『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~
140話 ゲート
ボス吉が、垂直に空いた穴を登って行く。
"穴"とは言っても、掘削機で開けられたであろう巨大な穴で、その周囲は鉄筋で補強されている。
遥か上に続く穴の壁に、点々と灯っている光と、その光が照らし出す鉄と岩の壁に、何となく"地底世界"から登って行く様な、ロマンを感じる。
――途中、上から下からと自動昇降機が迫って来た。
しかしボス吉は、それを避けながらも登るペースを落とさ無かった。
そんなボス吉に感心していたら……
――不意に、開けた場所へ出た。
穴を登り切ると、目の前には巨大なゲートがあった。
ゲート自体は4メートル程の高さがあり、大きな鉄製の扉で出来ていた。
通常時は、その半分ほどの大きさの扉が開いており、電子制御の認証セキュリティが入っているみたいだ。半分ほどの大きさの扉とは言っても、人の力で動かせるとは思えないので、機械式で閉じ開きするのだろう。
見ると、扉の上部にカメラが付いている。
恐らく、顔認証システムだ。
全ての兵士の顔情報が登録されていて、その登録情報と照らし合わせる事で、認証を行うシステム。認証時に参照する兵士情報に、問題無いのを確認後、柵が開閉する仕組みになっている筈だ。
この認証システム自体は、会社でも一部のエリアで導入されていた。
会社で導入されていたエリアは、特に重要な情報のある場所だったと思う。
昔は"検問"の形を取り、人力でやっていたのだが、それらは全て機械化されている。
……このゲートに置き換えると、柵と認証システムが、検問の機能をしているのだ。
正巳達は、VIP用の地下道を通って来た。
その為、ゲートを抜ける為の許可を、そもそも貰っていない。
普通であれば、ここで詰まる処だとは思うが――
"電子制御"と言うのであれば、全く問題ない。
ウチには、最強の人工知能で我が娘マムが居るのだ。
……戻ったら、何かご褒美をあげる事にしよう。
さて、目の前のゲートを抜けると、地上に出られるのだが……そのゲートには、何やら口論している者達が居た。目を凝らすと、口論している者達の一方に、見覚えがあると分かる。
揉めているのは、五人の兵士達とゲートを守る門兵だ。揉めている様子を見て、大体どんな状況か予想できた正巳は、サナとボス吉に向けて言った。
「ボス吉、小さくなれ。サナはそのままで……そうだな、手をつなぐか」
そう言うと、直ぐにボス吉が小さくなったので、綾香を落とさない様に支えた後で、背中に担いだ。……半ば予想はしていたが、綾香は腰が抜けていた。
綾香を背負った後で、サナと手を繋いだ。
ボス吉は手のひらサイズになっており、今はサナの手の中だ。
そのまま、何事も無かったかのように歩いて行く。
既に夕刻と言う事もあり、ゲート付近にはそれなりの兵士達が居た。
そして、当然ボス吉の変化を見ていた者も、それなりに多かった訳だが……余りに正巳が堂々としているせいか、誰も何も言う事が出来ないでいた。
途中で綾香が、居心地悪そうにもぞもぞと動いていたが、歩けない状態で下ろす訳にも行か無かったので、構う事なく歩いて行った。
ゲートの前まで来ると、門兵達に声を掛けた。
「通れるか?」
声を掛けたのは、門兵の内の一人だ。
すると、それ迄横で揉めていた兵士達の内一方が、こちらに気が付いた。
「あ、貴方は! 出発した筈じゃ……」
「ん? どうした?」
ワザとらしくそちらを向くと、これまた大げさにぐるりと一同を見て、言った。
「ああ、機械の故障か? そうだな、何度か通れば大丈夫だと思うぞ?」
そう言うと、そのままゲートを抜けようとしたのだが……門兵が慌てた様子で飛んで来ると、正巳達を止めた。
「ちょ、ちょっと、仮面は――」
「ああ、仮面な?」
そう言うと仮面を外し、進んだ。
ゲートの柵は、許可権限が無い場合上がらないのだが、そんな事は関係が無い。門兵達が見守る中、堂々とゲートをくぐると、仮面を付け直して振り返る。
