『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

113話 ユミル [真相]

 弘瀬組本家の邸宅から、車で30分程走った場所に、24階建てのビルが有った。


 そのビルには、複数の企業のテナントが入っていて、飲食店も含まれている。


 複数存在する飲食店の中でも、最上階に『ラコ・ラ』という店が有った。


 一見様お断りの、紹介型完全会員制のバーである。


 会員は個室を"契約"する為、毎月部屋代が請求される。毎月の部屋代は、都心に4LDKを借りるのと同じくらいの金額だ。毎回の会計は全て、部屋代と同時に口座から引き落とされる。その為、現金を持ち込む必要はない。


 バーとは言っても、カウンターの様なものは存在せず、入った処で給仕する店員に食べたい物を注文する形式だ。再度注文する際は、呼び出しボタンを押すと、店員が来るのでドア越しに注文すれば良い。


 会員になるには、前に契約していた人が解約しなくては会員になれない。
 会員になると、部屋を利用する際に必須となる"鍵"を渡される。
 その鍵を持参していれば、契約主以外でも部屋に入る事が出来る。


 ――
 ユミル達は、駐車場で車から降りると、エレベーターに乗り込んでいた。


 エレベーターに乗っているのは、"ユミル、綾香、龍児、ゲン"の四人であった。
 その他に、"護衛"として12人の構成員が付いて来ていたが、皆駐車場で待機していた。


 護衛の者達がゲンに対して、最大級の信頼を寄せている事が分かる。
 恐らく、この10数年のゲンの仕事振りが、そうさせているのだろう。


 エレベーターに乗り込むと、龍児が言った。


「そこのパネルをスライドさせると鍵穴があるのでな」


 龍児の言うままに、パネルをスライドさせた。
 すると、そこには確かに鍵穴が有った。


「……ここに『メンテナンス用』と有りますが?」


 ユミルがそう言うと、龍児が答える。


「使用するカギ毎に、動作が変わるのだろうな。もう一つ部屋を借りているが、到着する部屋が違うのだよ」


 龍児の言葉にユミルは納得する。


(……なるほど、ホテルのエレベーターと同じみたいですね。ただ、ホテルの場合はカギなど必要とせず、其々の職員のアクセス権限に応じて行先が制限されていましたが)


「分かりました。それでは挿しますね」


 中に乗った面々が頷いたので、手に持った鍵を差し込んで、90度ひねった。


 ユミルがひねると、音もなくエレベーターが動き始めた。
 ……どうやら、鍵を回す動きが操作キーとなっていたらしい。


 ――
 途中一度も止まる事が無く、直通で登って来ていた。


 やがてエレベーターが停止したので、ドアが開くのを待っていたが……


「ユミ殿、鍵を引き抜くとドアが開くんでな」


 そう言われて、なるほどと思った。


 ……アナログなのは古いと思ったが、これはこれで応用が利きそうだ。それこそ、敵対している人物と乗り合わせた時なんかは、不意を突くのに良いだろう。


「承知しました」


 そう答えると鍵を90度戻し、引き抜いた。


 ……ドアが開く。


 ドアが開いた一歩先には、エントランスがあり、一人の給仕人が居た。


「さあ、中で話そうか」


 周囲を確認したユミルだったが、問題が無さそうだったので、エントランスへと出た。


 エントランスへと出ると、給仕人が近づいて来て『失礼します』と皮張りのトレーを差し出して来た。振り返ると、龍児が頷いて来たのでトレーの上に鍵を載せた。


 給仕人は、トレーに乗せられた鍵に一瞬目をやると、一礼して歩き出した。その様子を見て、付いて行けばよいのだと察したユミルは、歩き始めた。




 ――
 後ろでユミルの様子を見ていた龍児は、ゲンに『どうだ?』と耳打ちしていたが、ゲンから返って来た『隙がありませぬ』という答えに、満足そうに頷いていた。


 実は、途中で気を抜くようであれば、娘など任せられないと思っていたのだが、どうやら心配無かったみたいだ。


 多少の武の心得がある龍児の目からすると、打ち入る隙がある様に見えるのだが……どうやらそれらは『ユミの支配領域』であるらしかった。


「ふむ、このまま任せそうだな」


 そう一人ごちると、既に部屋の前に付いていたユミル達に向かって歩き始めたのだった。






 ――
 部屋の中には、革張りのソファがあり、一度に10名が座れる形になっていた。


 そして、そのソファに座っているのは4人。


 4人が4人共、複雑な表情を浮かべていた。


「お父様、初めて聞きました」


 そう言った綾香に対して答えるのは龍児。


「そうだな、この話は幹部以外には知らんのだ。当然、娘であっても教えるつもりはなかった……」


「……ゲン!」


「お嬢様、私には御屋形様の専属護衛ですので……」


 一通り『伍一会独立騒動』の話を聞き終えた一同は、其々反応を示していた。


 ……ゲンの反応を見る限り、ほぼ全ての情報を把握していたらしいが、側で護衛する身であれば当然の事だろう。


 それに対して、娘である綾香は初耳である内容が多分に含まれていた様だ。






 ――其々の反応はともかく、龍児の話を要約すると、こういう事だった。


『"下部組織の末端として、16,7年程前から外国籍の者達が在籍し始めた。最初は、チンピラ程度で扱いやすく、警察からもマークされていない者ばかりだったので、使い勝手も良かった。


