『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

140話 ゲート

 ボス吉が、垂直に空いた穴を登って行く。

 "穴"とは言っても、掘削機で開けられたであろう巨大な穴で、その周囲は鉄筋で補強されている。

 遥か上に続く穴の壁に、点々と灯っている光と、その光が照らし出す鉄と岩の壁に、何となく"地底世界"から登って行く様な、ロマンを感じる。

 ――途中、上から下からと自動昇降機エレベーターが迫って来た。

 しかしボス吉は、それを避けながらも登るペースを落とさ無かった。
 そんなボス吉に感心していたら……

 ――不意に、開けた場所へ出た。

 穴を登り切ると、目の前には巨大なゲートがあった。
 ゲート自体は4メートル程の高さがあり、大きな鉄製の扉で出来ていた。

 通常時は、その半分ほどの大きさの扉が開いており、電子制御の認証セキュリティが入っているみたいだ。半分ほどの大きさの扉とは言っても、人の力で動かせるとは思えないので、機械式で閉じ開きするのだろう。

 見ると、扉の上部にカメラが付いている。
 恐らく、顔認証システムだ。

 全ての兵士の顔情報パターンが登録されていて、その登録情報と照らし合わせる事で、認証を行うシステム。認証時に参照する兵士情報に、問題無いのを確認後、柵が開閉する仕組みになっている筈だ。

 この認証システム自体は、会社でも一部のエリアで導入されていた。
 会社で導入されていたエリアは、特に重要な情報のある場所だったと思う。

 昔は"検問"の形を取り、人力でやっていたのだが、それらは全て機械化されている。
 ……このゲートに置き換えると、柵と認証システムが、検問の機能をしているのだ。

 正巳達は、VIP用の地下道を通って来た。

 その為、ゲートを抜ける為の許可を、そもそも貰っていない。
 普通であれば、ここで詰まる処だとは思うが――

 "電子制御"と言うのであれば、全く問題ない。

 ウチには、最強の人工知能で我が娘マムが居るのだ。
 ……戻ったら、何かご褒美をあげる事にしよう。

 さて、目の前のゲートを抜けると、地上に出られるのだが……そのゲートには、何やら口論している者達が居た。目を凝らすと、口論している者達の一方に、見覚えがあると分かる。

