、ハサンが受ける刑罰が軽くなる為の行動だ。

 本来極刑となる事案の筈だが、"その後の悔い改めを示す行動をする事で、情状酌量の余地を挟む"これが、王子の目的だろう。

 まあ、それでも許される訳がないのだが、王子本人が"擁護"をする事で、その"余地"を生む事が出来るのだろう。

 まあ、簡単に部下を切り捨てないのは、一つの美徳だとは思うが……

「身を滅ぼすなよ?」

 少し心配になったが、何だかんだと抜け目が無さそうな王子だ、問題無いのかも知れない。

 それに――

「大丈夫です! 私が必ず守ります!」

 後ろから、ライラの声がした。
 ……どうやら、綾香の着替えが終わったらしい。

「ライラ、お前は"任務"でアブドラと居たんだろ?」
「そ、それは……配属移動を願います……」

「……だそうだぞ?」
「う、うむ。まあライラも、頼りになる事もあるからな」

 アブドラがそう言うと、ライラは顔を俯かせて――……俺達は、何を見せられているのだろう。恥ずかしそうにするライラと、どうしたら良いのか分からなくなったのか、ライラの事を弄り始めるアブドラ王子に、ため息をついた。

「ライラ、綾香から手を放してやってくれるか?」

 見ると、ライラと手を繋いでいた綾香が、手を痛そうにしていた。
 ……恐らく、状況が分からずに、何とも言い出せなかったのだろう。

「す、すみません!」

 ライラが、綾香に謝っている。

「え、あっ、大丈夫ですよ? お兄様、これはどうしたら……?」
「あれだ、『こんな所でイチャイチャするな』って言っておけば良い」

 すると、綾香が『イチャイチャですか……?』と呟きながら、王子とライラの事をじっと見ていた。そして、状況が分かったらしい綾香は、『ふふふ~良いですね、青春ですね~』と言っていた。

 言葉は分からない筈なのに、綾香の様子を受けたライラは、更に慌てていたのだった。


 ――
 その後、ようやく落ち着いた王子一行と共に、少し離れた場所まで来ていた。

 そこには、少し広いスペースが設けられており、既に宴会用の料理も用意されていた。……どうやら、ザイが兵士達と交渉していたらしい。

 用意されていた物の中には、それなりに仕立ての良いイスやテーブルもあった。何より、近くに止まっているトラックは簡易的な調理場となっていて、そこには何人かの料理人も見える。