振り返った時には、既に柵が降りていた。
「おい、お前達も抜けてみたらどうだ?」
そう言うと、それ迄口論していた者達が、残念な物を見るような目で見て来た。恐らく、既に何度も試したのだろう。
しかし、そんな事は関係ない。
「お前達は、そんな事で何時までも中に居るのか?」
「貴様っ!」
少し挑発気味に言うと、思った通り緑ベレーの女兵士(男に変装している)が反応して来た。
そこで、その顔を見ながら言った。
「おいおい、何時もみたいに噛みつくと、後が大変だぞ? ……ライラ」
途中まで、顔を赤くして爆発しそうになっていたが、隣にいた赤ベレーの兵士――いや、アブドラ王子に肩を掴まれていた。
緑ベレーの女兵士は、少し驚いたようだったが、アブドラ王子はこちらへと、そのまま進んで来た。……その目は、覚悟を決めた目をしている。
「通るぞ?」
「しかし、先程から――?」
門兵が制止しようとした所で、王子は開いた柵を抜け、ゲートを出て来た。
……一見、表情が変わっていない様に見えるが、その呼吸と体の動きを見れば、少なからず驚いていると分かった。
「ほらな?」
そう言うと、後ろで固まっていた兵士四人にも、声を掛けた。
「お前達は来ないのか?」
「っつ!」
一番早かったのは、緑ベレーの女だった。
気のせいか、こちらを探るような眼をしている。
しかし、今ここでそれに答える事は出来ない。
緑ベレーの女が出て来た後、我に返ったように、残りの兵士が三人共出て来たが……其々複雑そうな表情をしている。
「さて、行くか」
正巳が声を掛けると、ゲートを出てから一言も発しなかったアブドラ王子が、頷くと他の兵士達に言った。
「そう云う事だ」
やはり、真っ先に反応したのは緑ベレーの女兵士だった。
「承知しました……」
王子の言葉に、緑ベレーの女兵士が頷くと、その他の兵士も頷いた。
それを確認した正巳は(どうやら王子を通して指示をさせるのが一番効率良さそうだな)と思い、続けて王子に言った。
「さて、王子には色々と聞きたい事があるが……」
言いながら見ると、先程抜けて来たゲートの向こうに、兵士達が集まっている所だった。恐らく、司令官が兵士を手配したのだろう。
その証拠に、何やらこちらを指差して、言い合っている。更には、兵士達がゲートを抜けようとしたのだが……一向にゲートが機能しない様だった。
現在ゲートを支配しているのは、マムなのだから、それも当然であるが……何はともあれ、マムがゲートの所で王子達を食い止めていたのはお手柄だ。
これで、探しに行く手間が省けた。
「……話の前に、移動だな」
そう言って、横に居る王子に目を向けると、一度ゲートの方を見た後で言って来た。
「そうだな――っと、俺の事を知っているみたいだが、崩しても良いか?」
恐らく、実際に何が起こっているかは分かっていないと思う。しかし、ゲートに集まる兵士の様子や、自分達が外へと出られなかった状況を加味して、判断したのだろう。
まあ、ゲートを出られなかったのは、マムの仕業だと思うが……
勘違いしている様なら、その方が都合が良い。
「ああ、問題ない。その方がやり易い」
そう言って、頷いた。
何となく、緑ベレーの女兵士の視線を強く感じたが、取り敢えず放っておく事にした。不敬とか何やらのみでなく、他にも何か言いたそうな視線だ。
女兵士ライラの考えている事が、手に取るように分かる。
……凡そ、スパイだという勘違いが、根底にあるのだろう。
これ迄ライラは、こちらを非難する態度を取って来た。恐らく、"自分と同じ"なのに、不敬な態度を取る俺達が許せないのだろう。まあ、スパイ自体が勘違いなのだが。
司令官の場合は、直ぐに殺意を向けて来た事から、単なるスパイに対しての対応では無い気もしたが、それは本人しか知らない事だろう。
……面倒では有るが、確かめる必要がある。
ため息をつきたい処だったが、先に場所を移す事にした。
丁度、綾香が背中から降りたので、サナと手を握らせ、言った。