 揉めているのは、五人の兵士達とゲートを守る門兵だ。揉めている様子を見て、大体どんな状況か予想できた正巳は、サナとボス吉に向けて言った。

「ボス吉、小さくなれ。サナはそのままで……そうだな、手をつなぐか」

 そう言うと、直ぐにボス吉が小さくなったので、綾香を落とさない様に支えた後で、背中に担いだ。……半ば予想はしていたが、綾香は腰が抜けていた。

 綾香を背負った後で、サナと手を繋いだ。
 ボス吉は手のひらサイズになっており、今はサナの手の中だ。

 そのまま、何事も無かったかのように歩いて行く。

 既に夕刻と言う事もあり、ゲート付近にはそれなりの兵士達が居た。

 そして、当然ボス吉の変化を見ていた者も、それなりに多かった訳だが……余りに正巳が堂々としているせいか、誰も何も言う事が出来ないでいた。

 途中で綾香が、居心地悪そうにもぞもぞと動いていたが、歩けない状態で下ろす訳にも行か無かったので、構う事なく歩いて行った。

 ゲートの前まで来ると、門兵達に声を掛けた。

「通れるか?」

 声を掛けたのは、門兵の内の一人だ。
 すると、それ迄横で揉めていた兵士達の内一方が、こちらに気が付いた。

「あ、貴方は! 出発した筈じゃ……」
「ん? どうした?」

 ワザとらしくそちらを向くと、これまた大げさにぐるりと一同を見て、言った。

「ああ、機械の故障か? そうだな、何度か通れば大丈夫だと思うぞ?」

 そう言うと、そのままゲートを抜けようとしたのだが……門兵が慌てた様子で飛んで来ると、正巳達を止めた。

「ちょ、ちょっと、仮面は――」
「ああ、仮面な?」

 そう言うと仮面を外し、進んだ。

 ゲートの柵は、許可権限が無い場合上がらないのだが、そんな事は関係が無い。門兵達が見守る中、堂々とゲートをくぐると、仮面を付け直して振り返る。

 振り返った時には、既に柵が降りていた。

「おい、お前達も抜けてみたらどうだ?」

 そう言うと、それ迄口論していた者達が、残念な物を見るような目で見て来た。恐らく、既に何度も試したのだろう。

 しかし、そんな事は関係ない。

「お前達は、そんな事・・・・で何時までも中に居るのか?」
「貴様っ!」

 少し挑発気味に言うと、思った通り緑ベレーの女兵士(男に変装している)が反応して来た。

 そこで、その顔を見ながら言った。

「おいおい、何時もみたいに噛みつくと、後が大変だぞ? ……ライラ」

 途中まで、顔を赤くして爆発しそうになっていたが、隣にいた赤ベレーの兵士――いや、アブドラ王子に肩を掴まれていた。

 緑ベレーの女兵士は、少し驚いたようだったが、アブドラ王子はこちらへと、そのまま進んで来た。……その目は、覚悟を決めた目をしている。

「通るぞ?」
「しかし、先程から――?」

 門兵が制止しようとした所で、王子は開いた柵を抜け、ゲートを出て来た。

 ……一見、表情が変わっていない様に見えるが、その呼吸と体の動きを見れば、少なからず驚いていると分かった。

「ほらな?」

 そう言うと、後ろで固まっていた兵士四人にも、声を掛けた。

「お前達は来ないのか?」
「っつ!」

 一番早かったのは、緑ベレーの女だった。
 気のせいか、こちらを探るような眼をしている。

 しかし、今ここでそれに答える事は出来ない。

 緑ベレーの女が出て来た後、我に返ったように、残りの兵士が三人共出て来たが……其々複雑そうな表情をしている。

「さて、行くか」

 正巳が声を掛けると、ゲートを出てから一言も発しなかったアブドラ王子が、頷くと他の兵士達に言った。

「そう云う事だ」

 やはり、真っ先に反応したのは緑ベレーの女兵士だった。

「承知しました……」

 王子の言葉に、緑ベレーの女兵士が頷くと、その他の兵士も頷いた。

 それを確認した正巳は(どうやら王子を通して指示をさせるのが一番効率良さそうだな)と思い、続けて王子に言った。

「さて、王子には色々と聞きたい事があるが……」

 言いながら見ると、先程抜けて来たゲートの向こうに、兵士達が集まっている所だった。恐らく、司令官が兵士を手配したのだろう。

 その証拠に、何やらこちらを指差して、言い合っている。更には、兵士達がゲートを抜けようとしたのだが……一向にゲートが機能しない様だった。

 現在ゲートを支配しているのは、マムなのだから、それも当然であるが……何はともあれ、マムがゲートの所で王子達を食い止めていたのはお手柄だ。

 これで、探しに行く手間が省けた。

「……話の前に、移動だな」

 そう言って、横に居る王子に目を向けると、一度ゲートの方を見た後で言って来た。

「そうだな――っと、俺の事を知っているみたいだが、崩しても良いか?」

 恐らく、実際に何が起こっているかは分かっていないと思う。しかし、ゲートに集まる兵士の様子や、自分達が外へと出られなかった状況を加味して、判断したのだろう。

 まあ、ゲートを出られなかったのは、マムの仕業だと思うが……
 勘違いしている様なら、その方が都合が良い。

「ああ、問題ない。その方がやり易い」

 そう言って、頷いた。

 何となく、緑ベレーの女兵士の視線を強く感じたが、取り敢えず放っておく事にした。不敬とか何やらのみでなく、他にも何か言いたそうな視線だ。

 女兵士ライラの考えている事が、手に取るように分かる。
 ……凡そ、スパイだという勘違いが、根底にあるのだろう。

 これ迄ライラは、こちらを非難する態度を取って来た。恐らく、"自分と同じスパイ"なのに、不敬な態度を取る俺達が許せないのだろう。まあ、スパイそれ自体が勘違いなのだが。