 その様子が変わり始めたのは、12,3年前だった。


 当時、チンピラのまとめ役をしていた男が、"幹部"として取り立てるように要求して来たのだった。当時、既にチンピラ達はその勢力を強めており、一つの勢力になっていた。


 そのチンピラ達を管理していた男が、幹部にするように言って来たのだ。


 当時、代替わりをしたばかりだった事もあり、地盤強化をする為にも男を敵に回す訳には行かなかった。それで、仕方なく幹部に取り立てた。


 この頃、武闘派で知られていた龍児であったが、娘が小学校に入る前だった事もあり、護衛を雇う事にした。――既に妻は他界していた為、娘である綾香を一人残して死ぬわけには行かなかった。


 その頃雇われたのがゲンだった。


 ゲンは想像以上に腕が立つ傭兵だった。幾度も襲撃を受けたが、その度に襲撃から身を守ってくれた。……襲撃の犯人は決まって『身元不明の借金漬けの男』だった。


 当然心当たりはあった。


 ――それから更に9年が過ぎた。


 襲撃は、その後も定期的に起こっていたが、最近はプロと見られる者の襲撃が目立って来ていた。ゲンは、その手口が『大陸の闇組織』のやり方に似ている。と見ていた。


 そんな中、多国籍のチンピラ達をまとめていた男が、ある日『娘を嫁にくれ』と言って来た。……幹部となった者は、親分であり親父である龍児に『席を譲ってくれ』と言う事は出来ない、しきたりがあった。ヤクザの世界で、親に向かって『席を譲れ』と言った者は、それ以後"漢"として認められなくなるのだ。


 この男が『娘を嫁に』と言った裏には、『席を譲れ』という意味が含まれている。しかし、この男が結婚していないのも確かだった。……女を自分の屋敷に囲っていたが。


 それにこの男は、既に四十代後半に差し掛かっていた。


 当然、龍児は『やれん!』と答えた。


 が、その男はこう答えたのだった。


 『娘さん……アヤカお嬢さんは、俺の事を気に入っていますがねえ』と。


 当然、綾香自身、慕ってなどいなかった ――幼い頃、男にべたべたと触られた事が有り、生理的に受け付けなくなっていた―― が、男は一向に話を聞かなかった。


 そして、一年経ったある日、こう言って来た。


『娘さんをくれないのであれば、独立させてもらいます』


 その発言自体が、幹部会でされたモノであった為、龍児は当然"多数決による却下"されると思っていた。……しかし、既に毒は組織に入り込んでいた。


 多数決により、約半数の幹部が男に賛成した。


 当然、娘を男にくれてやる事など出来ない龍児は、その場で『出て行け!』と、実質的な"独立"を認める発言をしていた。


 これが、世にいう『弘瀬組分裂騒動』だった。


 その日から、互いに牽制する日が続いて来た。中には、突然行方が分からなくなった者も居る。恐らく、殺されたか、恐れて逃げ出したのだろう。


 当初、龍児は『所詮チンピラの集まり、直ぐに崩壊するだろう』と思っていた。しかし、その勢力は強まるばかりで、海外から多くのチンピラが集まって来ている様であった。


 それに、"しのぎ"に関しても、大したモノがある筈が無いのに、羽振りが良いみたいだった。……資金提供をしている"金主"がいる事は明らかだった。


 そんな中、『綾香が攫われた』と聞いた龍児は、気が気では無かった "』


 ――これが一連の話を要約した内容だ。




 途中途中、思い出したのであろう龍児が、拳を握りしめていた。


 そんな龍児父親の様子を見ていた綾香は、ユミルの隣から移動して、龍児の隣に座っていた。――その手は、父親の手の平を握っている。


 ユミルは話を聞きながら、一連の流れを整理していた。


「それでは、その『伍一会』の幹部の男が、アヤカ様を狙う可能性が高いのですね?」


 龍児は、綾香を横目にして答えた。


「ああ、そうだな」


 そう言った龍児にユミルが答えた。


「その男って、『岩斉ガンサイ』?」
「ああ、岩斉保文ヤスフミだな……あの野郎――」


 龍児の言葉を聞いた綾香は、思い出していた。


 あの、ネチャっとしたニヤケ顔と、ブヨっとした体。
 言葉を発する度に香って来る、口臭。


「……無理」


 綾香は、下唇を噛むようにして、顔を小刻みに振れていた。


 それ迄静かにしていたユミルだったが、心の中でホッとしていた。


(……リストに合った『ガンサイ』って男がクズで良かった)


 そう、"排除リスト"に岩斉という男の名前もあった。
 もし、話の中で『良い人』と云う話であれば、聞いた事を後悔していただろう。


 昔はこうでは無かったのだが、いつの間にか"善人"か"悪人"かを気にする様になっていた。この感情は、任務には必要のないモノでは有ったが、お陰で世界に色が付いて見えるようになったのだ。今更、後悔など無かった。


 一通り話を聞く事が出来たユミルは、改めて"綾香の護衛"を引き受ける趣旨の回答をした。


 ――その後、一同で夜食を食べた。


 夜食の途中で、ユミルは幾つかの質問をしたが、綾香は『今の生活を出来る所までは続けたい』という事だった。その答えに頷いたユミルは、密かに持っていた電子端末のスイッチを切った。


 ……この会話から得られた情報が、"ナビ"に上手く活用される事を祈って。



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