「先ずは、人数分のバギーを盗って来るか」
正巳が、そう言いながら王子の顔を見ると、王子はニヤリとして言った。
「それは良いな」
アブドラ王子は、話が分かる王子の様だった。
――5分後。
正巳達は、二台のバギーに乗り込んでいた。
……バギーを奪うのは、簡単だった。
普通に倉庫に入り、普通に乗り込み、普通に出て来た。
当然、途中で許可類が必要だったが、それらは全て問題なく通過した。
車両の貸し出し人は、こっそりと"ムスタファ大佐"名義にしておいた。
車両本体が簡単な造りだった為、マムが操作する事は出来ないという事だった。その代り、運転も簡単らしかったので、久しぶりに自分で運転していた。
ペダルを踏んだり、ハンドルを回したりするだけで良い。
……まあ、普通の車も同じようなモノだろうが、それでも何となく"簡単"だ。
屋根が無いのと、道幅がそれなりに広いのも、関係しているのかも知れない。……余計な神経を使う感じが無いのだ。
「これなら俺でも運転できるな」
そう呟くと、真後ろに乗っていたサナが『サナも出来るなの?』と聞いて来た。
そんなサナに、笑いながら『もう少し大きくなったら出来るな』と言っておいた。
現在、同じ車両に乗っているのは、四人と一匹。俺が運転で、真後ろの後部席にサナ、サナの腕の中にはボス吉、サナの隣には綾香、そして俺の隣には王子が座っている。
当然、緑ベレーの女兵士――ライラは、王子がこちらの車両に乗り込んだ際『何故、そちらに乗るんですか?』と言って来たが、『必ず守り切れるからだ』と言っておいた。
すると、少し考えてから『分かりました。その代り、何かあったら死刑です』と良い笑顔で言って来た。……恐らく『死刑』と云うのは、冗談だと思う。
何にしても、すんなり引き下がったのを見て、少しだけ見直した。
どうやら、自分とこちらの力量を計るだけの技量は、持ち合わせているらしい。
そんなこんなで、ライラは四人乗りの車両に乗り込むと、先導してバギーを走らせはじめた。
前もって『落ち着いて話せる場所に誘導してくれ』と言ってあるので、任せていても問題ないだろう。
先ほど迄は、基地内の舗装された道を走っていた。しかし、今走っているのは森林に囲まれた道で、舗装はされているものの、街灯は無い。
移動中は、車のライトは付けない様にとの事だった。少し心配したが、思ったよりも月の光が明るく、木々の合間を照らす光で十分だった。
まぁ、もしもの時は仮面の暗視機能を使えば、問題ないだろう。
――
移動している最中、アブドラ王子は面白そうに言って来た。
「もう出発しているかと思ったぞ」
「ああ、『感染する"病気"』ってやつか?」
マムから教えて貰った、司令官と王子との会話内容を揶揄した。
すると、それを思い出したのか、王子は面白そうに言った。
「はっはっは……あの時は、単にお主達がこちらと会いたくないと云うのを、あの男が気を使っただけだと思ったぞ!」
王子が言いながら笑う。
「焦っていたか?」
「相当な!」
王子の言葉に、ムスタファ大佐が、焦って言い訳をする顔が思い浮かんだ。
多分、先程見た顔と違って、青くなっていたのだろう。
……赤、青と、何だか信号みたいだ。
……信号大佐ムスタファ、何だかキワモノ臭が凄い。
くだらない事を考えていると、王子はつくづくと云った風に聞いて来た。
「それにしても、お主らはいったい何者だ?」
「そうだな、飛行機に乗りに来た者だな……」
そう答えると、王子は苦笑しながら言った。
「おいおい、我と大佐の会話内容を知っていた事と言い、我の正体やライラの事と言い、そもそもVIPでありながらも、追われている事と言い……それらをまとめて、そんな言い訳が通じると思っているのか?」
王子が『どうなんだ?』と言いながら、こちらを見て来る。
ハンドルを操作しながら(何処まで話したモノか……)と悩んでいた。すると、何を勘違いしたのか、真後ろに座っていたサナが、耳元で『ポイするなの?』と聞いて来た。