 司令官の場合は、直ぐに殺意を向けて来た事から、単なるスパイに対しての対応では無い気もしたが、それは本人しか知らない事だろう。

 ……面倒では有るが、確かめる必要がある。

 ため息をつきたい処だったが、先に場所を移す事にした。

 丁度、綾香が背中から降りたので、サナと手を握らせ、言った。

「先ずは、人数分のバギーを盗って来るか」

 正巳が、そう言いながら王子の顔を見ると、王子はニヤリとして言った。

「それは良いな」

 アブドラ王子は、話が分かる王子おとこの様だった。


 ――5分後。

 正巳達は、二台のバギーに乗り込んでいた。

 ……バギーを奪うのは、簡単だった。

 普通に倉庫に入り、普通に乗り込み、普通に出て来た。

 当然、途中で許可類が必要だったが、それらは全て問題なく通過した。
 車両の貸し出し人は、こっそりと"ムスタファ大佐"名義にしておいた。

 車両本体が簡単な造りだった為、マムが操作する事は出来ないという事だった。その代り、運転も簡単らしかったので、久しぶりに自分で運転していた。

 ペダルを踏んだり、ハンドルを回したりするだけで良い。
 ……まあ、普通の車も同じようなモノだろうが、それでも何となく"簡単"だ。

 屋根が無いのと、道幅がそれなりに広いのも、関係しているのかも知れない。……余計な神経を使う感じが無いのだ。

「これなら俺でも運転できるな」

 そう呟くと、真後ろに乗っていたサナが『サナも出来るなの?』と聞いて来た。

 そんなサナに、笑いながら『もう少し大きくなったら出来るな』と言っておいた。

 現在、同じ車両に乗っているのは、四人と一匹。俺が運転で、真後ろの後部席にサナ、サナの腕の中にはボス吉、サナの隣には綾香、そして俺の隣には王子が座っている。

 当然、緑ベレーの女兵士――ライラは、王子がこちらの車両に乗り込んだ際『何故、そちらに乗るんですか?』と言って来たが、『必ず守り切れるからだ』と言っておいた。

 すると、少し考えてから『分かりました。その代り、何かあったら死刑です』と良い笑顔で言って来た。……恐らく『死刑』と云うのは、冗談だと思う。

 何にしても、すんなり引き下がったのを見て、少しだけ見直した。

 どうやら、自分とこちらの力量を計るだけの技量は、持ち合わせているらしい。

 そんなこんなで、ライラは四人乗りの車両に乗り込むと、先導してバギーを走らせはじめた。

 前もって『落ち着いて話せる場所に誘導してくれ』と言ってあるので、任せていても問題ないだろう。

 先ほど迄は、基地内の舗装された道を走っていた。しかし、今走っているのは森林に囲まれた道で、舗装はされているものの、街灯は無い。

 移動中は、車のライトは付けない様にとの事だった。少し心配したが、思ったよりも月の光が明るく、木々の合間を照らす光で十分だった。

 まぁ、もしもの時は仮面の暗視機能を使えば、問題ないだろう。

 ――

 移動している最中、アブドラ王子は面白そうに言って来た。

「もう出発しているかと思ったぞ」
「ああ、『感染する"病気"』ってやつか?」

 マムから教えて貰った、司令官と王子との会話内容を揶揄やゆした。
 すると、それを思い出したのか、王子は面白そうに言った。

「はっはっは……あの時は、単にお主達がこちらと会いたくないと云うのを、あの男が気を使っただけだと思ったぞ!」

 王子が言いながら笑う。

「焦っていたか?」
「相当な!」

 王子の言葉に、ムスタファ大佐が、焦って言い訳をする顔が思い浮かんだ。

 多分、先程見た顔と違って、青くなっていたのだろう。

 ……赤、青と、何だか信号みたいだ。
 ……信号大佐ムスタファ、何だかキワモノ臭が凄い。

 くだらない事を考えていると、王子はつくづくと云った風に聞いて来た。

「それにしても、お主らはいったい何者だ?」
「そうだな、飛行機に乗りに来た者だな……」

 そう答えると、王子は苦笑しながら言った。

「おいおい、我と大佐の会話内容を知っていた事と言い、我の正体やライラの事と言い、そもそもVIPでありながらも、追われている事と言い……それらをまとめて、そんな言い訳が通じると思っているのか?」

