『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

112話 ユミル [護衛]

 『娘の護衛を頼みたい』と言って来た男に対して、ユミルは『条件が有ります』と返していた。


 ユミルの言葉を聞いた男が、確認してくる。


「条件? 報酬の事か?」
「はい、護衛を引き受ける報酬です」


 肯定した後で一拍置いて、その"条件"を口にした。


「現在の状況を詳しく教えて下さい。 ……全て」


 ユミルが欲しいのは『"伍一会"』の情報である。それに対して、目の前の男は"弘瀬組"のトップだ。この男に話を聞く事が出来れば、これ以上ない有益な情報元となるだろう。


 その言葉を聞いた男は、一つだけ確認して来た。


「その『全て』と言うのは、『最初から』と言う事か?」


 その言葉を聞いた時、ユミルは一種の"安心"を覚えていた。


 『この人は、信用しても大丈夫かも知れない』と。


 幾らでも好きに開示情報を絞れただろうに、わざわざ情報の範囲を聞いて来たのだ。
 ……少なくとも、娘の為に誠実に対応しようとしている姿勢を感じる。


「はい、"最初"から"全て"の情報です」


 そう言ったユミルに対して、男は一度視線を合わせて頷き、言った。


「ゲン以外は下がれ!」


 男がそう言うと、左右の壁から『承知しました!』と返事が有った。


 そして、一拍おいて『ゲン、ここに』と声がする。


 その声に、男が『中へ入れ』と言うと、静かに壁が開いた。


 開いた壁から、身長170cm後半程の、老齢の男性が入って来る。


 ……どうやら、左右の"壁"だと思っていたモノは良く出来た引き戸で、反対側には護衛が潜んでいたらしい。何となく感じていた、気配は直ぐ横から発せられたものだったらしい。


 それにしても、この男――


「御屋形様、この女――」
「ゲン! 私の大切な方です!」


「失礼しました、お嬢様。……して、この女性は?」


 そう言って、こちらを伺ってくる。
 ……その視線は、男としてのモノでは無いだろう。


「気になるか?」
「はい。……訓練によるものか、はたまた稀有な才能によるのか……」


 どうやら、ユミルの立ち回りや気配に対しての、微妙な動きに反応していたらしい。


「いえ、私はこんな体なもので――」


 『大した者ではありません』と続けようとしたのだが、綾香の『そんな事ないです!』と言う言葉に阻まれた。


 ……綾香は、一言では止まらなかった。


「私が乱暴されそうなところに、颯爽と現れて――……」


 ……その後、綾香による"かっこ良いユミル"の話があったのだが……どうやらユミルの父親も、ゲンという男も、何度も聞いている話の様だった。


 ――始終生暖かい目で見守っていた。


 綾香の演説が終わった処で、ホクホク顔の男(大方、綾香の必死な様子を見て、『可愛いな』等と考えていたのだろう)が言った。


「どうだ? ゲン、この女性――「ユミ様です!」と対峙した時の勝率は?」


 そう聞かれた男は、少し考えた後で答えた。


「恐らく、60%弱かと思います。護衛中であれば、確実に離脱を考えます」


 その答えに、男は『それ程か……』と言って、続けて質問する。


「それでは、今使えぬと言う腕が使える場合はどうだ?」


「その場合、40%いや、30%程でしょう。守る対象がいる場合……命をかける必要が有りますな」


 ゲンの言葉を聞いた男が、額に手をやりながら、言った。


「ユミ、と言ったかな? この意味が分かるかな?」
「いえ、それは……良いのでしょうか?」


 かつて、失敗を許されない組織に居て、その後ホテル内では実質8指に入る実力者だったのだ。その時、"成功率が8割を切っている"と言うのは、"失敗する可能性がある"と言う、許される事の無い状況だったのだ。


 それが、『60%の確率で勝てる』と言われている現状に、『本当に、戦力としては役に立たなくなってしまった』と、実感していた。


 恐らく、肩を落としているユミルに気が付いたのだろう。
 それ迄、伺う様にしていた男が、ため息を付く様にして言った。


「何を考えているかは知らないが、この男ゲンは組織内で指南役をしている男なんだ。……要は、一番腕っぷしが強いんだがな――」


「お父様! ユミ様は信用できるかと思います!」


 話が、横にそれていた事を気にしていたのか、綾香がそう言って『ですから、護衛に!』と続けた。そんな娘の姿を見てため息を付いた男は、和服の裾に手を入れた。


 ユミルは、一瞬身構えそうになったが……(この国で銃器を使用すると面倒毎が多くなる。それに、状況から考えても、その可能性は低いだろう)そう考えて、警戒を解いた。


 男が、裾から取り出したのは、一つのカギだった。


「流石に、ここで何もかも話す訳にも行かんだろうて、な……そのカギは、ある店ので見せれば入れる認証カギになっていてな。そこで話をしよう……そうだな、夕食後か今からか、どちらが良いかな?」


 そう言って差し出された鍵を受け取りながら、ユミルは少しだけ感心していた。


 色々と"情報"を求める理由を、聞いて来るかと思っていたのだが……流石に、国内で最大派閥と言われるヤクザ組織のトップは違うらしい。


 昔、ギャングやマフィアのドンを間近で見る機会が有ったが、優秀なボスというモノは、例外なく皆穏やかで知的であった。まあ、そうでないと組織を率いる事など出来ないのであろう。