しかし正巳には、サナが何を言っているのか分からなかったので、車のハンドルを握ったまま、『ポイする』とは何の事を言っているのか、頭を捻っていた。
すると、サナの隣に座っていた綾香が慌て始めた。
「だ、ダメよ、サナちゃん……確かに、会話の内容を聞きたいとは言ったけど。そんな、ヒトを投げるなんて! この人、一応王子なのよ?」
そう言って、サナを両手で抱きしめている綾香が見えた。
サナの手には、スマフォが握られている。……どうやら、王子と話している内容を、マムが翻訳していたらしい。
王子が笑うものだから、後ろの二人には楽しく話している様に見えたのだろう。そこで、会話の内容を翻訳してみると、脅迫を受けているかのように見えた。と、こんな所だろうか。
確かに、字面だけを読むと、その様に読めなくは無いのだろうが……サナには、もう少し常識を教える必要がありそうだ。
まあ、サナはここ半年俺と一緒に、訓練やら紛争地帯での任務やらに当たっていたのだ。精々6歳ほどの子供が、経験する事では無いだろう。
その責任の一端が、俺にあるのは間違いない。
「……サナ、帰ったら遊園地行くか?」
サナにそう聞くと、不思議そうにしていたが、綾香がサナに"遊園地"がどういうモノか教えていた。その後、『行くなの!』と興奮したサナから、パシパシと肩を叩かれたが、まあ、可愛いものだ。
サナに叩かれる度に若干ハンドルが取られ、多少焦りはしたが……
何はともあれ、そんな風にサナとじゃれていたら、痺れを切らしたのであろう王子が聞いて来た。
「何を話していたか分からないが、話はまとまったか?」
……王子に言葉が通じないのを忘れていた。
ただ、王子には"相談していた"ように、見えていたらしかったので、ここは勘違いしたままにしておく事にした。……時として、円滑なコミュニケーションには、"不必要な真実"もあるのだ。
「ああ、そうだな。まあ、あれだ……」
勿体付けた訳では無いが、丁度良い言葉を探すのに、少し苦労した。
何せ、傭兵ではないし、そもそも現在、会社に在籍していると云って良いのか分からない。それに、資産は有るから富豪とも言えるし、子供達を沢山引き取っているから、親であるとも言える。
しかし、どれもこれもドンズバリでは無い。
この場合、考えるべきはこれ迄では無く、これから先どうなるかだろう。
これからどうなりたいのか、どうなるのを理想としているのか……
「俺は、沢山の子供を持った親……まあ、村長みたいなもんだな」
そう言うと王子は、よく分からないといった顔をしていたが、何を納得したのか頷きながら、言った。
「ほう……それじゃあ、そこの小童達は、村人と言う訳か」
村人とは少しニュアンスが違うが、もっとこう……
「まぁ、家族みたいなものだな……今では大切な存在だ」
正巳がそう言うと、王子は一瞬目を大きく開くと、少し考えた後で言って来た。
「……初めから、そうでは無かったのだろう?」
王子の言葉に、何となく、これ迄の事を話す気になった。
……只の勘だが、こういう時は従うのが正解だと思う。
「そうだな……あれは、もう一年ほど前だが、俺はある会社で働いていたんだ。いや、別に今辞めたかどうかは別に重要では無くてだな。まあ、働いている中で、あるイベントの担当をする事に決まってな。それで、景気付けにある宝くじを買ったんだ。そのイベント自体は中々大変だったんだが……――」
その後、バギーが目的地に着くまでの間、王子にこれ迄の事を、掻い摘んで話していた。当然、全てを話したわけではないが、キーとなる話は出来たと思う。
黙って話を聞いた王子は、始終顔を青ざめたり、眉間に皴を寄せたりしていた。途中で割り込んで来なかった事や、合間に反応をする辺り、聞き上手なのだろう。
一通り最後まで話し終わると、王子は一言だけ呟いた。
「大切な存在か……」
先に停止していた車両に横づけしていた正巳は、王子の表情を見る事は出来なかった。しかし、車から降りた王子は、気のせいか憑き物が取れた様な顔をしていた。