 ……恐らく、王子一行が一緒する事を考慮して用意したのだろう。

 出迎えてくれたザイに、礼を言う。

「すまないな、出立の準備が有ったろうに」
「いえ、"準備"自体はそれほど掛かりませんでしたので。それに、今回の疲れを癒す事は"準備"の一環かと思いますので」

「そうだな、十分に休息を取ってくれ。それと、出立は3時間後だ」
「ハッ!」

 ザイは礼を取ると、戻って行った。
 恐らく、出立の時刻を伝えに行ったのだろう。

 ザイの姿を見送っていると、隣に居たアブドラが声を掛けて来た。

「なあ、あの男達は傭兵か?」
「ん? そうだが?」

「そうか……」
「まあ、気になるんなら紹介しても良いが、その前に――始めた方が良いだろう?」

 見ると、サナがテーブルの上に乗っている肉に、目が行っている。
 サナを乗せたボス吉なんかは、口の端から涎が……

 そんな様子を見たアブドラは、『これは悪かった!』と言って、サナの頭を撫でながら言った。

「よしっ! 先ずは酒だ!」


 ――
 王子の言葉の直後、サナが走り出そうとしたので、ボス吉がサナを抑えていた。
 そんなふたりに、『いただきますしたら、食べて良いぞ』と言った。

 サナ達を見送った後、ユミルが近づいて来た。ユミルは俺の体をペタペタと触って、怪我が無いか確認していたが、我に返って恥ずかしそうにしていた。

 恥ずかしいのは俺の方だったが、ユミルにも無事を確認して、綾香と一緒に食べに行かせた。綾香は、ユミルの手をとって歩いて行ったが、二人共楽しそうだった。

 其々が、楽しそうにしているのを見ていると、近くで寛いでいたアブドラが話しかけて来た。……見ると、いつの間にかイスやらテーブルやらを近くに運んで来ていた。

「さあ、ここに座るが良い」

 アブドラが指しているのは、自分に向かい合う様にして置かれた、二つの椅子のうち一つだったが……まあ、良いだろう。

 言われた通り、やたらと座り心地の良いイスに座る。
 すると、静かに現れた給仕の人――いや、料理人が酒と料理を運んで来た。

 ……料理人には、何となく見覚えが有ったが、それは口にしないで置いた。

「それで、何が聞きたいんだ?」

 運ばれて来た料理に、少し手を付けた処で、聞いた。
 すると、『幾つかあるが……』と前置きして、言った。

「我が国と、協定を結ばないか?」

 てっきり質問が飛んで来ると思っていたので、王子の言った言葉に驚いた。

「協定……と言っても、俺は何者でもないし……ああ、"ホテル"の方か?」

 余りにも突拍子もない事だったが、それが『"ホテル"に仲介してくれ』という事だったらまだ理解が出来た。まあ、そうだとしても――

「そうは言っても、お前……アブドラ殿下には、その権限が無いだろう?」

 幾ら第一王子とは言え、勝手に国としての交渉を、行う事は出来ないだろう。
 そう思ったのだが……

「ああ、そうだな。俺は今の時点では、何の権限も無い」
「……『今の』か?」

 王子の言い方に、違和感を感じる。
 まるで、近い将来にそうでなくなる様な……

「そうだ。……おい、お前達!」

 王子が呼びかけると、そこに居た兵士を含めた者達が顔を向けて来た。

「俺、グルハ王国第一王子、アブドラ・ジ・グルハは王位を継承する事に決めた!」

 アブドラ王子がそう言うと、そこに居た者達は一様にどよめいた。
 中には、『あれだけ"自由"を求めていた王子が?』と言っている者もいる。

 そんな様子を見ながら、その真意を聞こうとしたのだが、割って入る者が居た。
 その男が近づいて来ていたのは知っていたが、王子の宣言を耳にした瞬間、歩幅を大きくして、突進するかのようにして来ていた。

「王子! その宣言、確かに承りました。ここに居る者が証人となり、もしこの事を外部に洩らした者が居れば、我が全てを持ってその者に制裁を加えましょうぞ!!」

 そう言って、跪いたのはバラキオス将軍だった。

 ……どうやら、部下たちとの再会はひと段落ついたらしい。

じい――いや、将軍バラキオスよ、貴様の申し出を受け入れよう」
「ハッツ!!」

 将軍がもう一度深く礼をすると、それ迄とは打って変わったかのように、破顔した。

「坊ちゃん! ようやく心を決めて下さいましたなぁ!!」
「まあ、色々あってな……」

 アブドラが、そう言いながらこちらに顔を向けて来る。

「ん? ……俺は何もしていないからな?」

 そう言ったのだが、近づいて来た将軍に手を握られて、これ迄の苦労とやらを話し始められてしまった。……どうやら、将軍なりに色々と苦慮していたみたいだ。

 表面上は、王子が自由に好きな事をするのを、王子にとっての幸せだと思っていたみたいだが……同時に、王子の"王"としての資質を一番感じていたらしく、思い出話を延々とされそうになった。

 しかし、途中で上がった大きな歓声に救われた。
 歓声のした方を見ると、大きな炎の柱が上がっている。

 どうやら、広場にあった木組みのタワーに、火を点けたらしかった。
 その炎の柱を中心として、兵士達が楽し気に歌っている。

「なあ、あんなに大きな炎を上げて良いのか?」

 隣に座っていた将軍に、『光を漏らしたら不味いんじゃないのか?』と聞いた。
 すると――

「いや、良いんだ。以前はこれほど秘匿された基地では、無かったんだからな。恐らく、大佐の指示で色々と手が加えられたのだろう」

 ……どうやら、この基地が極秘基地だったのは、クーデターの際の"最重要拠点"だった為だったらしい。大佐が、他国からの介入を避けるために、このような厳戒状態にしていたらしかった。

 加えて、将軍が笑いながら言った。

「それに、既に遅いだろう?」
「あぁ、兵士達に聞いたのか……」

 どうやら、マムが施設の光を最大で照らした事を、聞いていたらしい。

 ……先ほど将軍が兵士達と話していたのは、『俺達が制圧する際に出した"被害"を確認する意図があった』と見ても、それほど見当外れでは無いかも知れない。

 もし、俺が死傷者を含めた被害を出していたら、将軍とこうして話している事は、無かったかも知れないのだ。

 そう考えると、殺さないという判断は間違ってはいなかった。

 ホッとすると同時に、一つの判断が後々に影響する事を実感していた。

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