 何はともあれ、鍵を受け取ったユミルの答えは一つだった。


「直ぐに、お願いします。それと……何とお呼びしましょうか?」


 ユミルがそう答えると、男は嬉しそうにして答えた。


「『直ぐ』か、良いだろう」


 そう言って、立ち上がりながら続けた。


「――私の事は、龍児リュウジ……いや、リュウと呼んでくれ」


 そう答えた男の顔には、一つ肩の荷が下りたと言ったような表情が浮かんでいた。――その"荷"の引き換えとして、得体の知れない存在を引き込んでしまった事を後悔するのは、少し先であった。


 ……その"荷"であった黒髪の少女は、父の苦労など知らないかのように、嬉しそうにユミにしがみ付いていたのであった。




 ――
 ユミは、腕に絡んでくる少女を見ながらふと、半年以上前に子供達を送り出した時の事を思い出していた。そして……『手を繋ぐ約束です』――小さくてぷくぷくとした手、サナと約束した事も忘れてはいなかった。


「手を繋ぐ約束です」


 と呟いたユミルの言葉を、隣で聞いていた綾香は、一瞬頬を染めてユミルの手を握った。


 いきなり繋がれた手を、まじまじと見ていたユミルだったが、(これも良いものかもしれない)と思い、そのままにしておく事にした。




 そんなユミルと綾香の様子を見ていた龍児は、何となく"姉妹"の様に見えて来て、目頭を熱くするのであった。




 ――龍児にとって綾香は、妻が残した唯一人の娘であり、掛け替えのない存在であった。それなのに娘が、学校で『極道の娘』として腫物扱いを受け、まともな友人がいない事も知っていたのだ。


 これまで、辛い思いをさせて来た事を認識していた龍児は、やっと"友人"が出来たように思えて、込み上げて来る感情モノがあったのだった。


 ただ、その"友人候補"が、雇い入れてから10数年の"元傭兵"と肩を並べるほどの強者つわものだった。というのは、龍児にとっては悩ましい誤算であったが――




 ――
 その後、自分から手を離す事の無かった為か、車に乗り込む迄の間、ユミルと綾香は手を繋いでいた。ただ、流石に繋いでいた手が汗ばんで来たため、一度手を離していた。


 駐車場まで来ていた一向だったが、そこに鎮座している車両を見たゲンは、思わず息を呑んでいた。その動揺は、雇い主である龍児にとっては、意外なものであった。


 このゲンは、今まであからさまな動揺を見せた事が無い。


 それこそ、これ迄何度かあった襲撃の際であっても、冷静に対処していた。相手が、刃物を持っていようと、拳銃を持っていようと、その冷静さは変わらなかったのだ。


 それが、この車両を見た瞬間、様子が変わった。……ゲンは何やら『いや、まさか……しかし、この車両は"不可侵"の車両じゃあ……?』等と呟いていたのだ。


 そんな様子を見ていた龍児は、(今ここで尋ねる事などは出来ないが、後でよく確認をしておく必要があるかも知れない)と思っていた。


 ゲンの動揺する様子によっては、組織全体の危機であっても可笑しくは無いのだから。


 そんな事を考えながら、龍児はユミルの車に同車する事にした。
 理由は単純で、『この車の方が安全だろう』という事だった。
 ――護衛の車二台は、後ろから付いて来ることになった。


 そうして、"取引"の会場へと出発した。


 ――住所と店の名前を口頭で伝えると、エンジンがかかり車が走り始めた。


 その様子を見ていた龍児は『技術もここまで進んでるのか』等と、安直に考えていた。しかし、それとは反対にゲンは『ここ迄"差"が開いているのか』と、内心落ち着いてはいられなかった。


 当然、ゲンが驚いた部分に関しては、ホテルとは何の関係も無いのだが、それを教えてあげる人が居るはずも無く、ゲンの緊張は高まる一方であった。『もし、ホテルの介入している案件であれば、国でなければ対応すらできない』と、一部の諦めも含みながら……


 二人の横で綾香は、『運転手がいなかった』という事実に、少々混乱していた。しかし、その様子を見ていたユミルが『この車は自動運転なので、車自体が運転手の様なものですよ?』と耳打ちすると、納得した顔をして『車さんの名前は有るのですか?』と聞いて来た。


 綾香に『ナビさんです』と言ったユミルは(会話できる状態だったら、もっと驚いて貰えたのにな)と内心ガッカリしていた。






 ――
 ゲンとユミル以外の者は、この車両がかつてホテルの"備品"であったなどとは、考えてもいなかった。そして、そのホテルが"世界大使館"と呼ばれる組織である事も……企業体でありながら軍事力を持ち、国と対等に渡り合える程の発言権を持っているなど、尚の事知るはずも無かった。


 それも仕方がない事ではある。


 そもそも、このホテルに関してその立ち位置を知っているのは、各国の政治家や有力企業、軍事分野の上層部等であったのだから。一般的に知られている部分では、精々が"高級ホテル"としての認知度が精一杯であっただろう。


 ――


 黒塗りの車を三台引き連れて、車両は静かに街の中を走っていた。



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