"穴"とは言っても、掘削機で開けられたであろう巨大な穴で、その周囲は鉄筋で補強されている。
遥か上に続く穴の壁に、点々と灯っている光と、その光が照らし出す鉄と岩の壁に、何となく"地底世界"から登って行く様な、ロマンを感じる。
――途中、上から下からと自動昇降機が迫って来た。
しかしボス吉は、それを避けながらも登るペースを落とさ無かった。
そんなボス吉に感心していたら……
――不意に、開けた場所へ出た。
穴を登り切ると、目の前には巨大なゲートがあった。
ゲート自体は4メートル程の高さがあり、大きな鉄製の扉で出来ていた。
通常時は、その半分ほどの大きさの扉が開いており、電子制御の認証セキュリティが入っているみたいだ。半分ほどの大きさの扉とは言っても、人の力で動かせるとは思えないので、機械式で閉じ開きするのだろう。
見ると、扉の上部にカメラが付いている。
恐らく、顔認証システムだ。
全ての兵士の顔情報が登録されていて、その登録情報と照らし合わせる事で、認証を行うシステム。認証時に参照する兵士情報に、問題無いのを確認後、柵が開閉する仕組みになっている筈だ。
この認証システム自体は、会社でも一部のエリアで導入されていた。
会社で導入されていたエリアは、特に重要な情報のある場所だったと思う。
昔は"検問"の形を取り、人力でやっていたのだが、それらは全て機械化されている。
……このゲートに置き換えると、柵と認証システムが、検問の機能をしているのだ。
正巳達は、VIP用の地下道を通って来た。
その為、ゲートを抜ける為の許可を、そもそも貰っていない。
普通であれば、ここで詰まる処だとは思うが――
"電子制御"と言うのであれば、全く問題ない。
ウチには、最強の人工知能で我が娘マムが居るのだ。
……戻ったら、何かご褒美をあげる事にしよう。
さて、目の前のゲートを抜けると、地上に出られるのだが……そのゲートには、何やら口論している者達が居た。目を凝らすと、口論している者達の一方に、見覚えがあると分かる。
揉めているのは、五人の兵士達とゲートを守る門兵だ。揉めている様子を見て、大体どんな状況か予想できた正巳は、サナとボス吉に向けて言った。
「ボス吉、小さくなれ。サナはそのままで……そうだな、手をつなぐか」
そう言うと、直ぐにボス吉が小さくなったので、綾香を落とさない様に支えた後で、背中に担いだ。……半ば予想はしていたが、綾香は腰が抜けていた。
綾香を背負った後で、サナと手を繋いだ。
ボス吉は手のひらサイズになっており、今はサナの手の中だ。
そのまま、何事も無かったかのように歩いて行く。
既に夕刻と言う事もあり、ゲート付近にはそれなりの兵士達が居た。
そして、当然ボス吉の変化を見ていた者も、それなりに多かった訳だが……余りに正巳が堂々としているせいか、誰も何も言う事が出来ないでいた。
途中で綾香が、居心地悪そうにもぞもぞと動いていたが、歩けない状態で下ろす訳にも行か無かったので、構う事なく歩いて行った。
ゲートの前まで来ると、門兵達に声を掛けた。
「通れるか?」
声を掛けたのは、門兵の内の一人だ。
すると、それ迄横で揉めていた兵士達の内一方が、こちらに気が付いた。
「あ、貴方は! 出発した筈じゃ……」
「ん? どうした?」
ワザとらしくそちらを向くと、これまた大げさにぐるりと一同を見て、言った。
「ああ、機械の故障か? そうだな、何度か通れば大丈夫だと思うぞ?」
そう言うと、そのままゲートを抜けようとしたのだが……門兵が慌てた様子で飛んで来ると、正巳達を止めた。
「ちょ、ちょっと、仮面は――」
「ああ、仮面な?」
そう言うと仮面を外し、進んだ。
ゲートの柵は、許可権限が無い場合上がらないのだが、そんな事は関係が無い。門兵達が見守る中、堂々とゲートをくぐると、仮面を付け直して振り返る。
振り返った時には、既に柵が降りていた。
「おい、お前達も抜けてみたらどうだ?」