 王子が『どうなんだ?』と言いながら、こちらを見て来る。

 ハンドルを操作しながら(何処まで話したモノか……)と悩んでいた。すると、何を勘違いしたのか、真後ろに座っていたサナが、耳元で『ポイするなの?』と聞いて来た。

 しかし正巳には、サナが何を言っているのか分からなかったので、車のハンドルを握ったまま、『ポイする』とは何の事を言っているのか、頭を捻っていた。

 すると、サナの隣に座っていた綾香が慌て始めた。

「だ、ダメよ、サナちゃん……確かに、会話の内容を聞きたいとは言ったけど。そんな、ヒト・・を投げるなんて! この人、一応王子なのよ?」

 そう言って、サナを両手で抱きしめている綾香が見えた。

 サナの手には、スマフォが握られている。……どうやら、王子と話している内容を、マムが翻訳していたらしい。

 王子が笑うものだから、後ろの二人には楽しく話している様に見えたのだろう。そこで、会話の内容を翻訳してみると、脅迫を受けているかのように見えた。と、こんな所だろうか。

 確かに、字面だけを読むと、その様に読めなくは無いのだろうが……サナには、もう少し常識を教える必要がありそうだ。

 まあ、サナはここ半年俺と一緒に、訓練やら紛争地帯での任務やらに当たっていたのだ。精々6歳ほどの子供が、経験する事では無いだろう。

 その責任の一端が、俺にあるのは間違いない。

「……サナ、帰ったら遊園地行くか?」

 サナにそう聞くと、不思議そうにしていたが、綾香がサナに"遊園地"がどういうモノか教えていた。その後、『行くなの!』と興奮したサナから、パシパシと肩を叩かれたが、まあ、可愛いものだ。

 サナに叩かれる度に若干ハンドルが取られ、多少焦りはしたが……

 何はともあれ、そんな風にサナとじゃれていたら、痺れを切らしたのであろう王子が聞いて来た。

「何を話していたか分からないが、話はまとまったか?」

 ……王子に言葉が通じないのを忘れていた。

 ただ、王子には"相談していた"ように、見えていたらしかったので、ここは勘違いしたままにしておく事にした。……時として、円滑なコミュニケーションには、"不必要な真実"もあるのだ。

「ああ、そうだな。まあ、あれだ……」

 勿体付けた訳では無いが、丁度良い言葉を探すのに、少し苦労した。

 何せ、傭兵ではないし、そもそも現在、会社に在籍していると云って良いのか分からない。それに、資産は有るから富豪とも言えるし、子供達を沢山引き取っているから、親であるとも言える。

 しかし、どれもこれもドンズバリでは無い。

 この場合、考えるべきはこれ迄では無く、これから先どうなるかだろう。
 これからどうなりたいのか、どうなるのを理想としているのか……

「俺は、沢山の子供を持った親……まあ、村長みたいなもんだな」

 そう言うと王子は、よく分からないといった顔をしていたが、何を納得したのか頷きながら、言った。

「ほう……それじゃあ、そこの小童こわっぱ達は、村人と言う訳か」

 村人とは少しニュアンスが違うが、もっとこう……

「まぁ、家族みたいなものだな……今では大切な存在だ」

 正巳がそう言うと、王子は一瞬目を大きく開くと、少し考えた後で言って来た。

「……初めから、そう・・では無かったのだろう?」

 王子の言葉に、何となく、これ迄の事を話す気になった。
 ……只の勘だが、こういう時は従うのが正解だと思う。

「そうだな……あれは、もう一年ほど前だが、俺はある会社で働いていたんだ。いや、別に今辞めたかどうかは別に重要では無くてだな。まあ、働いている中で、あるイベントの担当をする事に決まってな。それで、景気付けにある宝くじを買ったんだ。そのイベント自体は中々大変だったんだが……――」

 その後、バギーが目的地に着くまでの間、王子にこれ迄の事を、掻い摘んで話していた。当然、全てを話したわけではないが、キーとなる話は出来たと思う。

 黙って話を聞いた王子は、始終顔を青ざめたり、眉間に皴を寄せたりしていた。途中で割り込んで来なかった事や、合間に反応をする辺り、聞き上手なのだろう。

 一通り最後まで話し終わると、王子は一言だけ呟いた。

「大切な存在か……」

 先に停止していた車両に横づけしていた正巳は、王子の表情を見る事は出来なかった。しかし、車から降りた王子は、気のせいか憑き物が取れた様な顔をしていた。

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