そう言うと、それ迄口論していた者達が、残念な物を見るような目で見て来た。恐らく、既に何度も試したのだろう。
しかし、そんな事は関係ない。
「お前達は、そんな事で何時までも中に居るのか?」
「貴様っ!」
少し挑発気味に言うと、思った通り緑ベレーの女兵士(男に変装している)が反応して来た。
そこで、その顔を見ながら言った。
「おいおい、何時もみたいに噛みつくと、後が大変だぞ? ……ライラ」
途中まで、顔を赤くして爆発しそうになっていたが、隣にいた赤ベレーの兵士――いや、アブドラ王子に肩を掴まれていた。
緑ベレーの女兵士は、少し驚いたようだったが、アブドラ王子はこちらへと、そのまま進んで来た。……その目は、覚悟を決めた目をしている。
「通るぞ?」
「しかし、先程から――?」
門兵が制止しようとした所で、王子は開いた柵を抜け、ゲートを出て来た。
……一見、表情が変わっていない様に見えるが、その呼吸と体の動きを見れば、少なからず驚いていると分かった。
「ほらな?」
そう言うと、後ろで固まっていた兵士四人にも、声を掛けた。
「お前達は来ないのか?」
「っつ!」
一番早かったのは、緑ベレーの女だった。
気のせいか、こちらを探るような眼をしている。
しかし、今ここでそれに答える事は出来ない。
緑ベレーの女が出て来た後、我に返ったように、残りの兵士が三人共出て来たが……其々複雑そうな表情をしている。
「さて、行くか」
正巳が声を掛けると、ゲートを出てから一言も発しなかったアブドラ王子が、頷くと他の兵士達に言った。
「そう云う事だ」
やはり、真っ先に反応したのは緑ベレーの女兵士だった。
「承知しました……」
王子の言葉に、緑ベレーの女兵士が頷くと、その他の兵士も頷いた。
それを確認した正巳は(どうやら王子を通して指示をさせるのが一番効率良さそうだな)と思い、続けて王子に言った。
「さて、王子には色々と聞きたい事があるが……」
言いながら見ると、先程抜けて来たゲートの向こうに、兵士達が集まっている所だった。恐らく、司令官が兵士を手配したのだろう。
その証拠に、何やらこちらを指差して、言い合っている。更には、兵士達がゲートを抜けようとしたのだが……一向にゲートが機能しない様だった。
現在ゲートを支配しているのは、マムなのだから、それも当然であるが……何はともあれ、マムがゲートの所で王子達を食い止めていたのはお手柄だ。
これで、探しに行く手間が省けた。
「……話の前に、移動だな」
そう言って、横に居る王子に目を向けると、一度ゲートの方を見た後で言って来た。
「そうだな――っと、俺の事を知っているみたいだが、崩しても良いか?」
恐らく、実際に何が起こっているかは分かっていないと思う。しかし、ゲートに集まる兵士の様子や、自分達が外へと出られなかった状況を加味して、判断したのだろう。
まあ、ゲートを出られなかったのは、マムの仕業だと思うが……
勘違いしている様なら、その方が都合が良い。
「ああ、問題ない。その方がやり易い」
そう言って、頷いた。
何となく、緑ベレーの女兵士の視線を強く感じたが、取り敢えず放っておく事にした。不敬とか何やらのみでなく、他にも何か言いたそうな視線だ。
女兵士ライラの考えている事が、手に取るように分かる。
……凡そ、スパイだという勘違いが、根底にあるのだろう。
これ迄ライラは、こちらを非難する態度を取って来た。恐らく、"自分と同じ"なのに、不敬な態度を取る俺達が許せないのだろう。まあ、スパイ自体が勘違いなのだが。
司令官の場合は、直ぐに殺意を向けて来た事から、単なるスパイに対しての対応では無い気もしたが、それは本人しか知らない事だろう。
……面倒では有るが、確かめる必要がある。
ため息をつきたい処だったが、先に場所を移す事にした。
丁度、綾香が背中から降りたので、サナと手を握らせ、言った。
「先ずは、人数分のバギーを盗って来るか」
正巳が、そう言いながら王子の顔を見ると、王子はニヤリとして言った。
「それは良いな」
アブドラ王子は、話が分かる王子の様だった。
――5分後。
正巳達は、二台のバギーに乗り込んでいた。
……バギーを奪うのは、簡単だった。
普通に倉庫に入り、普通に乗り込み、普通に出て来た。
当然、途中で許可類が必要だったが、それらは全て問題なく通過した。
車両の貸し出し人は、こっそりと"ムスタファ大佐"名義にしておいた。
車両本体が簡単な造りだった為、マムが操作する事は出来ないという事だった。その代り、運転も簡単らしかったので、久しぶりに自分で運転していた。
ペダルを踏んだり、ハンドルを回したりするだけで良い。
……まあ、普通の車も同じようなモノだろうが、それでも何となく"簡単"だ。
屋根が無いのと、道幅がそれなりに広いのも、関係しているのかも知れない。……余計な神経を使う感じが無いのだ。
「これなら俺でも運転できるな」
そう呟くと、真後ろに乗っていたサナが『サナも出来るなの?』と聞いて来た。
そんなサナに、笑いながら『もう少し大きくなったら出来るな』と言っておいた。
現在、同じ車両に乗っているのは、四人と一匹。俺が運転で、真後ろの後部席にサナ、サナの腕の中にはボス吉、サナの隣には綾香、そして俺の隣には王子が座っている。
当然、緑ベレーの女兵士――ライラは、王子がこちらの車両に乗り込んだ際『何故、そちらに乗るんですか?』と言って来たが、『必ず守り切れるからだ』と言っておいた。
すると、少し考えてから『分かりました。その代り、何かあったら死刑です』と良い笑顔で言って来た。……恐らく『死刑』と云うのは、冗談だと思う。
何にしても、すんなり引き下がったのを見て、少しだけ見直した。
どうやら、自分とこちらの力量を計るだけの技量は、持ち合わせているらしい。
そんなこんなで、ライラは四人乗りの車両に乗り込むと、先導してバギーを走らせはじめた。
前もって『落ち着いて話せる場所に誘導してくれ』と言ってあるので、任せていても問題ないだろう。
先ほど迄は、基地内の舗装された道を走っていた。しかし、今走っているのは森林に囲まれた道で、舗装はされているものの、街灯は無い。
移動中は、車のライトは付けない様にとの事だった。少し心配したが、思ったよりも月の光が明るく、木々の合間を照らす光で十分だった。
まぁ、もしもの時は仮面の暗視機能を使えば、問題ないだろう。
――
移動している最中、アブドラ王子は面白そうに言って来た。
「もう出発しているかと思ったぞ」
「ああ、『感染する"病気"』ってやつか?」
マムから教えて貰った、司令官と王子との会話内容を揶揄した。
すると、それを思い出したのか、王子は面白そうに言った。
「はっはっは……あの時は、単にお主達がこちらと会いたくないと云うのを、あの男が気を使っただけだと思ったぞ!」
王子が言いながら笑う。
「焦っていたか?」
「相当な!」
王子の言葉に、ムスタファ大佐が、焦って言い訳をする顔が思い浮かんだ。
多分、先程見た顔と違って、青くなっていたのだろう。
……赤、青と、何だか信号みたいだ。
……信号大佐ムスタファ、何だかキワモノ臭が凄い。
くだらない事を考えていると、王子はつくづくと云った風に聞いて来た。
「それにしても、お主らはいったい何者だ?」
「そうだな、飛行機に乗りに来た者だな……」
そう答えると、王子は苦笑しながら言った。
「おいおい、我と大佐の会話内容を知っていた事と言い、我の正体やライラの事と言い、そもそもVIPでありながらも、追われている事と言い……それらをまとめて、そんな言い訳が通じると思っているのか?」
王子が『どうなんだ?』と言いながら、こちらを見て来る。
ハンドルを操作しながら(何処まで話したモノか……)と悩んでいた。すると、何を勘違いしたのか、真後ろに座っていたサナが、耳元で『ポイするなの?』と聞いて来た。
しかし正巳には、サナが何を言っているのか分からなかったので、車のハンドルを握ったまま、『ポイする』とは何の事を言っているのか、頭を捻っていた。
すると、サナの隣に座っていた綾香が慌て始めた。
「だ、ダメよ、サナちゃん……確かに、会話の内容を聞きたいとは言ったけど。そんな、ヒトを投げるなんて! この人、一応王子なのよ?」
そう言って、サナを両手で抱きしめている綾香が見えた。
サナの手には、スマフォが握られている。……どうやら、王子と話している内容を、マムが翻訳していたらしい。
王子が笑うものだから、後ろの二人には楽しく話している様に見えたのだろう。そこで、会話の内容を翻訳してみると、脅迫を受けているかのように見えた。と、こんな所だろうか。
確かに、字面だけを読むと、その様に読めなくは無いのだろうが……サナには、もう少し常識を教える必要がありそうだ。
まあ、サナはここ半年俺と一緒に、訓練やら紛争地帯での任務やらに当たっていたのだ。精々6歳ほどの子供が、経験する事では無いだろう。
その責任の一端が、俺にあるのは間違いない。
「……サナ、帰ったら遊園地行くか?」
サナにそう聞くと、不思議そうにしていたが、綾香がサナに"遊園地"がどういうモノか教えていた。その後、『行くなの!』と興奮したサナから、パシパシと肩を叩かれたが、まあ、可愛いものだ。
サナに叩かれる度に若干ハンドルが取られ、多少焦りはしたが……
何はともあれ、そんな風にサナとじゃれていたら、痺れを切らしたのであろう王子が聞いて来た。
「何を話していたか分からないが、話はまとまったか?」
……王子に言葉が通じないのを忘れていた。
ただ、王子には"相談していた"ように、見えていたらしかったので、ここは勘違いしたままにしておく事にした。……時として、円滑なコミュニケーションには、"不必要な真実"もあるのだ。
「ああ、そうだな。まあ、あれだ……」
勿体付けた訳では無いが、丁度良い言葉を探すのに、少し苦労した。
何せ、傭兵ではないし、そもそも現在、会社に在籍していると云って良いのか分からない。それに、資産は有るから富豪とも言えるし、子供達を沢山引き取っているから、親であるとも言える。
しかし、どれもこれもドンズバリでは無い。
この場合、考えるべきはこれ迄では無く、これから先どうなるかだろう。
これからどうなりたいのか、どうなるのを理想としているのか……
「俺は、沢山の子供を持った親……まあ、村長みたいなもんだな」
そう言うと王子は、よく分からないといった顔をしていたが、何を納得したのか頷きながら、言った。
「ほう……それじゃあ、そこの小童達は、村人と言う訳か」
村人とは少しニュアンスが違うが、もっとこう……
「まぁ、家族みたいなものだな……今では大切な存在だ」
正巳がそう言うと、王子は一瞬目を大きく開くと、少し考えた後で言って来た。
「……初めから、そうでは無かったのだろう?」
王子の言葉に、何となく、これ迄の事を話す気になった。
……只の勘だが、こういう時は従うのが正解だと思う。
「そうだな……あれは、もう一年ほど前だが、俺はある会社で働いていたんだ。いや、別に今辞めたかどうかは別に重要では無くてだな。まあ、働いている中で、あるイベントの担当をする事に決まってな。それで、景気付けにある宝くじを買ったんだ。そのイベント自体は中々大変だったんだが……――」
その後、バギーが目的地に着くまでの間、王子にこれ迄の事を、掻い摘んで話していた。当然、全てを話したわけではないが、キーとなる話は出来たと思う。
黙って話を聞いた王子は、始終顔を青ざめたり、眉間に皴を寄せたりしていた。途中で割り込んで来なかった事や、合間に反応をする辺り、聞き上手なのだろう。
一通り最後まで話し終わると、王子は一言だけ呟いた。
「大切な存在か……」
先に停止していた車両に横づけしていた正巳は、王子の表情を見る事は出来なかった。しかし、車から降りた王子は、気のせいか憑き物が取れた様な顔をしていた。
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